幸福維新の志士となれ <幸福の科学>

国難打破から、いざ、未来創造へ

Pray for JAPAN

 

東北地方太平洋沖地震に関する~大川総裁、三つの講義

2011年03月22日 | 幸福の科学
幸福実現党観察日記 から転載させていただきました。

 2011年3月13日日曜日午後。
 大川総裁の講義『「諸行無常の風に吹かれて」-インドと日本』が衛星中継された。
 黒いスーツで画面に現れた大川総裁は、開口第一声、
 被災者の人たちにお悔やみとお見舞いを語り、
 大川総裁「十分なお力になれなかったことを本当に申し訳なく思っております。」
 と語りつつ、

大川総裁 「だが、全然予想していなかったわけではない。
 2008年頃から、象徴的な意味ではあるが、『日本が沈んでいく感じ』と戦ってきた。(そのころから)、経済・政治的な意味も含め、全体的な意味で楽観的な見通しを述べていない。」
 
 と、言葉を継がれていく。

 続けて、1995年の阪神大震災のときの、幸福の科学の活動……

 ……派遣した職員が新幹線でついてみると、東京で受けた指示とは全然違う指示が現地から出ていた、被害規模が遥かに大きくなっていた……という逸話、「神戸は地盤がしっかりして地震など来ないと言われていた」「最初は軽く見て、芦屋などでは豪華な幕の内弁当が出回っていたが、段々被害の甚大さがわかってきた」

 というエピソードをおりまぜ、

 大川総裁「また来たか、という感じ」
 という印象を語られた。この時点で、
 大川総裁 「完全復旧までに三年かかるのではないか」
 とさらりと予見しているのも災害の大きさを感じさせる。

 しかし、日本人にとっての脅威は、ここから語られた内容なのである。

大川総裁 「マグニチュード8.8、日本列島を囲むように地震が起きつつある。
 私の率直な感想として、『これで終わるかなあ』という気持ちは非常に強い。
 直撃に当たる部分が出ていない。
 もし都市直下型が来た場合にはこれですまない」
 「いよいよ日本も危ない時期に入ってきた」

 ……講演の開始からここまでの語り口に、総裁が、ひどく辛い思いで言葉を出される時特有の口の重さを感じた会員さんも多かったのではないか。

 その理由は、この一言にあったのではないかと、皆、感じたという。
 総裁の目には、日本が、ついに危機の時代に突入したのが見えたのだ。
 これは東北のみの出来事では終わらない。総裁の目には、はじまりに見えているのだ、と。

 このあと講義は、映画「仏陀再誕」の三つのシーンにこめられた予言のうちの、一つ、津波のシーンの的中 ( これは、小生の回りの会員さんもみな地震が起きた直後に口にしていた ) と、インドでの総裁の講演会に関する、国をあげた対応と、省みての日本の宗教性の欠如に関する講義になる。

 このあとの内容も興味深いものではあった。
 だが、講義終了後、会員さんたちと意見をかわし合ったときに、出てきた感想は、講義開始十分のこの時点に関してのものだった。

 皆、古い会員さん達は言った。

 「先生はさっき、『全然予想していなかったわけではない』と語られたが、これ、とんでもなく控えめな言い方だよね」
 「この講義だけじゃなく、ほかにも二本、この震災について先生は話しておられるよね」
 と。

 このとき、皆は、総裁の十年以上前の二つの講演を、それぞれが思い出して、慄然としていたのだ。

 ……どの講演か。
 ご記憶の方もおられるだろうと思う。
 まず、

 大川総裁「東北では、仙台を中心とした地震。
 これも津波をともなう可能性があります。」(1995年2月5日横浜アリーナ、ご講演「奇跡の時代を生きる」)

 さらに、それ以前、1992年、4月26日仙台サンプラザ、特別公開セミナー「天国と地獄」の最後。

 大川総裁「仙台を中心とする太平洋岸の東北の方々、あんまり脅したらいけないと思うけれども、世紀末までには大きな天変地異の起きる可能性が強いところです。
 きわめてね、極めて強い…みなさんどきどきしはじめたけれども、極めて強いです。
 具体的には地震と津波の心配があります。かなり大きいのが可能性としてあります。」

 「これを防ぐ手立ては、はっきりいってありません。ありませんが、ただ、光が強くなりますと、相対的に弱まるということだけは、はっきりしております。まあ、幸福の科学の会員で満ちたなら起きないでしょうが、現実無理です。」

 どちらも九十年代の講義。
 小生たちをはじめ、多くの会員さんが、この両方を本会場で直接聞くことができたので、よく覚えている。
 (もしも、上掲の両書をお手持ちで、未読の方は、是非書棚から出してお目をお通しになることをお薦めする)

 ふりかえって胸が打たれるのは、十六~十九年の歳月を経て、いま、総裁の予言が的中したということだけでなく、当時、すでに総裁は、単なる予言をするだけでなく、この日が来たときのための、「信仰者の心構え」について丁寧に、熱心に、総裁が説かれていた、ということではないかと思われる。

 あの時点で、日本人の誰一人、予想すらしていないこの日のための心構えと、心の備えについて、

 総裁は、あのとき、ただひとり悟られ、訴えておられたのだ。
 ……なにも知らぬ聴衆の、私たちに対して。

 以下、今回の更新では、長くなるが、ああ、総裁は、いま、このときのためにこの話をされていたのだなあと切なく思われるので、当時のノートから引用させていただきたい。

 まず、92年の講演。先ほどの予言に続いて、総裁はこう語られている。

 大川総裁「……しかし、信仰心をきっちり持っていますと、救われる可能性が多いです。地震で建物の瓦礫の中に埋まっても、救助されたり、或いは、津波が襲ってきても、まあ正会員だったら流木が流れてきてつかまることができる。
 このくらいのことは、信じておいて大丈夫です。最悪、竜宮場の亀が出てきて救ってくれる可能性もあります。

 まあ天変地異そのものはあちこちでおきましょうし、避けることは不可能ではありますけれども、ある程度皆様方に、奇跡の実証を与えてくれる場ではないかなと私は思いますから、安心して立ち向かっていただきたい。

 万一、あの世にいった場合には、優秀なるコースが保証されていますから、これもまた安心していただきたい、とこのように思っております。

 いずれにしても、今日で命が終わると思っていれば文句はないはずですから、まあ、後はね、残された命はもうボーナスですから、皆さん、生きている方々の幸福のためにつかう。まあこういう気持ちで生きられると思います。どうもありがとうございました。」

 ……これが92年の講演の結びであった。

 「今日で生命が終わる」「残された生命はボーナス」「生きている方の幸福のためにつかう」……いずれも胸に重い言葉である。

 また、前掲した1995年2月「奇跡の時代を生きる」 
 こちらは、もっと詳しかった。総裁は、

 大川総裁「日本は “地震列島”といわれるだけあって、全国各地に震源地を持っています。これから世紀末の数年、および来世紀の初めにかけて、地震を中心とした災害が起きる可能性があると思われる地域を述べます。」

 と前置きをしたあとで、次々に地名を挙げていった。
 そのとき挙げた地名の一つが、上記で引用したように、仙台だったのだ。

 この講義の書籍は、ほかにも総裁の目からみて危ない場所が十箇所ほど語られていたが予言された地震が十年以上どれも起こらなかったためか、あまり読まれることがなかった。

 (なお、予言について、簡単におさらいすると、大本教の「火の雨が降る」予言も、予言から五十年遅れて空襲の形でやってきた、といわれており、予言の時間は、容易にずれる、ということが言われている。世紀末の危機の予言は外れた、というが、現状の人類の「お悟り」を見る限り、人類が災厄を回避できたとは思われない。外れたと言うよりは、今世紀にずれ込んで形を変えて現れてくると考えた方が自然だろう、と、会員さんは思っている)

 だが、こちらの講義の言霊は、「天国と地獄」よりずっと烈々としていた。
 このとき総裁は、阪神大震災で、全くマスコミが取り上げなかった幸福の科学の活動について述べている。

 当時、震災が起きたとき、左翼の政治家により自衛隊入りが妨げられていた。このときに大規模な資金を投入し、いち早く公的な活動を立ち上げたのが幸福の科学だった。
 まことに、口だけの政治家や団体ではない、ということを実証して見せ、その上で、大地震の背景にある人心の荒廃を改めなければならないことを説いた。

 (余談ながら、このときに語られたマスコミのアンフェアぶりも、十数年経ってなお、いささかも変わっていないかのような印象を受ける) 
 
 しかし、この講義でいちばん強烈なのは、その後、日本を襲うであろう災害の可能性と、最後に語られた、信仰者たちに対する熱烈な鼓舞の言霊だった。

 当日、阪神大震災にうちひしがれながらも、講義を聴いた日本中の会員さんたちは、さらに来るかも知れない衝撃の危機の予告と同時に、ヘルメス神から、復興のための勇気の息吹を確実に吹き込まれたのをはっきりと感じたのである。

大川総裁 「天変地異のすべてを避けて通ることはできない。
 だが、そのなかで、勇ましく戦い、多くの人びとの心を、生きる人びとの心を、救うことは可能である。
 全員を救うのではなく、毎日、一人ひとりを救っていくこと、これに力を尽くしなさい。」
 「その一人は、日本人であるだけでなく。地球人である」
 「地球に一人分だけのユートピアが広がるのだ」

 さらに、信仰について、こう語りかける。

 大川総裁「真実の信仰に目覚めて生きている者は、永遠の生命が光り輝いている」
「あなたがたはそれを信じられるか。
 信じられるならば、いかなる災害が、今後、身におよぼうとも、そのような世界を見ようとも、力強く光り輝いて、生きていきなさい。」

 そして、講演の最後は、こう結ばれた。

 大川総裁「試練に耐え、生き延び、力強く未来への福音を遺しなさい。
       ……あなたがたの活躍を、心の底より期待している。」
 
 これらのメッセージを読み返すとき、再び信仰者たちは、師の言霊から勇気を吹き込まれるような気がする。
 
 ……この数日、日本を襲った現実は辛くて重く、左翼の政府と愚かなマスコミの姿はあまりにも情けなく、私たちは非力を感じるばかりだ。

 しかし、同時に、すでにこれだけ豊かな言葉を総裁から預かっている。
 その仏の愛が、私たちを支え、支え続けてくれる気がするのだ。

 ……いまはただ、一日も早い復興をお祈り申し上げ、出来る限りのご援助申し上げながら、来るべき災害に対して、物心の備えを充実させて、恥じることがなく生きて、戦ってゆきたいと祈るばかりだ。


憲法解釈変更により「国家安全保障基本法」の制定を急げ

2011年03月22日 | 防衛
2011/03/22 JB-PRESS

「国家安全保障基本法」の制定を急げ  
2011.03.22(Tue)  樋口 譲次

本論は、「国家安全保障基本法」という新しい法律のすみやかな制定を提案するものである。そこで、まず、「国家安全保障基本法」および国家安全保障(National Security)とは何かについて、かいつまんで説明しよう。

「国家安全保障基本法」および国家安全保障とは

 「国家安全保障基本法」とは、「我が国の安全保障のあり方とその基本方針を定め、安全保障・防衛関係法令および政策に大きな網を被せる包括的な基本法」のことである。

 そして、国家安全保障とは、文字通り、外部からの侵略等に対して、国家の生存を確保し、国家および国民の安全を保障することである。

 この際、外敵に対する国防(National Defense)が最大の安全保障を形成するが、その主体となる軍事(力)のみならず、外交(力)、経済(力)、内政あるいは食料・資源エンネルギーの確保など国家の諸施策あるいは諸力を総合的に運用してその目的を達成するものである。

 すなわち、国家安全保障の概念には、共同防衛(軍事同盟)、経済協力、国際平和協力活動、軍備管理あるいは国内の民生安定、国民保護(民間防衛)、国防インフラの整備、防衛産業・技術基盤の維持、備蓄など広範な内容が含まれる。

 上記の通り、国家安全保障(国家の安全を保障=secureすること)と国防(国家を防衛=defendすること)とは、極めて類似した、また関係の深い言葉である。

 両者とも、本来軍事的なものであり、ほぼ同様の意義を有しているが、前者がより非軍事的脅威へ対象を広げ、軍事以外の領域においても安全保障に必要な環境や基盤を整備し、総合的施策を通じて国家の安全を確保しようと考える点で、後者に比し、やや広義の概念と言えよう。

 また、国家安全保障と国防は、紛争の未然防止あるいは抑止、紛争への対処とその終結、そして平和の回復の各局面を対象とするが、前者はやや紛争の未然防止あるいは抑止に、後者はやや紛争への対処とその終結に重きを置いていると言えよう。

 一方、現「国防の基本方針」(昭32年5月20日閣議決定)の中には、国防と国家安全保障(「国家の安全を保障するに必要な基盤」)の用語が混在していることからも分かるように、両者の厳格な使い分けはかえって一般国民の理解を損ねることになり、またその必要性もさほど認められない。

 従って、本論では、国家安全保障と国防とは、若干の意義的差異はあるものの、基本的にはほぼ近似した概念、すなわち「国家安全保障≧国防」として使用するものとする。

「国家安全保障基本法」制定の必要性

 今日、我が国では、ようやく「国家安全保障基本法」の制定について関心が高まりつつあるようだ。その動きの背景には、下記のような差し迫った問題の所在を指摘することができる。

 21世紀の国際社会は、我が国唯一の同盟国である米国のパワーと地位の相対的低下とそれに伴う世界の多極化、その大きな要因であるBRICsの台頭、中でも中国の驚異的な経済成長および急激な軍事力の増強近代化と覇権的拡張の動きなどが顕著になっている。

 このように、日本を取り巻く国際情勢および安全保障環境は大きく、また急速に変化している。

 我が国は、戦後から今日まで終始一貫してきた米国への過度な依存から脱し、主権国家また世界の主要国として至って当たり前の「自分の国は自分の力で守る」自主防衛を基本として、足らざるを日米安保(同盟)によって補完強化する安全保障体制への転換が急務である。

 ちなみに、我が国の安全保障あるいは防衛に関する政策および関係法令は、憲法を最高規範とし、「国防の基本方針」(昭32年5月20日閣議決定)を一応の指針として策定されていると理解される。

 その憲法は、第9条「戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認」に代表されるように、いわば「国防なき憲法」であり、「軍事(軍隊)なき安全保障」を求めており、安全保障・防衛に関わる重大な欠落や諸制約が存在する。

 国防および愛国心の重要性そして主権者である国民の「国防の義務」など、本憲法に欠落している安全保障・防衛上の要件についてはこれを補い、。集団的自衛権などの諸制約については、憲法解釈の変更などによって可能な限りこれを解決して法的基盤を整備し、我が国の安全保障体制を強化する政治的イニシアティブが強く求められる

 「国防の基本方針」は、我が国の安全保障あるいは防衛のあり方を示す最も重要な方針書である。

 しかし、本基本方針は、我が国の安全保障・防衛政策に一般的な指針を付与する地位にあるが、法的な拘束力はなく、有効に機能しているかは疑問である。

 また、制定から半世紀あまりが経過し、その非時代性(陳腐化)や戦後体制による拘束などの問題が表面化しており、全面的な見直しは避けて通ることのできない喫緊の課題となっている。

 一方、我が国の法体系において、安全保障会議設置法、自衛隊法、武力攻撃事態対処法、国民保護法、災害対策基本法などの安全保障・防衛関係法令は、いわゆる個別的かつ並列的に作られており、それらに大きな網をかぶせ、包括的にあり方を示す基本法が存在しない。

 そして、「国益よりも省益」の縦割り行政が、国家安全保障あるいは防衛に求められる総合一体的な取り組みを大きく阻害している。我が国が安全保障あるいは防衛の目的達成を図るには、これらの問題を克服する組織横断的な法令上・組織上の枠組み作りが不可欠である。

 また、国際平和協力活動など自衛隊の国外における任務役割が飛躍的に増大しているにもかかわらず、そのための根拠や条件が十分に整っていない。

 世界の主要国として、列国と共同した国際標準の活動を可能とする一般法としての国際平和協力法の制定などの体制整備が内外から求められている。

 このように、我が国の安全保障あるいは防衛体制は、憲法問題をはじめとするいわゆる戦後体制の拘束などによって時代の進展や世界の潮流から大きく取り残されたまま今日に至っている。

 つまり、我が国は、激変する国際情勢や脅威が増大する安全保障環境において、自国の安全を独力で保障する意思と能力を欠き、それがゆえに、世界の主要国として、その地位に相応しい国際的な責任や役割を果たすことができない閉塞した状況下に自らを置いている。

 それでは、21世紀の我が国の安全保障あるいは防衛はどのようになければならないのか。

 この問いに答えるためには、現行の「国防の基本方針」に代わって、新たな時代における我が国の安全保障あるいは防衛のあり方とその基本方針を確立し、それを包括的に明示する「国家安全保障基本法」の制定が急がれる。

 筆者と有志は、その叩き台として「国家安全保障基本法」要綱を作ったので、読者の方々のご批評をいただきたいと思う。もちろん、本要綱はあくまで一試案に過ぎず、さらなる検討の余地もあろうが、広く国民の間に論議を巻き起こすことを期待したい。

 そして、本要綱が、今後の我が国の安全保障あるいは防衛体制整備の一助となり、その充実発展に些かなりとも資するとすれば、望外の喜びである。

 なお、多くの問題は現行憲法に起因しており、早期の憲法改正が望まれる。しかし、その改正には相当の時日を要するであろうことを踏まえ、「国家安全保障基本法」は現行憲法下で制定されることを前提として検討した。

 従って、諸問題の解決に当たっては、憲法解釈の変更を求めるものもあるが、基本的に憲法の規定に抵触しない範囲に止めている。


    ◇

「国家安全保障基本法」要綱

(前文)


 日本国にとって、先人が築いた遺産を引き継ぎ、現在および未来永劫にわたって国家及び国民の安全を保障することは、至上の責務である。

 我が国は、外部からの侵略等に対する国防を安全保障の主軸とし、外交、経済、内政そして食料・資源エネルギーの確保などの諸施策を総合的に運営してその重大な責務を果たすものである。この際、民主国日本の主権者たる国民のすべてが、愛国心を高揚するとともに、自らが国を守る義務と責任を負っている主体であるとの当事者意識を共有することが、我が国の安全保障基盤を確立する上で、最も重要である。

 また、各国が相互の協力した取り組みを通じて世界の平和と安定を確保することは、国際社会における共通の利益である。我が国は、世界の主要国の一員として、そのような国際社会及び安全保障環境の構築に、より主体的かつ積極的そして戦略的に参画しなければならない。

 我が国は、国家安全保障の意義について、以上のように確認し、憲法に基づいて国家安全保障基本法を定め、その目的達成を図るものである。

1 国家安全保障の目的
国家安全保障の目的は、世界の平和と安定を図りつつ、主権国家としての我が国の生存を確保し、国家及び国民の安全を保障することにある。

 前項の目的を達成するため、以下の各号を定める。

2 国家非常事態

(1)国家非常事態の定義


 国家非常事態とは、国家の生存と安全を確保し、独立と主権を守ること、そして国内の治安と秩序を維持することなど、国家の死活的利益を脅かし、国家機能の発揮を極めて危うくする事態をいう。

 この際、外部からの武力による侵略事態を最も重視し、これを基本として国家安全保障に係わる各種施策を総合的に行うものとする。

(2)国家非常事態の認定及び承認

 内閣総理大臣は、国家非常事態が発生した場合又は発生する恐れがあると認めた場合には、これを認定し、国会の承認を得るものとする。

 特に緊急の必要がある場合には、国会の承認を得ないで自衛隊の出動等の所要の措置を講ずることができる。この際、すみやかに、これにつき国会の承認を求めなければならない。また、国会の不承認の議決があったとき、又は自衛隊の出動等の措置が必要でなくなったときは、直ちに、措置の撤回・撤収を命じなければならない。

(3)国民の権利に関する制限

 内閣総理大臣は、国家非常事態に際し、その対処に必要最小限の範囲で、国民主権の一時的委任及び財産権等の国民の権利の制限について、所要の措置を講ずることができる。

3 国家安全保障体制

(1)最高指揮権限者


 内閣総理大臣は、国家安全保障に関する最高指揮権限者であり、国家非常事態において、行政府を直接指揮監督する権限を有する。

(2)国家非常事態最高司令部(対策本部)

 国家非常事態の発生に際しては、直ちに、内閣に国家非常事態最高司令部(対策本部)を設置する。

 内閣総理大臣は、通常、国家非常事態最高司令部(対策本部)において指揮監督を行うものとする。

(3)安全保障会議等

 国家非常事態など安全保障に係わる国家的意思決定を行う内閣総理大臣を補佐し、助言するため、内閣に安全保障会議を付置する。また、内閣総理大臣の情勢判断に資する国家情報組織あるいは各省庁の情報組織を統合する仕組みを常設し、安全保障会議の下に置くものとする。

 安全保障会議は、国家の各種施策を総合一体化して安全保障の目的を達成するため、安全保障の基本方針及び重要事項について審議する。

 安全保障会議は、関係閣僚をもって構成するとともに、内閣総理大臣に対して軍事専門的助言を行う最高位の自衛官(統合幕僚長)並びに国家情報組織の代表を正式構成員として参加させるものとする。

(4)行政府

 内閣府は、安全保障会議が定める基本方針等に基づき、関係省庁と調整して、国家安全保障基本計画を策定する。

 各省庁は、本基本計画に基づいて、所管する事項に関する諸計画を策定するとともに、所掌事務を積極的に推進する。

 国家非常事態の発生に際し、各省庁は、国家非常事態最高司令部(対策本部)を中心として総合調整を行い、又は内閣総理大臣の指示に基づき、行政府が一体となって万全の措置を講ずるものとする。

4 国家安全保障の主軸としての国防

(1)国防の目的


 国防の目的は、直接及び間接の侵略並びに不法行動等を未然に防止し、危機の発生に際してはこれを回避し、万一侵略が行われるときにはこれを排除し、もって天皇を象徴とし、自由、民主主義、人権ならびに法の支配を基調とする我が国の生存と安全を確保し、独立と主権を守ることにある。

(2)国防の基本方針

 国土防衛を基本とし、主要な脅威に有効に対処できる防衛力を着実に整備し、国家の諸力を総合発揮して、自主的に国家防衛を全うする。

 この際、米国との安全保障体制を堅持し、もって我が国の安全保障を補完強化する。

(3)自衛隊

ア 国家安全保障及び国防の目的を達成するため、防衛力として、自衛隊を組織するとともに、これを適切に整備・維持・運用して個別的及び集団的自衛権を行使する。

 また、自衛隊をもって、世界の平和と安定のための諸活動に積極的に参加し、我が国の安全と繁栄の増進に資するものとする。

イ 内閣総理大臣は、自衛隊の最高指揮官であり、国家非常事態において、これを直接指揮監督する権限を有する。

(4)自衛官の地位等

 軍事組織(軍隊)の構成員である、いわゆる軍人としての自衛官の身分を確立し、その地位及び権利義務を定めるものとする。

5 国際的な安全保障環境の整備

 国際連合の活動を支持し、多様な価値観を有する国家間の協調をはかり、世界の平和と安定の維持並びに地球的諸問題の解決に積極的に参画する。また、周辺諸国との友好協力関係を拡大して、我が国の安全保障環境を整備する。

 この際、日米安全保障体制を基軸とし、国益を踏まえて、条約・協定等の締結、経済協力、軍備管理等を適切かつ戦略的に推進する。

 また、自衛隊を国際平和協力活動等に積極的に参加させるものとする。

6 安全保障基盤の確立

 愛国心に溢れる国民の国を守る義務と責任を基礎とし、民生を安定し、防衛産業及び技術基盤を維持し、備蓄を含めて食糧・資源エネルギーを確保し、国土交通・情報通信・救急医療などの整備に当たっては有事の要求に配意して、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。

7 国民保護(民間防衛)体制の整備

 外部からの武力による侵略等の国家非常事態に際して、国民の生命、身体及び財産を保護し、各種の被害を極限するため、住民の避難、避難住民の救護、武力攻撃によって生じた被害の復旧、放射性物質等による汚染への対処など、国民保護(民間防衛)の体制を確実に整備するものとする。

8 国、地方自治体および国民の責務と相互の連携

 国は、国家安全保障基本計画及び各省庁が策定する諸計画等に基づき、地方自治体に対して必要な方針等を示すとともに、国民に対して必要な情報を提供し、その理解と協力を得る責務がある。この際、指定公共機関及び関係するNPO等との連携に留意する。

 地方自治体は、国家安全保障基本計画等の方針を受けて、一貫性のある国民保護計画等を策定し、国に密接に協力するとともに、その地域内における国民の安全を直接確保する責務を有する。

 国民は、国家の主権者として自ら国を守る義務と責任を負っている主体であるとの当事者意識を堅持し、我が国の安全保障の確保に進んで必要な協力を行う責務がある。

 そして、国家非常事態に際しては、国、地方自治体及び国民の三者が、国の指導監督の下、相互に連携協力し、一体となって万全の措置を講じるものとする。

9 安全保障の法的基盤の整備

(1)憲法第9条の解釈


 国家安全保障の目的を達成するため、憲法第9条の規定について、次のように解釈するものとする。

ア 我が国は、個別的又は集団的自衛の固有の権利を有し、これを適正に行使することができる。

 この際、集団的自衛権の行使については、(1)同盟国が攻撃を受け、又は受ける恐れがあること、(2)当該国の要請があること、(3)我が国の防衛及び自衛隊の行動に重大な支障のない範囲に限ることの条件を満たす場合に、予め国会の承認(緊急な場合は、事後承認)を受けた上で、発動は内閣総理大臣の命によるものとする。

イ 我が国は、政策としての「非核三原則」を随時見直し、核抑止・対処の体制を強化することができる。この際、NATO諸国の例に倣い、米国との核共有のあり方等についての論議あるいは検討を妨げないものとする。

ウ 我が国は、周辺諸国の核ミサイル等、大量破壊兵器による脅威の顕在化に対応するため、自衛権の範囲として自衛隊に敵基地攻撃の任務と能力を付与することができる。

(2)防衛関係法令の見直し

 自衛隊が国際標準の行動及び活動ができるように、自衛隊法あるいは国際平和協力法など現行の防衛関係法令における警察官職務執行法の準用あるいはそれに類する権限規定を見直し、国際法規及び慣例を基準として、ネガティブ・リスト方式の法体系に改める。また、国際平和協力活動など海外派遣の任務の増大等を踏まえ、自衛隊は隊規維持のための個別の法(いわゆる軍法)を保持し、最高裁判所への上訴を可能とする裁判組織(いわゆる軍事裁判所)を設置できるものとする。

(3)国家安全保障の目的達成に必要な法令の整備

 いわゆる有事法制の研究のうち、これまで整備が行われたものを除き、防衛省所管の法令(第1分類)、防衛省所管以外の法令(第2分類)及び所管が明確でない事項に関する法令(第3分類)の未整備の分野、その他平時から有事に至る防衛及び警備に係わる関係法令を、鋭意整備するものとする。