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『ミュルダールの経済学』を読む 7

2016年03月13日 | 経済

 

ピケティの格差解消論を本書の解釈によるミュルダール経済学で分析してみる 

ピケティの格差解消論

 「サングラハ」誌141号と142号で紹介しましたピケティの考えは、没収的な最高税率を持つ累進課税を所得に課すと同時に、資産そのものにもグローバルな累進課税を課すことで、拡大しつつある富の格差を解消させるということでした。その際目標とされるのは、1970年代~1980年代北欧で実現されていた福祉社会を資産格差においてある程度改善したもの(このような社会を古典的福祉社会と呼ぶことにします)が、グローバルな規模で実現することです。

 ピケティは能力主義による富の格差の正当性を認めていますから、格差を完全になくすことなどは考えていません。ただ、その能力主義的正当性には民主主義的な条件がつくのだと、フランス革命の際の人権宣言にからめて次のように述べています。 

 フランス人権宣言(1789年)第1条もまた「人は自由に生まれ、自由のまま権利において平等な存在であり続ける」と宣言する。でもこの一節の直後には次の宣言がある。「社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない」 (『21世紀の資本』p.498 以下断りがなければ引用のページ数は同書のものです) 

す なわち、格差は共同体の利益に基づかなければならないのですから、社会不安を生じさせたり、能力と努力の成果という正当性をもつことが疑われたり、金融危機の誘因になったり、あるいは福祉社会の維持に反するようなものになってはいけないのです。

 しかし、資本税については、その実現性に大問題があり、彼自身が次のように述べています。 

 世界的な資本税というのは空想的な発想だ。世界各国がこんなものに同意するなど、当分の間はなかなか想像もできない。この目的を果たすためには、世界中のあらゆる富についての税率表を作り、それからその歳入をどう山分けするか決めねばならない。でもこの発想が空想にすぎなくても、いくつかの理由で役に立つものではある。まず、この理想に近いものすら当分の間は実施できないにしても、有益な参照点として使える。これを基準にして他の提案を評価するわけだ。もちろん世界的な資本税には、たしかにきわめて高い、そしてまちがいなく非現実的な水準の国際協調を必要とする。でもこの方向に動こうとする国々は、段階的にそちらに向かうことも十分できる。まずは地方レベル(たとえばヨーロッパなど)から始めるといい。(p.539) 

 真にグローバルな資本税を実施するには、高度な国際協調を実現し、誰が世界中でどんな資産を持っているかを明確にするという困難があるわけです。 

ピケティの考えをミュルダール経済学で分析する

 ミュルダール経済学の全体像を表している図1を見てください。そこにある形式にそってピケティの考えを眺めますと次のようになるのではないでしょうか。 

 Ⅰ 方法論的考察 格差是正ということを価値前提とする

 Ⅱ 実践的考察  現実は逆流効果>波及効果となっており、格差が拡大する悪循環の傾向がある。先進諸国では福祉国家の体制が弱化している。

 Ⅲ 理想 世界レベルの好循環を起こし福祉世界へ

    政策 所得に対する没収的な最高税率、資本に対する直接の課税、それらを伴うグローバルな累進課税の実施。そしてその世界規模の分配。 

 ピケティの場合には価値前提は格差是正です。これは、現状の大きすぎる格差がさらに拡大しつつあり、社会不安を起こしたりしているから、共同体の利益に反しないようにより平等に直すべきだということです。格差をなくせというのではなく、自由・平等・連帯という民主主義の理念における平等を今は優先的な価値とするということです。一方ミュルダールは最高の価値は平等だとしていますが、彼とて市場経済での自由な活動を自らの経済学体系の基本にしていますから、やはり民主主義の理念「自由・平等・連帯」の一環としての平等を価値前提にしているのです。したがって、ミュルダールが最高の価値を平等に置くということと、ピケティが格差是正を目指すことは、現時点においては同じだといってよいでしょう。

 実践的考察においては、二人には時代的な相違があります。ミュルダールの当時、福祉国家はより充実していく過程にありました。それに対しピケティの現在、理想的な福祉国家に近づきつつあるように思われた多くの西側先進国においてでさえ、レーガンやサッチャーの登場以来の格差拡大の傾向が継続しているのです。今や低開発国のみならず、多くの先進国においても悪循環が起こっているという違いがあります。しかし世界全体での悪循環ということではピケティもミュルダールも一致しています。そうして世界レベルで好循環を起こし、福祉世界を目指すことにおいても両者は一致しているので、もし今ミュルダールがいれば、ピケティの税制案に基本的には賛成したことでしょう。

 ピケティは格差を是正するための税制に主要な関心があるわけですが、そのような税制をグローバルに実施するには、高度な国際協調を実現するという困難もありますし、またその便益を各国同士や各国の中でどうやって公正に分配するのか考えるという困難もあります。それら困難を克服していくには、すでに福祉国家の体裁をある程度整えている先進国と、そうでない発展途上国との相違や関係についてなんらかの妥当な見解を持っている必要があると思いますが、そのようなことに関しての考察をピケティはあまりしていません(と私は思います)。

 その点ミュルダールの場合、制度派経済学者として、先進国と低開発国それぞれの状況分析と政策提案がなされていて、ピケティの議論にはない包括性をもっています。なによりも特筆すべきは、ミュルダールが人々の思考様式や価値判断の変容という内面的なことを極めて重視していることで、それはピケティの議論にはほとんど見られない部分です。ピケティの議論は極めて明快で得難い価値があると思いますが、それをミュルダールの枠組みで考えることで、より現実に適した議論に発展させることができるのではないのかと私は思いました。

 



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