wsj日本版から
【サンフランシスコ】ある日曜の夜明け前、ダン・オッパーマンさん(65)は年配の日本人男性を連れてレコードフェアの会場に足早に入ってきた。男性は1週間で5000枚のレコードを購入するため、わざわざ東京からやって来た。
「(レコードの入手は)だんだん難しくなっている」とオッパーマンさんは述べ、「新しいコネや入手先を見つけよう皆必死だ」と話す。
元政府職員で今は年金生活送っているオッパーマンさんは、コレクター仲間数人と日本のレコード店オーナー向けに買い付けツアーを主催している。その目的は、米国では廃れてしまったか、単に失敗作とみなされているものの、日本のどん欲な音楽ファンの間では需要のある古いLPやCDを発掘することだ。
「われわれにとってはゴミのようなレコードが彼らにとってはお宝なんだ」と、レコードディーラーのマイク・ベイグさん(43)は話す。カリフォルニア州ロングビーチにあるベイグさんの自宅のガレージには20万枚のレコードが温度と湿度が管理された状態で保管されている。
日本人コレクター、イマイズミ・タケシさんの掘り出し物の1つは、1986年発売のザ・ローリング・ストーンズのアルバム『ダーティ・ワーク』のプロモーション版だ。本作は、ミック・ジャガーとギタリストのキース・リチャーズとの関係が最も悪化していたとされる時期に製作された作品。イマイズミさんは、同アルバムは入手が非常に困難だが、わずか8ドルで手に入れたと話す。
日本のレコード店では、国内コレクターの需要を満たすため、数十年前から海外でレコードの調達を行っている。日本の中古レコード店ディスクユニオンのスタッフは、日本のソフトロックやイージーリスニングファン向けの作品を中心にナッシュビルにある中古レコード店グレート・エスケープで1日に2万ドル(約156万円)使ったこともあるという。米国のレコード店の閉鎖が増えるにしたがって、お宝レコードの発掘は難しくなっており、ひそかな競争を呼んでいる。
調査会社オールマイティー・ミュージック・マーケティングによると、米国内の独立経営のレコード店は1700店と、03年と比較して約半数にまで減っている。インターネットのおかげでレコードの売り手も買い手も価格にうるさくなっており、ディーラーの利益は減っている。レコードは米国でも再びブームになっており、新たな競争を生んでいる。
日本レコード協会によると、日本のCD、レコード、カセットテープの売上高は世界の売上高の25.4%を占め、米国を抜いて世界一になっている。また、米国のタワーレコードは06年に店舗廃業に追い込まれたが、日本のタワーレコードは今も店舗経営を続けており、今月87店目をオープンする。
だが、日本での古いレコードやニッチなレコードの需要は現在、これまでになく高まっている。
ディスクユニオンの海外買い付け担当のワタセ・ユウジさんは、円高による購入価格の低下も手伝って、最近はここ数十年で最も頻繁に米国を訪れていると話す。どのようなレコードを購入するつもりなのか尋ねたが、それは企業秘密だからと教えてもらえなかった。
このビジネスでは、掘り出し物を見つけるには、つての多さが物を言う。独立系のレコードバイヤー、ウエノ・オサムさんは、日本のあるバイヤーに代わって10%の手数料でサンフランシスコでCDの買い付けを行っていると話す。どのようなCDを探しているのかについては、価格の高騰を懸念して明かしてくれなかったが、通常米国では在庫一掃セールのセクションに99セントで販売されているような作品だとだけ教えてくれた。
日本人バイヤーの買い求めるレコードの多くは日本で高い値段で売れている。日本のコレクターに人気のアーティストには、1950年代にシングル『(How Much Is) That Doggie in the Window』がヒットしたポップ歌手のパティ・ペイジや、80年代のアイドル歌手デビー・ギブソンなどの女性シンガーもいる。パティ・ペイジの同シングルは、米国では5ドルで販売されているが、日本では30ドルで販売されている。また、デビー・ギブソンのLPはネットオークションサイト、イーベイで200ドルで売れるという。日本人には「甘ったるいポップミュージックが好まれる」と、コレクターのアレック・パラオさんは話す。
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日本人バイヤーには希少で高額なレコードを求めている人もいれば、米国で3ドルで仕入れて日本で20ドルで売れるようなレコードを探している人もいる。日本人バイヤーは、たとえ安い商品であっても状態を入念にチェックすることで知られている。彼らの多くが商品の品質を顧客に保証しているためだ
だが、ディーラーのベイグ氏は、自主製作の珍しい作品など、なかには「そもそも誰も欲しがらなかった」ために手に入りにくいレコードもあると話す。
そのほか人気なのが、イエスやトラフィックなどの70年代の前衛的バンドや、ボンジョビやアイアンメイデン、ミスター・ビッグなどの80年代に人気を博したヘビーメタルバンドだ。それらアーティストのアルバムはKUSFフェアでは10~15ドルで販売されている。ディーラーによると、おおむね日本ではそれらレコードは米国の約3倍の値段で売れるという。
「一体どこでそんなもの見つけたんだ、と思うことがときどきある」と、ミスター・ビッグのボーカリスト、エリック・マーティン氏は話す。ミスター・ビッグがかつてリリースした電気ドリルの形をしたレコードは日本のマニアの間でいまだに垂涎ものだ。(ミスター・ビッグが1991年にリリースしたシングルで、ギタリストのポール・ギルバート氏が先端にピックを取り付けたドリルを使ってギターを弾いているが、同シングルは現在ネットで13ドルで販売されている)
マーティン氏は数年前、ソニー・ミュージックに話を持ちかけられ、日本の女性アーティストのバラード曲をカバーした『ミスター・ボーカリスト』というアルバムを発売した。08年に発売された同アルバムは売り上げ約20万枚を記録し、マーティン氏は日本でたちまち人気者になった。
10月には次回作『ミスター・ロック・ボーカリスト』のプロモーションで東京を訪れる予定だ。マーティン氏は日本には大きな恩を感じているとしながらも、仲間のロックシンガーに「ボーカリスト」のあだ名で呼ばれるたびに、いまだに気まずい思いがするとし、「格好のからかいのネタにされている」と話す。
米国で人気がない一部アーティストに日本人が熱狂的な関心を示す背景には、日本の音楽業界の戦略が関係している。日本の音楽業界は長年、本国では全く売れていない、あるいは下火の欧米のロックバンドをプロモートしていた。これは、米音楽業界との競争を避けるための戦略だった。それがきっかけとなって、80年代のポップメタルのような酷評を受ける米音楽ジャンルにまでファンが急増した。
さらに、日本の団塊の世代は米国のジャズやロックを聞いて育ったため、郷愁の念からキッスのような往年のバンドの人気にも火が付いている。また、オーストラリアのモナシュ大学教授で『Japanese Popular Music』の著者でもあるキャロライン・スティーブンス氏は、日本人のレコード収集癖は鑑識眼にこだわる日本特有の文化からきているとも話す。
競争の激しい世界だけにバイヤーも慎重だ。オッパーマンさんによると、今月初めの買い付けツアーでは、日本人客をカリフォルニア州マリン郡のサクラメントとサンノゼに住むコレクターの自宅に案内したという。誰から何を買ったのかは教えてもらえなかった。その日本人客へのインタビューも断られた。
サンノゼ在住のディーラー、バド・ネマイヤーさんによると、その時期に日本のあるバイヤーがネマイヤーさんからイージーリスニングや70年代ロックを中心に200枚ほどレコードを購入したという。「ピンクフロイドを探し当てていた」と、ネマイヤーさんは話す。
サンフランシスコのレコードフェアでは、オッパーマンさんの日本人の友人が朝の5時半からほこりまみれのLPの束をかきわけていた。朝早くから訪れる客に備えてディーラーはまだ準備を始めたばかりだった。日本人男性のアシスタントで、ロックに詳しいメガネをかけた若い男性もLPの束を入念に調べていた。
バイヤーの目は、わずか4ドルのアルバムであっても実に厳しい。「不動産業界ではとにかく立地が重要だと言うだろう?」とオッパーマンさんは述べ、「ここではとにかく状態が重要なんだ」と話す。
記者: Neil Shah
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