もうこのブログは初めて6153日目になりました。最近フェースブックを活用して友達だけに日々の暮らしを送っていました。
FBではあまり長く書いても見るのが億劫になってしまうのでジックリ書いていきたいものはこのブログに限ると思いました。日々の行動はFBで書いてゆきます。初めて見る人はさかのぼってご覧ください。
何しろ昨年誕生日で85歳、我ながら長生きしたもんだと呆れています。
折角、神様からいただいた長い命、無駄に過ごすのは申し訳ない。
記憶力もアヤフヤニなったところもありますが不思議なことに最近(例 昨日の夕食等)のは忘れているのに昔のことは何かの切っ掛けで次々に若い頃の昨日のことのように思い出すのです。
今の社会と昔の社会は変わっているのは当たり前ですが私の経験の中では新しい物より昔の物の方が正しいのではないか?と思うものが多々あります。
それを言うと世間では老害と簡単に片づけられてしまいますが、新しい物だけが価値あるものとは思えません。
昔は2世代3世代が同じ家で一緒に住んでいることが多く両親や祖父母の経験や叱咤が子供や孫に躾として教育されて来ました。
核家族化が進み過ぎて自由に、個性的に、と言う放任主義の世の中になり、折角の我が国の長所も失われてきました。
戦後、曲げられた自虐史観によって日本人は自信を失い、社会を引きずるのはマスゴミの手に奪われました。
それに気が付いた若者たちはマスゴミ離れをしてSNSで自分で善悪を判断するようになり30代40代の人達の中に見るべき人が現れたことは「やはり日本は見捨てたものでは無いな」と安心しています。」
がしかし、戦前、戦中、戦後の復活とバブルを経験してきた人達も昔のことを語る事は少なく、未だに曲げられたニュースがマスゴミからダダ流れになっています。
隣の国の常識「嘘も100編言えば本当になる」が横行しています。
世界はグローバル化が進み、ますます個人の能力が発揮できない時代になってきています。
特に、カテゴリーとして「政治」「教育」「信仰(宗教)」「健康」について重点的に書いてゆきます。拙い私見ですがお付き合いしてください。
気に入らない記事、間違った記事、も含めてコメントして頂けたら返事は書かせてもらいます。
独断と偏見の記事になると思いますが先の短い私の意見をたまには覗いてください。
我が国の食料自給率はどんな基準で考えているのか?ほとんどの食料を輸入に頼っているとマスゴミは報道している。多くの国民もそれを信じて不安な気持ちになっている。
確かに主食を戦後アメリカの方針(都合?)で米飯食から輸入小麦のパン食に変えられてしまった。
うどん、菓子、スパゲティー、ナンなどもすべて輸入小麦(遺伝子組み換え、農薬漬け)に取って代わられてしまった。(たまには「国産小麦使用」など書かねばならないぐらい)
日本の農家の子弟は農協の不甲斐無さと政府の方針で皆街の労働者として吸い上げられてしまった。
今や過疎地の農家は高齢者と無気力、病弱な残った人たちに支えられて補助金で生きながらえている。
これでは日本には将来は無いと農業を目指して農村に入った人達、一旦街に出た人たちも親の高齢などで農業を再びとUターンしてきた人達も農業利権(補助金も含めた)のために締め出す始末。
完全に日本の農業は壊滅に近い状態です。世界の先進国の多くは食料自給率100%以上の国が沢山あります。先進国ほど食料自給率を高めておかねば危険です。
工業生産では世界最高水準の我が国が日本国民の命に直接にかかわる食料と国を守る防衛力で独自に国民の命を守る事が出来ない現状をこのままにして置くわけには行きません。
やれば出来るのが昔からの日本人の長所です。出来ないのは我が国の政治の貧困です。
我が国は民主主義です、民主主義とは国民の1票で代議士(政治を国民に成り代わって行ってくれる人)を選んで国を運営してもらう制度です。しかし、民主主義は昔から必ず腐敗すると言う欠点があります。ローマー時代からも。
本当に民主主義が良いのだろうか?万民平等をうたって広がって来た共産主義もマルクスの理想には程遠く、権力者(共産党幹部)の一党独裁になり一握りの共産党幹部が全国民を奴隷として扱う体制になり、共産主義の隠れ蓑としてグローバル化が進んでいます。
今その過渡期として崩れかけている腐敗民主主義を日本国民は選んでいい物か?
丁度今日は2月4日・京都市長選挙の日です。利権主義の政党政治のひも付きの候補を選ぶのか?
京都市民ファーストの候補を選ぶのか?結果はもうすぐ出ます。
下の写真は奈良の福祉施設のキッチンカーです。食料自給率を高めるために米の主食としての地位を揚げるために努力されているのを私も応援しています。催し会場にこの車で出て行って販売します。
長年人間(85年)をやって来て不思議に思うことが沢山あります。
世間では(外国の事は少し置いておいて)素人が考えることなど無視されますが。誰が考えても不合理なものが多すぎませんか?
その1番は自然災害に対する対策です。地震、津波、噴火、台風、洪水、積雪、大火災などまさに日本は自然災害のデパートです。
昔から治山治水は為政者の第一の仕事だったはずです。大名領主は領地の安全のためにどれだけ努力してきたか?
今も政府、地方行政を問わず自然災害から国民、住民の安全を守ることは第一の仕事には違いありません。
だのに被害は少なくなりません。被害者(犠牲者)の数も増える一方、災害発生後の救助活動なども整って来ましたが被害者を少なくする対策も金を掛けたほどには少なくなってはいません。
大災害になる地震、津波の予知も莫大な金額を浪費してきましたが今のところ大震災の予知は出来ずに終わっています。(以前から関東直下型地震、南海トラフ、富士山噴火などは何十年も言われ続けていますが?)
まず、最大の被害を出す地震とそれによる津波被害地は昔から決まっていました。
だから昔から津波の押し寄せる海岸線には人は密集した住居は作らなかったのです。
太田道灌が今の皇居周辺に城を築いた頃は「我が庵は 松原つづき 磯つづき 富士の高嶺を 軒ばにぞ見る」と歌われているように海岸線だったのです。
それから江戸時代以後どれだけ海を埋め立て海抜ゼロメートル地点に住まいを広げて来たか?
名古屋、大阪を始め全国の海岸線に沿って広がって来た町々は一たび近海で地震が起これば壊滅する恐れが永遠にあるのです。
災害復興は儲かるが、災害予防には旨い汁が吸えないと思っている為政者(政府、行政)と利権業者の思惑と思うのは私ぐらいなのだろうか?
このように素人でも分かる不合理が堂々と行われている例は無数にあります。
政治家は昔から「国家百年の計」と言う言葉を使うのが得意でした。
今こそ日本国民は「国家百年の計」を政治に求めなければなりません。
目先の利権に右往左往する政治家をふるいにかけるチャンスだと思います。
カテゴリー「不合理なもの」で私が可笑しいと思う事を書いてゆきます。
あくまでも私の独断と偏見ですがご意見を書き込んでもらいたいと思っています。
昨年秋に85歳の誕生日を迎えて今年こそ最後のひと踏ん張り!と力みすぎて年末年始に動きすぎた?
やはり、歳には勝てませんでした。京都北山の450メートルに住んで40数年、冬の寒さ(年明け早朝は平均マイナス5度前後、
年に数度はマイナス10度、最近は寒くなったのか?マイナス12度〜14度が冬の間に数日記録するようになった。)
その寒さに耐えかねて昨年1月7日に洛西ニュータウンに籍を移しました。夏場中心に暑い間は北山に戻って生活してきました。
やはり、北山の空気が私には合っていたのか?1年過ぎた今年1月7日にコロナで陽性、妻も2度目のコロナに感染ダウン。
やっと27日(土)には神主活動も千里で再開、剣道の練習も28日には少しだけ練習を再開しました。
20日近く動かなかったせいか?身体がナマッてしまった?やたら重たく感じて病み上がり状態でした。
昨日(29日)は洛西ニュータウンの自宅で動かず読書三昧で身体を休め、今日30日は久しぶりに妻と京都北山の旧宅に来ています。
先日降った雪も道の両側には残っていますが小春日和の無風状態、菊芋を掘ったり庭の木の伸びすぎた枝を少し選定したりのんびり過ごしています。
夕方日が陰ってきたら出かけて途中で夕飯を食って洛西ニュータウンの団地に帰ります。
来月2月は京都北山も一年で一番寒い時期ですが3月になれば今日のようなノドカナ日々も続きますのでまた週末には戻ります。
CH(余野)では今年は去年から始めた「旅する蝶アサギマダラの立ち寄るフジバカマ園」の拡張に精を出します。
今年10月に「旅する蝶アサギマダラ」に沢山立ち寄ってもらいマーキングして放蝶したいと思っています。
早く春よ来い!京都北山はGW前後が一番よい季節です。何と言っても山菜のシーズンですから、渓流釣りと山菜!タマリマセンね。
その後は梅雨の時期の木祖村です。しとしとと降る梅雨にけぶるカラ松の新緑を山小屋の2階の窓から見るのもまた美しい。
梅雨の合間に木曽川源流でタマニですがイワナやアマゴが入れ食いになる時期があります。
10年に一度ぐらいですが病みつきになります!こんなことがタマニあるのでこの時期になるとソワソワして落ち着きません。
去年の梅雨の時期も早くから準備していたのですが諸般の事情で行けませんでしたので今年こそと思っています。
年の始のコロナ感染で出そびれたぶん春までにやることがあります。それは来月から。落ち着け!落ち着け!
正月いきなりコロナに感染。熱は38度ぐらいで軽い風邪?と思っていたが妻が薬局で買ってきた「一般用SARSコロナウイルス抗原キット」で調べたらシッカリ陽性!
その後熱も上がらず37度ぐらい、頭痛もなく咳が出るくらいでもう終わりか?と思ったら妻が熱を出してすぐ医者へ、コロナに罹ったと帰って来た。
同居の家族として他の人たちに感染させていけないので私もしばらく自重(明後日まで)することに。
私は武漢肺炎が流行りだしてもハナから信用してなかったのでワクチンも打っていません。妻は4度目のワクチン接種時にコロナに感染大騒ぎでした。その時も同居の私は感染せずケロッとしていたのですが。
令和6年今年こそ人生最後のひと踏ん張りと多くの計画を立てていましたが発表前に挫折、正月は本当の寝正月で終わってしまいそう。
旧正月で今年は出直します。来週からもう一度出直します。こんな年も85年生きて来た長い年月の内には有っても良いでしょう。
昔、少なくとも戦後しばらくは日本人は貧しくとも幸せだった。なぜなら、みんな貧しく今のように所得格差が何万倍もなかった。
社員と社長の給料差は10倍もなかった。そして誰も働くことが嫌いではなかった。そして、今言われているような女性蔑視というようなこともなかった。女はいつの時代も家庭の中心だった。何故昔の日本を悪く言う風潮になってきたのだろう?
日本人が幸せをとりもどすには日本の正しい歴史を学ばなければなりません。
歴史は勝者が書くという言葉を知っていますか?戦後の日本の歴史は誰が書いたのでしょうか?
その前に今言われている戦後、戦前と言う戦いは何という戦いっだったのでしょうか?
第2次世界大戦と言われていますね、太平洋戦争とも言われていますね。日本では大東亜戦争と言われていた戦いのことですね。
この戦争の戦勝国はどこですか?敗戦国はどこですか?戦いの原因は?戦いの経緯は?戦勝国が書いた敗戦国の歴史は正しい歴史でしょうか?
戦後80年近く経ち日本国民の大多数が戦後生まれです。まだ大戦の勝者が一方的に書いた我が国の歴史、憲法を忠実に守っているのは可怪しくないですか?
間もなく戦後100年もすぐです。100年も戦勝国が書いた日本の歴史を後生大事時に学び信じ、戦勝国が作った日本国憲法を一字一句変えることなく守っていったら日本の国は無くなります。
そして子供や孫はどうなるか?考えたことがありますか?「今だけ、金だけ、自分だけ」では日本の国は終わってしまいます。
まず、正しい歴史を学びなおすことから始めませんか?そして正しい歴史を書き直して日本国民のプライドを立て直す事から始めませんか?
2千数百年積み重ねられたプライドある歴史はたった1回の敗北で消し去らせられました。もう一度プライドをヨミガエラセルことが大切です。
過去の積み重ねである習慣を学び直してゆきましょう。私は歴史学者でもありませんし、人に教える知識も持ち合わせていませんが85年という無駄の多い人生を経験してきました。
その経験を少しでも若い人たちに伝え残せたらと思い書いてゆこうと思います。また共に学ぶ機会を何処かで作っていきたいと思いますが当座はこの私のブログを読んでコメントや検討をやっていきましょう。
ブログのカテゴリーは「日本人が幸せになるには」を新たに作ります。対立ではなくみんなが幸せになる方法を考えていきましょう。
まず、グローバル化ではなく、家族が、身内が、という小さなサークルから始めます。「幸せは身近から」「自分の幸せ」から「身近な仲間の幸せ」から「我が国の幸せ」が叶えればグローバル化も夢ではありません。
最近、熊による人間の被害が北海道のヒグマ以外にツキノワグマに噛み殺される被害まで出てきました。
原因について学者、有識者のコメントがよく出ていますが私の経験から「人間に害を及ぼす凶暴な獣(ヒグマ、ツキノワグマ、イノシシ、農作物に大きな被害を及ぼす鹿、猿などの害獣と人の「棲み分け」が希薄になってしまったことが第一の原因だと思っています。
獣との棲み分けって何か?農山村でも半世紀近く前までは今の電柵やネットで畑を囲まなくても農作物は作れていました。
それが今や畑だけではなく庭にまで防御柵で囲み、電柵を張り巡らさなくては庭の植木まで根こそぎ食われてしまいます。
約半世紀前を振り返ってもらいたい。人間のテリトリーに獣が入りだした原因の一つは犬の放し飼いを禁止したこと。犬をペットとして座敷で飼う習慣が盛んになり、それが農山村の犬まで繋いで飼うことを義務ずけてしまったことで人のテリトリーまで害獣が安心して入り込むことが出来るようになってしまったことです。
この顕著な例は猿の害です。田舎では最近まで夜になると犬は運動も兼ねて放し飼いにしていました。そうゆう山村では猿の被害は少なようでした。猿は賢く、繋いである犬は恐れません。平気で家の中まで入って荒らしていました。
犬は数千年に渡って人間と共に生活して家族の一員としての仕事を担ってきました。家族の留守中は番犬として不審者には警戒をして空き巣の害などを防いできました。犬にも不審な人間とそうでない違いを本能的に知っていました。
半世紀も昔の話ですが一人で山歩きの帰りに山麓の小さな集落に差し掛かると1匹の犬が後ろからついて歩いてきていました、犬に不信感をあたえぬように普通に歩いていると何時の間にか居なくなってしまい、次の集落にかからとまた違う犬が後ろからついてくるのです。
自分の縄張り?テリトリーの安全を見守っていたのですね?通る人も不信感をあたえぬ様に自然に行動する術(すべ)を皆当時の人たちは心得ていました。
当時も繋いで飼っている犬は噛むが放し飼いの犬はこちらが攻撃したり、恐れなければ噛まないということを知っていたのです。
今は違いますね?離れた犬を見たら110番、捕獲され殺されてしまいます。飼う犬はみなペット犬ばかりが増え狩猟犬は獰猛で危険な犬と思われて山の中をも走らせて訓練もさせることができなくなってしまいました。
狩猟犬こそ育ててきた猟師(ハンター)には家族の一員、以心伝心が今だにある存在です。動物と人間との絆の最たるものです。
放し飼いの犬が居なくなって人間のテリトリーに怖いもの無しで出入りすることが出来るようになった上に現状が分かっていない有識者という学者が時流に乗って動物愛護を説き出してますます危険な猛獣まで餌ずけやペット扱いにし市中に出てくる熊やヒグマまで人間が危害を加えなければ襲ってこない、と言う錯覚は憲法第9条があるから外国に侵略ないと言う左翼思想者の妄言と同じ様に思えてきます。
今だに熊には鈴を鳴らして存在を知らせば逃げていくと言う迷信を得意そうに話すマスゴミの識者を見ると動物園のヒグマの檻に放り込んでやりたく思います。ヒグマだけではなくツキノワグマもイノシシだけでなく、狸や狐、アライグマまで牙をむいて噛み付いてきます。
半世紀昔は人の集落に獣が入ると鉄砲で撃たれたり、犬に追いかけられたり、爆竹で脅かされたり、1斗缶や鍋を叩いて驚かされて人々の住まいには近づかない様にしていました。こう言う行動が動物には「狩猟圧」として人家に近づくことはなかったのです。
その上に焚き火をダイオキシンという何かわからぬ猛毒ガスが発生すると脅かし、禁止したことで煙の嫌いな動物が安心して人間のテリトリーに侵入する様になりました。
「狩猟圧」どころか餌ずけまでしてくれる人間が増えた今、獣たちが堂々と街中を闊歩し、人間に危害を加えるのは分かっていたことです。
この件に関してはもっと書きたいことがありますがこの歳になって数十年続けてきた狩猟や害獣駆除も今年の誕生日を持って終わりにしましたのでこれまで。
アサギマダラ(右上)
今年正月まで40数年の間住んだカントリーハウス余野に「旅する蝶々・アサギマダラの立ち寄る所」を作るために洛西大枝からフジバカマ数十株を春に移植しました。
フジバカマも順調に育ち「旅する蝶々・アサギマダラ」もまだ数は多くないが立ち寄ってくれるようになりました。
今のところ朝の10時ごろから2〜3頭ぐらいが何時もきています。5〜6頭が来る時もありますが来年には株分けして沢山なアサギマダラが乱舞する光景を見たいと思っています。
ここでマーキングしたアサギマダラが何処かの誰かに捕獲され移動の経路や時間が明らかになることを期待して。
フジバカマ園も50メートルくらいの間隔をおいて西と東に作り、間を飛び交う姿も見たいと思っていす。
もう京都北山はこれから北山時雨が降って急激に冬の様相になって焚き火が恋しいシーズンになってきます。
師走になれば小屋終いをして来春までまた洛西ニュータウンの団地に冬ごもりをします。
贅沢なことですが高齢になって季節によって住まいを変えて住むことが出来て幸せに感じます。
自分とアサギマダラの移動を重ね合わせて楽しんでいます。
この夏は暑くて京都北山のCH(カントリーホーム)が涼しいと言っても太陽が昇ってしまうと野外は灼熱、大人しく部屋でテレビを見る時間が増えてきました。(日頃テレビをバカにしている私ですがPCばかりも飽きてしまってBSで大谷翔平の出る野球中継を見たり西部劇、時代劇など見る機会があります。)
偶然見た「NHKBS1ロシアには屈しない市民ボランティアの戦い」・これは今後の参考になる。
中共が尖閣、沖縄を狙って侵略してくる。ロシアが北方4島から北海道に侵略してくる。その時自衛隊20数万の戦力で防衛できるのか?
日本は周囲を海で囲まれているために多くの戦力を空軍(航空自衛隊)海軍(海上自衛隊)で上陸を阻止するために働いている。
侵略国は100万以上の陸軍を持つ強大な国、一旦上陸を許すと我が国の陸上自衛隊だけでは敵兵を追い落とすことは不可能では?
有事には日本国民の多くは志願兵として戦うの当たり前ですが日頃戦闘訓練もしてない国民が敵国の軍人と通常兵器で戦っても勝ち目はありません。
それをウクライナの国民は戦っているのです、スマフォとドローンで、もちろん自衛隊もドローンでの戦闘に関しては研究もして訓練もしていると思いますが我々国民も侵略された時に攻撃する手段として日頃から訓練と研究はしておくべきと考えます。
戦時における非戦闘員への攻撃はジュネーブ条約などで禁止されているのは世界が知っています。だが、第二次世界大戦でもアメリカは2発の原爆や都市攻撃で非戦闘員だけを狙った殺略をしてきました。その後のヴェトナムやアフガンなど世界で今も平気で市民を殺しています。
侵略されたら子供でさえ戦わなければ殺されるのです、スマフォとドローンなら今や子供でも操作できます。
侵略者たちは子供だからと見逃してくれません。身近に迫っている危機に「憲法第9条が守ってくれる」という政治家がまだいる日本ですがそろそろ本気で決断する時です。