ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

小林稔詩作品「泉」・詩誌「ヒーメロス22号」2012年12月掲載。

2015年11月20日 | ヒーメロス作品

小林 稔

 

 

 

水が足首に触れ流れてゆく。わたしは立ちつくして時間を遡る。足

底にまといつく疲労が泉に溺れた視線を探して。

 

いくつも重ねられた帳の奥に

見知らぬ者の瞳の閃光。

 

旅はいつまでつづくのか。おそらく命あるかぎりとはいえそれほど

の長い刻(とき)ではなく、われらの瞬きの間(ま)に間(ま)に跳ぶ矢の一投のように。

 

それをアランブラーの裁きの内庭に喚起しようと、イスファアンの

王の聳え立つ円蓋の青にこころを塗られつくそうと、あふれんばか

りの光に照らされ称えられてある誕(はじま)りの喩ではないのか。

 

泉よ、わたしをさらにわたしの暗処に曳きずり込む水の竪琴よ。巻

貝の螺旋を辿るように、いくえにも広がる波動のゆくえをわたしは

追っている。いく度も行く度によみがえり再生する魂は、滅びゆく

身体から剥離することを切望し、羽化する瞬時を狙っている。いか

なる宿命の生に記憶されたのか、僧侶の想いの伽藍の奥に、あなた

の限りある命の音が瀧のように煙っている。

 

 

                 アランブラー・アルハンブラのスペイン語読みで赤い城壁のこと。

 

 



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