当ブログをご覧いただきありがとうございます。尾串光康です。
早速ですが、今回の記事は、前回とは異なり、少し固い感じの内容です。というか、面白い記事ではないと思います・・・。
表題は療育機関の選び方(2)です。というのも、かなり前に「療育機関の選び方」という記事を記載しましたが、それは、療育を受けるにあたっての大前提的な考え方の一つのようなものでした。
それでは、「良い療育機関」とは、どのようなものを指すのでしょうか?と言っても、療育機関の代表やアドヴァイザーを務める人間がそれを記載するのはいささかおこがましくもあるのですが、私が理念として考えていることも踏まえながら、私が実際に実践していること、誇りに思うことなども混ぜ合わせて記載してみます。
療育機関を選ぶにあたっての参考的な知見
①親が見られる療育であること
親が見ることを「どっちでも良いですよ」や「見ないでください」ではいけないと思っています。
「見ないでください」は例外もありますよ。しかし、それはセラピストとの信頼関係が強く、かつ緊急的に「見られない」状況があった場合や、子どもの年齢が高く、専門的な見地からして、セラピストと二人だけでのセッションのほうが良い場合など。「どっちでも」は論外ですがね。
子どもと二人だけのセッションが必要な場合は、そこでのリスクなども話したうえで、「ビデオ」「レポート」などを用いて、保護者に伝える必要があります。それをなしに、保護者が見ない状況を作り出すということは、やはり「論外」です。
だって意味がないでしょう。保護者の方が見ないで、その特定の状況で獲得したスキルをどうやって活かすの?と言いたくなります。課題はあくまでも「手段」ですから、その目的は活かすことでしょう。それなのに、保護者に対して伝授しないは、はっきり言って意味が激減してしまうと思います。
②先の見通しを話せる指導員であること
特にABAのセラピストであれば、音声表出のためには
まず「粗大模倣」→「軽微模倣」→「口形模倣」→「音声模倣」・「必要に応じて逆エコー・注視課題・手先の課題」などとプログラムをデザインすることは最低条件です。
しかし、それはあくまでも概論的なものであり、子ども一人一人の特性にどのようにアレンジしていくか、そして、どのくらいの期間で獲得できるか、「これまでの」子どもの指導と達成に応じて予測できることが大切です。
そして、そのためには、臨床は常に研究でなければいけません。
研究とは、「仮説」をたて、「実証」し、その「結果」を踏まえて進む道を「微修正」し、次の指導の「プランを立てる」ということです。
行動に原理はあっても、スキル獲得にかかる時間や子どもの興味はそれぞれです。故に、アレンジが必要です。アレンジが効果的に浸透しているか、さらに良いアレンジはあるのか?これを考えながら臨床に臨めることが、臨床家と名のる条件かと思います。
③到達点を話せること
「到達点は子ども一人一人によって異なります」それは当たり前でしょうし、「自立すること」これも誰でも言えます。ようは、「自立」というものの説明がしっかりと子どもと保護者を選ばずに話せることが大切だと思っています。
いわゆる「重くても」、または「軽くても」到達する場所は同じです。それでは、「自立」とは何でしょう?このブログを見られている方は、それを話せる指導員であって欲しいと思います(前の講義で話しました。ブログでは記載は控えます)。
④保護者の過ちを指摘できること
これははっきり言って(指摘するほうも)「きつい」です。でもやることが職務だと思っています。
私の臨床経験上、これを言えることで、保護者のその後のストレスは軽減できます。
そもそも、間違っていると思うことをやりますかね?やらないでしょう。間違っていると思わないからやるのです。だからこそ、より望ましいかかわり方やその意味をしっかりと説明し、保護者の方に実践してもらうことで、子どものいわゆる問題行動も減少し、それ故保護者のストレスも減少します。
そもそも、「ペアレントトレーニング」というものは、保護者のストレス軽減のために開発されたものです。せっかく療育を受けるなら、同時にペアレントトレーニングも受けたいと思いませんか?それが、子どもがより成長していくことに直接つながるのですから。
私は、療育機関とカウンセリング機関は別物だと思っています。もちろん、その考え方がすべてではないでしょう。しかし、私は、できることならセラピストが保護者のストレスを直接軽減するのではなく、子どもの成長によりストレスを軽減して欲しい、そう思うから、きつくても(私自身も)伝える必要があると私は思っています。
⑤成長の評価ができること
発達検査などの評価ももちろん大切です。しかし、検査の数値という意味では反映されない「姿勢」や「コミュニケーション能力」、「自己管理能力」なども評価できることが大切です。
療育は、認知発達だけが目的ではありません。しかし、生活面の指導は特定のシチュエーションだけで指導しても効果は半減します。
そこで、保護者の方との協力が大切です。
と、まぁこんな感じですかね?もちろん、人によって考え方は異なるでしょうし、当然「これが全て」だとは言いません。しかし、上記に記載したことは、私は大切にしている理念でもあります。
もっと記載しようと思えばできますが、ここまでで2千文字ですから・・・。基本的だと私が考えていること記載しました。
他にも他の機関との連携についてや、技術面などたくさんありますが、また機会があればってことで、今回はこの辺で・・・。
早速ですが、今回の記事は、前回とは異なり、少し固い感じの内容です。というか、面白い記事ではないと思います・・・。
表題は療育機関の選び方(2)です。というのも、かなり前に「療育機関の選び方」という記事を記載しましたが、それは、療育を受けるにあたっての大前提的な考え方の一つのようなものでした。
それでは、「良い療育機関」とは、どのようなものを指すのでしょうか?と言っても、療育機関の代表やアドヴァイザーを務める人間がそれを記載するのはいささかおこがましくもあるのですが、私が理念として考えていることも踏まえながら、私が実際に実践していること、誇りに思うことなども混ぜ合わせて記載してみます。
療育機関を選ぶにあたっての参考的な知見
①親が見られる療育であること
親が見ることを「どっちでも良いですよ」や「見ないでください」ではいけないと思っています。
「見ないでください」は例外もありますよ。しかし、それはセラピストとの信頼関係が強く、かつ緊急的に「見られない」状況があった場合や、子どもの年齢が高く、専門的な見地からして、セラピストと二人だけでのセッションのほうが良い場合など。「どっちでも」は論外ですがね。
子どもと二人だけのセッションが必要な場合は、そこでのリスクなども話したうえで、「ビデオ」「レポート」などを用いて、保護者に伝える必要があります。それをなしに、保護者が見ない状況を作り出すということは、やはり「論外」です。
だって意味がないでしょう。保護者の方が見ないで、その特定の状況で獲得したスキルをどうやって活かすの?と言いたくなります。課題はあくまでも「手段」ですから、その目的は活かすことでしょう。それなのに、保護者に対して伝授しないは、はっきり言って意味が激減してしまうと思います。
②先の見通しを話せる指導員であること
特にABAのセラピストであれば、音声表出のためには
まず「粗大模倣」→「軽微模倣」→「口形模倣」→「音声模倣」・「必要に応じて逆エコー・注視課題・手先の課題」などとプログラムをデザインすることは最低条件です。
しかし、それはあくまでも概論的なものであり、子ども一人一人の特性にどのようにアレンジしていくか、そして、どのくらいの期間で獲得できるか、「これまでの」子どもの指導と達成に応じて予測できることが大切です。
そして、そのためには、臨床は常に研究でなければいけません。
研究とは、「仮説」をたて、「実証」し、その「結果」を踏まえて進む道を「微修正」し、次の指導の「プランを立てる」ということです。
行動に原理はあっても、スキル獲得にかかる時間や子どもの興味はそれぞれです。故に、アレンジが必要です。アレンジが効果的に浸透しているか、さらに良いアレンジはあるのか?これを考えながら臨床に臨めることが、臨床家と名のる条件かと思います。
③到達点を話せること
「到達点は子ども一人一人によって異なります」それは当たり前でしょうし、「自立すること」これも誰でも言えます。ようは、「自立」というものの説明がしっかりと子どもと保護者を選ばずに話せることが大切だと思っています。
いわゆる「重くても」、または「軽くても」到達する場所は同じです。それでは、「自立」とは何でしょう?このブログを見られている方は、それを話せる指導員であって欲しいと思います(前の講義で話しました。ブログでは記載は控えます)。
④保護者の過ちを指摘できること
これははっきり言って(指摘するほうも)「きつい」です。でもやることが職務だと思っています。
私の臨床経験上、これを言えることで、保護者のその後のストレスは軽減できます。
そもそも、間違っていると思うことをやりますかね?やらないでしょう。間違っていると思わないからやるのです。だからこそ、より望ましいかかわり方やその意味をしっかりと説明し、保護者の方に実践してもらうことで、子どものいわゆる問題行動も減少し、それ故保護者のストレスも減少します。
そもそも、「ペアレントトレーニング」というものは、保護者のストレス軽減のために開発されたものです。せっかく療育を受けるなら、同時にペアレントトレーニングも受けたいと思いませんか?それが、子どもがより成長していくことに直接つながるのですから。
私は、療育機関とカウンセリング機関は別物だと思っています。もちろん、その考え方がすべてではないでしょう。しかし、私は、できることならセラピストが保護者のストレスを直接軽減するのではなく、子どもの成長によりストレスを軽減して欲しい、そう思うから、きつくても(私自身も)伝える必要があると私は思っています。
⑤成長の評価ができること
発達検査などの評価ももちろん大切です。しかし、検査の数値という意味では反映されない「姿勢」や「コミュニケーション能力」、「自己管理能力」なども評価できることが大切です。
療育は、認知発達だけが目的ではありません。しかし、生活面の指導は特定のシチュエーションだけで指導しても効果は半減します。
そこで、保護者の方との協力が大切です。
と、まぁこんな感じですかね?もちろん、人によって考え方は異なるでしょうし、当然「これが全て」だとは言いません。しかし、上記に記載したことは、私は大切にしている理念でもあります。
もっと記載しようと思えばできますが、ここまでで2千文字ですから・・・。基本的だと私が考えていること記載しました。
他にも他の機関との連携についてや、技術面などたくさんありますが、また機会があればってことで、今回はこの辺で・・・。