ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

『調べる、伝える、魅せる! 』

2004年10月27日 | 読書
調べる、伝える、魅せる! 中公新書ラクレ
新世代ルポルタージュ指南
武田 徹著 : 中央公論新社

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 本書は、複数の大学でメディア・リテラシー教育に取り組む著者の実践を踏まえて、主にマスコミ業界を目指す学生など若者向けに書かれたルポルタージュ指南書だ。大学でのメディア教育への怒りを契機として書かれたというだけあって、大学教育の現状への痛烈な批判が痛快であり、全編通して筆者のユーモアのセンスが窺える、大変おもしろい読み物ともなっている。

 第1講から4講は技の章(調査篇)。
 よく書けることの条件は、よく調べること。よく調べるにはどうするのか。まず書籍、次にインターネットを使うというのが最も賢明なやり方だという。この部分、とりわけ昨今の出版事情や図書館情報、図書検索の方法などは知っていることばかりなので(わたしは図書館司書)、「なんだかつまらないなぁ」と読み飛ばしていたのだが、ネット情報の真贋の見分け方についての項、著者がパロディ・サイトに騙された例が書いてある40頁あたりから俄然おもしろくなった。

 インターネット情報に騙されないためにはどうしたらいいか、また、自分のHPを検索エンジンに拾ってもらって上位に表示させるにはどうするのか、といったWeb使用上の注意や指摘がかなり役に立つのだ。ルポを書くときに必須の取材についても、取材対象者とどのようにアポを取るのかチャート図つきで解説してあり、たいそう親切だ。

 第5講以降の「術」の章(執筆篇)になるといよいよおもしろさに拍車がかかる。さまざまな文章読本からエッセンスを取り出して著者が比較解説をつけ、さらに独自の文章論を展開している。例としてあげてある文章の一つ一つがおもしろ可笑しく興味深く、武田さんの解説も軽妙洒脱で、貪るように読んでしまった。
 このあたりは、ふだんわたし自身がものを書くときに意識的無意識的に気をつけていることとかなり重なる部分があり(気をつけていても駄文を書いてしまうのが悲しい)、読みやすい文章とはどういうものか、名文とはどういうものをいうのか、文章の目的によってどのように文体を変えるべきか、といったくだりでは手短かで的を射た著者の指導ぶりに感服した。

 ここで特に印象に残ったことは二つ。難解な文章を書くことで知られる蓮實重彦はなぜあのように読みにくい文章を書くのか。この問いに対する山形浩生の答を引用しつつ、わざとわかりにくく書くことでしか伝わらないこともあると筆者は言う。「わかりやすさが文章表現における唯一の正義ではない」

 そしてもう一つは、文章を書く上でもっとも大切な、「書き出し」について述べた部分。これも豊富な事例に興味をそそられる。序論なしでいきなり本論が始まる本の書き出しの例として毛沢東の『実践論』を挙げて感想を書いている下記のくだりでは、声を出して笑ってしまった。

「潔いまでの単刀直入だが、筆者などは経済開放政策が浸透する前の中国民航のステュワーデスが、なんの愛想もなく客に菓子類を投げて寄越していたのを思い出してしまう」

 そして最後の「芸」の章(映像篇)では、かなり教えられることが多かった。オウム信者を追ったドキュメント「A」「A2」で知られる森達也監督の「1999年のよだかの星」を題材にした授業での学生たちの反応を描いて、著者はこのように結論づける。

「ドキュメンタリーとはただ映像を撮影することではなく、カメラを挟んで人間と人間が関係を築いてゆく作業にほからならない」(191頁)

 さらに、文字に比べて映像は「真実」を映していると錯覚されがちだが、「真実」などいかようにも作られるという警告を発することも忘れない。

 本書は、単なる「調べ物と書き物」の指南書ではなく、マスコミに流れる情報の真偽を見抜き、情報を通じて社会に接する際の忘れてはならない態度について考えさせる示唆に富んだ良書だ。


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