「おかえりなさいませ」
受付ロボットが平坦な口調で言った。
部屋には誰も居なかった。とし子もアサリも。
やはり私は幻覚を見ていたのだ。
寝付けなくなった私は本社への直通電話を耳に当てた。
「あの、夜分にすみません、吉田さんですか」
「はい、吉田です。こちらは24時間対応ですから、気になさらなくて結構ですよ。
どうかされましたか」
「さっきの物星友郎さんの事をもう少し詳しく聞かせてもらえませんか」
「いいですよ。あれは単なる事故ですから隠すような秘密はありませんし。
警備員の物星友郎さんはウミネコにエサをやろうとして柵の上まで登ったらしいんです。
そしてバランスを崩してそのまま海に落ちたようで。
ただ、その時支店に居た社員は山川さんが海に落ちる前に、
『ソラの馬鹿野郎』と怒鳴っているのを聞いたらしいんですよ。
それだけが謎といえば謎ですかねえ」
このあたりの海では夏場には空と海との境目がわからなくなって、
空にジャンプしたつもりが海に潜っていたという事故が多発しているらしい。
山川さんも空に向かって怒鳴っているつもりが、
いつの間にかそのまま海中へと引き込まれたのかもしれない。
確かに、空の青色が海に映っているのか、
海の青さが反射して空の青色を作っているのか、
本当のところは誰にも解らない気もする。
自分が今、小説を読んでいるのか、
自分は小説の中の登場人物なのか。
そんな風なよくある世界の不思議さだ。
・・・続く・・・