学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

伊藤整『M百貨店』

2020-12-20 07:48:15 | 読書感想
私たちの多くは、他人が自分のことをどう思っているのか、絶えず気にしながら生活をしています。もちろん、人間は他人の心のなかを見透かすことはできませんから、相手のちょっとした言葉や態度、仕草を見て、私たちは日々煩悶するわけで、ことに恋愛についてはそうでしょう。

伊藤整の『M百貨店』(1931年)は、3人の男女の心理描写を試みた小説です。似たような主題で、芥川龍之介が『藪の中』(1922年)を書いていますが、『M百貨店』は近代を象徴する百貨店を舞台に、3人の心理描写を細かく書き、なおかつ言葉の使い方、例えば機械の音を「briririririri rrUrUrUrU」と表現するあたりに、前衛的な手法が用いられています。とりわけ、3人のうちの三輪キリ子の心理描写は面白く、その思考がとどまることなくあちらこちらに動いていくところは、多くの人が共感する場面ではないでしょうか。

昭和初期、複数の版画家たちが集まって「新東京百景」というシリーズものを発表しており、随分前にそれらの作品を観たことがあるのですが、そのうちの1点に川上澄生の《百貨店の内部》があり、小説を読んでいるうちにその絵のことを思い出していました。きらびやかな百貨店のなかで繰り広げられる人間模様。『M百貨店』にしろ、《百貨店の内部》にしろ、当時の社会を映す鏡のようで興味深いものです。

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