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気紛れ貴婦人願望バーバの徒然草~カムイミンタラに憧れ、悠々自適人になりたい

ご訪問いただきありがとうございます。安政の探検家松浦武四郎足跡を訪ね、音楽と自然、いにしえのロマンを愛する旅人です。

天候に誘われて:ぶらり温泉行きが~史跡めぐりに(1)山越内関所跡など

2015-09-23 22:28:46 | 日記
2015年9月22日(国民の日)、快晴の天気に誘われて、「八雲あたりの温泉でも行くか~」と家を出た。
八雲といっても二海郡八雲町はひろく、熊石や鉛川の方にも温泉がある。熊石のあわび山荘もいいな~とか話していたが・・・
 国道5号線は祝日にもかかわらず、スムースな車の流れであった。山越を通過するとき、以前に撮った山越内関所跡や「最北の山越内関所」や「道の手形」の看板が逆光で読み難かったので、再訪した。
また、関所跡の横に鳥居があったが、奥の社殿に行っていなかったので、そこにも寄り道した。
寄り道ついでに、次は長万部のヲシャマンベ陣屋跡などにも行こうということになって、温泉への予定は次々と変わり、長万部から黒松内~寿都~倶知安などを廻った。
長万部で有名な「かに飯」と駅前のそばを購入し、昼食に備えた。(景色の良いところで・・・ランチ予定)

再訪の「山越内関所跡」と「日本最北の山越内関所」と「道の手形」


この地区は由追の稲荷神社とともに、松浦武四郎著の東蝦夷日誌に『ここに境の稲荷(小社)と云有。余はいつも捧げものをなし、道中の安を祈りて入けるに・・・此一首をぞ書附たりける。
  『天地の も知りませ 國の為 千島の奥に 思ひ入る身を』と詠み、また、『山越内(制札、会所、旅宿所、・・・馬や二、鍛冶や、漁や、雑蔵、建や)、本名ヤムウシ内にて、栗多澤の義。其の地今のサカヤ川なり。・・・山根に諏方(訪)明神の社(稲荷合殿)有。圓空鉈作り座像の薬師如来を安置す。(社司茂邊地村より來る。)』と書いている。
 八雲町のホームページには「諏訪神社の円空仏は秘仏で、見ることはできませんが、松浦武四郎著「丁巳東西蝦夷山川取調日誌」には円空物のスケッチが描かれている・・・とスケッチが掲載されている。
ホームページから引用させてもらう・・・

JR函館線の跨線橋の奥にある山越内諏訪神社には「円空作の薬師如来坐像」があるということ・・・。あれば見たいものです。
以前、撮影した「蝦夷地・和人地の境跡」(境川にかかる境橋にある)、国道5号線沿いにある「稲荷神社」


(この神社で松浦武四郎は旅の安全を祈願した。)
「山越内関所跡」の説明

説明の中の「東蝦夷地より国後への陸地道中絵図」の中に「山越諏訪神社」や「井戸」「馬ヤ」「造酒」「稲荷神社」のスケッチがある。

関所跡石碑と夜泣き石

会所の井戸

『この地はもとは山越内と呼ばれ、早くから和人の出入りのあったところ。寛政一一(一七九九)年には江戸幕府かの直轄地となり、翌一二(一八〇〇)年には、亀田(現函館市内)にあった関門(関所)がこの地に移設され、蝦夷地と和人の境として通行の取り締等を行う重要な地となった。この井戸は、関門が移設されたころの会所の井戸を「東蝦夷地より国後への陸地道中絵図」より推測して復元したもの・・・』と説明されている。

山越内諏訪神社鳥居

鳥居と社殿の間をJR箱館本線のレールが敷かれているというのも珍しいかと・・・

JR函館本線の跨線橋(鉄さびて、一部劣化しているので・・・自己責任で奥の社殿に・・・

山越諏訪神社についての説明版はなかったが、鬱蒼とした森の中に社殿・狛犬・手水場がある。






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