北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【M-5撮影特報】春日井駐屯地創設57周年記念行事,七夕の駐屯地祭は車載温度計気温41度の衝撃!(2024-07-07)

2024-07-08 20:01:32 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■41℃の七夕
 トラックのこの並びの迫力と78式戦車回収車の動いている様子を撮影出来ただけでも行って良かったのですが、帰路に車載温度計の気温を見ますと41℃でしたよ。

 春日井駐屯地祭、行ってまいりました。こんかいはG-3Xの速報の方ではなく、ミラーレス一眼のM-5にて撮ってだしの写真という事で掲載します。おどろきましたよ、自動車の温度計は41度となっていまして、道理で暑かったわけなのだなあ。

 41度、いや気象庁の発表では春日井は37度であったということなのですけれども、静岡市などは40度に達したという、そして自動車の温度計の数字は現実という。実際測候所とアスファルト上の温度の違いは分かるのだけれども、私が居たのはそういうところ。

 荒川ゆかり1等陸佐、第10後方支援連隊長、兼ねて春日井駐屯地司令のかた。陸上幕僚監部装備計画部装備計画課需品室総括班長を経て今年4月1日に第10後方支援連隊長へ補職されました。わたしは、ようやくこの時代が来たか、とちょっと感動しまして。

 女性が連隊長を補職、これからは普通になってゆくのでしょうけれども、今年の春日井駐屯地祭は、漸くこの段階まで第10師団も近代化されたのか、という印象でして。後方支援連隊長は師団司令部第四部長を兼ねる、つまり師団幕僚に女性の時代という。

 新装備が来るよりも、こういう時代がやってきたほうが嬉しい、という率直な感動でして、そして、新しい連隊長は女性、ということがめずらしくなくなる時代へと進んでくれればなあ、と思うところです。この点でアツい行事でしたが、気温も、熱かった。

 私事にて申し訳ないのですが、先日出先から仕事場に戻り噴き出た汗を何とかしつつ、冷房の効いた仕事場に、ふうっと冷房のありがたさを痛感するとともに、しかし電気代を考えてもう少し設定温度をあげよう、と設定温度を確認すると30度の設定で。

 41度とか40度とかの外部気温ですと、もう、設定30度でもなんとかなってしまうのだなあ、と、恐ろしいというか怖くなってきました次第です。厚生労働省は事業所の温度を28度以下にするよう、健康管理のための冷房使用を呼び掛けているのですけれども。

 第10師団兵站拠点である春日井駐屯地、第10後方支援連隊と第10施設大隊の駐屯地です。わたしがはじめて春日井駐屯地記念行事を撮影した当時は、第10対戦車隊、第10偵察隊、第10施設大隊、の駐屯地という印象で。第10後方支援連隊は。

 第10後方支援連隊は2004年に守山駐屯地から移駐した部隊ですから、わたしが初めて行ったころには春日井は第10施設大隊長が駐屯地司令を担っていました。対戦車隊は無くなり、代わりの連隊対戦車中隊も全廃、防衛力強化の時代に不思議に思えて。

 暑い熱い、繰り返しますがこの一言に尽きる、みんな別海駐屯地祭の方に行ったのだろうかというほど、いつも挨拶する方や友人知人は居ませんでした、同じ日が別海駐屯地祭で、別海駐屯地は僻地手当てと寒冷地手当両方が出る駐屯地といいますから、ね。

 別海駐屯地、この街の月曜日、つまり今日、最高気温を調べてみますと23度、真冬並みの寒さです、というといい過ぎですが20度近く低いという訳で、来年は春日井よりも別解に移行か、なんて考えてしまう温度です。最高気温23度、最低気温ではなく。

 春日井駐屯地、例年はこんなに暑くはないのです、というのも例年実施されるのは3月でして、今回は3月の部隊改編による後方支援連隊の改組と第10偵察隊廃止や第10偵察戦闘大隊新編に伴う豊川駐屯地移駐準備があったためか、早春は気候が良い。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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ウクライナ情勢-太平洋艦隊第155海軍歩兵旅団ハリコフ前進と軍需産業戦時体制に経済制裁の抜け穴

2024-07-08 07:00:58 | 国際・政治
■防衛情報-ウクライナ戦争
 制裁逃れへの監視強化とともに、なにより、正当性を示さずい峰的に隣国を武力併合しようとする状況を看過して良いのか、という性善説と正論は過去厳しい歴史に曝されたグローバルサウスの諸国民には有用であるようおもう。

 ロシア軍の軍需産業戦時体制は経済制裁の抜け穴が影響しているもよう、RUSIイギリス王立連合サービス研究所の研究報告では戦車の退役車両現役復帰は生産数の85%に達するもよう。ただ、ロシア軍は現段階では装甲車両や火砲の使用を削減しておりISWは歩兵部隊と迫撃砲による小規模な攻撃を繰り返している状況とのこと。

 砲弾の膨大な生産について、ロシアは砲弾に必要なニトロセルロースの供給をドイツとトルコ及び台湾に依存していると指摘しています。戦車の現役復帰には半導体が必要で、これは経済制裁によりロシアが正規輸入出来ないものですが、第三国経由で調達、ニトロセルロースも含め制裁は、コスト増程度しか影響がないと指摘しています。

 北朝鮮国連経済制裁など、瀬どり監視を各国が勢力に実施しているものの殆ど手間が増える以上の成果を示す事が出来ない状況があります、ただ、ロシアの場合は北朝鮮とは異なり、関係を維持している諸国が多く、こうした国々への制裁リスト連座制等を示唆する事により、隣国を一方的に武力攻撃し併合しようとする状況に一石を投じられるでしょう。
■防衛情報-ウクライナ戦争
 ハリコフ戦線は理解が難しい状況となっている。

 ロシア軍は太平洋艦隊第155海軍歩兵旅団をハリコフへ前進させた、ISWアメリカ戦争研究所6月25日付ウクライナ戦況報告によれば、ウクライナ軍ハリコフ地区報道官のポフフ大佐とホルティツィア地区報道官ヴォロシン中佐の発言を引用するかたちでハリコフ州へのロシア軍侵攻部隊の再編を伝えています。この背景にはロシア軍の苦戦が。

 太平洋艦隊第155海軍歩兵旅団と第1ドネツク人民共和国軍団第51軍第9自動車化狙撃旅団がドンバス地域からハリコフ州侵攻部隊へ編入されました、ロシア軍はヴォフチャンスクにおいて苦戦に陥っています、ヴォロシン中佐は6月23日の概況発表において、ヴォフチャンスク戦域からロシア軍第11戦車連隊と第83空挺旅団撤退を伝えている。

 第11戦車連隊と第83空挺旅団撤退は大きな損耗を受けたためとされ、そもそも今回のハリコフ州侵攻はウクライナ軍が頑強に抵抗を続けるドンバス地域から引きはがすための第二戦線構築のはずだったわけで、そのロシア軍自身がハリコフ州へ戦力を集中するためにドンバス地域から兵力を引き抜いているようでは、なんとも意味不明です。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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