松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

山川(さんせん)、域(ところ)を異にするも、風月(ふうげつ)は、天を同じくする 『宋高僧伝(大雲寺鑑真伝)』より

2020-03-01 | インポート

                                                     photo 千田完治

山川(さんせん)、域(ところ)を異にするも、風月(ふうげつ)は、天を同じくする

 

 1707年、旧暦10月4日に東海道沖を震源に大地震がおきます。宝永地震です。その一か月、富士山が噴火します。礒田道史著『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)によれば、江戸の街にも、12センチから15センチの灰が降ったという。
 そんな天変地異のなか、東海道の宿場町・原(現在の沼津市)で、坐禅を続けたのは白隠禅師(1685~1768)です。「犠牲者がいっぱいでたであろうに、坐りつづけるとは何ごとぞ」「禅僧には社会性はないのか」「キリスト教だったら、すぐに街頭をでて救助活動をはじめるだろうに」、といった批判が聞こえてきます。
 白隠はなぜ、大災害でも、じっとしていのか。じっとしていることで、村人たちは激動のなかに「靜」をみつけて安堵したのではないだろうか。
 さてさて、新型ウィルスの3月です。白隠禅師のようにじっと動かないでいるのが、いちばんの対策になるのでしようが、凡人にはできない業(わざ)。そこで、2月8日付け日経新聞朝刊第一面「春秋」欄に紹介されていた、「山川異域、風月同天」の句を今月のことばとしました。以下に記事を引用します。


新型のコロナウイルスによる肺炎の猛威は、製造業や観光といった実体経済に打撃を与えているだけではない。文化の交流にも余波は及んでいる。小社がお手伝いした奈良・唐招提寺の所蔵品を中国の上海博物館で展示する催しも、会期の半ばで中断を余儀なくされた。▼鑑真和上の座像をまつる堂に納めた東山魁夷のふすま絵の数々に加え、和上が渡日のおりに携えてきたシャカの遺骨も国宝の塔に入り披露されたのである。昨年12月中旬に始まり、1万人近くが来場した日も。今月半ばまでの予定だったのだが、感染の広がりで春節を目前にした1月24日から臨時の閉館となってしまった。▼「山川異域、風月同天」。日本から中国への支援物資の箱にあった文字が現地のSNS(交流サイト)で感動を呼んでいるという。鑑真が日本行きを決意する機となった一節で「国は異なれど天は同じ」の意味だ。博物館の館長からの小社の担当への手紙にも引用され、事態が落ち着けば会期延長も検討、とあったそうだ。▼寺側のトップも「苦難を超え、日中の交流に尽くした和上の心にかなう」と応じたと聞く。「中止」やら「拒否」やら、きつい言葉が飛び交う一連の報道のなか、少し心休まる話として紹介させていただいた。そうそう展示会の名称「滄海(そうかい)の虹」。一刻も早く混乱が収まり、青い海の両岸が七色の橋で結ばれますように。


 恥ずかしながら、「山川異域、風月同天」の句は知らなかった。というわけで、調べたら、全文は「山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁」らしい。四字の句を四つかさねた古い形式のようだが、作者は誰かというと、よくわからない(よくわからないのは私だけで、有名な句なのかもしれないけれど、信用できるおおもとにたどりつけていない)。
それにしても、支援物資にこの句を書いた人は、誰なのだろう。すごいと思うのです。

追記 当初、「風月(ふうげつ)、天は同じ」と書き下したのは、私です。数日たって間違いに気がつきました。「風月(ふうげつ)は、天を同じくする」と、よむのでしょうね。(3/3

 

 

この記事についてブログを書く
« 川の深きところを捨て 橋を... | トップ | 長の日を乾く間もなし誕生仏... »
最新の画像もっと見る

インポート」カテゴリの最新記事