烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

絵で見るパリモードの歴史

2007-01-27 20:07:20 | 本:歴史

 『絵で見るパリモードの歴史』(アルベール・ロビタ著、北澤真木訳、講談社学術文庫)を読む。
 著者は1848年生まれのフランスのイラストレーター、版画家で、風刺週刊誌『ラ・カリカチュール』を発刊するほか、近未来小説の執筆も行い当時ジュール・ヴェルヌ(1828-1905)に勝るとも劣らないと評価された人物である。
 表紙には王政復古期の女性のファッションを彼が描いた絵が飾られているが、この姿をみると雄の孔雀を連想してしまう。本書は中世のパリから19世紀末までのパリの(主に女性の)ファッションを紹介しているが、中世の昔から女性の服飾宝飾に対する奢侈をいかに抑制するかということが問題となっていたことを教えてくれる。当時のフィリップ四世は1294年ブルジョワ階級の女性に毛皮の着用や真珠の使用を禁じたが、

・・これらの一連の取締令は、糠に釘だった。貴族の妻も豪商の妻も、国王の禁止令ばかりか夫の叱責、教会における聖職者の譴責さえ、ものともしない。(中略)ことモードに関するかぎり、彼女たちは誰からも指図されるつもりはなく、いかなる権力も否定する。たとえそれが、王権ないし教権、さらには夫権であろうと。

 王侯貴族階級の女性にとって、男性の目を惹き付けることが重要な戦略であるから、聖職者の批判に耳を傾けるはずはない。あるパターンが男性の注意を惹くことに成功すれば、そのモードがさらに誇張される。その結果頭の飾り(エナン)はますます高くなりゴシック教会の尖塔と見紛うばかりとなり、スカート(ヴェルチュガルダン)はますます横幅が広がり巨大な傘のようになる。こうした変化は、まさにオオヘラジカの角や孔雀の羽飾りが配偶者獲得競争のためにますます誇大なものへと進化していったものに類似している。進化と違うところは、ある時期に急に衰退し、そしてある時間をおいてまた同じモードが甦ることである。ヴェルチュガルダンという幅広のスカートは、ルイ15世の御世にイギリスから再導入され、パニエという名前で流行する。特にルイ16世紀時代の女性の大きな髪形には目を瞠るものがある。
 このような身体の各部分を飾る部分の変化をたどるのも面白いし、歴史の各場面で登場する人物のモードに注目するのも面白い。甲冑に身を包んだジャンヌ・ダルクに対して肩も露なコルサージュを着てシャルルを操ったアニェス・ソレル、アンリ2世の没後終生喪服に身を包んでいたカトリーヌ・ドゥ・メディシス、「両性具有の島の女国王」と呼ばれ厚化粧をほどこしていたアンリ3世、先鋭的なファッションリーダーだったマリー・アントワネットなどなど。
 1891年にこの本を書いたロビダは、こう締めくくっている。

 遠からず、いまの時代ならではの独創的なモード、当世風の言い回しを借りるなら、「世紀末」ならではのユニークなモードが誕生することを、祈ろうではないか。いまこの世紀末に生きる女性たちの孫が、うちのおばあさんの時代には、誰もがエレガントな装いをしていたのだな、どんな時代の模倣でもない斬新で個性的なお洒落をしていたのだな、と思い描けるようなモードが誕生することを、切に祈りたい。