「業際」を超え・「域際」を超え・「世代の際」を超えて!

理論を貫いて実践に生き! 実践を通して理論を究め! 前へ前へと進もう!

「私の心に残った語録」Ⅱ 

2006年07月26日 | 今様隠居道

イトキン㈱入社2年目の時に、初めてお聞きした「最初の語録」を昨日のBlogで披露しました。
今日は、それから20年後に私がイトキン㈱を退職の時にお聞きした「語録」を書きます。

常務に昇任した年で、サラリーマンとしては、何の不足のない環境にいた私が、
「40歳にして惑わずの不惑の年」に迷いが生じ、20年間お世話になった
イトキン㈱を退職することになりました。
最後の挨拶でお目にかかった時にお聞きした、私にとっての「最後の語録になった印象に残った話しをします。

退職の非礼を詫び、在職中のお礼を述べた後、昔の思い出話になった時に、
「君は、わしの言ったことに意見がある時や考えが違う時に、顔を赤らめて反論してくる。その時、わしはもっと良い考えがないかと、夜眠らないで考えている」
笑いながら話されました。

それに付け加えて
「最近はわしの言ったことに意見を言うものが
少なくなった。・・・これは問題だなー」
と嘆いておられました。

海外出張に同行する機会が多かったこともあり、ホテルで朝食をご一緒することが多くありました。
その朝食の時に、前の晩ホテルの部屋の便箋に書き留めたお考えを私に話されます。

素直にお聞きすることが大半?でしたが、時々朝から議論になってしまう時も
有りました。
私が海外出張の気安さもあり、ルームサービスのお酒を楽しんでいる時に、
ご自身は、部屋で考え事をまとめられて、翌日また前日の話しの続きになることが
度々有りました。

私の記憶では、反対意見を述べても、余り酷く怒られたことはありません。
(一度だけありますが、その内容はBlogでは書けません)
むしろ安易な迎合する態度や意見は好まれず、無視されておられる感じでした。

積極的で前向きな具申には、充分耳を傾けて聞いていただけました。

耳を傾けるという表現より、目で聞くという表現の方が正しいかもしれません。
じっと私の目を見ながら聞いていおられました。

信念を持って、正論を述べる時の目は多分澄んで輝いた目をしていると思います。
反対に自分に邪念が有り、別の意図するような邪論には、その人の目に表れるのではないかと思います。

私もそれ以降、部下との話しを聞くときは、目を見ながら聞くようにしていました。

只、あの眼光鋭い眼で見られると、若かったこともあり、緊張して顔が赤らむのは
無理はありませんが・・・。

慣れてくると、あの緊張感は、終わった後で快感に変わり、懐かしい思い出となっています。
最近そんな緊張感と快感が少なくなっているのかも知れません。