枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

自滅しそう・・・

2019年09月17日 | Weblog

 和太鼓は、休憩を挟んでの2時間の演奏で、その後、自宅に珈琲を飲みに来ないかと誘い、演者の兄にあたるのと、塾の後輩という娘さんを乗せ帰宅。慌てて、珈琲を挽き淹れながら、数十分話をしすぐさま送り、職場の若いのが、駐車場で待っているので、再度乗せて家まで連れ来る。足湯をしてと言う。

 母親の実家は、葡萄で有名な所でお土産だと差し出す。色々な種類が詰め合わせてあり、冷蔵庫に仕舞っておく。足湯をしながら、業務の話をしていたら、既に8時半が近いのに送って行く。お好み焼きやら、菓子パンがあったので、珈琲と一緒に出して、空腹を凌がせる。ほっとしたら9時になっていた。

 ジュリー祭りを入れて観る。疲れた頭には、沢田研二さんの声が心地好い。枇杷葉温圧療法をしつつ、居眠りが本格的に眠ってしまう。明日は早出じゃない!とどうにか起き上がって入浴する。弁当は作らなくてもいいように、給食を注文している。安心が済んでの所で、遅刻してしまう時間に起きた。

 どうにか滑り込みセーフ。然し、頭がしゃっきとしない。休憩時にどっと疲れが出る始末。歳を重ねると無理は出来ない。甘い言葉に簡単に乗ってはいけない。断る勇気も必要なのだと悟る。沢田研二さんのコンサートだけでいい。コツコツと貯めて、愉しんで来たい。義理も人情も棄てねばならない。

 枇杷葉温圧療法を、必死の想いで施行しているので、それが天に通じているのか、じんわりと効いている。痺れも軽くなって来たし、痛みも和らいできた。渾身の想いというのはこういうことかと、自分でも驚く。何よりも、医者に罹らないので、自分での治療しかないのだが、自然からの贈り物です。

 ハード業務を終えて帰宅。Aさんちでおかずを貰ったので、晩御飯は用意しなくてもいい。何でも息子さんの家族が帰省されていて、ご馳走が余ったらしい。塩結びにしようと思っていたから、想わぬご馳走ににんまりする。何時ものように水も分けて貰う。この水で淹れた珈琲の味はた、最高なのです。

 東京駅も煉瓦に変わって新しくなった。外景もモダンであり、レトロな雰囲気も兼ねる。

 

コメント
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