ヒーメロス通信


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「群れのなかで彼より美しい者はいなかった」 小林稔詩集『夏の氾濫』より

2015年12月15日 | 小林稔第4詩集『夏の氾濫』

小林稔第四詩集『夏の氾濫』(旧天使舎)以心社刊1999年6月30日

 1994年、一人の若者との宿命的と感じられる出遭いがあり、意思を砕かれたことから始まる。(後記より)


群れのなかで彼より美しい者はいなかった
小林稔

E駅の改札を出て 左手のコンクリートの柱に
身長165センチメートルを凭れてタバコをくわえている君を
私の瞳がとらえたのは
二十年前 君が私の住む町の程近くで
この世に命を授かってからの初めての一瞬である。

おとなびた仕草は それだけで
上着を脱ぎ捨てたばかりの少年の抜け殻を想起させて
君の短い髪は風になびいているように後ろに流れ 前髪も流される
君の光る黒い 微笑んでいる瞳は
私の心臓を一撃する銀製の針であった。
汚れたTシャツと芥子(からし)色の綿パンと濃灰色のブーツが
青年と命名するには どこかしら幼い
君の肉体を隠蔽(いんぺい)している。

十六歳の君を飾ったであろう男たちの
安ピカの宝石にうずもれて
君はことさら磨かれていったようだが、
それは君が見捨てた男たちの風の伝言に過ぎない。
父と別れ兄の事故死にあった君と
こうしてめぐり逢った。

放されたと思った私が放そうとしたとき
真夜中に君はカーを跳ばして私の家に乗り捨てた。
愛することに倦み疲れていた
私の止まり木に 突然に舞い降りた青春。
弟と呼ぶにはあまりにも若すぎる君は
私の人差し指に君の親指を絡めた一つの夜を
忘れ物でするように残して去っていった。

スクランブル交差点を未踏の未来が走り渡る。
私の胸の鼓動が君の鼓動に重なり脈打ち
私の胸に君の血液は流れ出すので
群れのなかで君より美しい者はいない。
路上で私の見上げるあの空のなんという青さよ。
空は私の心を曇りなく写す鏡面なのだろうか?


                      
              ★題名を金子国義氏の画題から拝借した。



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