山の頂から

やさしい風

『鳥無き里の蝙蝠』

2010-02-09 00:17:33 | Weblog
 
 自分の教養の無さを売りにする<おバカ>タレント。
片や高学歴と教養の高さを売りにするタレント。
漢字一級検定に挑み、見事に合格した女優と、
若いお笑いタレントがいた。
その難しさに驚くとともに日本語の奥深さも知った。

 先日、引退をした朝青竜。
未だに傍で何やかやと姦しいが、
彼曰く、「こうなるのも運命だった」と言ったとか。
しかし、運命と言えるのだろうか?
私には身から出た錆としか思えないのだが・・・

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   命とは先天的に賦与されておる
   性質能力であるから「天命」と謂い、
   またそれは後天的修養によって
   いかようにも変化せしめられるもの
   という意味において「運命」とも言う。

   天命は動きのとれないものではなく、
   修養次第、徳の修めかた如何で、
   どうなるか分からないものである。

   決して浅薄な宿命観などに支配されて、
   自分から限るべきものではない。

         『安岡正篤 一日一言』より

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 民主党の川内博史議員は、
「潔白である、裏金は一切受け取っていないという
小沢さんの主張を私達は信じている。
朝青龍の問題もそうだが、なんだか皆で足を引張って、
いじめて、追い落とすみたいな風潮がある。
そうではなくて、最後まで冷静に見る姿勢も必要ではないか」と、
宣ったとか。実にものの本質を見ない愚かさ。
こんな人間が固まって政権を執っている日本。

 鳥がいない所では、空を飛べる蝙蝠が威張るという意味で、
優れた者がいない所では、つまらない者が幅を利かすということの喩え。
それを、『鳥無き里の蝙蝠』というのだ。

 明けても暮れても溜息が出るばかりの現実。
このところ、合成に凝ってしまいブログ更新が出来ないでいる。
全パーツを描き、一つ描きだすと止まらなくなる。
絵が上手になりたい!!