線翔庵日記



おまつり、民謡、三絃、名水、温泉、酒、そして音楽のこと…日々感じたことを綴ります。

現代の三味線コンサート

2009年11月21日 23時59分28秒 | 音楽
 上越市高田・町屋交流館<高田小町>で、「現代の三味線コンサート」があった。演奏は現代邦楽の三味線演奏家・野澤徹也さんのソロを中心に、浅野藍さんとのデュオで、すべて三味線のために書かれた現代作品をそろえた演奏会だった。

 会場である<高田小町>は、雪国・越後の風情ただよう雁木通りに面したところで、高田の旧家を活かした交流スペースだ。奥に深い町屋の一部屋といった会場での演奏された。

 まず1曲目は、水野修孝作曲『ソロ三味線によるパッセージ三章』。この作品は、3度や6度の重音を多用している。伝統的に2本の弦を同時に押さえることはあまりないのだが、それを感じさせず面白かった。3楽章からなり、それぞれ特徴的な雰囲気があり、それぞれを弾き分ける凄さ!

 続いて、杵屋正邦作曲『花簪』。杵屋作品は邦楽を嗜む者には素直に耳馴染むものが多い。これは地歌三絃二重奏曲で、地歌駒と津山撥に持ち替えての演奏。1曲目とはガラリと雰囲気が変わって、地歌の「作もの」のような軽妙な雰囲気だ。同じ楽器でも駒や撥が変わるだけで、音楽の雰囲気が変わるのが面白い。

 そして前半最後は、三木稔作曲『奔手』。三味線独奏曲だが、今回最も楽しみにしていた曲だ。三木作品も伝統邦楽の雰囲気を醸し出すのだが、この曲はかなり斬新な曲だ。調弦が伝統的なものでなく、増4度と減5度の音程。曲が始まると、冒頭の不安定な響きが聞こえてきただけで、曲に引き込まれた。これにも二と三の弦を同時に押さえるところがある。高い勘所からポルタメントするところが演奏を目の当たりにして感動。途中、撥の下方を棹のところで擦る奏法があるが、CDだけでは分からないところ。シュシュッという音は、実際はこうやって音を出しているのか…ということが分かるのも生演奏の醍醐味だ。
 そして調弦を二上りにしてからが、最も聴き応えのする部分。記譜ではアルペジオになっているところが、特に野澤さんは1音1音がていねいだ。そして曲の最後は、16分音符で二と三の絃を行きつ戻りつするような手は伝統的な動きではない。そして最後に急降下してくるところは、見ながら聴いている者にはもう唖然。野澤さんはクールな顔をして弾き切るが、あのフレーズは圧巻だ。


 休憩を挟んで、後半は、玉木宏樹作曲『ジャワリ』。CDでソロバージョンで聴いたことがあるが、今回は浅野さんとの二重奏だ。やはり2人で弾かれると、ステレオのように響きが立体的に聞こえて面白い。「ジャワリ」とは「サワリ」のインド語らしいのだそうだが、三味線独特のギーンギーンとした倍音の共鳴が心地よい。

 そして沢井忠夫作曲『誦』。違いの分かる男・沢井忠夫の箏曲作品は自分も大好きなのだが、三味線の曲も結構あるようだ。この曲は、やはり三味線演奏もされる作曲者ならではの手の動きが、よく活かされているように思った。楽器は地歌用の撥と駒で演奏されていた。安定した響きで、新鮮な感じなのだが、しっとりとした雰囲気のこの曲も、もっともっと演奏されるといいなと思った。

 そして最後は佐藤容子作曲『躍心』。これは初めて聴いた。2008年の作品だそうで新しい。とにかくリズムが面白い曲だなと思った。やはり掛け合う部分が立体的に聞こえてくる。そして刻まれるリズムは、力強く打ち込まれるような音で、やはり三味線の打楽器的な音だということを再認識したような感じだった。この曲も長く演奏されるといいなと思った。


 1時間半弱の演奏会。三味線だけでこんなに聴けることは、あまりないと思う。しかも、現代邦楽の世界のまさに最先端の音楽ばかりだった。

 野澤さんの演奏を聴くのは、今年は3回目。普段はCDで聴くだけなのだが、生演奏の醍醐味は、やはり野澤さんの卓越した演奏技術を目の当たりにして、豊かな表現力を会場の空気とともに感じてこれることだ。

 会場の高田の町は、奇しくも越後瞽女の本拠地であったところ。

 かつて雁木通りを三味線を抱えて瞽女さんたちが歩いていたそうだ。そんな高田の町には三味線が似合うような気がする。
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