ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

小林稔詩作品「重力と恩寵」詩誌「へにあすま」より

2015年11月26日 | ヒーメロス作品

重力と思惟

               小林 稔

 

時の重さに背中をおされて

砂礫の岸辺にたどりつく

振り返っても振り返っても

もうとりかえせやしないから

闇に浮かぶ縄をつかみ

足許の薄明かりを頼みに

枝にさえぎられながら

野の深みにひきずりこまれた

地は引き裂かれ海は荒れ狂う

鳥たちは古巣を旅立ち

獣たちは太古の血にふるえ

月にむかって吼える

 

かつて私にもあった

情愛が奏でる室内の片隅

他者と私はひとつに絡みあい

翼の痕跡は美のまなざしに羽ばたき

よろこびあふれひかり満ちた無何有

あの真綿につつまれた日々はかえらず

おとなう過客の足跡を身に印す老いの果て

わすれものをわすれついに骨になる

ならばこの時をせめて生きつくそうと

一日のはじまりを知らせるひかりは

本の背文字を浮かびあがらせ

いくつものかたちを呼び起こして

経験の縛(いまし)めから紐とかれようと叫んでいる

闇の内奥にひとつの煌(きらめ)くまなざしがある

種の混交と事象の陰翳をうしろに曳いた私と

出会いの偶然を宿命と違えた他者の白兎のまなざしを

窺い知るもうひとつのまなざしがあった

人形(ひとかた)にひたすらこがれこがれこがれて

肉群(ししむら)を超え重力と別れる私の思惟のゆくえを追う

 

知ることの愉悦とうしなわれた記憶の水辺に

砂漠で摘んだ一輪の花をたむけていく

 

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