業務日誌

許せないヤツがいる 許せないことがある
だから倒れても倒れても立ち上がる立ち上がる
あいつの名はケアマネージャー

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わからない、誰か助けて!

2009年09月25日 | 業務日誌
※ 画像は『今さらナニ言ってんの?』。でもどうしても納得出来ないことのひとつ。



皆さんも担当してらっしゃいますよね、ナマホ。
ケアマネとして、支援者として、ナマホ制度がどういう制度なのかちゃんと知っておかなきゃならない、そりゃそうです。
ナマホの人の保険証は?
とか、
2号でナマホの人の請求は?
とか、
3年もケアマネやってて今さら人に聞けません。
ハリケンの基礎資格は社会福祉士ではないので、ナマホのしくみとかナマホの扶助の種類とか、たいして知りませんし、ましてや保護課の事情なんてものは知る由がないんです。

私の担当に、独居で透析でナマホ(DTN)のリュークという人がいたのをご記憶でしょうか。
69歳男性です。リンク飛ばそうにも過去ログ探すのがホセ・メンドーサ。
(たぶん去年の5月末くらいの記事)
現在このリュークは、身体状況が悪化につぐ悪化、そして区変につぐ区変のため要介護5になっております。
そして、このリュークには元内縁の妻・レムという寄生虫がくっついていたのもご記憶の方は少ないでしょうが、今年のはじめ頃からこのレムの実の息子、しかしリュークとは赤の他人である25歳くらいのオトコの子がリューク宅に居候しているという、人間関係のまったくよくわからない状況となっていました。
そもそもナマホの居宅に居候がいるなんてダメダメなのですが、リュークを骨までしゃぶるつもりの元内縁妻レムが
「遠い身内が無償で介護を手伝っているのだ、居候ではない」
とナマホ課にくってかかり、この状況は黙認というか放置されていました。


7月の末頃、状態がマジ悪くなり、毎日清拭を行うヘルパーがその都度送り人のような心境でケアしておりました。
トランスファーがとっても大変になり、ヘルパー事業所つくしのサ責から
「とてもひとりのヘルパーでは移乗させられない」
と訴えました。
ただでさえ限度額ギリギリなのに、とブツブツ言いながら区変して、居候のオトコの子に直談判。
・透析やデイケアの送り出し時は移乗を手伝う
・キャッチは(オトコの子に)仕事があって無理なので2人ヘルパーを入れる
・2人派遣のときは身体1生活1×2ではなく、身体1×1人+身体1生活1×1人で
というプランをたてて、限度額超過まであと100点未満という崖っぷちのプランの中、リュークをなんとか支えていたワケです。

ところが。
それでもやっぱり、限度額には限度がある。
だから限度額ってゆーんですけどね、どんなに頑張ってケチっても、リュークの限度額がオーバーする日がやってきてしまった。

8月のとある日、居候BOYが急な仕事で2日間ほど家を空けたんです。
仕方がないのでヘルパーは、その2日間だけ、朝の送り出し時にヘルパーを2人派遣。
そして、ちょうどきっかりそのぶんのサービス費が、要介護5のリュークの利用限度額を超えてしまった。

皆さんはご存知でしょうか。
ナマホの方の利用限度額がオーバーしたとき、誰が1番困るのかを。

ケアマネ?
いや別に。
だって限度額オーバーの可能性や、その場合は自費になることについては事前に説明してますし、プランに印鑑もらってますもん。
ぼったくったワケじゃなし、これは必要な限度額超過であったと自信持って言えます。それじゃなくてもリューク宅のサービスでは、色んな事業所に『泣いて』もらってきたんです。良心も、ホント悪いけど、痛みません。

事業所?
や、全然。
以前はリューク、色んな料金が引き落とされる前に銀行から保護費を引き出してしまい、デイケアの食費などが引き落とせず、集金に苦労したこともありましたが、今は自分で銀行に行くことが出来ないため、おカネが入ってこないなんてことがなくなりました。オーバーしたぶんは自費として請求すればいいんです。

利用者(リューク)?
ええ、まったく。
保護費、余ってます。余ってるんです。余るようになったんです。

困るのは保護課なんです。


これ以下、面倒くさいのでイッキに書きます。

生活保護の方については、上限額を超えるサービスは認められません。
これはもちろん、介護サービス費の自費ぶんを生活扶助で補うと、(ナマホの方には必要最低限の金額が支給されているはずですから)リュークは最低の生活以下となってしまうためです。
しかし、改正後の報酬体系などを見ても当然、訪問介護の緊急時加算などで限度額をオーバーするかもしれないことは想定されるはずです。
しかも、このリュークの場合、緊急時加算算定の要件を満たしているにも関わらず、そこは事業所に泣いてもらっているんです。
なのに保護課から
監査にひっかかる
という理由で、8月ぶんの請求を取り下げるように指導されました。
いうまでもありませんが、監査でひっかかるのは保護課です。
こちらは、今月リュークの限度額がオーバーしたのは居候BOYの都合であるから、自己負担額のぶんはこのBOYが出すものとしていました(実際出すのかどうかは知りませんが)。

これ、なんかおかしいですかね。
ナマホの人でも限度額を超えてサービスが必要なことはある。
そこを、何が何でも限度額内で収まるようにすれば、最低生活どころか必要最低限の介護が受けられなくなるんですけど。

ちなみにこのとき保護課の担当ワーカーからは
「限度額を超過したことには目をつぶるので、超過した事実を(書類上)消して下さい」
と言われました。
正直に言いますが、私、このコトバの真意つか真実が全然見えません。
なんかウラがありそうな、でも誰に聞いてもよくわからないんです。

似たような経験のあるケアマネさんか事業所さん、これ読んでらしたら教えてもらえないでしょうか。

ハリケン、ケアマネ就任後2度めの取り下げでした。
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所詮介護はヒトかカネ その3

2009年09月23日 | 業務日誌
※ 画像は、マジでヤフオクに出てた黒電話。いいと思う。


やれやれ。
ダンピングとかコピー商品とか資格取得とか、ウザいったら。
デコ業界もいろいろあってさ、ああグチりたい。


果たしてマナブさんは本当にそこ(ベッドからポータブルに移乗)まで回復するのか?

経験豊富な皆さんにはおわかりでしょう。
高齢者ってのは、入院してるときはぜんぜんダメダメだったことが退院して在宅復帰すると突然またできるようになっちゃったりすることがあるってことを。
ええ、立ちましたわ、マナブさん。

マナブさんが入院してる間にワタシがしたこと。
・病室で直筆の委任状を書いてもらい、銀行から30万円おろした。
⇒知ってました?ゆうちょ銀行では、介護関係の事業所の身分を証明するものがあれば、30万円までは委任状が不要です。
そんなん知らなかったので、私はマナブさんのヨレヨレの字による委任状を持参しちゃいましたよ。
・マナブさんの自宅に業者を入れ、模様替えをし、車椅子で生活が出来るようにした。
⇒居間と寝室を入れ替え、玄関からベッドまでの動線をストレートにしたんです。
独居男性ですからね、まーモノがあるある、片付けるのが大変でした。
・マナブさんの亡き奥さんが使っていたポータブルなどを使えるようにした。
⇒洗って消毒して干して。

で、そのときマナブさんの銀行口座の残金を見ました。
なんと3000万円もの残高が。
これなら大丈夫、マナブさんは在宅でやっていけると思いましたね。
マナブさんがどのくらい回復するかとか、居宅の環境がどうとか、身寄りがどうとかの不安が
サ-----------------ッと消滅するのを感じました。
朝も昼も夜もヘルパーいれて、食事は配食にして、入浴はデイに行ってもらって、おカネの管理は権利擁護にやってもらおう。
なーに大丈夫、こんだけあれば少々自費が出たって本人意思だ。

結局そういうことでしょ、介護って。

マナブさんの、なにがなんでも施設には入りたくないという気持ちは、他のなんでもない本人のおカネが支えるんです。
利用者の財力はケアマネをも支えてしまう。
悲しいけどそれが現実です。

で、マナブさんは4月なかばに退院しました。
退院したとたんに自宅内で動けるようになりましたが、右足踵に褥瘡が出来ていたんです。
主治医は訪看入れろとカンタンに言う。
しかしワタシが組んでいた退院後のプランには訪看の入る隙間はない。
そこで主治医にかけあい、特別指示書を出してもらいました。
これで半月から1ヶ月は限度額心配せずに医療保険で毎日訪看を頼めます。
ついでに訪問診療も頼みました。
すごくいい在宅クリニックがあったので、退院後はそちらに隔週で来ていただくことに。
うんうん、整ってきた。
これならなんとかやっていける。

と思ったら


ヘルパーさんたちからクレームが。

マナブさん宅のヘルパーは、それまで使っていた写経と、24時間体制をしーているヘルパーSTさくら(仮称)でやっていたんですが、その両方の事業所が、マナブさん宅での金銭管理について、あまりにも大金すぎて通帳とかの置き場所やら、引き出し時の同行やらが心配すぎるとゆーんですね。
そりゃそうです。
基本、マナブさんちは施錠出来ない。
だってヘルパーさんはカギが預かれないからです。
なもんで、玄関のソトのキーボックスでカギを管理できるように夜間対応型訪問介護事業所をもう一箇所頼んだのですが、それでも、呼び鈴を鳴らすとマナブさんが玄関まで歩いて(這って)出てくるのが転倒の恐怖なのでやっぱりドアは常時オープンでなければならん。
で、夜間のヘルパーさんが閉めて出る、程度でないとダメなのですが、自宅に三千万円もの通帳があって、それを知ってる関係者がたくさんいる状況下では困る。
とはいえ、わわわわわわたしが預かるワケにはいかない。
私、絶対に出来心を起こす自信があります。


そこに出てくるのが宗教団体なわけです。


退院後に、ドクター以外の関係者全員がマナブさん宅に集まって話し合いをしたときに、マナブさんの居住区のブロックの宗教団体の責任者が来られ、金銭管理の話をしたとき。
マナブさんに権利擁護を使って欲しいとお願いしましたがキッパリ拒否られてしまい(お金を払ってお金を管理してもらうとか、お金を払って身元を保証してもらうとか、そーゆーことがどうしても理解出来ない方なんです)、ふと
「マナブさんが1番信頼している他人は」
と考えると、それはやはり宗教仲間しかいないワケです。



話し合いのもと、マナブさんの通帳と印鑑は、この宗教仲間が預かることとなりました。
ついでに、私たちが辞去したあと、彼らは、マナブさんのクレジットカードなども自宅から探し出して、持ち帰って管理して下さることに。


誤解されるとアレなので付け足しますが、現在こちらの宗教関係の方たちがマナブさんのお金をどうこうしている様子は全然ありません。
サービス費もちゃんと落ちてますし、自宅にはだいたい20万円くらい置いておこうということになっており、足りなくなればマナブさんを連れて銀行に行って下さいます。



マナブさんにもしものことがあったとき、それがどうなるのかは知りません。
もしかして寄付、ってことに話が決まっているのかも知れないです。
でも、マナブさんには財産を残す身内がないのですし、倹約して乏しいサービスを使ってもらうよりは、自費だろうがなんだろうが出してでも、「施設には行かない」という本人の選択を支援していくのがケアマネの仕事ではないのかと、このときは思ったんです。
まさかまさか、それがこんなにも膨れ上がって、月に数十万も使うような破目になるとは思わなかった。
毎月給付管理するたびに怖くなります。


マナブさんの在宅生活の困難っぷりはまだまだ続いているのですが、このトピは一旦ここでペンを置くことにします。
しかしまだまだ続編がありますんで、また聞いてやって下さいね。










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所詮介護はヒトかカネ その2

2009年09月10日 | 業務日誌
※ 画像はひこにゃん。ああ…癒されていく…。


今年の正月。
マナブさんが自宅内で何度目かに転倒し、動けずにいたところを朝9時のヘルパーが発見。
救急搬送され、C病院に入院。
幸い骨折などはなかったものの、強い腰の痛みを訴え、動けず、しかし原因もわからず。
入院したのが土曜日。
日曜日はヘルパーを組んでいませんでしたので、私は休日出勤し、必要物品を届けました。

病院は入院手続きなどのために身内に連絡をとりましたが、妹2人、所在不明。

実はこの時点で、上の妹は認知症で入所しており、下の妹は末期Caで入院中だったのです。
困り果てたC病院のMSWがケアマネ=私に連絡する。
なんとかして身内に、入院承諾書などの書類を整えてもらいたい、緊急時の処置について相談したい。
ケアマネさん、なんとかなりませんか。

私だってこの数ヶ月間、施設入所を拒否るマナブさんをなんとかしようと、身内を探して探しまくりました。
このマナブさん本人も妹ふたりも、子供がないんです。
マナブさんの亡くなった奥様のほうの親戚も付き合いを絶っていたらしく連絡がつかない。
お手上げです。

実は

サラに悪いことがもうひとつありまして。

マナブさんには、ある特別な宗教団体との関りがありました。

あえてその団体(宗派)の名称は記載しませんが

その団体の信者は近代医療を否定しており、輸血(自己血もダメ)を拒否する、身体からいったん出て行ったものはすべて土に返すというのが教義である、かの有名な宗教団体でありまして。
てことは、病院では、マナブさんに何かあった場合の対処が出来ないワケです。
家族、身内の承諾も得られない状態で、本人は権利擁護も拒否。

マナブさんが入院してしばらくは、病院も私も必死になって身内を探しました。
ヒマさえあればふたりの妹に電話していたほどです。
しかしとうとう電話がつながることはありませんでした。
---------------当然っちゃ当然です。
入所に入院ですからね。

最初私は、病院に泣きつかれても知らん顔しようと思ってたんです。
身元保証人にもなれないし、入院承諾書にもサイン出来ません、MSWが介入されるのはご勝手に、ただしご本人が承諾されればの話ですけどね。
C病院からはほぼ毎日
「ご家族と連絡とれましたか?」
って電話がかかってきましたが、いいえと答える他はない。
一体どうしたらいいんでしょうかと聞かれても私にもわからないとしか言えない。
挙句の果ては
「独居の方ですから、いつかこのようなこともあるだろうと予測して、成年後見人制度などを利用しておくべきだったのでは?」
みたいなことまで言われる始末。

それが出来ればとっくにやっとるっちゅーねん。
簡単に言うけど、いくらかかると思ってんの。
ここまでひとりでやってきた高齢者が、お金を払って身元を引き受けてもらうという制度に抵抗がないと思いますか。
成年後見人制度というのはたしかにありがたい制度ですが、この場合ありがたがっているのは明らかにあんたらではないのか。

そうこうしているうちに、病院側は、なかばムリヤリご本人に承諾書にサインをさせ、民生委員にまで連絡をしてました。
2週間もすると転院の話をしはじめ、ご本人が(転院先を)探せないのでケアマネさん相談に乗ってくれませんかと言い出しました。
この間私は、マナブさんの入院中毎日病院に通い、紙おむつを買って届け、その都度詰め所に呼ばれ、ドクターやナースから今後の相談をされ、説明を受け続けました。
ドクターは
「マナブさんはもう在宅に戻せる状態ではないと思われるので、転院していただくようにこちらも支援しますが、そのあとどうするかケアマネさんも考えてもらえませんか」
と言われました。
そもそも入院した時点でケアマネが出来ることはないのだということをドクターに説明してもわからないんです。
ましてや、転院させようにも、身内と連絡のとれない人をどこの病院が引き受けてくれるでしょうか。

案の定、マナブさんを引き受けてくれそうな病院は全然見つかりませんでした。
かといって施設入所の話をすれば
「結構です」
とニコニコ笑って答えるマナブさんでした。
だいいち、特養だって老健だって身元の保証のない人は受け入れません。
完全に八方塞がった、と思ったとき----------------------------------


マナブさんのリハビリが始まり、まったく立てなかったマナブさんが、両手で手すりにつかまれば立位可にまでなってしまったんです。
するとドクター、早速在宅に返すと言い出した。
今度は私が慌てる番でした。

在宅に戻す条件として、どこまで回復すればあとを(ケアマネが)見てやれるかとある日呼ばれて詰め寄られました。
私は考えに考え、それまでお世話になっていたヘルパーさんにも相談し、
「ベッドからポータブルに自力で移乗出来るようになれば引き受けます」
と答えたんです。
ドクターは
「わかりました」
と静かに言われました。
そのとき私とドクターの間に、なんかメラメラした雰囲気が漂っていたことは言うまでもありません。

果たして本当にそこまで回復するのか?
回復したとして、本当に在宅でやっていけるのか?
そしてこの後、マナブさんと宗教団体の関りは?



                            つづく


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所詮介護はヒトかカネ その1

2009年09月01日 | 業務日誌
※ 画像はひこにゃん。め------ちゃめちゃ好き。癒されるったら♪


ひさびさに長編書く決意で臨んでおります。

…この利用者のことだけは決して書くまいと思ってたのに(←遠い目)。



私が担当する利用者 お塩マナブさん(仮名)88歳男性/要介護3。
5年ほど前に妻に先立たれ、子供はなし。公団に住む独居です。
もとは整備工でした。
高度の難聴で認知症、腰部脊柱管狭窄症、正常圧水頭症。
とっても温厚な方で、性格のかわいいじいちゃんです。

現在利用しているサービスは
訪問介護月に77回。
訪問看護月に4回。
通所介護月に13回。
夜間訪問介護基本Ⅰ。
福祉用具3品目。

ヘルパー2事業所・通所介護1事業所・夜間対応型訪問介護1事業所・訪問看護1事業所・福祉用具1事業所。
その他隔週の訪問診療に毎夕+隔日昼配食サービスに月イチのレンタルシーツに、とあるインフォーマル支援団体がほぼ毎日。
(※この支援団体に関してはのちにふれます)

はい、介護サービスの利用頻度に注目。
要介護3でこんなに利用出来るはずはありませんね。

要介護3の支給限度基準額は26,750点。
この方の費用の総額は、例:先月50,835点。

マナブさんは毎月25万円程度もの自費が出る方なのです。

この時点で私のことを、ケアマネ失格と思っていただいても構いません。
こんな多額の自己負担を出してしまうようなケアマネは介護支援専門員を名乗ってはならないと自分でも思うんですから。
今でもこのお宅を最低月に5,6回訪問し、必要な買い物や公的手続きをすべて代行し、ときには預金通帳を求めて家中を捜し、ときには便所のつまりまで解消し、ヘルパーや訪看ナース、団地管理人や支援団体からの苦情に頭を下げまくっている私は、もはやケアマネでもなんでもありません。
単なるなんでも屋です。


マナブさんが困難事例になったのは、去年の秋の頃でした。

それまでは、週に3回の社○ヘルパーのみを使って不自由ながらも自分でなんとか買い物や銀行に行っていました。
そのうち○協のサ責から
「マナブさん宅に訪問したヘルパーがトイレで転んだままのマナブさんを発見しました」
「マナブさんちに届いているはずの書類が見当たらず、受け取った記憶もないと言ってます」
などという報告が入るようになり、それはあっちゅー間に
「マナブさんが長年担当のヘルパーに『はじめまして』と言いました」
「マナブさんが団地のホールで転倒して救急搬送されました」
という報告に変化していったのです。

マナブさんには2人の妹がいますが、双方遠方在住。
それでも検査入院のときにはなんとかやってきてくれたり、連絡だけはしてくれていたのです。
いざというときには妹さんたちに相談すればいいと思っていた私がバカだったんですね。

認知症が進み、歩行が不安定になった頃、ヘルパーの訪問回数を増やしたり、車椅子をレンタルしたりと一応の対応はしました。
難聴で、ときには筆談が必要なマナブさんですが、それでも意思の疎通は可能でした。自己決定も出来ましたし、金銭管理もしていたんです。
施設には行きたくない、自宅で過ごして死にたいです。
そうキッパリ言うマナブさんでしたし、お金もある程度持っておられる様子でしたから、いざというときには権利擁護でもなんでも利用すればいいと思っていた私がアホだったんですね。


そして今年の正月。
マナブさんが自宅内で何度目かに転倒して救急搬送された日を境に、事態が急展開。
私は、自分の持てる知識と能力すべてを総動員してマナブさんの居宅介護支援に臨まなくてはならなくなりました。



                         つづく













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