一生

人生観と死生観

要領の善し悪し

2008-06-12 21:51:04 | 哲学
6月12日 曇りのち晴れ
 このところ毎日秋葉原の殺人犯のニュースばかり。この若者のあきれた犯行の陰に希望のない生活がある。そしてそういう若者を生み出す今の日本の社会の歪がひしひしと感じられる。
 すべてを一度に直すことは勿論不可能だが、傍観していて嘆くだけではいかにも芸がない。個人の小さな力で社会や政治を変えることは難しい。しかしできることを出来る範囲でやる、あまり大風呂敷を広げない、これは立派な原則だと思う。これを踏み外すと碌なことはない。自分が破滅するのが落ちである。
 要領の良い人、悪い人ガある。要領の悪い私など一寸余計なことをするだけで大変な時間がかかってしまう。だからなるべく余計なことをせず、あることに集中して実行するのだ。小川正孝のニッポニウムについて、十年がかりでやっと出来た仕事が人様から評価してもらえて、賞をいただけるとは、空恐ろしいことではあるが、他人の善意を有り難く受けることも人生を素直に渡る秘訣であろうと考えている。