河童亀万年の断捨離世界図鑑

河童亀万年(かわどうかめまんねん)の格安魂救済ブログ。

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後部エリア貸切

2007年12月31日 | blog
タイ航空31日夜中の大阪便
後部エリア100席くらいに対して5人くらいしか乗ってないので貸切状態
乗務員の出入りとトイレに来る人を気にしなければ、座席も2席並びなので最後列のこの場所は絶対広いと思う。

誰も居ないところで、しかも機内ビデオで幽霊映画?の「シックスセンス」をずっと見ていたので、霊気がただよっていた。今後の人生を示すようなぴったりの年越しである。

ノイズキャンセルイヤホンは効果大である
スイッチをオンにするとエンジン音の低域が半減してシャーという音だけ残る
低音の外部ノイズだけが半減するので人の声などは十分聞こえる
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スコタイ新市街

2007年12月30日 | blog
スコタイ新市街

遺跡公園のあるスコタイ旧市外から新市街までは車で20分くらい、200バーツほどかかる。空港から新市街までは車で30ほど、ミニバス(ワゴン)で200バーツほど。スコタイ空港は便数も少なく、タクシーや路線バスは無いようなので、ホテルの送迎を利用するか、ミニバスしか無い。

宿泊するには、遺跡公園に近いが何も無い旧市街か、遺跡公園に遠いが便利な新市街か、どちらかになるが、旧市街ならば遺跡公園までは自転車で行けるので観光には便利である。旧市街には何も無いといってもセブンイレブンが1店あるので十分である。
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ワット・サバーン・ヒン

2007年12月29日 | 東南アジア
ワット・サバーン・ヒン寺院までの石階段

ふもとのポリスステーション(交番?)で名前を記入してから、自転車を置き
石畳の道を丘の上まで登る。階段になってないので歩きにくい。
自転車で行くなら懐中電灯を持って行くほうが良いと思う。
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スコタイ事件現場はこのあたり?

2007年12月29日 | blog
詳しく調べたわけでは無いが
寺院の名前からみると、事件現場はこのあたりのようだ
ふもとにポリスステーションがあったので、きっと事件後に
設置されたに違いない
周囲の木の枝も取り払われていたので防犯対策か

たしかに人も全くいないし、夜は間違いなく真っ暗だが
金品目的のために、こんな場所を選ぶとは考えにくいのだが・・・
大金持ってレンタサイクルで観光するやつはおらんやろと思うし
仏像の前で殺人はやりにくいような気もするし犯人は仏教徒以外か
少なくとも金だけ巻き上げれば殺す必要は無いはずだし
被害者側になった場合は抵抗せずに1万円渡して走って逃げるしか
ないだろうなあ

この場所は観光公園といっても中心部からかなり離れた場所で
中心部の観光公園内で殺人事件が起こることはあり得ないだろうと思う
(中心部は新宿御苑や京都御所と変わらんし)
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甘口グリーンカレー

2007年12月28日 | blog
トムヤムクンとグリーンカレー
なぜか甘口だった
元気のない不良少年のようで少しさびしい
観光客向けの味付けなのか
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赤いフライ麺

2007年12月27日 | blog
エビ入り甘酢フライ麺
というのを注文したら
このようなものがきた
ビーフンを揚げたもので
味はフリカケのでんぶ味
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スコタイ公園

2007年12月25日 | blog
スコタイ公園内は整備されているので自転車で走るのも楽ちんである
途中、忍者風の集団とすれ違う
イスラム系の学校の遠足か
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きつねうどん

2007年12月25日 | blog
スワンナプーム空港内の和食屋?のきつねうどん。
うどんの麺が機械で押し出して作ってあるようでまったくコシが無いが
それ以外はよくがんばっている
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不満足人生

2007年12月23日 | blog
物事、出来てしまうと興味が無くなる
しかし、不可能な事をするのは最初から無理である
出来そうで出来ないこと、出来無そうで出来ることをやるのが一番おもしろい

だから結局、何も完成しない

ひょっとしたら自分はそういう人生を送っているのではないか?
と、ふと気づいた

気づくのが遅いと取り返しがつかん事もある
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佳作人生

2007年12月22日 | blog
ある分野において、圧倒的に才能の有る人と、全く才能の無い人は、早くに自覚できるので後の人生において失敗が少ない。

問題はその中間の中途半端に才能?が有る人々である。学校のコンクールなどで入賞したり、クラスの人気者であったり、コンテストで佳作になったりする。「ひょっとしてワシは才能が有るんと違うやろか」勘違いが始まり、サラリーマンをやめて、ストリートで歌ったり、フリーのデザイナーになってみたりする。そして有る程度収入も得られるので、中途半端に続けてしまう。

収入が有るのは、自分に才能があるからではなく、誰でもその程度の収入は得られるのである。

で、35歳を過ぎ、やっぱり才能の限界を感じる。再就職を考えるが書類選考で年齢で落とされる。一つの分野での経験年数が無いので何かの専門家にもなれない。

中高年になって考える。今のままやと器用貧乏のただのおっさんで終わってしまう。それやったら最初の会社で定年まで勤めたほうがマシやった。
親の財産が有ったり、蓄えがあれば良いが、無ければ、器用貧乏ではなくて、ただのそのまんま貧乏である。

しかし、時は淡々と過ぎていくので考えているうちにあっという間に老人である
もはや、自分が何をしたかったのかもすっかりボケて忘れている。

自分自身にも半分当てはまっている
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