烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

驚異の発明家の形見函

2007-01-11 22:18:31 | 本:文学

 『驚異の発明家の形見函』(アレン・カーズワイル著、大島豊訳、東京創元社刊)を読む。
 表紙に鸚鵡貝や木の人形、懐中時計などを入れた函の写真が載っていて、以前から気になっていた本を古書店で購入した。物語は、「わたし」がパリのオークションで競売番号67番の奇妙な小函を競売で手に入れたことから始まる。この持ち主はクロード・パージュ、フランス革命期を生きた器械作成の天才だった。この始まりも興味がそそられる。パージュは外科医ステンフリから右手の中指と薬指の間にできた黒子を切除する手術を受けるが、故意に中指まで切除されてしまい、指は標本として彼に持ち去られてしまう。その後尊師ことトゥールネー伯爵の下で修行を受けることになり彼の数奇な運命が始まる。
 それから器械技術を磨いていき、パージュはその才能を開花させていくのであるが、18世紀の風俗・社会が描きこまれており読み応えがある。歴史的なことで興味をひくのは、彼の修行の過程でリシュアン・リーヴルというパリの書籍商の下で働いているときに、そこで取り扱われるポルノグラフィーをお得意様の女性に届けるところである。ポルノグラフィーというジャンルがこの時期どのようにして読まれていたのかが分かるのだが、このあたりは確か『ポルノグラフィーの発明』と題された本が出ていたので、その辺まで読書を広げるとさらに面白いだろうと感じた。
 パージュは物語の最後に技術の粋を尽くしたある精巧なものを作成して喝采を浴びるのであるが、本書には実在のからくり師ヴォーカンソン(Vaucanson, Jacques de, 1709-1782)も登場する。彼は1738年に有名な機械アヒルを作成した人物である。餌を啄ばみ、糞もしたという人形でゲーテもこれを目にしている。彼は明治時代の日本でも、鴨の自ら水を飲み声を発して游泳する機器を造りし葡岡孫(ぼうかんそん)として紹介されている。
 また、1769年にヴォルフガング・フォン・ケンペレンによって作られた チェスをするトルコ人のことも書かれている。これはマリア・テレジアを歓待するためだったらしいが、この自動人形と対戦した人には、ナボレオン・ボナパルトやベンジャミン・フランクリンがいる。実際にはこの人形の中には人間が隠れており、チェスの差し手を考えていた。
 物語は1789年のフランス革命でクライマックスを迎えるのであるが、例のギロチンの場面では、その断頭台の露と消えたラボアジェのことを思い出し革命の狂気が物語りに悲しい影を与えている。誰が断頭台の犠牲となるかは読んでからのお楽しみである。
 この時代の歴史が好きな人は読んで十分楽しい小説だと私は思うが、話の主人公が発明家という設定で波乱万丈のラブロマンスはないから女性には受けないかもしれない。