「イタリアのベルルスコーニ首相は13日、原発再開の是非を問う国民投票で反
原発派の票が9割以上を占めたことを受け『政府と議会は国民投票の判断を完全に受
け入れる義務がある』との声明を発表し、国民の意志を尊重して原発再開を断念する
意向をあらためて示した。内務省の14日未明までの集計によると、反原発票は約9
5%に上った」(6・14、毎日・夕)。
すでにドイツやスイスで原発の廃止を決定している。
ベルルスコーニ首相の「○○する義務がある」という表現は、古代ローマの政治家が
しばしば使う言葉遣いを思い出す。
◆ ◆ ◆
日本では、かつての同盟国ドイツ・イタリアのようにはすすまない。イタリアでは国
民によるレジスタンス運動がムッソリーニのファッショ政権打倒に貢献したし、ドイ
ツでは今日なおナチスの責任を追求している。
ヒロシマの原爆慰霊碑には「過ちは繰り返しません」とあるが、日本人は戦争責任を
自身では裁かず、連合国の極東裁判はほんのわずかの人数を処刑しただけ、それも今
日、靖国に神として祀られている。そして戦争責任のある人間が戦後も日本の政治を
牛耳ってきた歴史をもつ。それだけの国民だ。卑屈にアメリカの軍事基地を半世紀以
上も受け入れ、アメリカの原発開発政策を積極的に導入してきた。いや、導入させら
れてきたと言っていいだろう。
日本人は権力とマスコミに弱い。ついでにいうと「民主主義」のスローガンにも弱い
。これは「錦の御旗」だ。あるいは「葵のご紋」かもしれない。中味を充分検討もし
ないで黙ってひれ伏す。「民主主義」の指導者はアメリカだ。ドイツやイタリアが原
発に「さよなら」しても、日本はそう簡単に「さよなら」はしない。大規模な「トモ
ダチ作戦」を演じた「民主主義」の指導者アメリカが、そう容易に脱原発を許すとも
思えない。
浜岡原発の一時停止は、管首相のパフォーマンスだともいわれるが、そんな程度のも
のに対してさえ財界・電力業界・それと結びついた政治家、そして恐らく「宗主国」
からの大きな風圧が加わっているのだろう。
こういう情勢の中で、さらなる主要な原発推進国はアメリカ・イギリス・フランス・
ロシア・中国という国連安保常任理事国の五カ国である。これらの国は核兵器も貯え
ている・・・恐ろしい。もっとも、最新情報によると、フランスでも原発反対の世論
が高まっているというが。
◆ ◆ ◆
村上春樹氏はカタルーニア国際授賞式でのスピーチで「過ちは繰り返しません」とい
う言葉を引きながら、福島の原発暴発に関して、電力会社や政府を非難することは当
然だが、安全神話を許してきた我々は「被害者であると同時に、加害者でもある」と
語った。だが、その安全神話を創作し、原発推進を進めてきた人たちは「誤ち」と受
けとっているとは思えない。いまのところ、原発政策を進めてきた自民党の懺悔はな
い。しかし、村上氏のいうように原発を許してきた国民みんなの責任も問わなければ
いけないのだろう。
国権の行使は国民の代表が行う、これが日本国の国是である。原発を是とする国会議
員・政党に支持を与えてきた国民が、自ら責任を問う、これが民主主義ということに
なる。イタリアでは原発推進派だった首相も、国民投票の開票結果を待たずに、「さ
よなら」することが義務だと宣言した。古代アテネでは、政治の最高決定権は市民集
会にあった。パルティノンのすぐそばにあるプルクスの丘の草原に大衆が集まり、と
ころどころにある岩の上に座ったりして演説を聞いて是非を決めた。六千人くらいが
集まったらしい。
アメリカでは、一部の議員が、オバマ大統領が議会の承認なしにリビアの軍事作戦を
開始したとして連邦地裁に提訴したという。ブッシュ大統領は平気で議会を無視して
何度も中東に戦戈を進めた。これが現代の民主主義の到達点である。
◆ ◆ ◆
だが、わが国でも原発廃止の声は高まりつつあるように見える。しかしなぜ廃止なの
か必ずしも議論が深まっているとは言いがたい。意見も多様である。
ある一つの見解は、現在の人間の知識や技術では原子力を制御できない、それが可能
になるまでは原発を作るべきでない、しかし、将来の平和利用のために原子力の基礎
研究は進めるべきだという意見である。これは基本的には原子力の使用を是とする立
場である。ただ条件を厳しくつけただけである。科学や技術は進歩するものであり、
科学技術の健全な発達は人類の幸福に役立つという思想が根底にある。
それに対し、平和利用といえども、また、人間が制御できようになっても原子力を利
用すべきではないという考えもある。上記の見解とは基本的な違いがある。
また、原爆体験をもつ唯一の国民として、原発反対を戦後の歩みの中心命題にすべき
だったという考えもある。村上春樹氏は「原爆体験によって植えつけられた、核に対
するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった」「しかし急速な経済発
展の途上で、『効率』という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失って
しまった」と発言している。これも一つの考え方ではある。
◆ ◆ ◆
村上氏はこのスピーチの最初の方で、日本には無常という思想、いわばあきらめの世
界観がある、それは人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だという考え方だと述べ
た。この日本人の考え方をスペイン人はなんと聞いただろう。無常という考え方は何
も日本人だけのものではない。恐らく世界の人類の多くの人たちのものでもあったし
、今日でもそうだろう。仏教では「色即是空、空即是色」という。李白や杜甫などの
詩にはそこはかとなく無常感が漂う。オマム・ハイヤールは詠った。
あわれ 人の世の旅人は移りゆく
今このひとときを楽しまずして
なぜに明日をば 思いわずらう
以前私は、セネカの地震に関連しての発言を引用した(ブログ「実に恐ろしい」<3・
27>)。その一部を再録しよう。「滅びゆくもの、ないしは滅ぼしうるものには、何
ものにも永遠の平静はない」「われわれにとっての唯一の危険はこれ、すなわち陸地
が振動することであり、地上に置かれているものがみな突然に投げ散らされ、引き倒
される」。セネカはさらにいう。「死に対して慰めを与える何より良い方法は、人間
は死滅するものであることを知ることである」。
スペインはローマ時代はローマ帝国の重要な一部をなしていた。セネカはそのスペイ
ンのゴルドバ生まれである。幼時ローマにいた叔母に預けられて育ち、のち、ネロの
教師、執政官になり、多くの著書を残し、最晩年には『自然研究』を著した。その『
自然研究』の中での記述である。
このセネカはもちろん、釈迦も、中国やペルシアの詩人も原爆や原発を知らない。む
ろん『平家物語』の語り手も、一休和尚も知らない。
セネカは、人生の幸不幸は財産の多寡によるものではなく、自然に従って生活するこ
とだと言っていた。これは恐らく上記の人々の思想でもあっただろう。
村上春樹氏はいう。「日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり
方を見出してきた」と。そして更に「滅びたものに対する敬意と、そのような危機に
満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決
意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです」と。氏のいう「言
葉を専門とする我々=職業的作家たち」の一員らしい言葉である。
◆ ◆ ◆
村上氏は「効率」という安易な基準に流されて、原爆体験を持つ日本人が技術力や叡
智を結集し原発に代わる有効なエネルギーを国家レベルで追求すべきだったのに、そ
の道筋を我々は見失ってしまったのだと述懐する。その点では私も賛同したい気持ち
もある。
もしそうだとすれば、日本人はいつからその道筋を見失ったのだろうか。
私は見失ったのは終戦直後からだと思う。明治維新以後、日本国民は大きくものの道
理の道筋を失ってきて敗戦を迎え、大日本帝国は滅びた。それは必ずしも「効率」と
いう基準に流されたからだとは言いたくない。ものの道理、つまり「人の倫(みち)
」を見失ったからだと思う。「ホットスポット」みたいに、まだらに、見失わなかっ
た部分もあることはあるが。しかし大筋としては見失ったのである。
戦後、道筋を見失った最大の原因は、戦争による惨禍にある。ヒロシマ・ナガサキは
もちろん、全国の多くの都市が焦土と化し、何百万という人命と冨が失われた。だが
、失われたのは財産や人命だけでない。失われた最大のものは道徳律である。その日
を生きてゆくためには仕方のないことでもあったと弁解はできるかもしれないが。経
済的な復興の過程で「効率」は有効な道であると誰もが信じた。誰もが、ちゃんとし
た生活が欲しかった。道徳律などにかまってはおれなかった。
朝鮮戦争やベトナム戦争の特需で潤った日本経済はひたすら高度経済成長の道をつっ
走った。村上氏のいう「日本人の持つ技術や叡智」はそのために使われた。揚げ句の
果て「ほりえもん」が英雄視されるような、金銭まみれの日本人が出現した。原発推
進はそのような過程で増殖されてきた。
「日本は滅びる」と、「教授」と綽名されている私の知人が繰り返し言っていたこと
を、何回も私は紹介してきた。3月11日、私は裸足で庭に飛び出し、足許の大地の
揺れにおののきながら、日本列島は崩壊するのではとさえ思った。
日本人は戦後の復興を自慢する。外国の人もそれを賛嘆する。そして今、果たしてこ
の大震災・大災害から復興するのだろうか。復興して、また、誤った道筋に迷い込む
のではなかろうか。まだ福島原発の魔物を封じ込めることさえもできないうちに・・
・はやすでにその兆候は現れている。
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