甲越軍記より277話
今や上杉勢は倍する敵に前後から追いまくられて、心は勇猛に働けども今暁よりの苦戦に疲れた身、一方は新手の正兵一万二千を加えた二万の兵
太刀は折れ、槍はたわみ、大川駿河ら名だたる勇士、七転八倒して討ち死にする
上杉の無双の勇士も痛手を受けて引くともなしに跡下がれば、勢いに乗った武田兵は当たるを幸いに殺しまわる、越兵は散々に乱れて総敗軍となり、犀川のほうに雪崩うって逃げてゆく
水に溺れる兵士も数知れず、謙信は馬上にキッと見定めて「戦ももはやこれまで」と迫る敵十三騎を斬り落とし、この早業は人とは思えず敵は恐れて近寄る者なし
謙信、犀川に馬を乗り入れたるを見て、謙信の神業知らぬ新たなる甲兵は一斉に「あれなるは敵の大将上杉謙信に間違いなし、討ち取って手柄とすべし」と一斉にあとを追う
これを見て「スワ御大将の危急なり」と宇野左馬助、和田貴兵衛、打ち合う敵を捨てて謙信の方に馬を走らせる
岸辺に至りて敵を防ぐ間に、謙信ははや対岸に上がって味方の次々に渡り来るを待つ
これを見て長坂入道釣閑の手勢、そこかしこから川を渡って謙信らを取り囲む
謙信は少しも騒がず、三尺六寸の小豆長光の太刀を振りかざし、四方八面に切り伏せて近寄る者は蹴倒し、荒れに荒れて猛勇を振るえば、またもや敵は恐れて近寄る者なし
されど謙信の愛馬放生月毛も朝からの戦に傷を負い、疲れ果てついに立ちすくんで動かざれば、これを見て宇野左馬助、自分の馬に謙信を乗せ、自分は徒歩となって和田貴兵衛とただ二人で謙信の左右に従い高梨山へと引き下がるところ、長坂の兵はなおも追いかけてくるのを宇野左馬助は取って返し、小高き丘にてこれを遮り、奮闘の末に討死する
その隙に謙信は和田喜兵衛を伴って高梨山にかかり静々と引き取られる
長坂の兵士は謙信を討ち漏らしたが、放生月毛の名馬を引き連れて、「これぞ越後の大将、謙信の乗馬なり、追い打ちして奪い取ったり」と声高々に叫んで味方の陣に引き入る。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます