夜の足元に浸透する無色な表情たちは鋭利な棘を準備している、浮かれた心はだから、すぐに冷めて大人しく蹲る、折り曲げて抱いた両の膝越しに見える足は爪が少し伸び過ぎている、無色な表情たちはそいつが自分たちを引っかくことに腹を立てたのかもしれない、腹を立てて、無色な表情なりの意思表示を模索したのだ、それがいま、夜の足元に浸透し続けている、浸透して、その内に堆積している、無軌道にあちこちの方角を向いて伸びあがる棘たちは、まるで珍しい花のおしべのように見える、鋭い傷は予感されるだろう、でもそれが、本当のことかどうかなんて誰にも判らないだろう
音楽は盛大に鳴り過ぎた、様々な事柄が程度を間違えてあるべき形から外れてしまう、乗り間違えた旅人が泡を食ってまるで知らない街に飛び降りてしまうみたいに、石敷きの線路沿いの道を踏みしめた痛みで足首が脈を打っている、内側から傷んでいる、とそのリズムは囁いている、行ってしまった列車の振動はまだレール越しに微かに感じることが出来る、その印象が内耳に植えつけられたらそいつはすでに過ぎてしまった時間の亡霊ということになる、まるで死んでしまった現象のようにただ定刻に通過していっただけの列車を思い返すとき、そこにはなにかしら明言出来ない欠陥のようなものがあるのだろう、だが、そんなものにこだわっていても次の列車が通り過ぎていくだけなのだ
真夜中の静寂は、特にそれが知らない街の片隅であればなおさら、自分と瓜二つの洞窟の中に潜り込んでいくような感覚をそこに覚える、視界が限定されているせいかもしれない、行動が制限されているせいかもしれない、概念以上の日常がほとんど存在しない時間、亡霊とゾンビと物書きと犯罪者は夜歩く、そんな感覚に身を置かなければ、自分が存在しないような気になるときがある、日常とリンクすることは本当は容易なことではない、ある種の人間がそういうことを容易くこなしてしまう原因は、彼らがまるで脳味噌に思考というものを刻まないせいだ、何も刻まれない石板はただの形のいい石に過ぎない、洞窟に潜り込む方法は別段条件を必要としない、なにか目の前にあるもの、まっさらなワードの文書とか、飲みかけのマグカップとか、軟膏の小さな缶みたいなものを眺めていればいい、視線をひとつところに固定するということだ、そうすればあとは勝手に誰かが思考の手を引っ張って奥まで連れて行ってくれる
きちんと理解しておかなければならないのは深部にたどり着いたとき目の前に見えるものが望むものではないという結果の方がずっと多いということだ、それは少なからず心を惑わせ、精神に決定的な打撃を与えようとする、そしてそれは連続するときもある、次から次へと連弾のように、こちらを打ち据えようと暗がりの奥からやって来る、そう、だがそういった現象に狼狽えることはない、ああ、今日はこういうものだったと納得をして、顔に水でも当てて気分を変えてから眠りにつけばいい、人は夜に思案するべきではないと言う、だが、その理由はろくな結論を見いだせないからではなく、それを怖がってやめてしまうものが多いのでそうするべきではないというだけのことだ、それは朝だの夜だの、明るいだの暗いだのという問題ではなく、その現象に対峙した時のそいつ自身の心の持ちようなのだ、むしろ夜は理想的な状況を設定してくれていると捉えるべきだ、その洞窟の中で出会うものは自分の状態と無関係ではない、そうでなければいけない、そうでないのなら、そいつは何かを間違っているということだ
提示された問題があるのに、それを受け止めることなく逃げてしまうことを正しいとどうして言えるのだろうか?目の前に出てくる理由があるからそいつは現れた、どうして狼狽えて逃げてしまうのか?不慣れな者たちはすぐにそこに答えを見つけようとしてしまう、でもそんなことをするから煮詰まってしまうのだ、答えというのは導き出すものではない、こちらが答えに導かれるものなのだ、こちらはただそれを受け止めていればいい、ただ受け止めて、折に触れ思い返せばいい、そうしていくうちに現象はこなれていく、こなれて細かい粒子に分かれていく、そこから自分にとって必要なものだけを拾い上げて、それを真実と呼べばいい、自分にとっての真実は自分だけの形をしていて当然だ、受け止めればそういうことがゆっくりと理解出来る、逃げてしまえば在りものの真実に日和ってただ形のいい石を頭蓋に詰め込んで生きるしかやることはなくなる
時計は夜明けまでを漠然と告げている、時折鉈で横殴りにされたような睡魔が激しく脳天を揺さぶる、どんなものを見ることが出来た、どんなものを知ることが出来た?手ぶらで出てくる羽目になっても落胆する必要はない、無自覚に寝床に潜らない限り時間はいくらでもある、音楽は鳴りやんだ、表通りも静かになった、僅か乍ら意味もあった、そんなに悪いもんじゃない、まだまだいくらだって続けることが出来る…。
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