リアルタイムで見たとき、すごい「コレジャナイ感」があった『もののけ姫』。
別に嫌いではなかったけど、やっぱり『風の谷のナウシカ』の二番煎じという感じだった。
なのに、今見ると普通に面白い。
これはたぶん、僕の感覚が変わったというより、『もののけ姫』以降のジブリアニメがつまらなすぎて相対的に評価が上がったってことなんだろうなあ。
ちゅうか、アシタカって厨二主人公の要素満たしてますよね。
邪気眼ぽく腕を押さえるシーンは今見ると笑ってしまう。
これがシュタインズゲートの選択か……。
[Q-Xオフィシャル]
http://www.q-x.jp/
意気揚々と崩しはじめた『しろくまベルスターズ』なんですが、PULLTOPの悪いクセだと僕が勝手に思っている"シリアスの尻尾"がそこかしこでチラつくせいで作品世界に没頭できないというか、ぶっちゃけ一気にプレイしてしまうほどの面白さを感じなくてションボリしてたら、思わぬ隠し球が眠ってた件。
つまりどういうことかというとですね。
数年ぶりに発売した贔屓のメーカーQ-Xの新作『幻月のバンドオラ』がヤベェんだ!
これこそまさに、やめどきの分からないゲーム。まだ最初のミッションをクリアしたあたりなんですが、一気にプレイしてしまう面白さをひしひしと感じてます。ハイ。
ちゅうか僕、Q-Xの作品って『こころナビ』しかマトモにプレイしてないんですよね。どうしてかっていうと、このメーカーさんを知ったのが『こころナビ』からなので、それ以前のゲームをやってなくて。
で、『こころナビ』はどっぷりハマるくらい好きだったんですが、『姫様凛々しく!』が限りなく微妙ゲーで(亜方さんの絵が大好きなのでファンブックは買ったけど)、ちょっと『幻月のバンドオラ』にも懐疑的だったため、まぁ数年に一度のお布施だと思って買ってはいたものの 『しろくまベルスターズ』のほうを先に崩しはじめるという体たらくだったわけです。
でもヤバイ。コレはヤバイと僕のエロゲ脳が訴えかけてる。
だってさ、なんか妙に面白いぜ。この『幻月のバンドオラ』ってゲーム。
正直、ちょっと最近の流行りからはズレてる気がしますけど、そういうところも含めてなんか久しぶりに「あー、エロゲやってんなー」って感じる。いや、感じられる。こんな風に感じられるエロゲ、とんとお目にかかれなかったから、ホント楽しい。
攻略ヒロインは三人のみということで少し寂しい印象ですが、そのぶんキアイが入ってるような気がしないでもない。とりあえず現段階までで、うに先輩もおにぎりさんもしのりんもスゲエ魅力的で困る。
こりゃ三連休で一気にやっちゃいそうですね。
2009年の終盤ってマジで当たりだったんじゃねえの。
というわけで、夏SSことレゾンデートルの再アップ終了っと。
そろっとSSのストックも尽きてきて、ようやく再アップに終わりが見えてきました。
そういえば。
ふと思い返してみると、一番最初のリトライを書いたのってたしか5月だったんです。
で『TH2』のPS2版が発売したのが前年の暮れ。年が変わるギリギリのタイミングでした。
つまり僕って、『TH2』が世に出てからSSを書くまでに半年くらい空いてるんすよ。
コレ、バカみたいな話だけど自分でも意外でねー。
僕、なんか発売してからずっとSS書いてたような気になってた。
ホントにバカダナ。
ちゅうか、どうして半年後にSSなんて書こうと思ったのか全く覚えてねえ。
他にやることなかったのかな。
/Epilogue
キッチンに、音と匂いが舞っていた。
まるで腕からそのまま意志が伝わっているように華麗な中華なべ捌きを見せるのは瑠璃である。エプロン姿の瑠璃は、二度、三度と手首のスナップを利かせて、
「シルファ、お皿用意しといて」
ちらりと横目で様子を窺い、自分の脇に声をかけた。
「……うん」
頷いて、食器棚に手を伸ばしたのはシルファだ。シルファは目の高さに並べられているコップ類を無視して、腰の高さにある大皿のうちから犬の模様が描かれたものを選んで取り出す。
「……シルファも、今度、お料理したいな」
シルファが囁くような声で言って、
「ええよ。イルファと一緒に教えたるから、しっかり覚えるんやで」
瑠璃が笑みを含んだ返事をした。
シルファは嬉しそうに微笑んで、テーブルの上に皿を乗せる。二度、三度と片手を上下に動かしていた瑠璃は、その皿の上で中華なべを逆さまにした。
「チャーハン完成や」
なべをコンロに戻して火を消すと、瑠璃は満足げに額を拭う。
キッチンにシルファの控え目な拍手の音が響き、
「シルファ、さんちゃんを起こ――」
ばたーん。
決して控え目とは表現し難い音が、マンション中に響き渡る。音はそれだけで終わらず、どすどすという荒っぽい足音がキッチンの方に向かってきた。そして、
「――姉さん!! 出てきなさい!!」
叫びと共に姿を現したのは、ミルファだった。どう見ても怒っているとしか思えない様子で語気を荒げている。
瑠璃は「やっぱりきたか」と言いたげな目つきでため息混じりに、
「イルファやったら、研究所に行くゆうて朝から出かけとる」
「研究所!? 何しに行ったの!?」
「……たぶん、お姉ちゃんの、想像通り」
シルファの言葉に息を呑んで、
「――わたしも行ってくる!」
ミルファは剣幕もそのままに身を翻すと、ポニーテールを振り乱しながら、足早にキッチンを飛び出していった。
ばたーん。
玄関の方から音がして、今度は音が徐々に遠ざかっていく。キッチンには瑠璃とシルファだけが取り残されて、
「……さんちゃん起こしてきてくれる? もうお昼やから、そろそろ起きんとあかんし」
「……うん」
首肯したシルファと顔を合わせて、瑠璃は肩をすくめた。
キッチンを後にするシルファの背中を見送り、そのまま視線を冷蔵庫の方に移せば、そこには月めくりのカレンダーがかけられている。八月に入って熱気はますます苛烈さを増していたが、お盆を過ぎてしまえば耐えられないほどではないと瑠璃は思っていた。
冬場であろうと料理のために火を使っているときは暑かったし、限度を超えてしまわなければ暑い寒いなんていうのは気の持ちようでどうにでもなるものなのである。
瑠璃は視線をテーブルに移す。
チャーハンが盛られた皿があり、その横には一通の封書が置かれていた。封書は裏返されていて、そこに『来栖川エレクトロニクス・アンドロイド開発部』と書かれている。
――ホンマにやったんか。
流しから取り皿とスプーンを持ってきてテーブルの上に並べると、瑠璃は椅子に座って封書を手に取る。表を見ればこのマンションの住所と『姫百合瑠璃様』という宛名が印刷された紙が貼り付けてあった。自分の名前が記されていても、これが自分に関係のない手紙だということは分かっている。これに関しては、イルファから前もって聞いていた。
瑠璃は少しだけ迷い、自分の名前が書かれているのだから自分にも読む権利はあるのだ、と言い訳じみた思考を経た後で、ゆっくりと封書を開いた。封筒よりも安っぽい紙が折り畳まれている。開く。
『姫百合瑠璃様
おめでとうございます。
貴方様の作成されたレポートが、当研究所内で行われた「どっきり! ひと夏の体験!」コンテストにおきまして最優秀賞に選ばれましたので、その旨を書簡でお知らせ致します。
当レポートは応募要綱にありました通り、研究所内で発表して頂くことになります。ご都合のよろしい期日を、追ってご連絡ください。
尚、後日レポート対象になられた河野様のお宅にも同様の書簡と粗品をお送りさせて頂きますので、発表の際に同席してくださいますよう、よろしくお伝えください。
来栖川エレクトロニクス・アンドロイド開発部一同』
無言で封書を元に戻す。
言葉がないとはこういうことなのか、と瑠璃は思う。
七月の終わりに行った旅行は、波乱含みで幕を下ろした。三泊四日の日程を重ねるごとに騒がしくなっていって、初日の肝試しを終えたときにボロボロになっていた貴明は、旅行が終わる頃には精も棍も尽き果てたという感じだった。ミルファと環の間に挟まれた貴明は、哀れではあったが同情の余地はないように思えた。
肝試しの間に何か起こったというのは想像に難くない。というか、瑠璃は決定的瞬間を収めた写真をイルファから見せられたので分かる。「一体アンタはどこで撮影してたんや」と嫌そうに眉をひそめた瑠璃に、イルファは「企業秘密です」とお決まりの台詞を返しただけだった。別に知りたくもなかったし、知ってしまうとどうなるのか恐ろしかったので聞かないでおいた。
「おはよ~」
「さんちゃん、もうお昼やで」
珊瑚が両手を挙げた格好でキッチンに入ってくる。後ろにはシルファが付き従っていた。
「いっちゃんはおらんの?」
首を傾げる珊瑚に、
「……出かけとるよ」
――渾身のレポートを発表するために。
心の中で付け加えて、瑠璃が答えた。
「なんや、つまらんな~。ウチも行きたかったのにぃ~」
「そないなこと言うたかて、さんちゃんちっとも起きへんのやもん」
おそらく、そろそろ発表が終わる頃だろう。笑顔で発表を終えたイルファがお辞儀をすると、会場中の意地の悪い研究者たちが総立ちで拍手喝采をするのだ。そうして盛り上がりもかくやというところでミルファが会場に飛び込んできて、更なる熱気が会場を包み込んで、逃げ出したイルファのことをミルファは必死で追いかけるに違いない。
トラウマになったりしなければいい、と瑠璃は思う。思うが、
――なったらなったで、貴明がどうにかするやろ。
「さ、お昼ご飯食べよか」
「……ママのぶん、シルファが盛ってあげる」
「ありがとな、しっちゃん」
シルファが危なげない手つきでチャーハンをよそって、珊瑚に手渡した。
夏休みは半分ほど過ぎたが、まだまだ夏は終わらない。夏が終わってしまったとしても、日々はこれからもずっと続いていく。過去は思い出となり、思い出は途切れずに積み重なっていくのだ。
瑠璃も珊瑚も、そしてシルファも胸の前で手を合わせる。
「――いただきます」
言葉が重なり、日常の中に溶けていった。
END
/4 Give me a reason
人は本能的に闇を畏れる。
そこに程度の差こそあれ、文明人の端くれであるなら、夜の闇を懐中電灯一つで渡り歩くという行為を平然とこなすのは難しい。俺がホラー関係のあれやこれが苦手というわけではなく、このみのように必要以上に怖がったりすることがないのは、そういった恐怖心が小さい方に属するというだけの話だ。
とはいえ、ここが人の手の入ったキャンプ地であると分かっているからこそ、そんな風に余裕でいられるのだというのも分かっている。森は意外と深くて、木々が生い茂っているせいか、隙間から浜辺のホテルの明かりが覗いたりはしない。しばらく傾斜を登ってきたので、頭上に広がるのは漆黒の海のような空と、そこに散りばめられた星月だけだった。
「――ミルファ?」
呼びかける。返事はない。
「おーい、ミルファ?」
もう一度名前を呼んでみたけど、やはり返事はなかった。
足を止める。
数瞬遅れて、前を歩くミルファの足も止まった。
無言。
「……ちょっと歩くペース落としてくれないか? これだけ暗いと、足元に気をつけないと危ないし」
そう。
怖い怖くないは別として、ある程度気を配らないと夜道は危ない。いくら整備されているといっても山道だから、思わぬところで足を取られる可能性もある。先ほどから早足で進むミルファは、明らかにオーバーペースだった。
一応こちらの意志は伝えたので、歩くのを再開する。
無言のままのミルファも、慌てて歩くのを再開した。
俺から逃げるような早足だった。
――はあ。
暗がりに薄っすらとミルファの背中が見える。十分ほど前に出発してからずっとこんな感じだ。やたらと早足で歩くミルファに引き離されないよう、俺は必死で足を動かしていた。そのくせさっきみたいに立ち止まると、ミルファの足も揃って止まるから、俺たちの間には一定の距離が保たれている。
ちなみに懐中電灯は向こうが持っているため、もしもミルファが俺に構わず先に行ってしまうと、暗闇の中に取り残されることになる。遭難したりはしないだろうけど、それはさすがに勘弁してもらいたい。
ぴょこぴょこと揺れるポニーテールが目に入る。
――はあ。
うなだれて、内心で何度目かのため息をついた。
おそらくイルファさんは、ミルファと仲直りする機会をくれたのだと思う。たまに機嫌を損ねることはあっても、ロクに話もしない状態がこれほど長く続いたことはなかったから、それは素直にありがたかった。
俺だって水着売り場の一件からの数日間、手をこまねいていたわけではない。すれ違いで開いてしまった距離を、俺、もしくはミルファの方から埋めようと試みたことはあった。でもその度に、お互い同じタイミングで同じようなことをするもんだから、開いた距離が狭まるどころかゼロになって額をぶつけて飛び退いてしまうのだ。その結果として距離は縮まらないままになる。間が悪いというよりも、ほとんどコントのようだった。
なんとなく、由真と接しているときの自分を思い出す。いや、あれよりも性質が悪い。そんなつもりはないのに自分の行動が思わぬ結果を呼び込むというか、相手の神経を逆撫でしてしまうというか。ひょっとして俺は、異性が苦手とか以前に、そういう星の元に生まれたのだろうか。
森の中は静かだった。
夕方まではうるさいくらいにセミが鳴いていたのに、今は風が枝の間を通り抜ける音と俺たちの足音しか聞こえない。キャンプ場が近いという話だったから、誰かとすれ違うくらいはするかと思っていたけど、キャンプにきている人たちが集まる場所から外れているのか、すれ違うどころか話し声が漏れ聞こえてくることすらなかった。
まるで、他に誰もいないような。
イルファさんの言う通り、本当に肝試しに相応しいロケーションだ。
ゆっくり歩いて三十分ほどの道のりとも言っていたから、最初に出発したタマ姉と珊瑚ちゃんは、そろそろゴールする頃かもしれない。雄二と瑠璃ちゃんは、果たして二人きりでどんな話をしているのか気になる。このみとシルファは、怖がっていたりしないだろうか。そうして他のペアのことを考えていたら、
「――うわっ!?」
激しい羽音と葉音があがる。
心臓が飛び跳ねた。
――鳥?
フクロウか何かだろうか。ミルファの懐中電灯に照らされたところから、黒い塊が黒い空に飛び立っていった。
冷や汗が出た。油断していたというのもあるし、怪談的な恐ろしさよりも、こういう驚きには即効性がある。少なくとも、思わず叫んでしまう程度には驚いた。辺りが静まり返った一瞬を狙ったかのようなタイミングには悪意すら感じる。
「いやあ……、意表を突かれたというか」
誰に言うでもなく呟く。
即効性の驚きは過ぎてしまえばなんてことはなく、後に残されるのは「身体がびくっとしてしまった」とか「思わず声をあげてしまった」とか、そういう気恥ずかしさを孕んだ空気だけなのである。この呟きは照れ隠しだ。
驚きで身体が固まってしまい、いつの間にか歩みは止まっていた。
例の如く、目の前のミルファも立ち止まっている。
「まあ、なんていうか、ようやく肝試しっぽい感じになったよなあ。ミルファもそう思わなかった?」
すぐに歩みを再開するのもバツが悪くて、軽口を叩いてあははと笑う。
だけど案の定と言うべきか、ミルファからの返事はない。どさくさに紛れて会話を始めようとしたけど、そんな浅い企みが上手くいくほど世の中は甘くなかった。
「――じゃあ、ここにいても仕方ないし、先に進もうか」
少し沈んだ気持ちを切り替えて、できるだけ明るい声を出した。
かなり早いペースでここまできたから、そろそろ半分くらいの道程だろう。傾斜が緩くなってきているので折り返しが近いはずだ。
「帰りは下りになるから、行きよりも慎重に進んだ方がいいかもしれないな」
一歩。二歩。
――あれ?
違和感を覚える。
首を捻って、
一歩。二歩。
やっばりだ。さきほどまで数メートル離れていたポニーテールが目の前にある。
つまり、俺が歩き始めたのに、ミルファは立ち止まったままだった。
「ミルファ?」
懐中電灯で一点を照らし続けるミルファに近寄って肩を叩く。
ミルファの身体は、まるで石像のようにガチガチになっていた。
ぽとり、とミルファの手から懐中電灯が落ちて、
「――――や」
「や?」
漏れた声にオウム返ししたら、
「やだ――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
鼓膜が震える。
柔らかいものが身体に押し付けられる。
「やだやだやだっ! こんなところにいるのやだっ!」
何が起こったのか分からない。
感情の爆発を目撃したのだということにしばらく気付かなかった。
「帰るっ! 帰るーっ!」
分かるのは、ミルファが凄まじい剣幕で悲鳴に近い声をあげていることと、息が詰まりそうなほど強い力で俺に抱きついていることだけだ。
それだけで十分だった。
あれこれと考えていたことは、すべて頭から吹っ飛んでいる。
「もうやだぁ……暗いし静かだしヘンなのが出てくるし早く帰りたいよぉ……」
ミルファは泣きそうになっていた。いや、涙を流していないだけで、ミルファは泣いているのだと思う。これは、まさか。
「ミルファ……。ひょっとして、ずっと怖かった、とか?」
返事はない。返事はないけど、胸に押し付けられた頭が躊躇いがちに上下した。密着した部分から熱と震えが伝わってくる。よっぽど怖かったのだろう。
なんとなく繋がった気がする。
スタート地点からずっと早足だったのは、一刻も早くゴールに辿り着きたかったから。俺が立ち止まると揃って足を止めたのは、林道で一人きりになるのが怖かったから。必死に我慢していたのに、突然のアクシデントでダムが決壊した。決壊したらどうしようもなくなった。
今、ミルファは俺の腕の中にいる。
腕の中で震えていた。
どうしよう。
どうすべきか。
迷うことなどない。
背中に両手を回す。力を込めた。
「――――っ」
ミルファの肩がぴくりと動いて、息を呑んだ気配を感じる。
こんなのはいわば弱みに付け込んでいるだけで、これでミルファに許してもらおうなんて考えていない。それでも今はこうするのが正しいと思った。俺がこうしてやりたかったから、ミルファのことを抱きしめ返した。
「――あんなのはもう出てこないと思うから、ゆっくりと戻ろう?」
なるべく安心できるよう、優しく語りかけた。慣れない声色は上擦りかけていたけど、ミルファは小さく頷いてくれた。
柔らかな夜風が頬を撫でる。
ひとときの喧騒は過ぎ去って、静寂が降りてくる。
とげとげしかった昼の熱気も、夜になってすっかりと息を潜めていた。
*****
急いでいた分の貯金を使い果たすみたいに、ゆっくりと歩いていた。どのみち、おぼつかない足取りのミルファに片手を差し出しているので、無理なペースで先に進むことはできない。もうちょっとペースを上げて、早く明るい場所に戻った方がいいかなと思ったんだけど、
「貴明がこうしてくれてるなら、平気」
真っ赤な顔をしてこんなことを言われたら、こっちだって同じように顔を赤くするしかなかった。
空いている手に懐中電灯を握り、先の林道を照らす。既に折り返しを過ぎたのか地面は緩やかな下り坂になっていて、上りのときと比べると木々の隙間から覗く闇が自然と目に入ってきた。
「……わたし、肝試しなんてしたくなかったんだ」
ぽつり、とミルファがこぼす。
それなら断ればよかったのに、とは返せない。ミルファのことを煽ったのは他ならぬ俺自身だからだ。
「ごめん」
いくらイルファさんに弱みを握られていたとはいえ、あんなことをすべきではなかったと反省する。というか、イルファさんはきっとミルファがこういうのが苦手だと知っていて、だからこそ俺にあんなことを言わせたような気もする。
まったくあの人の情報収集能力は計り知れない。そう考えると、イルファさんの存在は肝試しなんかよりずっと恐ろしいのではないだろうか。
ミルファは俺の謝罪に首を横に振ると、
「わたしが内緒にしてただけだから、べつに貴明のせいじゃないよ」
こんなこと本当はずっと内緒にしておきたかったけど、と言葉を結ぶ。
困った。
何が困るかって、こんな風に素直な受け答えをされるのは困る。
ここしばらくつっけんどんな対応ばかりだったこともあるし、普段のミルファのイメージというのもある。明るくてどちらかというと強気なミルファが、こうしてしおらしくしていると妙に可愛らしく見えるというか。いや、いつもが可愛くないってわけじゃないんだけど。って俺は何を考えてるんだ。
さっきまではミルファの方から距離を取ってくれていたので、それほど意識せずに済んでいたけど今はそうもいかない。追いかける立場だからこそ後先考えないでいられただけで、いざ相手が正対してくれると途端にどうしたらいいのか分からなくなる。左腕には柔らかい身体が押し付けられていて、その感触が頭に昼間見た光景を運んできて、こんなにべったりとくっつかれていたらそう遠くないうちに俺はダメになってしまうかもしれない。
「……おかしいよね」
「え、な、なにが?」
ミルファの声が止まる。言葉を捜している様子が伝わってくる。
俺は曖昧な返事をしながら、懐中電灯の光が揺れるのを見ていた。手が震えている。
まずい。
――俺、めちゃくちゃ緊張してるじゃないか。
二人きりで家にいるときだって、こんなことはなかった。傍らにいるのが「女の子」だというのを意識していなかったとは言わない。だけどそれよりも身近な、例えばこのみやタマ姉に感じるような、そんな想いを抱いていたはずだ。
そのときのミルファと、ここにいるミルファは同じはずなのに。
ミルファは黙ったまま、俺は言葉の続きを促すことはおろか、顔を横に向けることすらできない。
横を向けない。
視線を前方に固定しておく必要がある。
ミルファを見てしまったら、俺は、
――どうなる?
ぎゅっ、と。
左腕を握る力が強くなった。
それに導かれるかのように、
ゆっくりと、
ゆっくりと、
力のやってきた方に顔を向けた。
「――わたしは、人じゃないのに」
時が止まる。
目の前には笑みがあった。自嘲を含んだ笑みが。
「……ミルファ」
名前を呼ぶ。浮かれきっていた思考が冷えていく。
「メイドロボなのに、こんなに怖がりだなんて、おかしいよね」
不意に繋がっていた手が離れる。ミルファの体温が逃げていく。世界に一人取り残されたような気がする。こんなのは気のせいだ。でも、ミルファの表情は気のせいではない。泣き笑いのような表情だった。
「暗いところがね、ダメなの」
俺とミルファは、向かい合う格好になる。
「わたしたちが生まれたばかりのとき、失敗作って言われてたのは話したよね」
確かに聞いたことがあった。
ミルファたちが生まれたとき、すべての機能が備わっていたのにも関わらず立ち上がることすらできなかった、と。真っ暗な部屋の隅で縮こまっていて、それで失敗作と言われていた、と。
「瑠璃のお陰で外に出られるようになったけど、その反動かな? 今度は暗いところが怖くなっちゃったんだ。暗いところにいると、あのときの――なにもできなかったときの自分を思い出しちゃうから」
それは悲痛な告白だ。思い出したくない記憶を掘り返されるなんて、誰だって嫌に決まっている。辛い思いをしてまで言うことはない。
それでもミルファの言葉を止めることはできなかった。
吐露することで薄まる辛さもあるかもしれないからだ。俺が聞くことで、少しでもミルファの気持ちが楽になるなら、それでよかった。聞いていようと思っていた。
「姉さんやシルファは平気みたい。わたしだけなの。――わたしだけ失敗作のままなんだよ、きっと」
だけど、
「違う」
否定の言葉が出た。
意識の外で口が動いた。
それだけは絶対に断固として何がなんでも否定しろと、本能に近い部分が叫びをあげた。そんなはずがない。
「ミルファは失敗作じゃない」
ミルファが身体をこわばらせる。こちらを見つめる瞳に驚きの色がある。
それを見て、自分が怒っているのだということに気付いた。俺はどうして怒りを感じているのか。
決まっている。
「暗いところが苦手とかそういうのは、個性って言うと違うかもしれないけど、誰だって苦手なものとか嫌いなものはあるだろ。いいところがあれば悪いところもある。当たり前じゃないか」
だから自分のことを失敗作なんて言うのは止めて欲しかった。大切な相手が自らを卑下するのを、俺は黙って見ていることなんてできない。
息を吸う。
「暗いところがダメで、怖がって、それで失敗作っていうなら、このみだって失敗作ってことになるのか?」
「……ち、違うよ。このみはいい子だもん」
「だったら、」
続けようとした言葉をミルファが遮って、
「でも! わたしとこのみは違うじゃない!」
喉から搾り出すような声だ。
「わたしはアンドロイドなの! 人に認められない失敗作だったら、わたしのいる意味なんてなくなるのよ!? 怖いの! 必要とされなくなって、ここにいられなくなるのが怖い! 貴明と一緒にいられなくなるのが――」
怖い、とミルファの口が動いた。
昼間のイルファさんを思い出す。イルファさんは、人のために生き、人のために尽くすのが自分たちの存在意義だと言っていた。好きな相手と一緒にいられることが何よりの幸せだと話してくれたのを覚えている。
ミルファも同じ思いを抱いていて、
それ以上にずっと不安だったのだ。
手の内にあるものが大切であればあるほど、失ったときの悲しみは大きくなる。失うことを恐怖し、どうしたって不安になってしまう。
ミルファが我慢していたのは、暗闇への恐れだけではなかった。もっと大きくて重くて複雑なものが、ミルファの心のダムを決壊させたのだ。きっかけはこの肝試しだったかもしれないけど、それはきっかけでしかない。ミルファの感じる恐怖は深層に根付いているものだ。
ミルファは目を伏せ、下を向いてしまっている。
ここで何を言っても気休めにしか、いや、気休めにすらならないかもしれない。人は誰しも他人とまったく同じ位置に立つことはできない。どんなに相手の立場でものを考えて、どんなに相手を理解したつもりになっても、そんなのは勘違いや思い上がりにすぎない。
だから俺はミルファの立場になれないし、なるつもりもない。勝手かもしれないけど、俺は自分の立場で自分の考えていることを口にすることしかできないのだ。ただ、本音を話してくれたミルファに、俺も本音で答えたかった。
「俺も同じだよ」
ミルファは動かない。最初から反応は期待していない。聞いていて欲しい。
「俺も、皆と一緒にいられなくなるのが怖い。自分が必要とされなくなったらどうしようって思うこともあるよ。自分がいる意味なんて、自分じゃ分からないから、正直これまで考えたこともなかったけど」
個人差はあっても、漠然とした不安はどこにでも転がっている。雄二――は分からないけど、このみやタマ姉、珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんにだってそういうのはあると思う。生きているなら、それは当たり前のことだから。
ミルファに歩み寄って、肩に手を乗せて、
「――でも、安心した」
笑みをこぼす。
「……安心?」
うつむいたまま、ミルファが疑問の混ざった呟きを漏らした。
「同じ不安を感じてたって分かっただろ?」
ミルファがゆっくりと顔を上げる。だが、その表情は晴れない。
「……違うよ。わたしと貴明が考えてることは違う。だってわたしは、」
「俺は」
今度はこっちが言葉を遮った。
「俺は、ミルファのことをメイドロボだって思ったことはないんだ」
ミルファの瞳が大きく見開かれる。
月明かりが反射して、きらきらと輝いている。
「クマの格好だったときは、別の意味でメイドロボだと思ってなかったけどさ。その姿で再会してからこれまで、ミルファのことをメイドロボ――アンドロイドだと思ったことは一度もないよ。イルファさんやシルファもそうだけど、俺にはミルファたちがアンドロイドだなんてどうしても思えない。信じられないって言ってもいいと思う」
外見で見分けがつかないだけなら、そうは思わなかったはずだ。ミルファたちに心があるからこそ、そこに明確な違いが生まれる。人とアンドロイドを区別するラインが、俺とミルファの間に通っているとは思えない。
「俺たちとミルファたちは変わらないよ。俺は心のない人間がいるなら、その人のことを人間だとは思えない。逆に、身体はアンドロイドかもしれないけど心があるミルファたちは、」
「――分かった」
唇に指が添えられた。ミルファの指だ。
「貴明の気持ち、分かったから。――ちゃんと伝わったよ」
儚げに微笑んで、ミルファはもう一度うつむいた。ポニーテールの結び目が見える。俺の胸に、ミルファの額が押し付けられている。
「本当に伝わってる?」
「……うん」
答える声には、まだ元気がなかった。さっきの今で元通りになるわけがないんだけど、俺は我侭だからミルファにはいつも笑っていて欲しいと思っている。
ミルファの笑顔を見るにはどうすればいいのか。言葉だけではこれが限界だった。
簡単な話だった。
それなら言葉以外の手段を用いればいいのだ。心を込めた言葉と行為でミルファの心に応えよう。
肩に置いていた両手をミルファの背中に回した。
ミルファの身体がぴくりと跳ねてから停止した。
さっきと同じように、ミルファのことを抱きしめた。
「ミルファは、家族だから」
「――――っ」
ミルファが息を呑む。
「不安を一人で抱え込まないで欲しいんだ。いつもミルファに助けてもらってばかりだから、たまには俺にもミルファのことを支えさせて欲しい。ダメかな?」
「……ダメなわけ……ないよ」
俺の背にも腕が回される。
「――貴明、……ありがと」
控え目な声が胸から背中に通り抜けて、全身にミルファの気持ちが響いた。
夜風に晒されていた肌に温もりが宿る。遠いところでフクロウが鳴いて、それを最後に森から音が去っていった。
よかった。
ここにきてようやく、数日に渡ったわだかまりが解けた気がする。今更ながら、旅行にきてよかった。ミルファと仲直りすることもできたし、日常を過ごすだけでは見えなかったことにも気付くことができた。まだ旅行は初日だから、日程は丸々二日残っている。これから更に実りの多い毎日になる予感がする。だけど、
――どうしよう。
どうしたものか。状況を冷静に見直せば、とんでもないことになっていた。
まったく人気のない場所で、そこは月明かりがたまに差し込むくらいの薄暗さで、そんなところで俺が何をしているのかといえば、女の子と二人で黙ったまま抱き合っている。
優先度の高い問題が解決されたことによって、新たな問題が浮上してきていた。俺はまたミルファのことを意識している。緊張してきた。手のひらがじっとりと湿ってくる。全身がむずむずしてくる。気のせいか、腕の中のミルファもそわそわしているように見える。完全に離れるタイミングを失っていた。
ポニーテールの結び目あたりに視線を彷徨わせていたら、ミルファが少し身体を離して上目遣いでこちらを見上げてきた。目が合う。お互いに固まる。
「あー……えーと……」
何か言おう。
とりあえず何か喋れば、膠着状態を脱することができるはずだ。
何か、
「身体はアンドロイドって言ったけど、よく考えたら身体も人と変わらなかった」
ちょっと待て。一体何を口走っているのか。
頭を抱えたくなった。俺はきっと救いようのない馬鹿なのだ。上手く回っていない頭でもそれだけは自覚できる。きっと人間は一日にどれくらい真面目に振る舞えるか最初から決まっていて、それを過ぎてしまうとそこから先は雄二のようになってしまうに違いない。
ミルファは一瞬驚いた顔をしてから、むすっと頬を膨らませて、
「……それって、誰と比べてるの?」
ミルファのピントもずれていた。そっちに突っ込むのかよ。
「く、比べてとかじゃないけど、水着とか見ててそう思っただけだって」
「……そういえば、わたしの水着、ちゃんと誉めてくれてないよね?」
「――そうだっけ?」
「うん」
ミルファは口を尖らせて頷く。拗ねた目つきをして「そこだけは譲れない」と訴えかけている。確かに脳裏に焼き付いているのは、水着を着たミルファの映像ではなくて、その下の――ダメだ忘れろ忘れろ忘れろ。
「そ、それじゃあ、明日じっくり見せてもらうから、そのときにでも」
「うん、じっくり見てね」
どきりと胸が高鳴る。挑発的な台詞はもちろん、憑き物が落ちたようなミルファの笑顔は魅力的だった。
知れず腕に力が入る。それを感じたのか、ミルファは窺うような表情で俺のことを見つめている。視線が絡み合う。ミルファは顔を真っ赤にして、瞬きをすることさえ忘れているようだった。唾を飲み込む音が思いのほか大きく響いて、ミルファがぴくりと身を竦ませた。
ミルファの瞳に決意の色が灯る。
ミルファの瞳が閉じられる。
決断のときがやってきた、と思った。50メートルどころかその百倍の距離を全力で走ったみたいに心臓が早鐘を打っている。舌先で自分の唇を探ったら、案の定カラカラに乾ききっていた。雰囲気に流されているような気がする。だけど、こんなものなのかもしれないという気もする。いいのか、と自問したら、いいのだ、と自分勝手な答えが返ってきた。
ミルファの身体は震えていた。緊張しているのだと思う。
女の子がここまでしているのだ。覚悟を決めろ。
俺は大きく息を吸い込んでから、
唇を、
ぞわり。
全身が総毛だった。
寒気がする。突き刺さるような殺気を感じる。
どこだ。
瞳を閉じたミルファの肩越しに森の闇を見た。
闇の奥に、光るものが二つある。
目。
獣は夜行性だから、暗闇で目が光る。だからあれは獣の目で、獲物を選別して捕食するために光っているのだ。この殺気は、獲物に向けられたものに他ならない。
いや。
よく見れば目は光っていない。光っているように見えたのは錯覚でしかない。
だってあの目は、あのシルエットは、
――タマね
殺意を孕んだシルエットが動いた。明確な意図を持ったオーラのようなものが、林道に満ちていくのが俺にも分かる。意図というのはもちろん「対象を叩き潰す」というただ一つのものだ。胃が握り潰されたみたいに軋みをあげた。
身を引こうと身体をよじる。これこそが本能のもたらす動きだった。しかし、
「――あ、」
声が漏れる。
俺の身体には、しっかりとミルファの腕が回されていて、下手なことをすればこうなるのは必然だった。足が絡まる。バランスが崩れる。
思ってもみなかった負荷がかかり、閉じられていたミルファの瞳が開く。
月明かりの中、俺たちは見つめ合う。
スローモーションの一瞬の間、ミルファの表情に困惑が浮かんだのは、本当に一瞬の出来事だった。
背中に地面の固さがぶつかり、胸の中にミルファの柔らかさを感じ、
唇が、熱を持っていた。
目前にミルファの顔がある。俺たちの間にほとんど距離はない。身体の一部がくっついているんだから当たり前だった。驚き一色に染まったミルファの瞳が、なんだかうっとりとしたものに変わっていく。
そしてミルファの向こうには、ぽかんと口を開いて固まる獣がいた。
「――貴明ぃ……」
俺を押し倒した格好のままミルファがとろけそうな声を出して、頬擦りをしてきたのが合図になった。獣が行動を再開する。夏場なのに吐き出す息が白く見えるのは、何の冗談なのかと思う。
どうしよう。
どうしようもない。
覚悟を決めて、行動に移して、その結果がこれで、後悔はないけど。
――怖いものは、怖いんだよなあ。
他人事のような思考が口元を引きつらせる。観念して目を閉じる。
夏は始まったばかりなのに、人生が終わってしまわないことを祈る。
夜更かしをしていたセミがじわりと鳴き声をあげた。
頬を撫でる夜風には、少しだけ潮の香りが混ざっている。
to be continued...