あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

忙しいということ

2012-03-24 | 日記
久しぶりのブログ更新である。
気が付けば3月も終わりにさしかかっている。
一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、とはよく言ったもので、この時期の時間の経つのはあっという間だ。
ボクのブログの読者なら察してくれるだろうが、ツアーからツアーへという毎日で新しい話を書く時間がない。
ネタはいくらでもあるのだが、それを一つの文として仕上げる時間がなかった。
まあ一言で言えば忙しかったのである。
「忙しいことは良いことじゃないか」という人は多い。
ここであえて疑問を投げかける。
本当に忙しいことはいいことなのか?

忙しいということは仕事がたくさんあることだ。
仕事があることは良いことである。
仕事がなければお金が入ってこない。
日々の生活にも困ってしまう。
仕事はある方がいい。
だが忙しいという字は心を亡くすと書く。
心を亡くすことは良いことか?
ボクが疑問に思うのは忙しいと言えばなんでも許される風潮のことだ。
「忙しいんだからしょうがない」
と伝家の宝刀のように全てをそれで片付けてしまう。
これを書いていてはっきりと分かった。
忙しいことがありがたいのではなく、仕事があることがありがたいのだ。
似ているようだがこれは違う。

だが、とどのつまりはバランスであろう。
どんなに忙しくとも心を亡くさない人もいる。
ならば自分がそうなればいい。
ただそれだけの話なのだ。
こんなことをうだうだ書くのは自分が心を亡くしている証拠だ。
そのことに気が付いた時に迷いは消える。
実際問題としては、仕事がたくさんあって元気に毎日働いている状態を、『忙しい』という言葉を使わずにどう現したらいいのか。
悩むところである。
コメント (1)
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