暖房を止め、窓を開けているが、暖かい風だ。視界が悪いのは、黄砂であろうか。花曇とは云い難い。梅の香りはするものの、鶯の声は聴こえず。12日のお水取りの日から、少しは聴こえるだろうか。氷はないが、朝晩は冷え込む。
体調を崩すのも、案外とこの時期で、胃腸の管理をしたいもの。暴飲暴食は控えた方がいい。粗食で、麦や野菜を多く摂るのが健康にもつながる。旬の物は意外と少ないが、同時に安いのである。但し、小まめに探さないと見つけられない。
筍、蕨、薇。山椒に三つ葉。春の香りを嗅いでいると、エネルギーも湧く。また、何処にでもあるようで、意外と身近にはないことも。そういう私も、還暦前後で、随分と嗜好も変わった。食には無頓着であったが、健康には換えられない。
木村秋則さんの著作を読む毎に、命の大切さを思う。土地が少しでもあれば、百姓をしたい。この想いは、年齢が起こさせるものか。無農薬の米を作り、孫等に食べさせてやりたい。農薬浸けであった米には、祖先は泣かされて来た。
野菜も同じで、虫がいても、少々齧っていても、害がないのがどんなにいいか。天地の恵みを受け取り、その命を戴くことは感謝しかない。身が引き締まる。原発などに頼ろうとしない。病気にならない体、薬を当てにしない生活をしたいもの。
世の中が、どんなに変わっても、人の心だけは同じでいたい。初心を忘れず、基本を守り、変わらぬ態度で仕事がしたいもの。お茶1杯の淹れ方にも、真心でしたいもの。言葉が通じ合わなくても、その時の心は酌まれようと思うが。
でも。という言葉に、厭な思いがする。お茶がいいですか?と言うのと、お茶でも飲む。と言われたら、折角のお茶が不味くなる。珈琲にしますか、それとも紅茶ですか。と、聴かれれば嬉しくなるというもの。これは以前、NHKの手話でやっていた。
日本語が、乱れているどころではない。ちょっとした言葉の技で、相手の機嫌を損じたり、反対に心が温かくなったりする。特別に丁寧な言葉でなく、当たり前に、普通に言うことが、とてもうれしくなったりする。これはもう、人柄だろうか。
種から苗を育てている所で買った。土に少しの塩を混ぜて、植えつけた。なめくじは、唐辛子が嫌いというので、撒いてみた。