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最近の拾い読みから(3) ― 『日米関係のなかの文学』

2006-06-25 11:44:12 | Book Review
日本文学および米国文学に、どのように日米関係が影を投げかけているかを考察したのが、佐伯彰一 著『日米関係のなかの文学』である。
「太平洋をはさんだ二つの国の、歴史的、文化的、政治的な相互関係のなかに据え直してみるとき、日本文学、またアメリカ文学について、新しく見えてくるものとは、果して何であるのか」
を探ろうというのが著者のねらい。

となると、どうしても「太平洋戦争」という世界史的なできごとが、もっとも中心となるのだが、ここでは、あえてそれを外して読んでみる。

まずは、メルヴィルの『白鯨』。
著者の〈『白鯨』体験〉(日米開戦当時、阿部知二訳の『白鯨』を読んでいた。そして、それは阿部の小説の愛読者であったから、というところから話が始まるのだが)を語り、D. H. ロレンスの『古典アメリカ文学研究』に話題を及ぼす。
「近代文学の中で、二つのものが真の極点に達した。それは決してフランスの新文学や、未来派や、アイルランドの文学ではない。ロシアとアメリカ、但し古きアメリカである。トルストイ、ドストエフスキーたちのロシアと、ホーソン、メルヴィル、ホイットマンたちのアメリカだ。近代のヨーロッパ人が求めてゐた極度の意識の急迫に、古いアメリカ人は正に達した。『故に世界は彼等を怖れた。今も怖れてゐる』」
と阿部も、ロレンスを引いている。

とはいえ、ここで、小生が興味を持つのは、文学上のメルヴィルおよび『白鯨』の評価ではない。

次のような一節がある。
「まだ二十代始めのメルヴィルが、捕鯨船の乗組員として、日本近海にやって来たのは、1842年(天保13年)の話だが、じつの所、これはかくべつ例外的な事件とはいえなし。むしろ当時のアメリカの捕鯨船として、おきまりのコースともいうべきで、この頃日本近海に出漁する捕鯨船の数は、年間約六、七百隻にも上っていた。(中略)はるばる太平洋を横切り、いや当時はもちろんパナマ運河以前だから、南米のホーン岬を廻った上で日本近海にやって来る捕鯨船の大群のために、手ごろな補給基地を確保したいというのは、自然な要求にすぎない。いや、アメリカ政府にとっては、国家産業保護のための、緊急な政治的課題であったろう。ペリー提督指揮下のアメリカ艦隊が、江戸湾に姿を現わしたのが、1853年6月、メルヴィルの『白鯨』刊行の翌々年のことである。」

小生が瞥見するかぎりで、捕鯨船の視点から、ペリー来航を捉えたものは、ごく少数に過ぎない。

この他にも、『日米関係のなかの文学』には、なかなか新鮮な視角からの考察が含まれているのだが、本日は、この辺で。

佐伯彰一
『日米関係のなかの文学』
文藝春秋
定価:本体1,575円(税込)
ISBN4163393706