日々の恐怖 4月13日 親父の話
親父が若かった頃、就職が決まり新築のアパートを借りたらしい。
バイトしていた材木店のトラックを借り、今まで住んでいたボロアパートから後輩に頼んで引越しをした。
特に大きい物は無かったので、荷解きはそんなに時間はかからなかった。
後輩は部屋についた頃から顔が真っ青で、あきらかに体調が悪そうだったのでバイト代数千円を握らせその日は帰したそうな。
その夜、引越しの疲れで早々と床についたのだが、深夜にボソボソ・・・と何か語りかけてくるような声を聞き目が覚めた。
親父が一番早く引越しをして他の部屋にはまだ誰も住んでおらず、隣人の声では無かった。
電気を点け、外を見渡しても静かな深夜の住宅街。
酔っ払いも歩いてはいなかった。
気のせいにして再び床につくと寝入り始めた頃にまたボソボソ・・・・と声がする。
“ 家鳴りとか風の音が、人が話しているような音に聞こえるに違いない。”
そう思おうとしたが、やはり建物の中で誰かが話しているような気がした。
“ もしや、間抜けな泥棒が隣の空室に忍び込んだのか?”
と壁に耳をあて、聞き耳をたてる。
“ 何も聞こえない。
人の気配はない。
明日も早いし気のせいだ、寝よう・・・。”
と思った矢先、反対の耳からボソボソ・・・と声が聞こえた。
振り返るも、当然誰もいない。
イライラしてきた親父は原因を突き止めようと両隣の部屋、上階、全ての部屋をノックして回ったそうだ。
結果、やはり親父以外はまだ越してきていない。
引越しの疲れだと思い部屋に戻ると、とんでもない光景が目に入った。
キッチンの排水から白い手が伸びている。
今まさに、そこから這い出ようとせんばかりに伸びている。
思わず叫びそうになり逃げ出しそうになったが、グッと堪える。
目を凝らして見ていると、何かを探しているような手付きでパタパタとキッチンを這い回り、暫らくするとスーっと排水口に飲まれていった。
体中汗が噴出したが、ここで逃げたら俺の負け(確かに親父はそう言った)と思い、キッチンの蛇口を開き水を思い切り流したそうだ。
当然、細い配水管に人なんか入っている訳もなく、何の異常もなく流れる排水。
シンク下の収納も開けてみたが、もちろん誰もいない。
“ これは幽霊・・・・?”
見間違えでは無いし、特有の嫌な感じもした。
子供の頃から嫌なモノは見たし、怖い思いも何度もした。
“ 逃げるのもいいが、それでいいのか?
敷金礼金は返って来るのか?
これは立ち向かわなければならない現実じゃないか?”
そう考えた親父、わが父ながら頼もしい。
おもむろに排水口に顔を寄せ、
「 二度と出てくるな!
テメー、俺が死んだら追っかけまわすぞ!!」
深夜にも関わらず、排水口に向かって思い切り怒鳴ったらしい。
気が済んだ親父は、バカらしくなって布団に入ったそうだ。
“ 命までは取られない、幽霊ごときに殺される訳がない。”
その後、何事も無く朝を迎え、材木店にトラックを返しに行くと後輩が昨日と同じく真っ青な顔して、何か言いたげにしていた。
理由を聞くと、
“ 部屋に入った瞬間、物凄く嫌な感じがして、その方向を見るとキッチンから白い手が生えていた。”
とのことだった。
そして、後輩は言った。
「 時々変なのを見るけど、あんなに気持ち悪いのは初めてだった。
折角の新居で、そんなモンを見たと言ったら気を悪くするだろうから言えませんでした。」
それから親父の脅しが効いたのか何事も無かったそうだけど、2年くらいで転勤となり部屋を出ることになった。
最後の日、部屋から出ようとすると背後に妙な気配がする。
“ あ~、また出たか、憑いてくるなよ・・・。”
と思いつつ、怖いもの見たさで振り向くと、例の白い手が排水口の所から手を振っていたそうです。
シュールな光景ですが、親父も手を振り返したと言っていました。
さすがに最後のこれは作り話だと思いましたが、親父ならやりかねないので余談までに書き留めておきます。
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