百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

太平洋戦争開戦の日

2010-12-08 17:11:55 | Weblog

  12月8日  (水)  ①
          平成17年1月1日より 2,168日目
                   歩いた歩数       その距離
          本日         14,374歩       10,062m
          総計   30,598,828歩  21,419,180m
パキスタン・アフガニスタン・イランを経てトルコのシワスに向かう。後250,815m

  昭和16年12月8日、私は16歳。東京神田神保町の錦水館の3階4号室に居た。その日は早起きして部屋の掃除をしていた。6時、ラジオは「帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」という大本営からの発表を放送した。

 私は芝商の生徒で、夏休みの宿題で【日米交渉】の取材をしていた。そして日本軍の中国大陸からの撤退をアメリカから要請され、ABCDラインによる海上封鎖をされて日本の経済はジリヒン状態という中で、国民は息苦しいほどの緊迫感も持っていた。私も戦時教育を受けた血の気の多い日本男児として【アジアは一つ】などと白人敵視の感情に燃えていた。

 それが軍艦マーチも勇ましく大本営発表で米英と戦闘状態に入れり!」続いてハワイ奇襲攻撃、大戦果。イギリス戦艦プリンスオブウエルズ撃沈などの戦果、大勝利の放送に、溜まっていた鬱憤が一遍に爆発。持っていたはたきで軍艦マーチを踊り大興奮した覚えがある。あの少年の感激は今でも思い出すたび血沸き肉躍る。若き日の思い出だ。

 戦争は負けた。日本は固有の領土以外はすべてを放棄、戦後65年、廃墟の中から立ち上がって今日の平和国家としての地位を取り戻した。歴史を振り返って反省すべき点は多々あろうが、私には少年時代の昭和16年12月8日の熱き快感は忘れることは出来ない。