19 小さな老婆たち
ボードレール『悪の花』の訳詩
小林稔
一
古い首都の曲がりくねった襞のなか、
そこではすべてが、恐怖さえ魅惑になるのだが、
私は宿命的な気質のままに待ち構える、
奇妙で、老いぼれの、可愛い生き物たちを。
この関節が外れたような怪物たちもかつては女であったのだ、
ユリウスの妻エポニーヌ、それとも古代ギリシアの遊女ライスか!
愛そうではないか、腰は砕かれ、猫背で、捩れた肢体の怪物たちを!
いまだ、魂としてあるのだ。穴のあいたペチコートと、冷たい布地を身に纏い、
彼らは這いつくばり、意地悪な北風に鞭打たれ、
乗合馬車の車輪が廻るうるさい音に身を打ち震わせながら
花模様や判じ絵に縁どりされた小さな手提げ袋を
聖遺物さながら小脇に抱え込んでいる。
よちよち歩くその姿は、まったく操り人形そっくりで
傷を負った動物のように、足をひきずり歩く者たち、
「悪魔」が容赦なくぶら下がる、気の毒な呼び鈴のように
踊りたくもないのに踊りつづける者たち! 腰がすっかり折れ
それでも錐のように突き刺す眼、
夜に水が眠る穴のようにきらめく眼、
それらは、光るものすべてに驚き、笑う、
小さな女の子の神々しい眼を、彼らはもっている。
――あなたはお気づきかね?
老婆の棺桶の多くは、子どもの棺桶とほとんど同じくらい小さいことを。
これらの柩が互いに似ていることに、
博識なる「死」が、奇怪で魅惑的な一つ趣味を象徴している。
私は蟻のように群集のうごめくパリという画布を横切って、
いつも一人の虚弱な亡霊を垣間見るたびに
この壊れやすい生きものが、新しい揺籃の方へ
なんともゆっくりと立ち去るように思えるのだ。
さもなくば、幾何学に思いをはせ
私はこの不具合な四肢を見ながら考える、
職人はいくたび、このような身体を収める
箱の形を変えなければならないのかを。
――これらの眼は、数えられぬほどの涙の粒で作られた井戸、
冷えた金属がこびりついて光る坩堝……
これら神秘的な眼は、克服できない魅力があるのだ、
峻厳な「不運の女神」に授乳され育てられた人にとっては!
二
かつてのフラスカティの、恋するウェスタの巫女、
喜劇の女神タレイアに仕えたる者。ああ! その名を知るは
埋葬された後見だけ。昔チイのヴォリの木陰に
影を落とした、名高き軽薄な女よ、
すべての女が私を酔わせる! だが、これらのか弱い女の中には
苦悩から蜜を作り、彼らに翼を貸し与える「献身」に
「強い翼持つ鷲頭の天馬イポグリフよ、天まで私を
連れてっておくれ!」と呼びかける者もいる。
ある女は、祖国によって試練を与えられ、
またある女は、夫から背負いきれぬほどの苦痛を与えられ、
また別の女は、わが子によって胸を突き刺された「聖母」、
どの女も、彼女たちの涙で大河をつくることができたであろうに!
三
ああ! これら小さな老婆たちの後を何度追ったことか!
そのなかの一人は、沈む夕日が
空を赤い傷口で血まみれにする時刻に
物思いにふけり、ひとり離れてベンチに腰かけていた、
金管楽器の音色まき散らす、このようなコンサートを聴くために
兵士たちが、時折公園にあふれ、
人々が生き返るように感じる、これら黄金色の夕べ
市民たちの心に何か英雄的な気分を注いている。
この老婆は身体をまっすぐに立たせ
誇り高く礼儀正しく、溌剌として好戦的な歌を貪るように飲み込んでいた。
彼女の眼は、ときどき老いた鷲の眼のように見開かれ
大理石の額は月桂樹を飾るのにふさわしかった。
四
かくのごとくあなたたちは歩いていく、
毅然と不平も洩らさず、生きた都市の混沌を横切って、
血まみれの心臓を持つ母たち、娼婦であれ聖女であれ
かつてその名はあまねく世の人の口に挙げられたのに。
かつて優美であり栄光であったあなたたち、
たれひとり知る人とていない! 無作法な飲んだくれが
通りすがりに、ふざけ口説いては、あなたたちを侮辱する、
あなたがたの足許で、卑怯で下劣な子どもたちが飛び跳ねる。
生きているのも恥ずかしい、萎びた影法師の
あなたたちは怖気づき、背を丸め、壁伝いに歩いていく。
たれひとりあなたたちに挨拶する人などいない、
奇妙な定めの人々に! 永遠界に入るため爛熟した、人間の残骸に!
だがこの私、遠くから優しくあなたたちを見守る、
不安げな眼で、たどたどしい足取りに視線を注ぐ、
あなたたちの父親でもあるかのように。おお、なんという不思議!
あなたがたに気づかれぬうち、私は秘密の快楽を味わう。
私は見る、あなたたちの初々しい情熱が花ひらくのを。
暗かろうと明るかろうと、私は失われたあなたたちの日々を生きる。
倍加する私の心は、あなたたちの悪徳のすべてを享受する!
私の魂はあなたたちの美徳のすべてで光り輝く!
老いさらばえた人たちよ! 私の同胞よ! 同種族の脳髄たちよ!
夜ごと私はあなたたちに壮麗な別れの言葉を告げよう。
「神」の怖ろしい鉤爪に襲いかかられるあなたたち、八十歳の「イヴ」たちよ、
あなたたちは明日、どこに身を置くのだろうか?
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