一生

人生観と死生観

4月よさらば

2008-04-30 19:55:12 | 生活
4月30日 晴れ
 いつの間にか時は過ぎ、4月も終わる。この月は初めはまだ寒く、終わりは暑いこともあるため高齢者には用心が必要なのだったが、その用心を忘れ、風邪引きかかったところを入浴して1週間も寝てしまった。いま治ったとはいえ、多少の違和感が華に残る。もう少し用心を続けなさいということか。
 今月のイッセイストクラブの理事会で晴れて会員になることが認められたのだから、また前を向いて歩もう。新しい「一生」の新しいエッセイを目指して。
 クラブではセレンディピティの話が5月には予定されている。どんな話か楽しみだ。多くの出会いの機会があるだろう。私もいく人かの人に何かを与えることだって可能なのだから、努めて明るく、創造的に振舞おうと思う。

昭和の日

2008-04-29 15:47:29 | 哲学
4月29日 晴れ
 上天気の昭和の日。平和が尊いのは戦争の体験を積んだ日本人だからこその感想である。沢山の軍人、一般の日本人が死に、そして中国他多くの戦争被害者が死んだあの日中、日米戦争であった。戦争を繰り返す人類の悪弊はそれでも止まらず、いまアフガニスタンやイラクで火を噴いている。アメリカ大統領のブッシュは復讐戦争と予防戦争を繰り広げ、泥沼に苦しんでいる。アメリカでさえこうなのだ。ブッシュはクリスチャンというが、キリストに見習わないクリスチャンである。政治軍事のトップにあるものがこの始末。混迷は深く、これに追随する日本も危うい。
いま日本がともかく平和であるのは憲法のおかげ、9条のおかげなのだ。
 これからの世界、イスラムと西欧との対立が深まらないよう、世界は一層の努力をしなければならない。本当の平和のために我らは何をなすべきか。日本は何が出来るのか。議論すべきはしようではないか。

エッセイストクラブ始動はセレンディピティから

2008-04-28 17:37:34 | 哲学
4月28日 晴れ
 今日エッセイストクラブ事務局から連絡が来た。新規入会者は9名、最後の方に私の名前があった。もとより他人と競う積りはない。人生の最後のピリオッド、いろいろな思想の表白を望むのである。私の視野を過る人生の断面を素直な心で眺めることが望まれる。
 東京でのクラブの講演会は五月14日、作家にして画家のよしだみどり氏の
   『セレンディピティー旅で出会うこと、出会わないこと』
である。面白そうだが、セレンディピティーという言葉がここまで広がってきたことに一種の衝撃を受ける。「幸福な偶然」というのがいまもっとも使われる訳語だが、もっと積極的な意味がこもっていることを表しきれていないのが瑕疵といえる。しかし理屈を言うより体験である。人生つまらなく思えば、それっきり、しかし無限の可能性があると思えば、何時までも楽しかろう。旅に出よう。新しい体験を求めて。

たかが風邪されど風邪

2008-04-27 21:18:33 | 生活
4月27日  晴れ
 風邪が全快ーと思ったらそうでなかったという、何と言いますか、お粗末な話で恐縮。これも年配の人にはよくあることで、あまり若ぶって無理をしてはいけないということである。咳に痰は取れたが、ふらつくような感覚、平衡感覚の戻りがいまだし。時々めまいがあるのは良くない。1週間も寝たのだから、序でにあと二三日寝るのは何でもないでしょうと言うことになるか。
 たかが風邪、されど風邪、見くびってはいけません。

外出とガソリン

2008-04-26 14:44:03 | 生活
4月26日 晴れ後曇り
久し振りに病院より遠くにドライブした。運転感覚は鈍っていない。風邪で弱っている間に世の中はどんどん進んでゆく。
 ガソリンの値段が道路の暫定税率の起源切れで低い間に、車のタンクを満杯にしておこうという人でガソリンスタンドは込んでいるところが多いという。私も行って見たが、閑散としている。スタンドは政治に振り回されて経営が苦しいのだそうだ。高い税率をそのままにしている方がおかしいのに、どうも与党側の言い分は腑に落ちない。三分の二多数で再議決し、税率を元に戻すのは確定的だが、これで議会は野党側に有利に働くのは必定だ。万年与党の驕りを一度ひっくり返す必要がありそうだ。多分今年は波乱の年になる。
 高齢者特に後期高齢者の問題でも、現政権の失政は目に見えている。イナリカズキが憤慨しているさまはテレビに映り、高齢者の共感を呼んでいる。ただでは済まない状勢だ。
 こんな風に弱いものいじめが通る政治をやっていたらお仕舞いだ。公明党もしっかりせよ。

祝賀!200回目のブログ

2008-04-25 16:03:10 | 哲学
4月25日 朝は曇りのち晴れる
 200回目のブログとなる。100回目までをチェックしていろいろのことが書いてあるがまずまず自分らしいことと納得する。反響は少ないがはじめから覚悟の上でやっている。ただし一回だけ1000件以上の閲覧数があったことがある。
 人生の晩年、使いようによっては非常に有意義になることを固く信じる。無駄に生きてきた人生ではないことの証が出来るのだ。身近なところでは、子どもたち孫たちの幸せや教訓のためになることを残し、社会の人々のこれからの生き方に多少は役に立つかもしれないことを残したいのは、私にとっての少しばかりの贅沢と許してもらいたい。
 私はそんなに優れたものではないが、ただいろいろの困難とそれに打ち勝つ知恵と力を授かったと信じる。類まれな幸運が確かにあった。神は私を選ばれたと思う。苦難が私を鍛えたのは本当に良いことであったと思っている。希望なきところになお希望の光を見出す、それは勇気を奮い起こす人々に最後の勝利をもたらす神の恵みだ。
 セレンディピティー、ひと言で言えばそんなことが人生にはあるのだ。

二人の恩師(2)

2008-04-24 15:58:51 | 哲学
4月24日 雨
 次の恩師は有名人であるがゆえにかえって匿名にしようと思う。これを見る人は想像力を回らして頂きたいのである。なぜ匿名にするかというと、これを明らかにすると私がこの人の名によって自分を高めたいと誤解される虞があるからである。
虚栄はその人の品性を落とし、引き合いに出される人に迷惑をかける。
 仮にK先生と言っておこう。K先生は私にとって勤務先の上司であったが、それ以前からのお付き合いで、研究論文1編の共著者でもあった。私は先生の直弟子ではなく、公式的には薄いご縁しかない。しかし先生は私の二男がワクチン禍で重症心身障害児になり、一生涯ベッドに臥す身になったことを憐み、度々声を掛けられ、そして訴訟の際には、カンパも下さった。私がドイツの出版社から本を出したときは、お祝いとしてお祝儀を下さった。そして先生の最晩年の頃、何かの文献別刷りをお送りしたときと思うが、わざわざ電話でお礼を述べられ、人名について発音を確かめられた。いつも丁寧かつ慎重な先生であった。そしてそれから数ヵ月後、先生は自宅で転倒して骨折、急にお弱りになって天に召された。92歳であった。
 要するにK先生は私が人生の谷間を歩いているときに声をかけてくれた人なのである。立場が上であろうとあるいは下であろうと関係なしに、こういう助けは大変こたえる。ダンテの『神曲』もそういう意味ではダンテその人の経験に根ざし、師友の付き合いや恋人など個人的事情も反映させている。

二人の恩師(1)

2008-04-23 16:58:02 | 生活
4月23日 晴れ
 風邪は少し快方に。といっても身体が冷えると相変わらず鼻汁が出て不快だ。
 さて今日は忘れえぬ師のことを。まず中学時代の思い出。私の中学生の頃は日米戦争が烈しくなり、1944年は中学生も上級になると勤労動員で軍需工場に駆り出された。授業はそれでも3年初めまではポツポツあった。陸海軍の学校の募集は繰上げであった。海軍兵学校の予科が新設されると人気があり、成績優秀な仲間はそちらに入った。海軍航空隊の予科練習生〔予科錬と通称、華の予科錬などと呼ばれ、後に特攻隊で多くの犠牲者が出た〕は烈しい訓練が有名だったが募集があると、さすがに受験しようとする生徒は期待するほどには出なかったようで、上からの半ば強制的な募集に学校の先生方は苦慮していた。私は近視だったので受験しても通らないことは分かっていたが、学校側でそんなに困るならと、受験票を提出した。その日も晩になって、自宅の玄関の戸を叩く人ガあった。主任の先生だった。手には私の提出した受験票があった。彼はこれを返すとおっしゃる。君は予科練には向かない。科学技術の方面でお国のために役立つようにせよ、何も急ぐことはないと。有難かった。小柄で、あまりハッタリを言わない方だった。今思う。師に対してどれほど報いることが出来ただろうかと。

病中閑あり

2008-04-22 13:34:48 | 哲学
4月21日 晴れ
 大仕事が終わった途端に風邪。どうもいつもの年のパターンだ。くしゃみ、鼻汁
から始まってダウンとなる。たいして重い病気とは思えないが、本人にはたいへんだ。あれこれの計画が変更となるからだ。
 こんなときはテレビでも見るかとなるが、面白い番組みもない。仕方なしにベッドに横たわる始末。うつらうつらと越し方行く末を思うともなし思っている。
 ただ私はありがたいことにもう大半のことはやり遂げた。エッセイストクラブでもう少しやりたいと思っているが、それも風次第。無理をすることもない。
 時よ、流れよ。わがいのちの上にわずかな望みが訪れるまで。

身辺雑記

2008-04-21 11:08:04 | 生活
4月21日 やっと晴れ
 睡眠不測がこのところやや慢性化。それに少し風邪のセイでくしゃみ、鼻汁。睡眠を十分取って早く直りたい。
 未来は輝くはずの子どもたち、不登校児が増えつつあるという。家庭の教育に問題があるとも、社会の構造的な影響があるとも言われるが、本人の心境はなかなか理解されないし、本人も家族もつらいに違いない。
 この普通でない事態はどうやったら解消されるであろうか。豊かな家庭ではとにかく家庭教師をつけて、勉強はさせ、大検をパスして大学に通うところまで成功したという。
 また不登校の子どもを集めて、教育する山の中の学校もあるそうだ。
 アメリカではそのようなシステムの検討が早くから進んでいるらしい。日本人は底のところ少し遅れているが、こういう子どもたちにも人権がある以上、何らかの対策は国でも立てるべきだろう。