持続可能な国づくりを考える会

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『ミュルダールの経済学』を読む 5

2016年03月11日 | 経済

 

福祉国家の責任 

 たとえ低開発諸国の平等主義的改革および相互協力への自助努力が実現するとしても、低開発諸国が経済的・政治的に威力を高めてくることに脅威を感じて、先進諸国がそれを既存の経済的・政治的圧力を使って封じようとするならば、そうした努力が意味をなしません。そこでミュルダールは、「先進諸国の理解と協力を伴ってこそ、低開発諸国の発展および福祉世界構築の可能性が展望できる」(p.240)のだと主張し、「福祉国家の責任論」を展開します。とくに彼が訴えたのは、先進諸国側における貿易政策や援助の転換の必要性です。

 彼は先進諸国が低開発諸国の状況を考慮して貿易上の優遇的措置を与えるべき理由として次の二つを挙げています。(p.242よりまとめました) 

 ①経済的な理由:低開発諸国が経済発展を目指すには、先進国からの逆流効果を招く市場諸力の自由放任を相殺する何らかの干渉が必要。

 ②政治的理由:低開発諸国では国民的統合が十分果たされておらず、政府や行政機関、あるいは司法機関による有効な社会統制がなされていないため、大衆の心理を国民的統合に向かわせるのに、ある程度の国民主義や保護主義の容認が必要。         

  そうして、貿易政策の転換は、経済体制の持続的変革を求めるものになると評価しています。

 援助に関しては、あくまでも自助に向けてのものであるべきだとしています。また、紐付き援助を厳しく批判し、「狭量な国民主義に基づくものではなく、先進諸国の責任として認識されなければならない」(p.244)としています。理由は、ひも付き援助は国際競争を阻害し、コストを上昇させたりするからです。彼は「援助は主に国際機関もしくは多国間援助を通じて明確な規模と順序に沿って行われるべき」(p.245)ことを強調しているそうです。 

福祉世界に向けたヴィジョン 

 実現している福祉国家体制は十分なものではなく、「過度の中央集権化・官僚主義化傾向を危惧し、自治化・分権化を進めていかなければならない」(p.252)とミュルダールは考えていました。しかし、「ひとたび国民的福祉国家が存在するようになって、西側世界の民主主義国で政治権力をもつ諸国民の心中にがっちりとその停泊所を築いてしまえば、国際的分裂に代わるべきものは、国際協力と相互調整とによって福祉世界の建設に着手する以外にない」(p.231)ともするのです。

 では「先進諸国側の立場から『福祉国家の国民主義的限界』はいかにして克服でき」、「福祉国家から福祉世界へ至るにはどうしたらよい」(p.248)のでしょうか。それに関してミュルダールは『福祉国家を越えて』で次のように述べているそうです。 

 西側諸国は、民主主義自体を放棄したがらず、利害団体からなる膨大な下部構造を通じて行われる全体への参加とか勢力とかの分散に、民主主義がいっそう深く基礎を持っていることも、これを放棄しようとはしないのであるから、ただ人々を教育して、彼らの真の利害だけでなく、すべての西側諸国に共通の、また世界全体にとって共通な一般的利害をさえ、これを観察して明快に理解することに至らせるという、長期で骨の折れる解決策しか、そこには存在しないのである。(p.248) 

 理解には時間がかかるとしているわけです。しかしながら、人々の理解を早める方策があるとミュルダールは考えています。振り返ってみれば、福祉国家形成過程の初期において、富裕層やそれに味方する保守的政治勢力は平等主義的政策が自分たちに不利益をもたらすと考え抵抗しました。ところが今では大半の人々が福祉国家に賛同しています。それは「福祉国家は生産的である」ということが事後的ではあっても広く認められるようになったからです。そこで彼は、「この『事実』を逆手にとり、今度はそれを歴史的な教訓として前倒しすることによって、福祉世界の構築を実現に近づけることができるだろうと主張」(p.247)するのです。

 すなわち、福祉世界の構築は、世界レベルでの「平等」の達成という価値前提に基づいて好ましいだけでなく、世界全体の経済効率を上昇させるという意味においても望ましい目標であることを、社会科学的に示し人々に理解させるのです。そのためには、「国際的統合がすべての国民に与える利益についての知識、現在の趨勢の危険性、そして福祉国家に住む者のこの趨勢に対する責任を明らかにし、人々に流布する努力が社会科学者に求められている」のであり、「時勢を転換させようとするわれわれの希望は、結局、国際的理想がすべての国で一般の人々をとらえる力を強化できるかどうかという可能性にかかっている」(p.248)というのです。

 ミュルダールの福祉世界構築のヴィジョンにおいては、たとえば国際連合、ILO(国際労働機関)、FAO(国連食料農業機関)、IMF(国際通貨基金)、IBRD(世界銀行)のような政府間組織の発達や権限強化ということだけでなく、むしろそれを意義あるかたちで成し遂げるための必要条件として、個々人の思考様式や価値判断の変革という問題が重要な位置を占めているのです。こうして、最終的な実践的結論として挙げられたのは「科学による大衆啓蒙」であり、それによって「各国の社会心理というレベルにおいて『福祉国家の国民主義的限界』を乗り越えることが現在の国際機関を国際的統合に向けて十分に機能させる」(p.249)ことになるという見通しを示したのです。

 



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