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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

安倍総理 首相官邸で記者会見、安保法制懇報告受け集団的自衛権行使容認検討に意欲

2014-05-15 23:55:28 | 国際・政治

◆現状追認型の限定的な行使容認目指す

 安倍総理は本日、首相官邸記者会見において安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会報告書提出を受け、集団的自衛権行使容認へ向けての検討を進める旨を表明しました。

Abimg_4269 集団的自衛権行使容認へ向けての検討を進める、という部分が大きく注目を集めていますが、その具体例として提示されているのは、在外邦人救出中の友好国艦船の警護や多国間の弾道ミサイル防衛での連携に国際平和維持活動における国連への協力の一環としての自衛行動など、見てみますと踏み込んだものはありません。

Abimg_1703 在外邦人救出中の友好国艦船の警護、これは元々邦人の海外での経済活動などが恒常化している今日、主権国家が自国民を連携し緊急時の対応を行うことに対し、特段大きな政治的な問題は無いものです。弾道ミサイル防衛での連携、これは元々一国で対応できる仕組みではなく、報復用の核戦力を保持する以外に情報と機構面での連携はもとより織り込まれているものです。

Abimg_1582 国際平和維持活動における国連への協力の一環としての自衛行動、これも多くの場合で議論の命題挙げられますが、国連の統制下に自国を置くつもりが無いならば何故国連に加盟したのか、という視点が出てきそうですが、国連憲章の解釈を曖昧とし、憲法よりも国際公序を重視したことから日本国は国連脱退の意志は検討されることも無く、国連の一員としての世界への貢献を目指し続けているところ。 

Abimg_0906  現状追認型の限定的な行使容認目指す、というところでしょうか。集団的自衛権、この命題が我が国国内政治において大きな意味を持つのは、憲法九条に基づく平和主義との関連です。元来、我が国は陸海空軍の不保持を明示し大日本帝国憲法より日本国憲法への改憲を果たしましたが、この改憲が連合軍庇護下で実現し、元々国際の平和と安全を担う国際機構が我が国の平和を保障するという前提がありました。

88img_1087  日本の安全保障、特に防衛面は少なくとも連合軍駐留下では本土への侵攻という懸念は生じなかったわけですが、その後の駐留軍撤退と朝鮮戦争勃発により九州から僅か100kmの地域で激戦が繰り広げられ、駐留軍が国連軍として朝鮮半島に展開した際、大きな転換点を迎えたといえるでしょう。

Abimg_9024  日本は同じ頃、主権を回復へサンフランシスコ平和条約を以て独立国へ復帰します。こうしますと独立国を他国軍隊が防衛するという形態は主権侵害にもあたり、一方で外国軍駐留は外国の指揮下に或る軍隊が第三国国民の防衛を通じて経済的負担を強いるという構図も正当性は無く、防衛という日本国憲法が想定していなかった命題を突き付けられることとなりました。

Abimg_6631  朝鮮国連軍への転換と共に我が国の防衛を担う主体が喪失するという状況下、日本国憲法は陸海空軍の不保持を明示したが自衛権の不保持を明示はしていないとの視点に依拠し、警察予備隊が創設されることとなりました。警察予備隊は米陸軍歩兵師団に範を採る編成をもち、保安隊、そして自衛隊に改編され今に至る。

Abimg_8183  こうして我が国は自衛権を保持すると共に、自衛のための軍隊ではない防衛力を整備するに至ったわけですが、自衛権を否定していないという解釈の下で自衛隊が創設され、一方、その防衛力が第三国同士の武力紛争、より直接の表現では朝鮮戦争下兵力不足に悩む国連軍が自衛隊を抽出しないよう一線を引く必要があり、ここに自衛権を集団的御自衛権と個別自衛権に区別する必要が生じた、ということ。

Abimg_3301  国家の自衛権、英語では自衛権と正当防衛が同語で、本来集団正当防衛と個別正当防衛という単語に区分されないように、自衛権とは個別的自衛権と集団的自衛権を区別するものでは無く、何故日本が自衛権を集団と個別に区別したかという背景が、多分に当時の切迫した国際情勢を短期的に想定したものに過ぎないことが分かるでしょう。

Abimg_9691 1946年日本国研憲法公布、1947年日本国憲法施行、1950年朝鮮戦争勃発、1950年警察予備隊発足、1951年サンフランシスコ平和条約締結と日本主権回復・日米安全保障条約締結、1952年保安隊改編、1954年自衛隊創設、こう進んだ戦後日本史ですが、日本国憲法が想定していなかった状況が生起します、無論、憲法は想定外でも日本国は想定していましたが。

Abimg_9005 1956年国際連合加盟、国際連合は元来連合国と表現され、その主任務を国際の平和と安全に軸を置き、その様々な手段を以て平和を維持する組織でしたので、集団安全保障を意図した国際機構でした。多国間安全保障を同盟条約に基づく勢力均衡を期した国際公序から、集団安全保障へ転換したわけです。

Abimg_8835 しかし、国際の平和と安全を主体とする機関が集団安全保障をその手段として用い、加盟国が一体となって連携し世界平和を希求する、という国連の位置づけは必ずしも日本国憲法の理念と反するものでは無いのですが、自衛権を極めて限定した範囲でしか認めない内政的要素を持つ我が国が、その憲法解釈のまま国連へ加盟したことが同じ平和を標榜しつつ歪を生むこととなった形です。

Abimg_4579 日本の防衛は、併せて日本の主権回復とともに日米安全保障条約が締結されたことにより、日本の平和の多くの部分をアメリカが担う暗黙の了解がありましたが、日本の防衛は、我が国が必要最小限の防衛を行う災害に備える体制の維持だけで、広大な海洋に位置する国土と巨大な経済力を支える国民を防衛するには非常な経済的負担が生じます。

Aaimg_1234 このため、日本が経済的な発展を遂げ、世界経済や世界の秩序構築に不可欠な地位を自然に固めるに至り、これだけの規模を有する国なのだから自国の自衛は独力で行うべき、という視点が内外に生じますし、逆に日本が世界に経済的や政治的そして国際公序に与える影響が大きくなると共に日本が自国を防衛し安定させることが、国際の平和と安全に大きな影響を及ぼすようにもなっています。

Abimg_1729 こうして自衛権の位置づけは日本一国の関心事を越えたものとなっているわけですが、一方でこの視点のみでは自衛縁を集団的自衛権と個別的自衛権に区分した条件下で、個別的自衛権の行使を行うに十分な防衛力さえ有しているならば、今回の討議の論点となった集団的自衛権の視点は不要である、と思われるでしょう。

Abimg_2587 しかし、個別的自衛権のみに依拠した防衛政策は、必然的に膨大な軍拡への道を開きます。例えば、現在大きな防衛政策上の関心事となっているのは中国からの軍事圧力、尖閣諸島や我が国シーレーンへの軍事的圧力や太平洋上島嶼部への圧力など、列挙できるところ。

Aaimg_5246 個別的自衛権のみで対応する手段は明快で、日本が中国軍を一国で圧倒できる防衛力を保持出来れば何も問題は無い訳です、が、それでは地域不安定要素が大きくなります。また、日中が勢力均衡をめざし相互に軍拡競争を展開した場合、中国周辺国への兵力均衡にも影響が及ぶでしょう、元々国際連合もこうした頸木からの脱却が創設の端緒でした。

Abimg_7395 こうして注目された集団的自衛権ですが、蓋を開ければ、“在外邦人救出中の友好国艦船の警護や多国間の弾道ミサイル防衛での連携に国際平和維持活動における国連への協力の一環としての自衛行動など”、と非常に限定的で、当初可能性が示唆された積極的平和主義への具体策、例えば国連安保理決議に基づく有志連合への派遣など、盛り込まれてはいません。

Abimg_8585 いうならば、実情、現在日本が進めている具体的な施策への緊急時における対応への憲法問題が絡む不確定要素の払しょくが目的で、現実に対応するための泥縄式の対応の範疇、将来的な防衛政策の転換を企図したものではありませんでした。現状で進めている展開に窮迫の状況が生じた際の超法規に頼らなければならない危険を回避する、こういう程度のもの。

Abimg_1757 それでは、この具体的な施策が隣国、特に中国との関係にどういう影響を与えるのでしょうか。短期的には、即ち制作を中国が理解するまでの期間と言う範疇ですが摩擦は生じるかもしれませんが、長期的には日中関係に大きな影響を及ぼすことは無いと考えます。

Abimg_3186 日中間機影に長期的な悪影響は生じない、という根拠は、冷戦時代、我が国がソ連からの軍事圧力を受けていた際に対ソ関係で重視されていたのは中国の牽制、特に中ソ国境の対峙が我が国への軍事圧力を減殺するというもので、中ソ対立を背景に日中関係の前進が大きな位置を占めていたものでした。

Img_4266 即ち、日中関係は今でこそ緊張を孕んでいますが、ソ連が大きな圧力を周辺国へ及ぼしていた時代には逆の関係性があったわけです。当時の日中友好関係が一転したわけですので、長期的には再度一転することも考えられるわけです。そうした理解の上で、国連加盟国である独立国が現実に合わせた運用へ、理論の通じた反対は出来ないわけで言掛りが限界というもの。

Aaimg_0903 他方で、無理に中国の視線を意識した政策を進めすぎますと、日米関係へ影響が及びかねません。日中が平和であればほかの国と武力紛争に展開してもいい、という視点はありませんし、世界は日中だけで稼働するわけではありません。ですから、独立国として行使できる体制を着実に構築することが誠実と言えるものでしょう。

Img_0354 ただ、集団的自衛権の行使容認、という言葉が独り歩きし、世界や同盟国アメリカに北東アジアの周辺国が拡大解釈や過剰な期待を我が国に寄せる事は考えられます。この点も含めて、丁寧に説明し、過度な拡大解釈と過剰期待を避けられるように努力を行うことが政治家の責務です。

北大路機関:はるな

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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8 コメント

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解釈改憲は立憲主義の否定であり、憲政の道に反す... (市民の目)
2014-05-16 00:09:58
解釈改憲は立憲主義の否定であり、憲政の道に反する行為です。このような姑息な手段で国民的議論を避けて暴走するやり方は国内はもとより海外からも支持されないでしょう。中国や韓国などは反対しています。
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憲法は実定法ではないので解釈が必要です、また、... (はるな)
2014-05-16 00:45:53
憲法は実定法ではないので解釈が必要です、また、最高裁判例ではこの問題領域での多くの判例で統治行為論として政治問題であることを強調しています
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市民の目 殿 (国民の目)
2014-05-16 11:30:28
市民の目 殿
集団的自衛権行使肯定は、憲法9条に反しません。成文憲法の下、明文上、9条にそのような文言はありません。
集団的自衛権は、憲法上、有するが、行使できないとしてきたのは、内閣の解釈です。内閣も、国家機関としての有権解釈は可能ですし、行政権行使として最も要請が求められます。国際情勢の変化、憲法成立後長年たっているので、解釈変更は当然のことです。わが国は議院内閣制をとっているので、間接的に国民の意思は反映しています。友好的でない外国に配慮する憲法解釈は必要ありません。

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日本国民の目へ (市民の目)
2014-05-16 12:58:09
日本国民の目へ

>内閣も、国家機関としての有権解釈は可能です

憲法の有権解釈権は唯一司法機関である裁判所のみです。貴方は三権分立という基本的な概念を全く理解していない。内閣に「有権」的解釈権があるなら、裁判所を無視して憲法違反を堂々とできるじゃないですか。内閣が自分の行為を憲法解釈するなんて、どこの中世国家?
人類は市民革命を経て権力分立制=立憲主義をつくってきたんですよ。貴方は日本国民として恥ずかしいですね。自らのコメントを訂正するよう管理人人に懇願しなさい。
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市民(=人民)の目 (専ら読む側)
2014-05-16 20:39:54
市民(=人民)の目

>貴方は日本国民として恥ずかしいですね

そうほざく其方は何処国民、否何処人民?
恥知らずどころか恥分からずの赤色細胞気取りが
またぞろ第三者を誹謗中傷しておりますな
精々みんなで嗤いましょう
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国民の目さま、市民の目様 (ドナルド)
2014-05-16 23:42:05
国民の目さま、市民の目様

日本は3権分立なので(ここは市民の目様のおっしゃる通り)、内閣が有権解釈することは問題ありませんが(ここは国民の目様のおっしゃる通り)、裁判によって裁判所が違法(この場合は違憲)と判断すれば、その解釈は破棄されます。

という、単純な話と私は理解しています。
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そもそも、我が国は個別自衛だとして日米同盟をな... (Unknown)
2014-05-17 19:11:46
そもそも、我が国は個別自衛だとして日米同盟をないがしろにするなら、
いずれ中国は核で恫喝をかけてくることは確実です。
核武装が必要になりますね。
(民主主義国家である米国の国民が西太平洋を捨てる選択をしても同じですね)
この際、国民の側から核武装の声を上げても良いのではないでしょうか。
あくまで国民の声として、です。
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どうも誤解されている方が多い様なので、当方、201... (はるな)
2014-05-17 22:19:50
どうも誤解されている方が多い様なので、当方、2014-05-16 00:45 の書き込みを補足します

三権分立の下、最高裁は自衛権に関する判例に統治行為論として判断を避けています、これは逃げていると誤解されがちですが、真逆で、その命題が最高裁の管轄外にあるので政治問題として行政府の管轄である、と最高裁が判断しているわけです

ですから、行政府は司法府より解釈の権限があるとの判決に基づき憲法を運用しているわけです、三権分立を正しく理解していないと、変な勘違いや思い込みが生じるようですが、このあたり正しく理解しなければなりません
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