前回の①の続きでお読みください。
>相手を認める気持ち
神道は、八百万の神(ヤオヨロズノカミ)をお祭りしています。お釈迦様はインドの神の一柱であり、
イエス・キリストは中近東の神さまの一柱として受け入れてきました。
相手の信ずる神さまを絶対に受け入れないという一神教の考えはありません。
相手の信ずる神さまの良いところを取り入れる大らかな民族、お互いの信ずる神さまが違っても攻撃すること無く受けいれ、
仲良く暮らしてきたのが日本人です。
近年殺伐とした事件が多発するのは自分だけが絶対に正しく、相手は間違っているという偏狭な思想や宗教やはびこって来たからです。
神さまを信ずる人の日頃の心構へは
明浄正直(メイジョウセイチョク)
明るくあれ 清らかであれ
正直であれ 素直であれ
この四文字を心がける事が神道の根源です。
人に好かれる要素であり、神のご加護を受けられる資格でもあります。
神社と神棚とお守り
神社は公衆電話です。多くの人がお詣りする事で神さまに通じやすくなっています。
神棚はホームテレホンです。家族の願いが通じるところです。
お守りは携帯電話(スマホ)です、一人一人が神さまに通じているのです。
神さまのご加護を願って
心だに誠の道に叶いなば
祈らずとても神や守らん
(正直な人間はあれこれ祈らなくても神さまの守りを受けられる)
敬虔に生きるものに、特別な宗教の教えはいらない。<
>日本人は 良心を持った人たちが神さまを祭れば 必ず良いことが起こると信じてきました。<誰かの書かれた好きな言葉。
①②合わせて私の名刺に添えてお渡ししている私の神道観です。①からが順番です。
追信
ご感想などコメント欄にいただけたら有り難いです。次回は私の生死観についてよく似たインデアンの言い伝えを紹介します。