北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

そうりゅう,高知沖衝突事故の検証【4】潜水艦増強下に相反する潜水母艦削減と人件費の圧縮

2021-03-28 20:09:19 | 防衛・安全保障
■平成型日本企業病と自衛隊
 そうりゅう高知沖衝突事故の検証、非正規雇用や無理な過剰勤務を強いる休養体制の削減と評価制度の実相との乖離、些細なミスの背景にあるのではないかと。

 そうりゅう、そして建造中に感電事故が起きているのですが、この後、AIP潜水艦の期待を背負うと共に技術試験や戦術研究を重ねてゆきます。この過程で自殺が数件おきており、この内一件が原因に上官の暴行が挙げられています。もちろんこれは昇進してはならない人材が昇進した事に起因するのですがしかし、これは特殊例として収めるだけで良いのか。

 要因の一つに行き過ぎた安全管理が、とは考えられないでしょうか。潜水艦そうりゅう事故に限っては、そうりゅう感電事故以降、これは一般論として一回事故が起きますと再発防止措置が徹底され、かえって息苦しくなるのですよね。事故の要素は数多ありますが、限られた人員と教育の知見で得られる注意力と判断力は無尽蔵ではない、人間ですからね。

 行き過ぎた安全管理。再発防止は重要でも些細な問題でも積み重なれば大きなものとなります、しかし小さな問題が発生した、すると再発防止措置を教条主義的に継ぎ足す事は注意点の件数を増大させ、かえって別の危険要素が顕在化し、事故に繋がる懸念を忘れているように思います。注意は重要です、しかし人間が乗っている事を忘れてはなりません。

 防衛大綱改訂に伴い潜水艦戦力は増強中ですが、この負担というものをどの程度予算を策定する際に配慮されているのか、この当たりの不安と云いますか懸念というものはないでもありません。即ち潜水艦隊は16隻から22隻への増強が進むと共に乗員の増加分以上に本来増強されるべき人員、教育訓練要員や事務要員と補給要員が充分増員されていません。

 これは海上自衛隊全体の人員不足であり、潜水艦隊以外にも護衛艦隊も地方隊も人員不足ですので、潜水艦隊だけ優遇は出来ない、という背景はあるのでしょうが、特に潜水艦職域は他の職域の様な人事交流がありません、護衛艦から掃海艇に乗り地方総監部で地上勤務を経て今度は掃海母艦へ、というような流れが無いのですね。ここに人員不足が重なる。

 潜水艦隊は特殊、とはいわれるところですが、すると70名定員の潜水艦22隻と司令部の所帯で行き来する他ないのですね。すると幹部は昇進すると潜水艦職域の中で昇進しますので後が閊えてしまうという状況を回避せねばなりませんし、潜水艦は教育が専門的ですので人員不足だからと護衛艦や掃海艇から引き抜くわけにいかず、部隊は昇進して欲しい。

 しかし海上自衛隊全体で海曹枠が限られており、優秀で昇進しなければ数年で満期除隊となってしまう為、優秀を義務付けられる息苦しさが在ります。もちろん優秀は必要ではあるのですが、その定義に平日の課業外の時間を含めて数年間一分たりとも遅刻しないというものを筆頭に、少し定義が精鋭部隊というものの一般的な概念から外れているよう思う。

 人員不足はもう一つ、原因はと云えば、自衛隊が幹部自衛官以外競争を勝ち抜いて海曹になるまで終身雇用ではなく、これは不適切な下士官を省くのではなく全員が優秀な人材を集めても海曹枠が決まっている為、優秀でも勤務偏差値で昇進できない人員は出てきます。いわば人材使い捨てにしている最中で、同じ組織が人材不足を嘆いている状況があります。

 優秀であれ、これは必要な事ではあるのですが、人員をとられまいと数値的な優秀の定義に固執せざるをえない現状の人事制度にこそ問題は無いでしょうか。民間が優秀な人材を囲い込む中で、自衛隊は人員枠を設定し、幹部自衛官を除き、非正規雇用から正規雇用への道を閉ざしている。この当たりが平成日本型企業病に自衛隊も罹患したといえましょう。

 更に。人員不足は予算不足の裏返しです。しかしその原因が人材使い捨てと云うべき中期的に海曹昇進枠に入れなかった人員を使い捨てる制度では、やりがい詐取に耐えられる適正者を探している状況です。こうした中で潜水艦を増強しているのですから、皺寄せは人件費だけに寄せるのではありません。潜水艦母艦機能を持つ艦が順次廃艦となっています。

 潜水艦母艦機能を持つ艦というのは潜水艦救難母艦の事でして、近年では潜水艦救難艦は建造されていますが潜水艦救難母艦は建造されず入れ替えに除籍されています。もともと潜水艦の母艦として潜水艦救難艦には潜水艦一隻分の乗員休息施設が整備されていました。これが潜水艦の性能向上を理由に順次省かれています。これは負担となっているのでは。

 潜水艦の母艦であった潜水艦救難艦から潜水艦の休養施設が順次廃止されています根拠として、潜水艦の航続距離が増大した為、というもっともらしい説明がありますが、窓も無く個室は全乗員で艦長一人だけ、という海上自衛隊の潜水艦は、航続距離が大きい分一ヶ月間程度の航海は普通に実施します。そして潜水艦は護衛艦のように簡単に接岸できない。

 そうりゅう、今回の事故で高知港内に入ったものの接岸しないように、潜水艦は通常のタグボートで普通の桟橋に接岸する事は出来ません、つまり潜水艦救難艦で休息がとれないと休息がほとんど取れない事となる。繰り返しますが、そうりゅう型は前型おやしお型よりも居住空間が圧迫されているのです、我慢を強いてもそこは人間、無限の精神力は無い。

 母艦削減は明らかに潜水艦増強の現状と逆行している、潜水艦16隻の時代に潜水母艦機能をもつ潜水艦救難艦が2隻いたのに、新型潜水艦救難艦から母艦機能が省かれ22隻の時代に母艦機能を持つのは1隻、これは計算がおかしい、と気づかない方が不思議というものです。再発防止を考えるならば、入港できる潜水艦桟橋を持つ基地と桟橋を増やすべきだ。

 せめて一部潜水艦を3当直から航海期間を縮小した上で、欧州のディーゼル潜水艦のような2当直として艦内容積を高めるとか、自動化を進めて英仏の原子力潜水艦の様なプライバシーの保てる寝台とするとか、こうした配慮が必要です。それが無理ならば、母艦機能をもつ潜水艦救難艦を3隻体制とすることが、当面の現実的再発防止措置となるよう思います。こうした結論を以て第四回で本特集の一つの区切りとしましょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする