業務日誌

許せないヤツがいる 許せないことがある
だから倒れても倒れても立ち上がる立ち上がる
あいつの名はケアマネージャー

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バイステックの原則「自己決定」 その4

2011年06月22日 | 事例検討
※ ぬこグッタリ。

いつのまにか梅雨入りしてしまいました(汗)

私の地元は大雨で大変だったようです。
今日入梅した被災地も、これからさらに心配が増すことでしょう。
日本中、悲しいこととか辛いこととかで散らかっている気がしますが
みんなでひとつずつ片付けていきましょう。








ウチの職場の『虐待防止マニュアル』をまるっと転載したいと思ったんですが
これやってしまうと組織体系図みたいなのから法人バレしそうだったのでやめました。
すみませー。

なんでここでは、一般的に、どこの自治体にでもあるようなマニュアルを参照しつつ進めたいと思います。


高齢者虐待の具体的な対応方策(ざっと)

 1 虐待の発見

 2 相談・通報受理

 3 調査の実施

 4 ケース会議

 5 支援方針の検討及び支援の実施

 6 老人福祉法に基づく措置の実施

 7 成年後見制度及び日常生活自立支援事業などの活用

 8 支援の評価と支援方針の修正

 9 再発・未然防止対策


ウチの流れとしては、虐待ケースを見つけたとき、まずはうえに報告をします。
うえからうえに、そしてまたうえに報告をします。
そして区や包括に相談をします。
区や包括も、うえからうえに、そしてまたうえに報告をします。
そして区や包括が調査を実施します。
その調査の結果を持ち寄り、居宅と区と包括でケース会議をします。

まずはここまで。







忘れもしないあの日。
今年の3月11日です。

私たちの地区でも、大きな揺れを感じました。

私はそのとき、病院の敷地内にいて、訪問に出ようとするところでした。
院内から職員や利用者の叫び声が聞こえて、私はすぐ病院に戻りましたが、揺れはすぐにおさまりました。
テレビやネットで状況を確認し、訪問の予定を変更して、独居で崩れそうな家に住んでいる方のところを数件見てまわりました。
無事を確認して事業所に戻ると、もう終業時間近くになっていました。
スタッフの自宅や家族も心配ですから、定時に全員帰るように促しました。

ところが

スタッフがひとり足りない。

ヴィクトリアがまだ訪問に出たまま、戻っていないんです。

彼女の訪問先は、ニコラス宅でした。

気になったので終業後しばらく待っていました。
いつもならスタッフ全員が揃ってから自分も終わるのですが、この日は私も自分の家族が心配だったので、ヴィクトリアのことを上司(←事務課長)にお願いして帰りました。

自宅に到着すると(幸い自宅は無事でした、壁のものが2,3点落下してた程度)すぐに、事務課長から携帯に電話がかかってきまして


「ヴィクトリアさんが、訪問先で、利用者の虐待の現場に遭遇し、なんとか事態を収拾して今やっと帰社したよ」

と知らされました。


つづく




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バイステックの原則「自己決定」 その3

2011年06月04日 | 事例検討
画像はどう見てもリスなぬこ

また放置してしまった・・・orz

2ヶ月もあいてしもた(汗)

仕事が行き詰ると趣味に逃げ、趣味に飽きると仕事に戻る、
そんなことを続けてもう何年です。
ダメだこりゃ。


亀ですが、3月末、担当していた利用者さんがいちどに3名も亡くなった朝がありました。
この業界に身を置いて10数年になりますが、さすがに初めてでした。

慣れたなーと思うこともありますが、それは思い過ごしのようです。
高齢者にとって今年の冬~春は本当に辛い冬だったようですね。
いまだ復興の進まない被災地の方々にとってはいかばかりでしょうか。








ニコラスの顔面の大きなキズ。
どう見ても、ヒトのツメのあとです。

デイケアスタッフがニコラス宅へ送迎に行き、ニコラスのその顔を見てギョッとし、思わず、
妻パトリシアのほうを見上げると(ニコラスの自宅はマンション3階)
平然と自分らを見下ろしている表情のない冷たい顔。

ヴィクトリアやデイケアスタッフ、透析スタッフ、誰がたずねても
「転んだ」
とあいまいに笑って答えるニコラス。

デイケアからの送りの際、勇敢なデイケアスタッフのひとりが妻に事情をたずねたそうですが
返ってきたのは
「このひとが自分で勝手に転んだんです」
という無感情なひとこと。

おかしい。
おかしい。
やっぱおかしいよ。

翌日の透析日に透析スタッフやヴィクトリアが、もうちょっとつっこんで話を聞こうと
ニコラスのベッドサイド(←透析センターの)で事情を聴取。

なんでも彼は、ほぼ毎夕、妻パトリシアに
「家の中でそうやって動かずにいると歩けなくなる、散歩してらっしゃい!」
と、家から押し出されてしまうそうです。
そして薄暗くなった公園を歩き、何かに躓いて転倒することがよくあるのだとニコラスは言うのでした。


私たちはは半信半疑。
どこで転んだらツメのあとが顔につくんだよ。
なんとか正しい訴えを引き出そうとして質問を変え、心を許してもらおうとするのですが
ニコラスは
「転んだ」
「自分が悪いんだ」
と答えるばかり。

それだけでは済みませんでした。

翌日のデイケア通所日には、また別のすり傷、打撲痕。
ガーゼや絆創膏を貼って返すと、妻から
「余計なことをしないで下さい」
と叱られるというんです。


これはもう見過ごせない、てことで
次にキズを発見したら、虐待防止マニュアルにそって行動を起こそう、ということにしました。

次回はウチの『虐待防止マニュアル』を転載しつつ書きたいと思います。



つづく
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バイステックの原則「自己決定」 その2

2011年03月30日 | 事例検討
のっけからすみません。

今日、とうとうアイリン女史とやり合ってしまいました。

何度も同じことを繰り返す彼女に対して、ゆっちゃいけないことをゆーてしもた。

※ゆっちゃいけないことってゆーのは大抵が「本当のこと」なんですけどね・・・

いろいろと問題の多かった彼女ですが、これまではなんとかやれてたのに
もーちょっとガマン出来なかったのか、と後悔してます。
もしこれで彼女が辞めてしまうとしても、それは彼女に原因があると思うんだけど
責任をとるのは私です。
その覚悟もないのに、なんでブチ切れてしまったのだろうか。

後悔先に立たず。











「このニコラスという人の家族は、ニコラスさんの介護を完全に放棄しているの。
だからきっと、ケアマネは苦労する。担当するのはおやめなさい。」


そう忠告されはしたものの

届けは出したし、計画も立てた。
ひがしデイケアに通うことも決まって、サ担の日程も調整済み。

ここからヨソにふることの出来るケアマネはいないでしょう。

初回面談にて、ニコラスに対する印象はやや認知症のある、陰気なおやじさん。

家族(妻)はちょっと怒りっぽくて
「最近ボケてボケて、ちっともいうことをきかなくなった」
「家の中でも転んでばかりで世話が焼ける。
こんな様子で透析にもちゃんと通えるかどうかわからないのに」
としじゅうイライラ。
透析治療についても
「私は(透析なんて)しなくてもいいと思っていたのに
この人(ニコラス)が勝手に決めてきてしまって」
と妻は言うのです。


問題はありそうだけど、とにかく様子を見ながらやってみます。
介護放棄など虐待の兆候が見られたら随時クリニックに報告連絡相談して
対応を検討します。

そう申し上げると森の神も
「そうね、本人たちが相談に来た時点で報告してくれたらよかったんだけど
私も不在だったし、もう届けも出してしまったならもつより他、仕方ない・・・
大変だと思うけど、相談して下さいね」
と言って下さりました。

虐待/介護放棄のケースは2年生ケアマネには荷が重かろうということで
ここで初めての複数担当制をとり、私とヴィクトリアが担当することにして

デイケア管理者・看護師には事前に
・家族とトラブりそうなときはケアマネを巻き込んで
・もしニコラスに虐待されているよな様子が見られたら記録・画像を
などなどを打ち合わせ。
クリニックやデイケアとも密に連携をとりながらやっていきましょう、となったんです。


そして3月になり、ニコラスのデイケア利用の初日。


まさかのしょっぱなから


ニコラスの顔面には、左目の上から頬骨にかけて
3本のツメでひっかいたような大きなキズがありました。


つづく







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バイステックの原則「自己決定」 その1

2011年03月21日 | 事例検討
※画像は、佐賀県小城市「高齢者虐待防止ネットワークさが」において、高齢者虐待防止ポスターデザイン優秀作品に選ばれたもの。このコトバが色んな意味で、今とても心に響きます。


バイステックの7原則について、ここで説明する必要はないでしょう。
ご存知、ケースワーカーで社会福祉学者のフェリックス・P・バイステックが『ケースワークの原則』にて著した概念です。
最も基本的なケースワークの作法とされています。

この7原則のうち「クライアントの自己決定」とは、クライアントに指示的にならず、決定をおこなうのはクライアントであるという態度をとること。
支援者はクライアントの問題を調査、吟味し多数の選択肢を提示します。
選択肢それぞれのリスクや、有利な点を伝え、決して支援者の導きたい選択肢へ誘導してはならない。

自己決定の原則はバイスティックの7原則にとどまらず、人として保証されなければならない「幸福になる自由」。



去年の年末、ニコラス(要介護2/75歳)が妻パトリシア(70歳)と共にうちの事業所を訪れました。
ニコラスはつい最近認定を受けたばかり。
自宅での入浴が困難になったので通所サービスを利用したいという相談でした。
なぜうちの事業所を選んだのかを尋ねると、
「ここのクリニックで透析をすることになったから」
だそうで。

彼らが相談に来たとき、私は訪問に出ていて不在だったんです。
応対したのはケアマネ2年生の ヴィクトリア。
とりあえず相談受付をして、保険証を確認して、担当者を決め、あらためてその担当者から連絡するといういつもの流れでやってました。
ヴィクトリアが「担当してもいい」ということだったので、彼女にお願いすることにして、あとはいつものように書類作って届け出して保険証を作って、です。

最初の失敗は、このときにまず師長(森の神)にお伺いをたてなかったことでした。

いや、それ以前に「おかしいな」と思うべきだった。

うちのクリニックの透析患者で介護サービスが必要と思われるような人は、クリニックからカルテがまわってくるのが普通なんです。
なのにニコラスのカルテは居宅に届いていない。
透析センターを介さず、直接相談に来たということは、うちのクリニックは「この患者(利用者)を居宅にまわしたくない」
つまり「ひがし会は、この患者とは透析以外で関らないほうがいい」と考えているのではないか、と。


私の不安は的中しました。



保険証を書き換えた日、ヴィクトリアがクリニックに
「昨日居宅に相談にいらしたニコラスさんを担当することになりました」
と挨拶に行ったのですが、その翌日、朝からすぐ森の神・森師長がおいでになり、ヴィクトリアに
「この患者さんを担当するのはやめてほしい」とおっしゃったんです。

ヴィクトリア、びっくり。

ふだん、クリニックの透析患者さんに関してはうちの居宅でもつことを「強制」されることも少なくないのに、
ましてやもう居宅の届けも出して、介護保険証にはハッキリと
『ひがしケアプラン』
と印字されてしまっているのに、森の神は「よその居宅にうつってもらえ」とおっしゃるのです。
この時点でヴィクトリアが私に報告、私はすぐ森の神のおわす場所にすっとんでいき、
「それは、うちでもたずによそを紹介しなさいということですか」
とお訊ねしました。
すると森の神
「いいえ、こんな人をよその紹介なんかしたらうちが恨まれるので、家族に『そちらで探して下さい』と言ったほうがいいわよ」
とまで言われるのでした。

私はお聞きしました。
「そこまでして拒否しなきゃならないとは、一体どんな理由があるんですか」
すると森の神はおっしゃったんです。

「このニコラスという人の家族は、ニコラスさんの介護を完全に放棄しているの。
だからきっと、ケアマネは苦労する。担当するのはおやめなさい。」




まー


介護放棄だけならまだなんとかやれたかもしれないなー




私たちが思うようになるまで、たいして時間はかかりませんでした。



つづく

















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DTN!!! その7

2008年07月16日 | 事例検討
実地指導までもーあと日にちがありません。
ファイル整理のおかげで、通常業務がさっぱりです。
なのに認定調査は3件手付かずだし、入退院はあるし、マジでアタマが煮えそうです。
私は、自分が新規で担当した利用者に関しては、きっちり長期1年・短期6ヶ月のスパンで計画を作ります。
つまり長期に短期を合わせるワケです。
次回更新まであと2ヶ月だとしたら長期も短期も2ヶ月で揃えています。
短期の終りは絶対にその月の末日にします。
なのに、18年以前からケアマネをやってる(やってた)先輩ケアマネさんたちの中には、ご丁寧にきっちりきっちり6ヶ月ごとの計画を作っている方がよーけおられ、そのため更新前の最後の計画の短期が1ヶ月という極端なケースもあります。
日付も○月19日とか月の途中になっていてとっても面倒です。
また、楽しいことに、特に意味もなく短期も長期も1年というイミフな計画を作成されていた先輩もおられたりして、殴りたい気持ちを抑えるのにひと苦労します。
ヒトのケースを引き継ぐということがこんなにも大変なことだとはねえ。
トホホ。




6月18日のこと。
リュークの区のナマホ課から電話があったんで、急いで出かけまして、未払いの介護保険料のことで相談しました。
コメントでご指摘いただきましたように、この未払いはリュークがナマホになってからの滞納です。期間は4ヶ月でした。
ナマホで保険料を滞納するのは略取です。
と、区のナマホ課のおツボネ様が、まるで私が滞納者であるかのよーに睨む。
で、どうしたかというと、リュークを説得したおして、すぐに支払わせましたさ。
しまいにはオドシましたよ、
明日からもうヘルパーさんは寄越しません。
それでもいいんですね!!

って。
で、とりあえず2ヶ月ぶん、次に保護費が入ったらまた2ヶ月ぶんすぐに支払いさせますからとナマホ課にお願いもしました。
ココロの中では
こんなヤツ、もうどうなろうと知ったことか!!
と思ってましたので、なんでこいつのために私がこんなに惨めな思いをせなならんのじゃと情けなくなりました。どー思われようと、それが正直な気持ちです。

しかしまあ、払ってくれてよかった。
一時はどうなることかと思いましたよ。
だってリュークは、気に入らないことがあるとカネを払わないヤツなので。

今回入院する前に頼んでいた配食弁当の代金も踏み倒しています。
また、退院直後に私が「とりあえず何か食べるものが必要だから」と拝んでリュークにとらせた配食弁当の代金も、まずかったから食べなかったからと、いまだに支払いが済んでいないんです。
家賃も滞納しています。
催促の電話がかかると、本人であることはバレバレなのに平気で留守番のヒトになりすましたり、キレて受話器をポータブルの中にほりこんだりします。
ホントに始末におえない、そんなヤツなんです!!!!!
あんたが毎月もらっているそのカネは、あんたのカネであってあんたのカネではないんだよと、ついそう言いたくなる。
ひどいケアマネだ、人権無視だと言いたければ言え。
彼に会って、実際に担当してみりゃわかるから。
リュークはそんな利用者なんです。


そんなこんなで月日が流れ、7月になり、リュークもヘルパーさんもお互いに慣れ、最初のレセが無事済んだある日のこと。
つくしヘルステのサ責から電話があり、リュークから、
下痢が止まらないから入院する
と連絡があったという報告が。
慌ててリューク宅に電話したら
いま救急隊員が来てるから
と電話を切られてしまい、そこで私も軽くブチ切れてしまいました。
私は、リュークがここ数日お腹の調子が悪くて、クリニックから処方されていた整腸剤を自己判断で怠薬しており、全然飲んでいなかったのを知ってました。
そもそもリュークがお腹を壊したのは、このムシ暑い夏のさなかに、ヘルパーさんが大大大反対するのも聞かず
(冷蔵庫まで)行くのも面倒くさい
と言って、朝ごはん用のおにぎりを枕元にずらりと並べており、それを食べたからなんです。
リュークには本当に申し訳ないけれど、もう知ったことかと思いました。
救急搬送でもなんでもされてしまえ、と。
搬送先は中央病院に決まってる。
行けばわかるさ。
少なくともこの市内には
リュークを入院させてくれる病院なんか一軒もないってことが。


で、夕方の6時に搬送されたにも関わらず、やっぱりリュークは返されました。
この界隈の主だった病院のほとんどで入院費を未払いのまま放置しているリュークが、入院なんかできるはずがないんです。
病院がオニなんじゃない。世間が冷たいんじゃない。
自業自得だよ。
いい加減気づけよ。

しかし、もっとアタマにきたのは、つくしヘルステが、ケアマネにひとこともことわりなく、リュークに請われるまま介護タクシーを出して迎えに行ったことです。
22時だよ。
深夜料金だよ、50%加算だよ!!!
タダでさえ限度額がキツキツなのにどうして勝手にそんなことすんの!!
いくら月はじめとはいえ、
いくらたった150単位とはいえ、
いい加減にもホドってもんがあるだろ!!



稀に見るオレ様利用者リューク。
有り得ないダメダメヘルステつくし。
木の葉のように彼らに翻弄されていく私が、本当の地獄を見るのはそれから数日後のことです。



                           つづく






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DTN!!! その6

2008年07月03日 | 事例検討
実地指導のおかげで、ひがしケアプランのケアマネ全員が
ギスギスしています。
トゲトゲしています。
平成18年の改正のときだって残業なんかほとんどしたことのないユルい職場だったのに、
今は朝から夕方遅くまでもくもくと仕事をし、
あーでもないこーでもないとか
そんなふうには教えてもらわなかったとか
いつそう決まったのか知らなかったとか
口を開けばグチばかりです。
こんな職場に誰がした!
と叫びたい。
ちなみにハリケンは残業はしません。
したくても出来ないんです。医者にとめられてますからね。
なのでたったひとりで日曜出勤してます。休みナシです。
厚生労働省の方々に申し上げたい。
来期から、実地指導は1年前に通達して来て下さいと。
え?
それじゃ指導にならないって?
そんなの当然じゃん。
現任のケアマネがあんたたちに指導される筋合いなんか最初っからないんです。すみませんけどね。








さて、リュークです。

ぜってー要介護4にはなる!とふんでサービスをギッシリ詰め込んだ挙句、要介護3を出してしまったハリケン。
要介護4なら通院等乗降介助ではなく身体でイケると思い、
「身体(介護1)をいただく場合はタクシー代はロハ(タダ)です」
をやっちゃってくれちゃっていたヘルステつくし。
3850点の不足ぶんをどうしましょう。

で、思いつくのはトーゼン不正な操作でございます。

幸いなことに、リュークは区変中でしたので、先月分つまり5月ぶんは月遅れ請求となっておりますので、6月に不足してしまった3850点をそこに乗っけ盛りです。

身体1生活2⇒身体2生活1に。
身体2生活1⇒身体3に。

ハリケンの良心の許容範囲をハミ出して、乗っけて乗っけて盛りました。
念のため情報連絡票も書き直して出し直し。
5月のたった10日間のサービスに、3850点も盛るのですからそれはそれは大変な捏造でございました。
実際にヘルパーさんの派遣されていない時間帯に嘘サービスを差し込むワケにはいきませんので、何度も何度も提供表を作り直し、やっとこさ点数がうまったところであらためてヘルステつくしにFAXを流し、実績1入れさせて送り返させたんですが、どーゆーわけなのかつくしさん、あとからあとから
「すみません、○日の○時、サービスに入ったのを忘れていました」
と、すでに実績を確認している時間帯にさらにサービスを手書きで差し込んでくるんです。
別に悪どく取ったろと思ってやっているのではなく、混乱してるんですね。
こういう盛りだくさんのサービスをかつて供したことがない、未熟なヘルステなんです。

最終的には
「お願いですから冷静になってもう一度提供票を見て下さい、そして黙ってこの通りに請求して下さい!」
とキレ気味に言って落ち着かせましたが、今月請求ぶんが返戻で戻ってくるかどうかとっても見ものです。




しかし、リュークの、いや、ハリケンの悲劇はこれだけでは済みませんでした。




6月16日。
保護費も年金もはいってやっとリュークの生活が落ち着き始めたかなと思った頃のことです。

保護課から、リュークがもといた区の保護の中止通知がやっと出たという連絡がありました。
住所がかわったのですから、保護変更手続きが終わらなければ、介護券や医療券が出ませんからね。
おおやっと出たか、だったら自宅にも通知が来てるはずだよな。
あ、そう言えば、リュークんちのポストってまだ誰も確認してないかも知れない。
そう思った私は、リューク宅に行って、リュークに許可を得て、郵便ポストを覗いてみたんです。

団地の集合ポストの中にピザ屋の割引券や出張ヘルスのチラシにまじって届いていた一通の封書が、私を恐怖のどん底に陥れました。



さあ一体それはなんだったでしょうか。










カンのいいケアマネさんならもうお気付きでしょう。





そうです。




それは



介護保険料未払い・催促通知
でした。


あっはっはっはっは。
ホントに終わったなこりゃ。





                         つづく























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DTN!! その5

2008年06月30日 | 事例検討
あ~あ~あ
やんなっちゃ~った
あ~あ~あ
おっどろ~いた


ご安心下さい皆様。実地指導の準備は着々と進んでおります。

…ウソ。

最近指導の入った事業所からの情報によりますと、加算系のプランはこてんぱんにやられるらしいです。
たとえば
・通所リハビリで栄養マネジメント加算をとってるケースのサ担記録
・通所リハビリで口腔機能向上加算をとってるケースのサ担記録
・訪問介護で通院受診をやってるケースのサ担記録
・訪問介護で1日複数回サービス提供しているケースのサ担記録
・訪問介護で身体2人を使っているケースのサ担記録と実施記録。
・通院等乗降介助を身体でとってるケースのサ担記録と実施記録。

自慢ではございませんが、ハリケンには、『身体2人』以外すべて該当するケースがございます
サ担はやってたりやってなかったりしますが、加算ですからトーゼン利用者に確認とったり、モニタリングもらったりはしているワケです。
このくそ忙しいのに、サービス事業所全部が利用者宅にガン首揃えて集まって、なんてそうそうできるこっちゃございませんよ。
なので必然的に、書類を整える作業は偽造または捏造の作業となります。
利用者がデイから帰ってきたところに訪問し、送迎車に乗って来ていた相談員とサ担を行ったとか、まあそんな具合に書いて書いてかきまくりです。
私はたぶん、たいていのケアマネさんの倍は文書による情報連絡をしまくるヒトですので、なんとかなると思います。
…たぶん。

さ、リュークです。

リュークのサービスの全派遣を引き受けてくれたつくしヘルステは、奥さんのつくしさん(仮名)がヘルパーさん、だんなの道明寺さん(仮名)が介護タクシーのドライバーの、とってもこじんまりしたヘルステ。
リュークのサービスは朝夕の透析送り出しとキャッチ。
非透析日の家事支援+買物や銀行同行の身体介護(日曜日も)。
受診時の介護タクシー。
まさにフル稼働です。つくしヘルステにとって、リュークは太客です。
そして、リュークの自宅とこのヘルステは目と鼻のサキ
おまけに当のリュークは、生きる目的も体力気力も失っているとくれば、現在の悲劇は大体想像がついていました。

そうです。
リュークは何かにつけヘルパーを呼び出すんです。
トイレまで行くことが出来ず、手近にあったゴミ箱に用を足しては呼び、おにぎりが食べたいと言っては呼び。
長い病院生活で上げ膳据え膳の生活に慣れきったリュークが、ここまでやる気を失くしていることを予想しなかった私がバカでした。
あわててポータブルトイレを申請。
ナマホなので代理受領をやってくれる事業所に頼んで一時負担金の出ないようにして。
それから嫌がるリュークを必死に説得して配食サービスを導入。
(これがあとから大きなトラブルを巻き起こしてしまうのですが…)
なんとかヘルパーを使い倒さないように都度修正していきました。

5月はまだマシでしたよ。
21日に退院してきましたから、限度額はたっぷり余っています。
残り10日で身体介護の大安売りをしてもなんとかなりました。
入院中に区変もしたし、たぶん要介護4は出るだろうし、配食を入れたことで食事は確保出来たし、6月もなんとかなるだろうと思ってたんです。
なのに
6月20日に出た区分変更の結果は
要介護“3”!!


つくしの介護タクシー、退院してからもう6回使ってる。
要介護4のつもりだったから乗降介助⇒身体介護で暫定プラン出してた。
それだけでも穴埋めが大変なのに、なのに、なのに、リュークはほぼ毎日バンバンヘルパーを呼んでる…。
せっかく頼んだ配食も
「まずい」「味がしない」
とハシもつけない!
腎透析食だから当たり前だろ!あんた尿毒症で死にかけてたんだぞ!
贅沢言わずにとっとと食え!
…なんて言えるはずもなし。結局「○○が食いたい」というリュークの呼び出しに、応じざるを得ないんです。だって、まったく食べずに透析なんてさせたらとんでもないことになりますから…。

で、結果。
3850点、まるまる足らない。


ああ終わったな、と思った。

                       つづく





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DTN!! その4

2008年06月22日 | 事例検討

5月21日にリュークは退院しました。
退院当日もちろん自宅に行きました。
その日に出た保護費1.8万円のうち、中央病院への支払いで1万円も使いやがりました。保護課のCWの差しガネで、内金として入れてきてしまったそうです。
---------------なんて余計なことを。
おかげで、リュークの所持金はたったの8千円になりました。
8千円であと10日、この担当CWは生活してみたことがあるのでしょうか。
私はこの担当CWへの怒りで憤死しそうになりました。

リュークは入院中に転居してきてます。
もとの家は廃墟同然でしたから、当然色んなものを捨ててきてます。
透析が開始するというのに、リハビリと入浴と昼食確保目的でデイケア通所も開始するというのに、タオルの1本もなかったです。


大事な話をするのを忘れていました。

リューク退院にあたり、ヘルパーを探したんですが、これがまた並大抵の苦労ではありませんでした。
リュークは透析に通うんですが、その送り出しとキャッチにヘルパーが要ります。
デイケアは週に2回、同様に送り出しとキャッチが必要で、これが朝8:00と夕16:00。
中1日まとめて家事をやってもらう日や銀行に行ったり買物したりする日も必要。
ほぼ毎日来てもらわなくては生活出来ないんです。
ところが、ウチのひがしクリニックの透析送迎車の迎えの時間はなんと朝7:30
ということは、朝7:00からのヘルパーを週に3回導入しなくてはならない。
コ○スンよ、なぜ廃止した!!と叫びたかったです。
こんな朝っパチから来てくれる事業所なんかザラにはありませんから。
(ちなみにウチのひがしヘルステは提供区域外でしたのでハナから除外)

大手はほとんど当たりましたよ。
ツクイもニチイも社協も全滅でした。
で、最後に℡して見つけたのが、つくしヘルパーステーション
ダメもとで℡してみたら、全派遣を承知してくれた!!
おまけにこのヘルステ、介護タクシーもやってる!!!
地獄にホトケでした。





うまい話には落とし穴があるもんです、ええ。



ヘルステには4種類あるというのが私の持論です。
・良いヘルステ
・普通のヘルステ
・悪いヘルステ
ひがしヘルステなんかはこの『悪いヘルステ』に該当します。
そしてもうひとつは
・ダメなヘルステ
です。
つくしヘルステは、まさに典型的なこの『ダメなヘルステ』だったんです。


                                つづく






トピックの途中ですが、お伝えしたいことがございます。







7月○日
ひがしケアプランに
とーとー

実地指導
やってきます。


たたたたたたたたたたいへんです。


ブログなんか書いている場合ではありません。


モニタリングが


サ担が


1,2,表が
※『3』はアホになって読んで下さい。


まったく揃っていません。
6表すらまともに書くヒマがないんです。

おまけに、実地指導が来るなんて思いもしなかったもんですから
更新研修(専門課程Ⅰのみですが)
7月までに3日も入ってます。


いまひがしケアプランのケアマネは全員殺気立っております。
超ピリピリです。
私もたぶん、約1ヶ月後には、真っ白な灰になっていると思います。








注/実地指導だろうが監査だろうが『業務日誌』は継続いたします。











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DTN!!! その3

2008年06月12日 | 事例検討
※ 画像はクロにまじわればクロくなるという古来の教え。

お金がないので退院出来ないが、退院しなくてはお金がなくなる。
どうすりゃいいのさこの利用者。
中央病院に支払うべきお金1.5万円も払えない。
6月2日まで待てば6月ぶんの保護費が満額入るので、なんとかそれまで入院させてくれないだろうかと思いました。
しかし中央病院は急性期患者のための病院です。
シャントも出来た、透析施設も決まった、とっとと出て下さいの一点張り。
まさに八方塞がり。

もちろん私はリュークの退院後の生活が心配でしたが、このあたりまできて、もうリュークが退院して出て来るまではMSWにいっさいを任せるしかないとハラを決めました。
というより、いつまでたってもぐずぐずしているミサミサに付き合うのがイヤになったんです。
おろおろするばかりで、何度も同じ話ばかりして全然進まないし解決しない、ホントにまったく頼りにならないミサミサ。
つきあいきれん。
退院させるまでがMSWの仕事、出たらケアマネがなんとかすればいいんだと、介入すまいと決めました。

結局ミサミサは、退院時にリュークから入院費を取ることをあきらめました。
入院時の保証人になっていたレムを呼んで、リュークと連名で『保護費が入ったらすぐに1.5万円支払います』という念書を書かせ、1日も早く退院させることに。
そしてレムに、退院の日に車を出してもらえるかどうか交渉したのですが、レムはあっさりとこれを拒否したと、ミサミサはまた私に泣きつかんばかりに℡してきました。
ケアマネである私が車で自宅まで送りましょう、と申し出るのは簡単なことですが(いや実際には簡単ではなく…ウチの居介ではこういうことは固く禁じられていますのでカニちゃんに知られたら大目玉なんです)今回私はこれだけはしたくなかった。なので絶対そのことはクチにしませんでした。

中央病院の相談室での、私とミサミサのこんなやりとりを聞いていた先輩相談員シドウ(仮名)がとうとうたまらずクビを突っ込んできました。

この自治体では、生活保護のヒトの通院には移送費が出る。
普通は償還だが、そこをなんとか保護課の担当者にお願い出来ないか、まずそれを試してみてはどうか。
また、通常は退院してから1週間後にしか出ない、5月ぶんの残りの保護費を退院日に出してもらえるように、担当ワーカーに頼んでみたらどうか。

シドウは、新人ミサミサの仕事をじっと見守っていて、クチを出すまいと決めていたようでしたが、ミサミサの不甲斐なさを見ているうちに我慢出来なくなったようです。
このシドウの登場で、リュークの退院がやっと、あっというまに現実となりました。
シドウの計らいで、退院時には保護課のワーカーさんが5月ぶん保護費日割りをもって来てくれ、しかもリュークを送って行ってもくれることになりました。

リューク退院日
5月21日に決定。

退院時に出る保護費、残り1.8万円。





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DTN!!! その2

2008年06月06日 | 事例検討
      ↑話を聞こうか。↑


中央病院(仮称)に入院中のリューク(仮名)。68歳・男性。
ウチのクリニックで透析をすることになり、退院に向けて準備を進めているうちに、彼の所持金が2円であることがわかりました。
なぜ彼がこんなにお金がないのかにつきましては、リュークはいかにしてナマホになったかとゆーところから説明しなければなりません。

リュークがナマホになったのは今から2年前の平成18年頃。
ナマホになる1年前、つまり平成17年頃、長年続けてきたトラックドライバーの仕事を定年になるまで、彼には内縁の妻がいました。
彼女の名前はレム(仮名)52歳で、リュークがもと住んでいたキタ区の、リュークのアパートの近くのカラオケスナックのママさんでした。
リュークはそのスナックに通ううちにレムに惚れてしまい、毎晩そのスナックに通うようになり、飲み代はもちろんですがその他にもまーいろいろとその、貢ぐようになったんですね。
そこはそれオトコとオンナですから、レムが悪いとは私は思いません。
しかしレムは、リュークが汗水たらして稼いだお金のほとんどを貢がせるだけでは飽き足らず、しばらくして定年退職したリュークの、ちょっとまとまった退職金もほとんど巻き上げます。
そればかりではありません。
レムは、65歳を迎え晴れて年金生活者となったリュークに、『店の経営が苦しい』『助けてほしい』と泣きつき、リュークは年金を担保にして150万円ほど借金したんですね。

そこにきて、長年の不摂生と偏食、暴飲暴食がたたって、DMから腎症となって動くことも出来なくなり、なのに年金は借金が引かれてスズメの涙、病院に行くお金もなく自宅で死にかけていたところを民生委員さんに発見され、ナマホとなったというワケなんです。

自分に貢いで落ちぶれ果てたリュークを見て、さすがのレムも少しは心が痛んだのか、まー入院時の保証人くらいにはなってくれていましたし、入院中もときどき顔を見せては1000円とか、2000円とかの小遣いを置いて帰っていましたが、ナマホになった途端にレムはリュークを捨てました。
中央病院で私が初めてレムに会ったとき、彼女は自分がリュークの内縁の妻である(あった)ことなどはひとことも言わず、単なるスナックの客だったリュークを善意で面倒みている知人になりすましてました。

今年の春に入院し、透析導入となったリュークは、それまで住んでいたアパートの家賃も超滞納していましたし、それよりなによりアパートはゴミ屋敷を通り越して廃墟の様相でしたので、大家さんに出て行けと言われてしまい、当時の保護課の担当ワーカーの計らいで、ニシ区の公団にお引越し。
そのときになってまたまたレムがしゃしゃり出てきて、引越しの手配や何やらを手伝う名目でリュークの保護費を管理しはじめました。
ナマホ制度のことなど何も知らない彼女は、
「入院しているんだからお金は必要ないだろう」
と、滞納していた家賃などを支払い、残ったわずかな年金も使途不明。
皆様はご存知でしょうが、ナマホの人が入院すると、入院していた期間の保護費は返還となり、かつフツーはタダのはずの入院費用などにも自己負担ぶんが発生します。
入院したのが3月末。
保護費が入ったのが4月はじめ。
4月はまるまる入院となり、レムがリュークのお金を使い果たしたあと、リュークの元に保護費返還のお知らせが。
返金しなくてはならない保護費は約4万円。
中央病院に支払わなくてはならなくなった自己負担金は約1.5万円。
通帳の残高は0円。
そしてリュークの手元には2円

そんな彼が、無一文のまま、あと数日で退院しようとしていることを知った私。
福祉用具はいいとして、ヘルパーさんを入れても一銭もないので食材が買えません。
いやいや、そんな問題より以前のもっと大変なことに、透析導入によって等級変更中のリュークには身体障害者手帳もない!
ということは、区からもらえるタクシーチケットも請求出来ない!!
つまり
お金がないので
退院出来ない
のです。

退院しなければまた今月も保護費が減る。
しかしお金がなくて退院出来ない。

なにごとに対しても意欲をなくしてしまい、長期入院のため歩行能力のなくなったリューク。
そして、MSWのくせに移送費のこともよく知らない、中央病院の相談員ミサミサ。
そんな2人のそばには半泣きで立ち尽くすケアマネの私。

神様仏様、
お釈迦様キリスト様。
大○隆○様でも
池○○作様でも

どなたでもいいです。
このケースの担当依頼を引き受ける前日まで時間を戻してくれませんか。

と願ったのが5月7日のことでした。





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