住めば公園風田舎町

「住めば都」と言われるがわたしゃ田舎の方がいい。町全体が公園のようなそんな田舎町に住みたい。

371 「もそも、徐福が日本に来ていたら」 (55)

2007-06-02 08:45:00 | もしも、徐福が日本に来ていたら

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371 ニニギノ尊(6)


 故後木花之佐久夜毘賣參出白妾妊身今臨産時是天神之御子私不可産故

爾詔佐久夜毘賣一宿哉妊是非我子必國神之子
爾答白吾妊之子若國神之子者産不幸若天神之御子者幸
即作無戸八尋殿入其殿内以土塗塞而方産時以火著其殿而産也
故其火盛燒時所生之子名火照命此者隼人阿多君之祖
次生子名火須勢理命須勢理三字以音
次生子御名火遠理命亦名天津日高日子穗穗手見命三柱


 木花之佐久夜毘賣は、一緒に住んでいなかったのでしょう。ニニギノ命のところに来て、妊娠しました。是れは天つの御子にして、ひそかに産むべきではないので申しますといいました。
すると、ニニギノ命は、一夜を共にしたに過ぎないのに、孕んだのは我が子ではなく、国つ神の子だろうと言いました。

コノハナサクヤヒメは「吾が妊める子、もし國つの子ならば、産むこと幸(さき)くあらず。 若し天つの御子ならば幸くあらん」と申して、戸の無い八尋殿(やひろでん)を作り、其の殿の内に入り、土で塗りふさいて、まさに産まれようとする時に火を殿につけて産みました。
それ故、其の火の盛んに燃える時に生んだ子の名は、火照(ほでり)の命【此は隼人(はやと)の阿多(あた)の君の祖(おや)】。
 次に生んだ子の名は、火須勢理(ほすせり)の命。 次に生んだ子の御名は、火遠理(ほおり)の命、またの名は天津日高日子穗穗手見(あまつひたかひこほほでみ)の命も三つ柱。

 故、火照(ほでり)の命は海佐知毘古(うみさちびこ)【此の四字は音を以ちてす。下、此に效え】と爲(し)て、鰭(はた)の廣物(ひろもの)、鰭(はた)の狹物(さもの)を取り、火遠理(ほおり)の命は、山佐知毘古(やまさちびこ)と爲(し)て、毛(け)の麁物(あらもの)、毛(け)の柔物(にこもの)を取りき。


古事記の中には、このように何を意味するのかよくわからない寓話のようなものが、数多く含まれて居ます。

guuchanはこのような物語は伝承し、記憶されやすくするために創作されたと思っています。
試験問題にたとえると、記憶すべきは、
「コノハナサクヤヒメは火照命、火須勢理命、火遠命をを生んだ。」ということであったとします。
それだけなら、まだ何とか覚えられても、まだまだ沢山の命や比賣の名を覚えなければならないとします。

誰が誰と結婚したのか、誰が誰を生んだのかこんがらがってしまうと思います。

しかし、それがこのような物語にまとめられていると、不思議とすんなり覚えられるのです。
焚き火を囲んで、長老が若いものや、子どもに話して聞かせるのに、こういう面白さがないと子どもたちも聴こうとしないでしょう。

「コロンブス意欲(1492)に駆られて大発見。」に似た暗記術、伝承術だと思います。

ニニギノ命は大山津見神の娘のコノハナサクヤヒメと結婚し、火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠命(ホオリノミコト)の三人を生んだ。
ということが大事なのではないかと思います。
火照、火須勢理(火の勢いが落ちてきた時、棒でつついて灰を落とし火の勢いをつけることをセセルといいます。)、火遠などと言う名が順序どおり覚えやすい。

「自分の子ではないだろう。」などとニニギノ命は酷い方だとか、
窓のない建物を作って、入り口も土で塞いで、火をつけてその中で子どもを産むなどと
コノハナサクヤ比賣は激しい人だとか、
火事の中で、よくも無事に三つ子を産んだとか、

正直に信じる人が居たら、ご先祖様はなんと言われるでしょうか?

【これは隼人の阿多の君の祖】という注がありますが、これは後世の人が付け加えたものだと思います。
 隼人の阿多の君というのが、何時の時代の人か、判定がつくと思い白いと思います。もし稗田阿礼、太安万侶等が注を加えたのなら)、これは700年ごろの実在の人物であり、一族だろうと思われるからです。