旅程
小林 稔
額から一つの道がひろがる
その先はいちめん霧が降りて鎖(とざ)し
歩行を記憶した道の標(しるべ)は色褪せ
いまとなれば砂礫が転がるばかりだ
数珠のように次々に送信される
〈時〉の痕跡を追い求め
空があり海があり人があり木があり……
わたしはそれら一つひとつを言葉に換えていく
やがてシンフォニーを形づくる音の旋回
だが、見知らぬものに鼓動の高鳴りを覚えたかつての
旅から旅へ航るわたしを招き寄せ足を掬(すく)ったラビリンス
若い日の追憶を老いていく生の傾斜に重ねてしまうのだ
道よ、わたしはこれから何をしようとするのか
砂上に紅い花を愚かにも咲かせようというのか
稲妻の閃光が脳裏に滑り込み
溢れ出る言葉を性急に走り書きするが
一陣の風に鳥の群れが舞い上がり弧を描き散るように
紙片にひかりが射して言葉が瞬時に消え
記憶の断片が無惨にも失われていく
言葉(ロゴス)を呼び寄せるわたしの生とその代価を日々秤にかけ
不穏なグローバル世界の行方を杞憂しながら
神を創った人間の〈こころ〉の深淵を覗いている
歳月よ、わたしを連れ出し
死の淵へと向かわせようとするのか
丹念に横糸を〈時〉の流れにくぐらせ
わたしという一つの生を織るために
あの霧の降りた道をひとり歩き始めよう