ヒーメロス通信


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昼下がり・小林稔詩集「白蛇」より

2016年07月06日 | 小林稔第3詩集『白蛇』

小林稔第三詩集『白蛇』1998年十一月刊(旧天使舎)以心社

昼下がり
小林稔



  アスファルトの通りを 太陽の光が焼きつけていた。コー

ルタールがふき出して、くぼみに無数のひびが走り、タイヤ

のあとが そこだけ刻み込まれていた。

  人の行き来が ばったりとだえている。人は午睡をむさぼ

っているに違いない。

  私は縁側で遊んでいた。一升びんに、絵の具を水で溶かし

て入れた。ビニールの管を差し込んで ブロック塀にのせ、

吸い込んで すぐに口を離す。すると 下に置いたバケツの

中に赤い水が落ちてくるのだった。


 木戸のすきまから通りを見ていた。向かいの家の庇(ひさ

し)が通りを縁どりして、影の電信柱が横倒れになっている。

じっと見ていると 眠くなった。からから。からから。遠く

から聞き慣れない音がする。暑気のせいかもしれない。私は

夢うつつで聞いていた。少しずつ近づいてくる。

  きりきりと 木の軋(きし)む音も聞こえる。がらんがら

ん、という大きな音がして、かすんだ視界に 二本の黒い角

が現われた。それから平たい大きな牛の横づらがすきまから

覗いた。

  戸を開けた。牛は干し草を高く積んだ荷車を引いていた。

牛を操る 日に灼(や)けた男の横顔が見えた。村からの一

本道とはいえ、町なかで見るのは 初めてのことだ。木の車

輪がせわしなく回りながら、目の前を ゆっくりと通りすぎ

た。

 
干し草のてっぺんには 白い布地の帽子を被った子供がい

て 揺れていた。私と同じ年恰好の男の子だ。太陽の方へ顔

を突き出し 私に一瞥(いちべつ)を投げた。


 あっ、ころ、ころ、ころん。

  男の子は 地面に頭から転げ落ちた。私はとっさに 顔を

おおった。何が起こっているのだろう。

  子供の泣き叫ぶ声も 父の駆けつける足音も聞こえない。

両方の手のひらが 私の顔を押さえつけて 離さない。


 しばらくして見ると、だれもいない通りの真ん中で、干し

草が 太陽の光に輝いていた。

 

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