8月9日の原爆で崩れ落ちた浦上天主堂の鐘楼は当時の重機では移動できなかったので、そのままの場所に置いてあるらしい。
広島は原爆ドームとして当時の破壊された状態を保存しているが、
浦上天主堂などはすぐにきれいさっぱり撤去されたらしく、柱が1本程度、爆心地に飾ってある程度である。
長崎の住人ならなんとか原爆の記憶を伝えていけるのだろうが、
ほとんどの人は記憶からも知識からもすっかり消え去っているに違いない。
やはり何か目に見える物にして残さないとどうしようもないと言う意味では、
記憶や印象を一人の中に持ち続けているだけでは多くの人とそれを共有することは不可能なので、
映画や絵画などのアート分野にも同じようなことが言えることかもしれない。