民主化以降4回目の政権交代
2022年3月9日に実施された韓国大統領選挙において、保守系野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)が進歩系与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)に対してわずか24万票余りの差(得票率だと0.74ポイント差)で辛勝した。
文在寅(ムン・ジェイン)政権の任期後半、
「政権交代」を求める声が一貫して強かったが、尹は中道層や無党派層を十分取り込むことができなかった。
有権者のイデオロギー分布は
「保守(31.4%)」
「中道(39.5%)」
「進歩(21.6%)」
(数値は後述の「出口調査」に依拠している)と保守系野党に有利な構図だったにもかかわらず、尹はウイングを広げることができず、選挙戦を通じて保守/進歩の分断がむしろ進んだ可能性がある。
5月10日に就任すると、尹錫悦大統領は「与小野大」国会(定数300)に直面する。
172議席を有する野党「共に民主党」から協力を得られないと、与党「国民の力」(議席数110)だけでは国務総理を任命できず、その推薦が必要な閣僚も指名できない。
政権公約に掲げた「女性家族部の廃止」など政府組織の再編にも法改正が必要である。
6月1日に統一地方選挙を控えているため、「新巨大野党」は対決姿勢を堅持するものと予想されるが、それ以降も、「与小野大」国会との「協治」、反対派/他陣営の説得・包摂は、尹大統領のリーダーシップを死活的に左右することになる。
そもそも、選挙戦の終盤で候補者一本化に合意し、のちに政権引継委員会委員長に据えた安哲秀(アン・チョルス)の「国民の党」(議席数3)との合併など、「新与党」との関係も、政治経験が皆無の尹大統領にとって容易ではない。
特に、大統領府を青瓦台(チョンワデ)から龍山(ヨンサン)の国防部庁舎に移転するとともに、その機能や人員を縮小し、内閣や閣僚に権限を委譲すると同時に、民間の専門家との協働を図るというが、「青瓦台政府」「帝王的大統領制」に代わる統治のモデルを示すことができるかが問われている(康元澤 2021;2022)。
李在明は開票作業がまだ完了していない時点で敗北演説をおこなった。
今回で「選挙を通じた政権交代」は1987年の民主化以降4回目であり、少なくとも手続きレベルでは、韓国民主主義体制は完全に定着している。
しかし、李の支持者の間には、敗北を受け入れがたく、日常生活に支障をきたす「選挙後ストレス障害(Post Election Stress Disorder: PESD)」がみられるという(中央日報ウェブサイト、2022年3月13日)。
議会における各政党の投票行動だけでなく、有権者の日常生活でも「分極化」が進むと民主主義体制は深刻な挑戦を抱えることになるが、韓国も例外ではない。
世代・男女・地域による分断
韓国大統領選挙では毎回、KBS・MBC・SBSというテレビ局3社が共同して大規模な出口調査(以下、「出口調査」)をおこなっている(KBSウェブサイト;MBCウェブサイト;SBSウェブサイト)。
事前の世論調査では5〜10ポイントほどの尹優勢が示されていたなかで、この「出口調査」は「超接戦」だった尹錫悦と李在明の得票率をほぼ的中させた。
しかも、期日前投票の投票率が制度導入後最も高い36.9%に達し(全体投票率77.1%のおよそ半分)、かつ、そこでは投票日当日の投票より李の得票率が有意に高いことが事前に予想されたため、電話による世論調査を1万人規模で実施し、適正な補正をおこなったという(「ハンギョレ」ウェブサイト、2022年3月10日)。
有権者の動向を正確に把握するためには、メディアや世論調査会社、データジャーナリズム、それに学界の協力が欠かせないことは言うまでもない。
この「出口調査」によると、年齢層・世代によって、投票先が異なることがわかる。
20代(18歳・19歳も含む。以下すべて同じ。)(尹45.5%対李47.8%)と30代(48.1%対46.3%)では、尹と李の得票率はほぼ互角である。
40代(35.4%対60.5%)と50代(43.9%対52.4%)は李を支持した一方で、60代以上(67.1%対30.8%)は尹を圧倒的に支持した。
また、投票率(「出口調査」による推定値)は高齢層ほど高く、60代以上は84.4%と、平均より7.3ポイント高い。
一方、20代(65.3%)と30代(69.3%)の投票率は、平均をそれぞれ11.8ポイント、7.8ポイント下回っている。
そもそも、少子高齢化が急速に進む韓国では、若年層ほど有権者の絶対数が少ないため、「2030世代」や「90年代生まれがやって来る(イム・フンテク 2018)」と注目されても、政治的にカウント(数える/重視)されるかは別問題である。
その意味で、今回、「イデニョ(20代女子)」(68.4%)は「イデナム(20代男子)」(62.6%)よりも投票に行き、投票先も正反対だったことは画期的である。
「イデニョ」の58.0%が李を支持した一方で、「イデナム」の58.7%は尹を支持した。
30代でも似たような傾向がみられる。
2000年以降、韓国の選挙では若年層ほど進歩的な傾向を示したが(康元澤 2010; 2020)、男女で政治性向に顕著な差が出たのが今回の特徴である。
「女性家族部の廃止」という尹の公約は「イデナム」をターゲットに据えたものだが、「イデニョ」は「自らの声=異論(voice)」を上げた。
この層の「政治化」が、事前の世論調査では十分に捕捉しきれず、「予想外の」超接戦になったのである。
このほか、中央選挙管理委員会の集計データをみると、依然として地域ごとに顕著な差があることが明らかである(中央選挙管理委員会ウェブサイト「開票進行状況」)。
尹は嶺南(朝鮮半島南東部)では過半数の得票率、特にTK(大邱・慶尚北道)では75.1%・72.8%という高い得票率を示すが、湖南(朝鮮半島南西部)では11.4~14.4%の支持しか得られていない。
有権者の半分が集中し、党派色の薄い首都圏は、全国選挙(大統領選挙や総選挙)の勝敗を左右するが、今回、ソウル(50.6%対45.7%)での得票差(尹対李)が、李が直前まで知事を務め、いまやソウルより有権者数が多い京畿道(45.9%対50.9%)や、仁川(47.1%対48.9%)での劣勢を挽回するうえで決定的だった。
その背景には、文在寅政権の5年間でマンション価格が2倍になったという不動産問題があり、その価格上昇率が高く、その分、税負担(さらには保険料にも連動)が増えた区や洞(市郡区の下位の行政単位)ほど尹の得票率が高いという(中央日報ウェブサイト、2022年3月14日)。特に、漢江沿いにタワーマンションが立ち並ぶ江南区狎鴎亭洞第3投票所では、尹の得票率はなんと91.2%を記録した(「オーマイニュース」ウェブサイト、2022年3月10日;中央選挙管理委員会ウェブサイト「開票単位別開票結果」)。
争点態度をめぐる分断
争点態度をめぐっても韓国有権者の間には分断がみられる。
韓国の主要紙である中央日報は韓国政党学会と共同で選挙前サーベイ調査(2021年12月26~29日実施)をおこなった(中央日報ウェブサイト、2022年1月24日)。
外交安保、経済、社会それぞれの領域で14の個別具体的な争点について有権者の政策選好を訊ね、その結果に基づいて11点尺度(0が最も進歩、10が最も保守)でイデオロギー位置を推定した。
それによると、有権者全体の平均は5.09でほぼ中道であるが、その分布は保守/進歩それぞれの両端に行くにしたがって裾野がなだらかになっていく「単峰性」ではなく、ふたつのピークがある「二峰性」がみられる。
そのひとつは尹錫悦の支持者で、そのイデオロギー位置の平均は6.39と保守に寄っている。
もうひとつは李在明の支持者で、そのイデオロギー位置の平均は3.89と進歩に寄っている。
有権者全体との差分はそれぞれ1.30、1.20であり、両者の間の距離は2.50も離れている。
イデオロギー位置の差は年齢層・世代ごとにもみられる。
40代(4.49)、50代(4.64)は進歩的だが、20代(5.26)、30代(5.23)はやや保守的、60代以上(5.60)は保守的である。さらに、それぞれを男女別に分けると、20代では顕著な差がみられる。
「イデナム(20代男子)」のイデオロギー位置は5.87と全年齢層で最も保守的であるが、「イデニョ(20代女子)」(4.60)は40代男子(4.40)、50代男子(4.54)、40代女子(4.58)に次いで進歩的である。
「イデナム」と「イデニョ」の間は1.27も開いていて、ここでも「二峰性」の分布がみられる(中央日報ウェブサイト、2022年1月25日)。
こうした「イデナム」と「イデニョ」の相違は、女性の社会進出を促進するクォータ制の廃止/拡大といった争点だけでなく、原子力発電所の積極推進/全面廃止、非正規雇用問題の自由放任/政府介入、対北朝鮮経済協力の制裁強化/積極推進などの政策選好(保守/進歩)でも幅広くみられる。
年齢層・世代ごとに家庭や職場、社会や各時代で直面する課題が異なるため、政治に期待するものがそれぞれその都度異なるのは当然のことであるが、男女の差も重要になったということである。
韓国人女性は#MeTOOに積極的に賛同し、ミソジニー(女性嫌悪)殺人事件には街頭やオンライン空間の双方で追悼と抗議の声を上げてきたが(鄭喜鎭 2021)、「イデニョ」は有権者としても独自のエージェンシー(行為主体)であることを示したわけである。
2021年の韓国の合計特殊出生率は0.81で世界最低の水準だが、構造的なジェンダー差別が是正されない社会のままでは、晩婚化・非婚化・無子化で「少子化」がさらに加速し、年金制度がいずれ破綻することは確実である(春木 2020)。
幸い(?)、尹錫悦候補のイデオロギー位置は5.12で、自らの支持者(6.39)よりも有権者全体の平均(5.09)に近い。李在明の支持者(3.89)とも、少なくとも絶対値ではそれほど離れていない。個別具体的な争点についても、尹は李より中道寄りに「巧く」ポジショニングしている(中央日報ウェブサイト、2022年1月24日)。問題は、今後、大統領として政策アジェンダを法律・予算・人事の形で「与小野大」国会に諮る際に、進歩系野党の議員やその支持者も「吞める」ゾーン内に提案できるか、である。
国会におけるイデオロギー的分極化
大統領と議会多数派の党派構成が異なる「分割政府(divided government)」である場合、議会における政党間の「イデオロギー的分極化(ideological polarization)」が進んでいるかが大統領のリーダーシップを左右する。
韓国大統領は、米国大統領とは異なり、法案提出権(憲法第52条)を有しているが、尹錫悦大統領が直面する「与小野大」国会(定数300)では、党派のラインをこえた「交差投票(cross-voting)」がみられるかが、立法パフォーマンスや「協治」の鍵である。
2020年4月の総選挙を経て成立した第21代国会は、180議席を獲得した巨大与党「共に民主党」が、これまで議席数に比例して各会派に配分されてきた常任委員会委員長ポストを独占したことから始まり、「選出された権力/多数派」の名の下、「立法独走」が目立った。
その最たる例が、検察から捜査・起訴の権限を一部分掌させる高位公職者犯罪捜査処(高捜処)の設置法だが、野党が猛烈に反対するなかで、政府・与党は「検察改革」「改革立法」を貫徹した。
前述の「出口調査」を実施したSBSという民放のテレビ局は、第21代国会になってからイデオロギー的分極化がどう変化したのかについて、各法案に対する各議員の投票行動(賛成・反対・棄権)をもとにDW-NOMINATEという方法を用いて、相対的な保守/進歩(+1~-1)の位置を測定した(SBSウェブサイト、2021年6月3日)。
それによると、「共に民主党」議員の平均(偏差)は-0.754(0.02)で、かなり進歩的である。
「国民の力」議員の平均(偏差)は+0.423(0.07)で、保守的である。
両者の間の距離は1.177で、第20代国会(2016~2020年)の0.792、第19代国会(2012~2016年)の0.829と比べると、さらに開いた。
しかも、それぞれの凝集性(偏差で測定)は極めて高く、位置が重なる議員はいない。
政党間の距離が遠くなり、かつ、それぞれ凝集性が高くなったということは、イデオロギー的分極化が進んだということを意味する。
しかも、法案の性格、争点領域によっては、さらに距離が開いている。
たとえば、前述の「高捜処」設置法案は法制司法委員会の主管だが、この常任委員会で審議される法案に対して、「共に民主党」議員の位置は-0.995、「国民の力」議員の位置は+0.354である。
両者の間の距離は1.349で、法案全体の場合より0.172大きい。
また、産業災害時に現場の監督者だけなく経営陣の責任も問う「重大災害処罰法」など環境労働委員会で審議される法案も、両者の間の距離が1.399と最も開いている。
このように、韓国国会では党派のラインに沿った投票傾向が強まっているなかで、大統領と議会多数派の党派構成が等しい「統合政府(unified government)」「与大野小」国会だと、与党だけによる「改革立法/立法独走」がみられた。
逆に、尹錫悦大統領が直面する「与小野大」国会では、巨大野党「共に民主党」がこぞって反対すると、大統領の政策アジェンダは何一つ立法化されないことになる。
選挙戦では対立争点や非難合戦ばかりが目立ったが、たとえば年金改革の必要性には、少数党の正義党(議席数6)まで含めて、原則的に合意している。
そうした合意争点において超党派的な協力を実現していく責任は本来、「二重の民主的正統性(dual democratic legitimacy)」がビルトインされている大統領制では、尹大統領と「与小野大」国会というそれぞれ異なる「選出された権力/多数派」が分有していると言えよう。
日常生活における感情的分極化
世界各国の世論の動向を比較分析しているピュー研究所が2021年におこなった調査によると、韓国人の90%が「支持政党が異なる人々の間の対立が深刻である」と回答している。
これは米国とまったく同じ極めて高い値で、日本(39%)を含む調査対象17カ国の平均値(50%)を大きく上回る(Pew Research Centerウェブサイト、2021年10月13日)。
米国では、2020年の大統領選挙においてトランプ大統領が最後まで敗北を受け入れようとせず、挙句の果てに、焚きつけられた支持者が連邦議会を襲撃するという事態まで生じた(レビツキー・ジブラット 2018)。
さらにその後、新型コロナウイルスのワクチン接種という本来、非政治的な領域においても、党派的アイデンティティが有意な差をもたらしており、共和党支持者は民主党支持者に比べて接種しようとしない(Pew Research Centerウェブサイト、2021年9月20日)。
アメリカ政治研究者の西川賢によると、こうした「感情的分極化(affective polarization)」はイデオロギー対立ではなく、「ある集団(民主党/共和党)に道徳的な愛着を抱く集団が、自集団以外の集団に対して抱く反感・憎悪によって特徴づけられる対立」(西川 2022, 2)だという。
その要諦は、「ある特定の政党に愛着を持っている人々は自党と自党の支持者を『内集団』とみて、他党の支持者を異質な『外集団』であると認識するようになり(他者化――Othering)、それら『外集団』に嫌悪・不信感を抱くようになり(嫌悪感――aversion)、外集団を不正、邪悪、偽善的、自己中心的で排他的な存在であると認識するようになる(道徳化――moralization)」(同上)ことである。
韓国でも、こうした感情的分極化がすでに確認されている(Lee 2015;康俊晩 2021;キム・イ 2021;チャン・チャン 2020)。
保守系・進歩系どちらの政党の支持者であれ、党派的アイデンティティを有すると、内集団に対しては好意的である一方で、外集団に対しては敵対的である。
内集団と外集団とでは、自らの結婚相手として考えられるかが有意に異なる。
キム・イ(2021)によると、党派的アイデンティティを有する韓国有権者の50%以上が外集団との結婚は「絶対考えられない」という。
また、内集団は「愛国的で」「賢く」「正直である」一方、外集団は「偏狭で」「偽善的で」「利己的である」と道徳的な善悪で彼我を裁断する。
その原因や帰結、さらには解決(緩和)策についても、先進事例の米国などのデータをもとに、さまざまな検証がおこなわれているが(Iyengar, et. al. 2019;Coleman 2021)、韓国では、政治的知識や学歴水準が高いほど、感情的分極化の程度はむしろ大きくなるという(チャン・チャン 2020)。
個人的な逸話でも、2022年韓国大統領選挙の前後で、「実家の両親は(保守系新聞の)朝鮮日報しか読んでいないので、尹錫悦なんかを支持しようとしている。なんとか(進歩系新聞の)ハンギョレに替えるように説得して、ようやく成功した」と半ば自慢げに語ってくれた40代の韓国人研究者がいる(メディアの分極化についてはHan 2021を参照)。
別の50代の韓国人研究者は、「尹錫悦の5年間はとても耐えられない。新聞もテレビもSNSもみたくない。移民に行きたいくらいだ」と嘆いている。
韓国社会の分断、分極化は選挙時や国会だけでなく、家庭や職場など日常生活のそこここに広がり、かつ深刻化している。次期大統領である尹錫悦は、「与小野大」国会との「協治」だけでなく、こうした憎悪や傷をケアし、社会的にも政治的にも「包摂(inclusion)」を図っていけるかが問われている。
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著者プロフィール
浅羽祐樹(あさばゆうき) 同志社大学グローバル地域文化学部教授。Ph.D (Political Science). 専門は比較政治学、韓国政治、日韓関係。おもな著作(いずれも共著)に、Japanese Public Sentiment on South Korea: Popular Opinion and International Relations, Routledge, 2021、『知りたくなる韓国』有斐閣(2019年)、『戦後日韓関係史』有斐閣(2017年)など。