[艦隊これくしょん~艦これ~]
http://www.dmm.com/netgame/feature/kancolle.html
完膚無きまでのクソゲ!(挨拶)
E4とE5を続けてクリアしました。
なおE4、E5共に丙でクリアしたので特筆すべきことはありません。
や、当初の予定では、E4丙で海風を掘り、それからE4を乙で攻略、E5は簡単そうだったら甲で攻略しようと思っていたんですよ。
ところが、あまりにも海風が出ないので(燃料と弾薬が3万以上減った)後々掘る可能性を考えて丙でサクッと終わらせることにしました。
その後、E5に関しても、ぶっちゃけ「E6だけ乙でクリアしてカタパルトさえ貰えればいいかな……」と思ってしまったので、丙でクリア。
秋津洲以外は適当に札のついた艦娘をチョイスして、ストレートでいけました。
いやー、やっぱドロップ限定クソですわ……。燃料と弾薬を3万取り戻すのに、どれだけ時間がかかると思ってんですかね、あの腕組みデブは。
さしあたってE6乙で一度出撃してみましたが、消費を考えるとここも掘れるマップじゃないですね。
もうドロップ限定の新艦娘は諦めてクリアを優先することにします。E7も丙でいいですよねコレ。
そういえば、今回のイベントは、E4以降の海域に出撃するにあたり、対応した任務を完了させる必要がありますけど、これクッソだるいですね。
クリア後にチェックすれば達成されるものは何の問題もないですが、演習で勝利しろとか、空母を落とせとか、どうでもいいところで手間かけさせるの止めて欲しいです。
たしか『アルペジオ』とのコラボイベで同じことをやらせてましたけど、おおむね好評だったコラボイベにおいて、この要素だけは忌避されていたんだよなあ。
そういう意味でも、今回は「これまでのイベントの悪いところを全て集めたクソイベ」と言えるのかもしれませんね。
本当に運営滅びろ。艦娘人質にとって調子こいてんじゃねーぞ。
vs鳥栖。ホームで対戦。
1-0で勝利。
ようやく勝てた……。
守田*:6.5 吹っ切れたのかここ数試合のパフォーマンスは悪くない。キックも後半途中までは工夫が見られた。
川口*:6.5 前節の悔いを払拭するかのごとく奮起した。攻撃に絡む回数こそ少なかったがきっちり守った。
舞行龍:6.5 競り合いの駆け引きではほぼ勝利していた。持ち味のフィードは不調。
大野*:7.0 最終ラインで鳥栖の攻撃を跳ね返し続けた。落ち着いて繋ぎも意識できていた。
コルテス:6.5 精力的に上下動を繰り返した。もう少し味方をうまく使いたい。
レオ*:6.0 一番必要なところでは踏み留まっていたが明らかにコンディションが悪い。レオを休ませたいなあ。
小泉*:7.0 不調のレオをカバーしながら攻守に渡り躍動。決勝点を挙げるオマケまでついてきた。
山本*:6.5 小泉同様コンディションのよくないレオを献身的にカバーし続けた。逸機を決めればパーフェクト。
加藤*:6.5 山本と共に90分間運動量を落とさずサイドで仕事をこなした。決定機は沈めておきたい。
指宿*:6.5 得点以外の仕事は完璧。あれだけしっかりターゲットになれるとチームは助かる。
山崎*:6.0 動き出しは相手の脅威になっている。あとは運動量を落とさずどこまで自分の持ち味を出せるか。
成岡*:6.5 投入された時間帯と状況を考えてチームのためにすべき仕事ができていた。
大井*:6.5 前節の悪いイメージを払拭するかのような出足鋭い守備で完封に貢献した。
鈴木*:-.- 出場時間短く採点なし。しかしあの短い時間でも全く駄目。二度と見たくない。
監督*:5.5 武蔵使うなよマジで。鹿島戦といい味方を苦しめてるだけだぞ。
主審*:5.5 山本氏。カードの基準が不明瞭。ファウルも笛が鳴るまでどちらのボールか分からないような曖昧さだった。
最後の武蔵投入で胸糞悪い締めになりましたが、ようやく勝てて本当によかったです。
今日みたいな試合をしておいて、また追いつかれたり、逆転されたりしたら完全に終わっていたので、この試合はなによりも勝ちきったことが大きいかと。
というわけで、簡単に今回のポイントを。
1.守田のゴールキックが変わった
おそらくチームの決め事として、左サイド(指宿のほう)を狙って蹴る形を狙っていましたね。練習したのかもしれません。
これによって守田は蹴るポイントだけに集中することができ、また指宿がきっちりと競り勝てていたので、山崎が効果的にセカンドボールを狙って前でボールを収められていました。
気候を考えるとハイプレスを続けるのはキビシイので、ああやってFWのコンビが前で基点を作れると、チームが楽になります。
得点こそなかったものの、FWの二人は大きな仕事をしたと言えるでしょう。
2.セットプレイが変わった
キッカーとしてマサルがピッチ内にいてくれるのも大きいんですが、それ以外に中の選手の動きにも工夫が見られました。
もちろん全てが全てうまくいくわけではないですけど、最初はファーの大野を狙い、その次は中に走り込んだ大野を狙うなど、相手の裏をかこうとしていたのは高評価です。
鳥栖がゾーンで守るからこそ、ああいう試みをしていたと思いますし、きっちり選手間で意思疎通できているのが分かりました。
3.レオ不調
明らかに精彩を欠いていました。
まあ病み上がりでこの連戦というのが、そもそもあり得ないんですが、全体通してかなり省エネでやっていました。
抑えるべきポイントを外さないのはさすがですが、簡単に味方に預ければいいだけの判断を誤ったり、ミスからカウンターの基点になってしまったりしていたのはちょっと……。
しかし、そんな中で、小泉、山本、加藤がレオのフォローをしていたのは、チームが一歩前に進めた証だと思います。ポジティブに捉えたいですね。
4.成岡、大井がベテランの意地を見せる
特に成岡。やや鳥栖に押し込まれ始めた時間帯に投入されましたが、ヤバイ形でカウンターを食らいかけたとき、体を張ってパスをブロックしてボールを奪い返したのはシビれました。
小泉の得点もすごかったですが、あの成岡の守備は今日一番素晴らしいプレイだったと思います。
大井は前節最悪だったので不安だったんですけど、相手の先手を取る守備がしっかりできていたので、数日間でメンタルを立て直したようです。頑張って欲しいですね。
5.武蔵終了のお知らせ
鹿島戦のときも思いましたが、もうダメでしょ、武蔵。
味方があんだけ必死にボールに食らいついてるのに、武蔵だけは対面の選手へのチェイスすら満足にこなせない始末。
最悪です。ヤンツーは何に拘ってるのか知りませんが、今日、試合に出場した選手の中で唯一戦えていませんでしたよ。
こんな選手にチャンスを与えるのはアンフェアです。
つーわけで、次も勝って連勝しましょう。
昨年もなかなか連勝できなかったので、今年はここらで一発重みを振り払って欲しいです。
夏休みが終わっても夏は終わらない。
当たり前のことではあるけれど、季節は人間の都合に合わせてデジタル時計みたいに切り替わってくれたりはしないのである。
端的に言うと、今日は暑かった。
熱気の籠もる教室には、授業の終わりを待たずして力尽きたやつらが何人も見受けられる。この状況下では、とてもじゃないが黒板に集中なんてできない。
だからチャイムの音を聞いたとき「救われた」と感じたのは俺だけではなかったはずだ。
「はい、今日の授業はここまで。中間テストまでそれほど余裕があるわけじゃないから、しっかり復習しておくこと」
喜多川先生は俺たちにありがたい忠告を残すと、背筋を伸ばしたまま颯爽と教室を出て行った。
先生も暑くないわけがないだろうに、いつでもビシッとしているのは本当にすごいと思う。もっとも、本人にこんなことを言ったら、気が緩んでいると注意されそうだけれど。
何はさておき、今の英語で午前中の授業はおしまいだ。午後からの鋭気を養うという意味でも、がっつり食べてエネルギーを補給しなければ。
ああでも、食堂のメニューに冷やし中華が残っているうちに食べておくのもいいかもしれないな。同じ中華系ならラーメンも捨てがたいけれど、これだけ暑いと食べている最中から汗だくになってしまいそうだし、さっぱりしたもののほうが気分をリフレッシュできるかもしれない。
もはや身体の一部になりつつあるデジイチに手を伸ばしながら、昼食の献立に思考を巡らせていると、ふと斜め前の新見さんと目が合った。
というか、俯きっぱなしでもなければ新見さんの席は視界に収まる位置なので、最近はこうして目が合うことが多かったりする。
言うが早いか、新見さんは表情に花を咲かせ、片手を上げてこちらに歩み寄ってくる。
「おーい、前田ー」
やはり新見さんは歩いているだけでも可愛い――なんて思考は無粋な声に遮られた。
呼ばれるがまま顔を教室の入り口に向けると、見知ったクラスメイト男子が手招きしている。その隣には、見知った他のクラスの女子が立っていた。
……って、あれは柚ノ木さんじゃないか。
慌てて立ち上がり、入り口に向かう。俺を呼んだクラスメイトに礼を言う柚ノ木さんは相変わらず物腰が柔らかで、〝学園の嫁〟という異名がつけられた理由がよくわかる気がした。
「どうかした?」
「う、うん。突然ごめんなさい。いきなり変なこと聞くけど、前田君ってお弁当は持ってきてる?」
「え? いや、持ってきてないけど……」
「本当? よかった~」
柚ノ木さんは満面の笑みを浮かべ、オレンジ色の巾着を差し出してくる。
「じゃあ、はい、これ」
「……お、おう?」
条件反射で差し出されたものを受け取ってしまったけれど、これはなんだろう。いまいち話についていけないというか、状況を把握しきれていない。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、柚ノ木さんがおっとりと説明をはじめる。
「さっきまで調理実習をしていたんだけどね。ちょっと味見をしすぎちゃって、お腹いっぱいになっちゃったの」
柚ノ木さんは、上目遣いで俺を見つめながら存在感のある胸の前で両手を合わせた。
「だから、もしよかったら余ったお弁当食べてもらえないかと思って……ダメ?」
「まさか!」
ダメなわけがない。
というより、柚ノ木さんの料理の腕はよく知っているから、こちらからお願いして食べさせてもらいたい――いや、学園の嫁の手料理なんて、本来はどれだけ望んでも食べられないくらいのレアアイテムだ。
たとえ余り物だとしても、その価値は計り知れない。その証拠に、巾着の中身が手作り弁当だとわかったとき、教室の中が一瞬ざわついたのがわかった。
「ホントに俺がもらっちゃっていいの?」
「うん」柚ノ木さんはほんのりと頬を赤らめながら頷く。「前田君が食べてくれたら私も嬉しいから」
「そ、そう……ありがとう」
なんだか妙に照れてしまって、気の利いたお礼の言葉ひとつ言えない自分がもどかしい。
「じ、じゃあ私いくね」
そんな微妙な空気を感じているのは柚ノ木さんも同じだったのか、困ったような笑みを浮かべたまま、そそくさと教室を後にした。
あ、弁当箱はいつ返そう。
まあ、放課後に家庭科室に行けば会えるだろう。
それよりも、今はこの降って沸いた幸運を噛み締めつつ、ありがたく〝学園の嫁〟弁当を味わうことに――
「むすっ」
「うわ!?」
誰かがすごい勢いで脇を通りすぎて行ったと思ったら、新見さんだ。
というか、今「むすっ」って口で言ってたような……。
「ちょ、遥佳! 食堂行くんでしょ? 待ってよ! 置いていかないでよー!」
ずんずん廊下を進む新見さんを、数人の女子生徒が追いかけていくのを、俺はぼんやりと眺めていた。
噂立ちぬ
「――というわけで、それから新見さんに無視されているんだ」
「はあ」
放課後。
部室に立ち寄ってはみたものの誰もおらず、隣を覗いたら実原がいたので少し話に付き合ってもらっていた。
「昼休みに入ったときはすごく機嫌よさそうに見えたのに、一体どういうことなのかさっぱりわからなくてさ」
「ええー……」
実原は「あなたはバカですか」とでも言いたげな目つきで、
「先輩はバカですね」
「断定!?」
目は口ほどにものを言う、なんてのは嘘っぱちだった。やはり人に意志を伝えるのは何よりも言葉なのだ。
「いつにも増して辛辣だな……」
「いえ、これでかなりオブラートに包んでますんで。正直、後輩にモテ自慢するとかありえないんで」
「モテ自慢……」
「あと、こういうので一番嫌われるのって自虐風の自慢ですよ」
先輩のはまさしくそんな感じです、と言い切る実原は、どこまでも容赦がない。
「そういうつもりはないんだけどな……」
トドメを刺された俺は長机に突っ伏した。
頭の上から、ため息に続けてノートPCのキーを叩く音が聞こえてくる。どうやら俺がくるまで行っていた写真の編集作業を再開したようだ。まったくもってクールな後輩である。
しかし本当に参った。
昼休み、教室から出て行くときの新見さんの態度がおかしいとは思ったけれど、まさかあれから一言も口を聞いてもらえないとは。
最近になって少しずつ以前のように話ができるようになってはきたものの、これまではどちらかというと俺のほうが新見さんを避けていたので、今の状況はまるっきりあべこべだと言える。
これは……相当に堪える。
ぶっちゃけかなりキツイ。
それこそ、実原に愚痴を聞いてもらってしまうほどに。
ひょっとして、俺が避けるたびに新見さんも同じ気持ちになっていたんだろうか?
だとすれば、今日みたいに無視されるのは当然の仕打ちだ。むしろ、避けようとしていた俺に声をかけ続けてくれた新見さんの優しさに感謝したい気分になる。
今さらかもしれないけれど、できるだけ新見さんには誠実に対応しようと決意した。
「まあ……そうは言っても、今回の件では話を聞く限り、先輩に非はないと思いますけどね」
「え?」
思わず身を起こす。
まさか内心で懺悔を捧げていることに気づいたわけではないだろうけれど、実原は再び作業を一時中断して話しはじめた。
ちなみに、作業を止めただけで、視線はノートPCに向けたままだ。
「新見先輩が不機嫌になったのは、柚ノ木先輩がお弁当を持ってきたのが原因だというのは間違いないですが、それは先輩にはどうすることもできないでしょうし」
「それは……まあ」
「お弁当を受け取らなければいいかといえばそういうわけでもなく、今度は柚ノ木先輩を傷つけてしまうかもしれませんしね」
「あ、でも、柚ノ木さんの弁当はあくまでも余ったものだから、受け取らないのは申し訳ないけど、それもよかったのかも――」
「あ"ぁ"?」
「いえなんでもないですすみません」
超睨まれた。
実原、超怖い。
「……まあ、柚ノ木先輩の言葉を真に受けるあたりがいかにも先輩らしいとは思います。あまり突っ込むとやぶ蛇になりそうなのでやめておきますけど」
よくわからないことを言ってから、実原は「とりあえず」とひと呼吸を置いて、
「私としても新見先輩の気持ちは理解できなくもないですが、不機嫌になったというのはあくまでも新見先輩自身の内面の問題なので」
そんなに責任を感じることはないんじゃないですか、と実原は言う。
もしかして慰めてくれているのだろうか。
きっとそうなんだろうな。
口は悪いけれど、実原には先輩として俺を立ててくれるところがある。
もっともそれも最近のことで、おそらく出会ったばかりのころなら、愚痴をこぼされるのがウザいから、とっとと部室から出て行ってしまったに違いない。
だからまあ、ある程度は親しくなれている、ということなのだろう。こうして一方的に世話をかけているのは申し訳ないけれど、仲良くなれているのは純粋に嬉しいと思う。
「実原、ありが――」
「というかですね」実原は俺の言葉を遮って今度は身体ごとこちらを向いた。「この話を私にしている時点で、先輩はどうしようもない人だという自覚を持つべきです」
「……えぇ……?」
俺が実原にお礼を言って、ちょっといい話みたいな流れで締める、とはいかないらしい。明らかに「そうはさせない」という意図を感じた。
「モテ自慢をしているという自覚を持つべきです」
「いや、もうそれはいいから」
「では敢えて訊ねますが、柚ノ木先輩のお弁当は美味しかったですか?」
「めちゃくちゃうまかった」
「お弁当箱は返しました?」
「いや、まだ。これから家庭科室に行ってみるつもりだけど」
「そうですか」
「そういうわけで、俺はそろそろ……」
「まだ話は終わってません。どこに行くつもりですか?」
「だから家庭科室……」
……それから俺は、なぜだか火のついた実原に数十分にわたり責められ続けることになった。
改めて考えてみれば、愚痴に付き合わせてしまったのがちょうど同じくらいの時間だったので、実原なりの〝お返し〟だったのかもしれない。
***
翌日。
新見さんの件もあったので、正直なところ登校したくない気分だった。引き籠もり気分だった。
とはいえ、仮病を使って休むわけにもいかない。べつに優等生を気取っているのではなく、逃げていても何も解決しないのではないかという、俺にしては前向きな考えがあったからだ。
胃のあたりに重くのしかかるものを感じつつ、玄関のドアを開ける。
学校で新見さんに会ったら、まず最初になんて声をかけるべきなのか、未だに俺は決めかねている。また無視されたらどうしよう、とは思うものの、それでこちらまで新見さんのことを避けたりしたら本末転倒にもほどがある。
ちなみに。
最初は新見さんに謝るつもりだったのだけれど、実原に「自分の何が悪いのか理解してないのに謝っても神経を逆撫でするだけですよ」と辛辣なアドバイスをもらっている。いちいちもっともすぎて、ぐうの音も出ない。
「おはよ、前田君」
「は」
あまりにも意表を突かれると、人は驚くことすらできないのだと、このとき俺は初めて知った。
――なにせ頭の大部分を占めていた相手が、家から出たら目の前に立っていたのだから。
「突然ごめんなさい。いきなり変なこと聞くけど、前田君ってお弁当は持ってきてないよね」
まさかの断定!?
質問かと思いきや質問ではなかった。
というか、新見さんは「変なこと」と言うけれど、正確には内容そのものは変ではない。しかし、家から出て数秒しか経っていないのに、弁当を持っているかどうか訊ねるのは変だ。いや、実際には訊ねてすらないんだけれど。
「……前田君? ひょっとして、お弁当あるの?」
「あ、いや、ないよ。今日は弁当じゃない」
「そうよね。……かのちゃんもそう言ってたし。じゃあ、はい、これ」
「えっ?」
ほとんど条件反射で、差し出された手提げ袋を受け取る。明るい黄色のそれは、手に持つとほんのりと温かかった。
いや、そんなことより、なにか今、不穏な単語が聞こえたような。気のせいだろうか。
「今日のお昼はお弁当にしようと思って作っていたら、ちょっと作りすぎちゃったからお裾分けしたいなと思ったの。……前田君の好きな唐揚げも入れたからね」
まずい。
新見さんがおかしい。
仄かにシャンプーが香る髪の毛には寝癖がついていたりはしないし、セーラー服の着こなしも普段と変わらないし、周囲の人間を引きつけてやまない笑顔には一片の曇りも見受けられない。
でも、どこかおかしい。
それだけは間違いない。
ようやく落ち着いてきて頭が回るようになってきたけれど、行動そのものの不審さはともかくとして、言っていることがチグハグすぎた。
弁当を作りすぎたからお裾分けという一方で、「俺の好きな唐揚げを入れた」というのには違和感がある。これじゃあ何が偶然で何がなのか必然なのかわからなくなってしまうじゃないか。
「前田君? どうしたの、ぼーっとして」
「あ……いや……」
こちらを覗き込むように見上げる新見さんには、含むところがあるようには見えない。
……って、含むところ、なんて言ったら新見さんに悪いよな。
昨日、誠実に接しようと決意したばかりなんだから、思い込みで疑うような真似はやめよう。
どうやら新見さんは怒ってはいないようだし、お裾分けとはいえ俺に弁当までくれた。まさかこんな形で新見さんの手料理にありつけるとは思っていなかったから、降って沸いた幸運に感謝しなければ。
うん。
先ほどのやり取りが、なんだか妙に昨日の柚ノ木さんとのやり取りを彷彿とさせるのも、きっとデジャヴ的な何かに違いない。
最近、登校するときや休み時間にうろついているとき、新見さんとの遭遇率が高いのも、俺の考えすぎなんだろうな。はは。
「えっと、せっかくだから、今日は一緒に学校に行かない?」
「ああ……じゃあそうしよう」
俺が受け取った手提げ袋を大切に抱えると、新見さんはとても嬉しそうな顔をしていた。
まだ朝っぱらだというのに、気の早いセミたちは大合唱を始めている。
今日も暑い日になりそうだ。
おしまい
暦の上では秋だというのに、頭上で輝く太陽の威光はまったく衰えを感じさせない。
「……暑い……」
うだるような熱気の中を、砂漠を歩くジプシーの心持ちで歩く。
アスファルトの照り返しのせいか、まだ九時前だというのに気温は30度を超えていた。ワイシャツにはすでに汗がにじみ、肩にかけたカバンのヒモの下がじっとりと湿っているのを感じる。
首からかけたデジイチも、今日はやけに重く感じる。手に馴染んだと思っていたが、身体の一部に感じるほどの熟練者の域には遠いようだ。
周りを見てみると、似たような格好をしたゾンビたちが通学路を行進していた。このあたりは川沿いだから少しは涼しいはずなのに、こんな気候だと蒸し暑さを助長するだけのように思えてしまう。
元気なのは声を張り上げているセミだけだ。
そう。
人間は自然の前で、あまりにも無力なのだ。
「……はあ」
自然とため息が漏れる。なにをアホなことを考えているんだ、俺は。
しかしまあ、こうも暑いとアホなことのひとつも考えたくなるというものだろう。パソコンのCPUよろしく、人間の脳みそも熱暴走するに違いない。春先におかしな人が増えるという話もよく聞くし――って、それは関係ないか。
あれこれと思考を巡らせながら校門をくぐり、下駄箱で靴を履きかえた。
「……おっ?」
と、そのとき、廊下に見慣れた後ろ姿が見えた。先をゆく小柄な女子は、新体操部のホープにして、果音の親友にして、俺の後輩でもある早倉舞衣ちゃんである。
俺は少し歩調を早めながら、トレードマークのツーテールが揺れる背中に声をかける。
「おーい、舞衣ちゃーん」
俺の呼びかけに、舞衣ちゃんはかすかに肩を震わせて足を止めた。それからきょろきょろと左右を見てから、ゆっくりと後ろを振り返る。なんというか、仕草がいちいち小動物じみていて実に可愛らしい。
「あっ、先輩!」
俺に気付いた舞衣ちゃんは、ぱっと表情に花を咲かせると、制服のスカートの裾をはためかせながら、軽やかな足取りでこちらに駆け寄ってきた。小動物というか、これは完全に子犬だな、うん。
「おはようございます~」
舞衣ちゃんの屈託のない笑顔は、年相応というには少し幼いかもしれないが、見る者に活力を与えてくれる。
「おはよう。舞衣ちゃんはいつも元気だなあ」
「そんなことないですよ。先輩は……少しお疲れみたいですね」
「ははは……そうかも。この暑さはきついね」
「だいじょうぶですか? 保健室までついていきましょうか?」
大袈裟に言いすぎたせいか、舞衣ちゃんは本気で俺の体調を心配してくれているようだ。こちらを見上げる大きな瞳に、不安げな色が宿っている。
「だいじょうぶだいじょうぶ。具合が悪いわけじゃないから」
「そうですか……よかったです」
ホッと胸を撫で下ろし、舞衣ちゃんが安堵の表情を浮かべた。
本当に良い子だ……。
胸がない舞衣ちゃんには撫で下ろすという表現がしっくりくるなあ、なんて思ってしまったのが申し訳なくなるくらい。
本当に成長しないな……胸……。
「……先輩? ぼーっとして、どうしたんですか?」
「あ、ああ! ごめん! なんでもないよ!」
しまった。ついつい舞衣ちゃんの控え目な胸元を凝視してしまっていた。
ダメだろ俺。本人を前にして、なにを失礼なことを考えてるんだ。
「やっぱり体調が優れないんじゃ……」
「違う違う! ホントにだいじょうぶだから!」
罪悪感で胸が抉られた(他意はない)。こんなふうに純粋に自分のことを心配してくれている子を、いくら事実とはいえ頭の中で貧乳と連呼してはならない。それに何より、舞衣ちゃんには将来がある。
「俺のことよりさ、舞衣ちゃんは平気なの? 前に暑いのは苦手って言ってたけど」
「あ……」舞衣ちゃんの顔にかすかな驚きが広がる。「先輩、覚えていてくれたんですね」
「そりゃそうだよ。舞衣ちゃんのことだし」
「えっ……あ、あの……それってどういう……」
「ん?」
「い、いえっ、なんでもないですっ! 気にしないでくださいっ!」
舞衣ちゃんは赤くなった顔の前で、ぱたぱたと両手を動かしながら、
「じ、実はさっきまで体育館にいたんですけどすごく蒸し暑かったんです。練習しているときは大変でしたけどそれに比べると外は涼しいので楽ちんなくらいですよ。サウナから出たときにひんやりするみたいな感じでっ」
早口で一気にそこまでまくしたてる。
「そ、そうなんだ」
身体を前のめりにするほど勢い込んで話す様子に、少し気圧されてしまった。
「じゃあ、ここで会えたのはたまたまってことか。俺はてっきり、今日は朝練がなかったんだと思ってたよ」
左手首にまいた腕時計を見やると、そろそろ予鈴が鳴りそうな時刻だった。歩くペースが遅かったせいで、いつもよりも登校に時間がかかってしまったらしい。
「は、はい。ちゃんと朝練はありましたよ」
舞衣ちゃんは困ったような笑みを浮かべながら話を続け――
「今日は皆、集中して練習ができたんですけど、そのせいで時間が――」
――ると思ったら、突然、ぴたりと口を止めた。
というか、舞衣ちゃんの動きそのものが停止していた。
「舞衣ちゃん?」
あまりに不自然な様子に、こちらから水を向けてみるも、舞衣ちゃんの反応はない。
「どうしたの?」と手を伸ばしかける俺。
「はうっ!」と悲鳴を上げて飛び退る舞衣ちゃん。
「…………」「…………」
俺は手を伸ばした体勢で、舞衣ちゃんは身をよじった体勢で固まる。
誓って言うが、べつにいやらしいことをしようとしたのではない。ちゃんと反応が返ってくるかどうか確かめるために、舞衣ちゃんの目の前で手を振ってみようとしただけだ。
つまり、キチンと反応してくれたわけで、目的はしっかりと果たすことができたのだが。
なんだかこう、女の子にちょっかい出そうとして拒絶されたように見えなくもないシチュエーションなわけで。
いや、客観的に見ると、ぶっちゃけそうとしか思えないわけで。
わりと親しくなれたと思っていただけに地味に……ショックだ。
「せ、先輩……あの……その……」
硬直が解けた舞衣ちゃんは、しばらくの間、俺の顔と行き場のなくなった俺の右手を、オロオロと見比べていたが、
「ごっ、ごめんなさいぃ~! 失礼しますぅ~!」
キレのあるターンで踵を返すと、そのまま反対側に走って行ってしまう。
あとに残された俺にできたのは、周囲に「何もありませんでしたよ」というふうにアピールしつつ、ぎくしゃくした足取りで自分の教室に向かうことだけだった。
<マイカノ! ハッピースメル!>
昼休みになっても、腹のあたりのもやもやしたものはなくなってくれなかった。
というか、白状すると午前中の授業はまったく手につかなかった。
集中していないどころかほとんど授業を聞いていなかったという自覚はあるので、先生に注意されなかったのは運がよかったと思う。喜多川先生はそんなに甘くないので、午前の時間割に英語の授業がなくてホントによかった。
「……はあ」
今日は朝からため息をつきっぱなしだ。しかも、ため息の内訳を考えると、朝よりも今のほうが深刻な気がする。
普段と変わらず、舞衣ちゃんと楽しく喋っていた……はずが、いきなり態度がよそよそしくなって、そのまま走り去ってしまった。
なにか気に触ることをしてしまっただろうか。
――まさか、頭の中で「胸がない」とか考えているのがバレたとか!?
――まさか、俺がいつも貧乳にわりと厳しめなのがバレてしまった!?
いや、そんなはずはない。
他人の心の中を読むなんて、超能力者じゃないんだから。
「……前田君?」
「――っ!」
心臓が口から飛び出すかと思った。いつの間にか俺の席のすぐ傍に新見さんが立っていた。
咄嗟に目をそらしたが、ちょうど新見さんの腰のあたりが視界に入ってしまい、顔が熱くなるのを感じた。光河学園の女子の夏服は丈が短くて、体勢によってはちらちらとお腹のあたりが見えてしまうのだ。
「に、新見……さん。どうしたの?」
「もう、それはこっちの台詞。前田君、どうしたの?」
「え……」
思わず見上げると、気遣わしげな表情を浮かべた新見さんと目が合う。
「授業中もずっと上の空だったでしょ? 今日は朝から元気がないみたいだから、具合でも悪いのかなって」
「い、いや、なんでも――」
ない、と言おうとしたら、ものすごいジト目を向けられていることに気付く。新見さんの顔には「もしここで『なんでもない』なんて言っても納得しないんだからね」と油性マジックで書いてあった。
こうなると言い逃れするのは難しい。新見さんには、昔から頑固なところがある。
少し前までは、こういうとき互いに一歩引いていたのに、遠慮がなくなってきたのは距離感が近づいてきたということだろうか。いや、この場合は、近づいてきたというより、元に戻ってきたと言うべきか。
もしそうなら嬉しい……と思う。
新見さんは俺が喋り始めるのを待っているようだ。ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、いつも新見さんと一緒に昼食を食べている女子たちも、声をかけようとせずに遠巻きに様子を伺っている。
このままだと晒し者になる時間が長くなるだけだと結論を下し、とうとう俺は観念した。
「……その、実はちょっと悩み……というか」
ぽつりぽつりと語り始めると、新見さんは机を挟む形で俺の対面に屈みこんだ。かなり顔が近い。
「前田君、悩んでるの?」
……新見さんの瞳が、子供みたいにキラキラしてるのは気のせいだろうか。
「私になにができるかわからないけど、もしよかったら聞かせてくれない?」
……新見さんが凄まじくやる気満々に見えるのは気のせい……じゃないよなあ。
「あのさ、新見……さん。悩みっていってもそんなに深刻なものじゃないから、もっと気楽に聞いてくれないかな」
「わ、私、そんな必死そうに見えた?」
「必死そうではないけど」
一生懸命すぎる、というか、なんというか。
「ち、違うのよ? せっかく前田君が頼ってくれたんだから頑張らなきゃとか、絶対にいいところ見せなきゃとか、そんなふうに空回ったりしてないんだからね?」
言っちゃった。自分で空回ってるって言っちゃった。
「ええと……」俺はわざとらしく咳払いをする。「実はちょっと悩んでることがあって……」
突っ込むと収集がつかなくなりそうだったので、仕切り直すためにスルーすることにした。
慌てふためく新見さんを見ていると、こちらも平常心を保てなくなりそうだったので、きっとこの判断はどちらにとっても正しい。そんな俺の内心を察してか、新見さんは過剰なくらい首を上下に動かし「私は話を聞いてます」という体を保とうとしていた。
「今朝、登校してきたときにさ……」
「うんうん」
「下駄箱で靴を履きかえたあとで知り合いに会ったんだけど……」
「うんうん」
「その子と話してたら……」
「うんうん……ん? ……その〝子〟……?」
「急にソワソワし始めて……」
「……うん……」
「急に俺と距離を取りはじめてさ……」
「…………うん」
「まだ話の途中だったのに教室に行っちゃったんだよ……」
「…………」
「だからなにかマズイことをしちゃったのかと思って、ずっと気になってたんだ。ひょっとしたらその子に嫌われちゃったんじゃないかなって……新見……さん?」
「なに?」
「あ、いや……」
なんだろう?
優しげな微笑をたずさえているのに、なんだか新見さんの纏う空気がぴりぴりと張り詰めてきたように感じる。窓から風が入ってくることもあり、教室は外よりもだいぶ涼しいが、更に室温が2、3℃下がったような――
「――それでおしまい?」
「え?」
反射的に聞き返したが、言葉の意味が理解できなかったわけではない。
新見さんの声に、笑みにそぐわない圧力というかプレッシャーがあって、つい口をついて出たのが「え」という音だったにすぎない。
「今のが、前田君の悩みっていうことなの?」
俺が言葉の意味を掴みかねたと考えたのか、はたまた聞き逃したと考えたのか、どちらなのかはわからないが、新見さんは先ほどの質問を噛み砕いて繰り返した。
その間も、春の陽気みたいな笑顔は決して崩れない。
周りから「お、おい、なんだか新見さんの雰囲気がいつもと違くないか?」「は、遥佳がなんだか怖くない?」「あんな遥佳はじめて見た……」などとひそひそ話が聞こえてきたが、そちらを気にする余裕はない。俺は蛇に睨まれた蛙みたいに硬直したまま、新見さんから顔を逸らすことすらできなかった。
「つまり要約すると」新見さんの顔に今日一番の笑顔が浮かぶ。「前田君は朝っぱらから知り合いの女の子に声をかけていたの?」
咄嗟に否定しようと思ったが、嘘をつくともっと酷いことになるような気がしたので、俺に選べる答えはふたつしかない。
ようするに、「はい」か「イエス」である。
「……は、はい」
「その女の子にそっけなくされたのが気になって授業が全然手につかなかったの?」
「……はい」
「それで前田君は、べつの女の子に関する悩みを私に相談しているのね?」
「い、いや、それは新見……さんが聞いてくれるって言うから……」
「ま・え・だ・君?」
「はい、そのとおりです」
怖っ。
なんだろう……言外に話題とはまったくべつの方向から俺を責める意図が込められているような。先ほどから妙に「女の子」の部分を強調するのも不可解だ。
それきり新見さんはなにも言わず、にこにこと俺を見つめている。
俺はといえば、なにを言ってもやぶ蛇になりそうで口を開くことができない。
気付けば教室は沈黙に支配されていた。昼休みの喧噪はなりをひそめ、クラスメイトたちの注意は俺と新見さんの一挙手一投足に注がれている。唯一変わらないのは、窓の外で騒ぎ立てるセミたちの鳴き声だけだった。
やがて、誰もがこの時間が永遠に続くのではないかと思い始めたであろうころ、新見さんが静かに沈黙を破る。
「……あのね、前田君」
そのとき、新見さんの笑顔にかすかに影が差した。
「実はね、私も似たような経験があるんだ。聞いてくれるかな?」
「似たような……経験……?」
「うん。……それまで仲良かった人が、急によそよそしくなってね……」
……それって。
「私はおしゃべりしたいと思っているのに、相手に距離を取られちゃって……」
「うっ」
ぐさり、と目に見えない剣が俺の胸に突き刺さる。
「でも理由もなにも思い当たらなくて……」
「ううっ」
言霊の剣が雨あられのように俺の胸に降り注いだ。
「私のほうからはどうすることもできなくて……」
「…………」
もうやめて! 俺のなけなしの良心は瀕死よ!
今度こそ本当に俺の胸は罪悪感で抉られてしまった!
「ね、前田君は、どう思う? 私……〝その人〟の気に触ることをしちゃったのかな?」
「……新見……さん」
いつの間にか、新見さんの顔から笑みが消えていた。
先ほどまでのプレッシャーも霧散し、寂しそうな目でこちらを見つめている。それはどこか捨てられた子犬を連想させて、俺の内心を推しはかろうとしているようにも感じられた。
これが茶化してもいい空気ではないというのは、さすがの俺にも理解できる。
そして新見さんの言う〝その人〟が誰を指すのかというのも理解できている。
だから俺は、近づいてきた――元に戻ってきた距離感を頼りに、慎重に本心を口にした。
「……新見……さんは、なにもしてない……してないんじゃないかな」
「前田君……」
「たぶん〝そいつ〟が勝手に色々考えてるだけなんだ。だから新見……さんが気にすることなんてなにもないと思う」
「信じていいの……?」
「ああ……たぶん、ね」
断言しない俺はどうしようもない卑怯者だ。
それは分かっていたが、流れに任せてすべてを吐き出してしまうのも卑怯に思えて、結局こうして言葉を濁すだけになってしまう。
それでも新見さんは、安堵の表情を浮かべてくれた……気がした。
「そっか……なら、少しだけ安心かな。うん、それならきっとその女の子も、前田君がなにかしちゃったわけじゃなくて、他の事情があったんだよ」
「……だといいんだけど」
こういうときに気の利いたことを言えない自分がもどかしい。
「もう一度、前田君のほうから声をかけてみるといいかもしれないわよ。ちょっと勇気が必要かもしれないけどね」
少しだけおどけた調子で言うと、新見さんは最後にちろっと舌を出してみせる。
これには本当に……参った。
元々勝ち負けの問題ではないが、俺の完敗だ。新見さんの笑顔を見て、初めて学園にデジイチを持ってきた日のことが頭をよぎってしまった時点で、敵うはずがないのだ。
「わかった、そうしてみる。相談に乗ってくれてありがとう、新見……さん」
だから俺にできたのは、せいぜい苦笑混じりに礼を述べることだけ。
「ううん、気にしないで。じゃあ私はこれで」去り際に見せた新見さんの笑顔に怖さは感じなかった。「また写真のモデルが必要なときは、いつでも声をかけてね」
「ああ」
そして新見さんが仲良しグループの女子たちと教室を出て行くのを見送り――
自分が針のむしろに座っていることに気付くのだった。
フォトセッションのときは気を利かせてくれるクラスメイトたちは、今回に限って教室に残っていたので(もちろん不満を言う権利は俺にはない)、新見さんとの意味深な会話は筒抜けだったのだろう。
それから新見さんとのことを追求してくるやつはいなかったが、俺に向けられる興味の視線はなかなか減らなかった。当然、午後の英語の授業には集中することなどできず、喜多川先生のお叱りを受けたのは言うまでもない。
*****
放課後の校内には、昼間の余熱が残っているように感じる。
というか、実際にまだ暑い。日射しは多少弱まり、過ごしやすくなってはいるが、蒸しているのは変わらない。風通しのいい渡り廊下ですらこれなのだから、おそらく体育館の中は運動部にとってありがたくない状態になっているはずだ。
HRが終わってから、俺はすぐに教室を後にした。あれ以上の注目を浴びるのに耐えかねたというのもあったが、一番大きな理由は早く舞衣ちゃんと話をしたかったからだ。ここにいれば、部活に向かう舞衣ちゃんを捕まえられるだろう。
またよそよそしい態度を取られたらどうしよう、とも思うが、こういうのは先延ばしにすると余計に声をかけ辛くなったりする。いつまでもスッキリしない気分でいるより、できるだけ早く行動に移してしまったほうがいい。当たって砕けろ、というやつだ。
新見さんに背中を押してもらったおかげで、前向きに考えられるようになった俺である。
……まあ、本当に砕けてしまった場合は、果音あたりに取りなしてもらおうとか、軽い打算があるのは否定しないけども。うん。
しかし、そんな俺の思惑は、あらゆる意味で打ち砕かれることになる。
「あっ、前田せんぱ~いっ!」
「っ!」
思ったとおりと言うべきか、渡り廊下の校舎側から舞衣ちゃんが現れた。
が、舞衣ちゃんの様子は想像と大きくかけ離れていた。
よそよそしいどころか、遠くから俺を見つけて駈け寄ってくる様は、まるっきり子犬のようで……って、たしか朝も同じことを考えたような。
朝と同じということは、つまり舞衣ちゃんの様子がおかしくなる前の状態に戻っているということでもある。
そんな俺の戸惑いなどお構いなしに、舞衣ちゃんは傍までやってくると、間髪入れずに勢いよく頭を下げた。
「先輩っ、すみませんっ」頭の動きに合わせてツーテールが揺れる。「朝は失礼な態度をとってしまって、本当にすみませんでしたっ」
「……あ、え?」
おそるおそるといった感じで舞衣ちゃんはゆっくり顔を上げた。言葉が示すとおりの申し訳なさそうな表情を浮かべ、上目遣いでこちらを見上げている。
「……朝のあれは一体なんだったの?」
この場面、モテ男であれば「気にしないでよ!」とか爽やかに言ってのけたかもしれなかったが、いい感じで余裕のない俺はそんなこと考えもせず、直球で聞き返してしまった。
しまったと思ったときにはすでに遅く、ただでさえたれ目の舞衣ちゃんは、瞳がこぼれ落ちそうなくらい眉根を下げてしまっている。
「うぅ~、本当はもっと早く謝りにくるつもりだったんです~……。でも今日は移動教室が多くて、昼休みは支度をしているだけで終わっちゃって……」
「支度?」
「はうっ!」舞衣ちゃんは露骨に失言だったという顔をした。「し、支度というか……身だしなみを整えていたというか……」
支度? 身だしなみ?
ダメだ。舞衣ちゃんがなにを言ってるのかサッパリわからない。朝のおかしな態度には舞衣ちゃんなりの理由があって、今はもう解決済みということらしいが、だからといってこんなふうに焦りをあらわにするのはどういうことだろう。
俺は自体がどのように収集するのか見当もつかず、舞衣ちゃんはあわあわと慌てるだけである。ちょうどエアポケットのような時間に入ったのか、渡り廊下に他の生徒がやってくる気配はない
セミが鳴き始めた。
夏休みの前から今に至るまで、飽きるほど聞いた声だ。
やがて、夏の終わりを惜しむかのような大合唱が止む。
それを合図にしたわけではないだろうが、舞衣ちゃんがぽつぽつと話し始めた。
「……今日は朝練があったんですけど」それは朝も聞いた話だ。「蒸し暑かったのに、それが逆に集中力を増してくれたみたいで、すごく内容の濃い練習ができたんです」
言葉の端々に諦観が滲んでいるというか、がっくりうなだれた舞衣ちゃんは「言い逃れはできそうにない」と思っているように見える。
あるいは黙ったままの俺が、腹を立てていると思ったのかもしれない。もちろんそれは大いなる勘違いで、俺の頭の大部分を占めていたのは戸惑いの感情なのだが、「言いたくないなら言わなくてもいいよ」と助け船を出すほど好奇心が薄いわけでもなかった。
「でも……そのせいでいつも練習を切り上げる時間をオーバーしちゃって、」
そこで舞衣ちゃんは、一旦言葉を切る。更に落ち着きがなくなり、ちらちらとこちらの様子を伺う表情にはうっすらと紅が差している。
「シ、シャワーを浴びられなかったんですぅ……」
――シャッターチャンスだ!
思わずカメラに手が伸びかけたが、理性を総動員して堪えた。
もじもじと恥じ入る舞衣ちゃんはとてつもなく愛らしく、是非とも青春の一ページとして残しておきたい。しかし、ここで腰を折ったら、舞衣ちゃんはきっと途中で話を打ち切ってしまうだろう。
駄目だ。まだカメラを構えるな。堪えるんだ……。
と、それはともかく。
「シャワーが浴びられなかったから、あんなふうに逃げたの……?」
説明を受けても、いまいちピンとこない俺。
シャワーを浴びられないというのと、俺の前から走り去るというふたつの事象が、どうしても頭の中で繋がらなかった。
「だ、だって……」顔を真っ赤に染め上げた舞衣ちゃんがしぼり出すような声で言う。「汗くさかったりしたら……イヤじゃないですか……」
舞衣ちゃんはきつく両目を閉じて、激しい羞恥に堪え忍んでいるようだ。
この様子を見るに、話はこれで終わりのようだが……やはり俺にはピンとこない。
「えーと……汗くさいとなにか問題が?」
「ええっ!? 先輩は汗くさい女の子のほうが好きなんですかっ!? ニオイフェチだったんですかっ!?」
「いや、そういうわけじゃないけど」舞衣ちゃんのテンションが上がりっぱなしのせいで逆に冷静な受け答えをしてしまう俺。「部活を頑張ってる証拠なんだから、そんなに気にすることはないと思うよ?」
「うう……そう言ってもらえると少し嬉しいですけど……やっぱり女の子としては気になるんです。私、今日は制汗スプレーも忘れちゃったので、あのときはちょっと先輩とお話しにくくて」
だからすみませんでした、と舞衣ちゃんはもう一度頭を下げた。
正直なところ、未だに理解し難い。
し難いが、女の子として云々はというのは、俺たち思春期の男子にとって殺し文句みたいなものだ。そんなふうに言われてしまえば「なるほどなあ」と思うしかないのである。
「そうか……でも、言われてみると、さっきからちょっとミントみたいな匂いがするような」
鼻をひくつかせるというほど露骨な真似はしないが、少し意識を集中すると舞衣ちゃんのほうから爽やかな香りが漂ってくる。
「あっ、はい、そうなんですよ。友達から借りたんですけど、ハッカ油を使った制汗スプレーなんです。匂いはもちろん、スカッとして涼しいんですよ~」
ようやく笑顔を見せてくれた舞衣ちゃんに釣られて、俺も自然と頬をほころばせた。
色々と回り道をしたというか、新見さんまで巻き込むような形になってしまったが、深刻な問題じゃなくてホッと一安心だ。
こうして、暑い日に起きたトラブルは、なんの後腐れもなく解決したのだった。
*****
――と思ったんだけど。
「へへ~、にいやん、これ知ってる?」
その日の夜、リビングでテレビを見ていたら、果音が得意気に薄い胸を反らしていた。
夏場に限らず家では薄着なので、そういう格好をすると強調される――ほど胸はない。
「ん? なんだよその瓶」
「これはね~、ハッカ油っていうんだよ。薄めてスプレーにすると、デオドラント効果があったり虫除けになったりする万能選手なんだ~」
「へえ……」
果音の差し出した手に握られていたのは、手のひらサイズの小瓶だった。舞衣ちゃんが持っていたのはスプレータイプだったが、どうやら瓶の形で売っているのが普通で、用途に応じて中味を薄めて使うらしい。
ちなみに、すでに存在を知っていたというのは、内心で思うだけに留めておいた。やたらと得意気なので、果音の講釈に水を差すのも悪いと思ったのだ。
「なんかね、これをお風呂に入れると、夏場でも湯上がりに涼しく感じるんだって! 扇風機いらずのにくいやつだよね~」
「たしかにお前、風呂から上がると扇風機を占領するもんな」
「だってせっかくキレイにしたのに、また汗でべたべたするのが嫌なんだもん。でも! これがあればそんな必要なくならないでか!」
「必要あるのかないのかどっちだよ……」
お約束のやり取りを交えつつ、果音は踵を返してスキップを始めた。
「じゃっ、そういうわけで、お風呂に行ってくるね~」
「はいはい」
ひらひらと手を振り、テレビに視線を戻す。
どの程度の効果が見込めるのか知らないが、果音のあとで風呂に入って俺も体験してみますか。
……それから五分も経たないうちに、浴室からバスタオル姿の果音が飛び出してきて、扇風機の前に陣取るどころか、階段を駆け上がって自分の部屋に閉じこもってしまった。なにが起こったのかと思ったら、「寒い~! 痛い~!」とか言いながらベッドの上で毛布にくるまっていた。
ネットで調べてみたところ、ハッカ油を浴槽に入れる場合はせいぜい数滴でよく、入れすぎると寒く感じるほどらしい。刺激が強いのでチクチクしたりもするとか。言わずもがな、風呂場に置いてあった瓶の中味は半分ほどになっていた。
その後、自分が風呂に入るときはもちろんお湯を張り替えたが、次の日までずっと家中がハッカ臭かったのは言うまでもない。
匂いを気にする舞衣ちゃんの気持ちが、少しだけわかったような気がした。
おしまい
フォト部の部室には、珍しく緊迫した空気が立ちこめていた。
というか、俺が緊張していた。
部室にいるのは、俺と部長のかつみさんのふたりきり。お互いに無言なので、室内にはマウスのクリック音だけが響いている。仕切りの向こう側からも物音がしないので、おそらく写真部は開店休業中なのだろう。
「…………」
目の前では、セーラー服姿のかつみさんがパソコンに取り込んだ写真のデータ――俺が撮ったものだ――を真剣な表情で吟味している。
元バレー部ということもあり、女子の中では高身長のかつみさんだが、こうして腰かけていると大柄な印象はまったく受けない。俺は立ったままなので、果音や舞衣ちゃんと話しているときに近い視線で見下ろす格好になっていた。普段はあまり視界に入らないポニーテールの結び目がよく見える。
「うう~ん……」
かつみさんの口から悩ましげな呻きが漏れ、思わず身を固くする。
さっきから難しそうな顔をしていたので、予想はしていたのだが、これはおそらく――
「――あの。やっぱり俺の写真、ダメですか?」
有罪判決を待つ被告人のような心持ちでいることに耐えきれなくなり、俺はかつみさんが何か言う前に先回りすることにした。芳しくない評価を受けそうなとき、自分から言い出すことで少しでもダメージを減らそうという姑息な戦法である。
そんな俺の内心を見透かしたわけではないと思うが、顔を上げてこちらを向いたかつみさんの顔には苦笑が浮かんでいた。
「決して悪いわけではないのよ? そもそも他人の写真を評価するなんて、素人の私にはおこがましいことだから」
でもね、とかつみさんは言い辛そうに前置きをしてから、
「私個人の好き嫌いでいうとイマイチね。少なくともこの中に、私の心を打つ写真は一枚もなかったわ」
ぴしゃりと俺の撮り貯めた写真にダメ出しをしてくださった。
正直、かつみさんのこういうところは本当にすごいと思う。言うべきことを言うべきときにしっかり口にできるのは、やはり部長としてひとつの部をまとめあげるうえで必要なスキルなのだろう。比べるのも申し訳ないが、俺だったらこんなふうに言えっこない。相手の顔色をうかがうだけで言葉を濁して終わりそうだ。
しかし、今はかつみさんのすごさよりも、俺は自分のことを考えなければならない。どんなにかつみさんを持ち上げたところで、写真にダメ出しされたのがショックという事実に変わりはないのだ。
現にこうして、せっかく感想を聞かせてくれたかつみさんに礼を言うことすらできず、ただただ呆然と立ち尽くすという醜態を晒している。たしかに俺は親父からデジイチを譲り受けて間もないし、キチンとした指導を受けたわけでもない、あくまでも趣味でポートレートを撮っているにすぎない小僧なのだが。
なのだが。
自分の手で生み出したものに、他人の評価がくだされるというのは、怖い。
怖すぎる。
良い評価を受けたときの嬉しさを知っているぶん、悪い評価を受けたときの苦しさは更に大きい。さほどキツイことを言われたわけでもないのに、言葉が鋭い刃となり、俺の心に突き刺さる。
「ねえ、前田君」
「……はい」
黙ったまま突っ立っている俺に業を煮やしたのか、かつみさんは労るような優しい声をかけてくれた。
そのおかげで、どうにかこうにか返事をしぼり出すことができた。
「私ね、カメラって被写体の姿形だけではなくて内面も撮れるものだと思うの」
「内面……ですか?」
「ええ。だから写真を撮るときには、被写体の内面にも気を配る必要があるのよ」
被写体の内面にも気を配る……?
それってどういうことだ?
「……すみません、ちょっとピンとこなくて……」
「う~ん、そうねえ」かつみさんはマウスから放したほうの手で頬杖をつく。「ぶっちゃけると、相手の女の子を気持ちよくさせるってことよ」
な、なんだって!?
「き、気持ちよく!? き、気持ちよくさせちゃうんですか!?」
「え? ……あっ!」一瞬でかつみさんの顔が真っ赤になった。「ち、違うわよ!? 気持ちよくって言ってもおかしな意味じゃなくて、モデルの子を褒めたりして気分よくなってもらうってことだからね!?」
「で、ですよね」
焦った。そりゃそうだ。
ダメ出しされたショックで、ちょっと頭の回転が緩くなってたらしい。その証拠に、ぶんぶんと身体の前で両手を振っていたかつみさんの胸が躍動していたのに、貴重なシャッターチャンスを逃してしまった。
「ま、まったく、前田君ったら。いきなりおかしなこと言わないでちょうだい」
「す、すみませんでした」
手狭な部室に、緊迫感とはまた違う、気まずい空気が充満してしまった。
しかし、思わぬ形でかつみさんの慌てた顔を見られたのはラッキーだったかも。いつも落ち着いた雰囲気で、年上の余裕を漂わせているかつみさんも、ああやって取り乱すと可愛らしいというか……ん?
取り乱すと可愛らしい……。
気分よくなってもらう……。
なるほど……被写体の内面を映す……か。
これは……ひょっとすると……。
試してみる価値はあるかもしれないな。
いや、是非とも試してみたい!
「かつみさん」
「な、なに? 急に真面目な顔で」
「俺、ちょっと思いついたことがあるので、早速試してきます! 良い写真が撮れたら持ってくるんで、また見てやってください!」
「そ、そう」
俺は手早くパソコン側の接続を解除し、USB端子を外して愛用のデジイチを手に取った。
「じゃあ、どうもありがとうございました!」
深々と頭を下げ、踵を返して部室を飛び出す。
こうなったらいてもたってもいられない!
この時間なら、まだ部活をやってるはず!
狙ってみせるぞ! シャッターチャンス!
<近そうで近くない、少し近い幼なじみ>
「えっ? 写真?」
「う、うん。よかったら撮らせてくれないかな」
俺がダッシュで向かったのは、校庭の脇にあるテニスコートだった。
本当は果音に頼もうと思ったのだが、一年生は体力作りのためにランニングに出かけているようで、残念ながらテニスコート内には見当たらなかった。そこで、コートの外で休憩していた新見さんに声をかけることにしたわけだ。
したわけだ、とか、いかにも何でもないことのように振る舞っているが、実は緊張と無茶な短距離走のせいで心臓がバクバク鳴っていたりする。
ただでさえ新見さんには話しかけづらいのに、我ながらよくもまあ部活中にこんな頼み事ができたものだと思う。勢い任せというか、部室からおかしなテンションを引きずっているからだろうな、たぶん。
もっとも、このへんは全部こちらの都合なので、断られるだろうと思ったのだが、
「うん、いいわよ」
新見さんは驚くほどアッサリと、快く引き受けてくれた。
「ほ、ホントに?」
「もちろん。もうっ、最初から私はできるだけ協力するって言ってるじゃない。それに今はちょうど休憩中だからだいじょうぶよ」
「……ありがとう、助かるよ」
「あ、でも休憩が終わるまでの間になっちゃうけど……」
「ああ、それで十分だから」
そう。
たとえフォトセッションの時間が普段より短いとしても、俺には素晴らしい写真が撮れるという確信があった。
首からかけていたデジイチに電源を入れ、悠然と構える。心なしかいつもよりもポジションが決まっている気がする。ファインダーを覗くと、夕日の朱に染まったテニスウェア姿の新見さんがこちらに視線を向けていた。
改めて思う。
新見さんは綺麗だ。
綺麗に……なった。
俺がこんなふうに考えるのはおこがましいが、被写体としては申し分ない。つまり、言うまでもなく、新見さんにモデルをしてもらって良い写真が撮れないのは、明らかに俺の責任ということになる。
かつみさんに言われるまでもなかったのだ。自分の写真がイマイチだったというのは俺自身が一番よくわかっている。新見さんを――モデルになってくれた他の子を――綺麗に撮れなかったのが本当に悔しい。
だから今度こそは良い写真を撮るしかない。こうして嫌な顔ひとつせずモデルを引き受けてくれた新見さんのためにも……。
ちなみに、毎度のごとく周囲は気を利かせて写真を撮りやすいように配慮してくれた。
「あ……そういえば、ポーズはどうすればいいの?」
コートの脇に備えつけられたスコアボードの前で、新見さんが訊ねてくる。
「あ、ああ……ポーズは……取らなくていいよ」
「ん? どういうこと?」
新見さんが首を傾げたのに合わせて、ポニーテールがチラリと揺れた。何度か頼んだときはこちらがポーズを指定していたので、勝手が違うと感じているのだろう。こぼれそうな大きな瞳を瞬かせている。
被写体の内面を映す……良い気分になってもらう……そのためには……!
俺は呪文のように内心で同じ言葉を繰り返しながら、一時ファインダーから視線を外し、新見さんをまっすぐに見つめる。
そして、ゆっくりと自分に言い聞かせるような口調で、次の一言を吐き出した。
「――俺はポーズとか関係なく新見……さんのことを撮りたいんだ」
「……………………え?」
新見さんの動きが止まる。
この表情を形容するとしたら、なんだろう。無表情ではないのだが、何を言われたのかわからないといった様子。頭の中で回答を検索しているのに、合致する回答がいつまでもヒットしない状態。パソコンがフリーズしたのを擬人化して表したら、あるいはこんな感じになるかもしれない。
結局のところ、部室でのアドバイスはイマイチピンとこなかった。
が、思わぬ形でかつみさんの意外な表情を見られたのがヒントになったのである。
さっき勘違いした俺の言葉で取り乱したかつみさんは、すごく魅力的だった(普段から魅力的だが)。あのときの様子を撮影できたとしたら、きっと良い写真が撮れていたに違いない。
そこで、俺の至った結論がこれだ。
被写体の内面に触れ、良い気分になってもらうためには、フォトセッションのときポーズを指定するだけではダメなのだ。言葉を用いて、相手とコミュニケーションを取る。具体的にはプロのカメラマンが「いいよーいいよー」とか言ってるイメージ。
被写体が……新見さんが様々な表情を見せてくれるように、俺は彼女に語りかけ続ける!
「その、新見……さんは、どんな服も似合うと思うけど……特にテニスウェアは似合ってると思う」
「…………………………」
「明るくて活発な新見……さんらしいし……ポニーテールも、か、可愛い……し」
まずい。
思った以上にキツイぞコレ。
こういうのって世間一般では『褒め殺し』とか言うんだよな。でもこの場合は完全に俺の本心でもあるので普通に恥ずかしい。ぶっちゃけ本音をダダ漏れにしているだけだ。良い写真を撮るため、と自分に言い聞かせているが、すぐにでも尻尾を巻いて逃げ出したい。
固まったままの新見さんは、首まで真っ赤になっているが、おそらくあれは夕日のせいだけではないだろう。きっと俺も同じくらい赤くなっているはずだった。走った身体の火照りは収まってきたのに顔が熱い。
って、俺まで固まってどうする!
目的を忘れるな!
写真を撮らないと!
慌ててデジイチを構え直したら、同じタイミングでファインダー越しに見える新見さんがもじもじと身じろぎを始めた。硬直がとけたというよりも、じっとしていることに耐えられなくなったかのように、落ち着きなく身体を揺らしている。
「…………ご、ごめんなさい……わ、私ちょっと耳の調子がおかしいかも……」
「えっ」耳の調子がおかしいって、一大事じゃないか。
再びファインダーから視線を外すと、新見さんは両手の指先を白いスコートの前で絡ませながら、俯いたり、こちらをチラ見したりといった仕草を忙しなく繰り返している。
言われてみると、たしかに具合が良くはなさそうだ。離れていても息づかいの荒さが伝わってくるし、妙に目が潤んで見える。
「だ、だいじょうぶ? 新見……さん」
「うう……だいじょうぶじゃないかも……だって前田君が……テニスウェアが似合うとか……ポニーテールが、か、かか可愛いとかって幻聴が聞こえたし……」
「いや、それ幻聴じゃないよ」
「――っ!?」
新見さんが息を呑んだ。
そして、半信半疑というよりも、疑念九割といった顔つきで、おそるおそる訊ねてくる。
「じゃ、じゃあ……嘘……?」
「嘘じゃないよ」
「あっ、わかった! 夢ね!」
「夢でもなくて……その……俺の本心……だから」
「――――っ!?」
瞬間。
新見さんの身体が、まるでライフルで撃ち抜かれたようにビクンと跳ねた。右手を自らの胸に押し当て、少しだけうずくまるような格好で、それでも視線は俺から外そうとしない。
――シャッターチャンスだッ!!
ファインダーを覗くまでもなく、このタイミングがベストだとわかった。自分の中で蠢く熱き魂が、全身の神経を駆け巡り、無意識のうちに両手を動かしていた。
境地に至った武闘家は、思考する前に身体が動くという。このときの俺は、まさしくその境地に足を踏み入れていたに違いない。引き延ばされた意識の中で、シャッターボタンを押してからシャッター音が鳴り終わるまでの時間が、妙に長く感じた。
「はぁ……ひぃ……ようやく走り終わったよ~……あれ? にいやん?」
気づくと先ほどまでの感覚は消え去っていた。
聞き慣れた声で呼ばれたほうを振り返ると、ランニングを終えた果音がテニスコートに戻ってきている。他の一年生の姿が見えないので、どうやら果音はトップでノルマをこなしたようだ。
「頑張ってるみたいだな」
「ふぅ……ふぅ……まね~。テニス部期待のホープですから」
「自分で言うな」
しかし、自分で言うなはともかく、我が妹ながら身体能力が高い。懸念の胸の小ささも、テニスウェアを着るとあまり目立っていないのは僥倖と言えよう。
「ふぅ~……っと」そうこうしている間にも果音はあっという間に呼吸を整える。「にいやんはなにしてるの? って、そっか。テニス部の写真を撮りにきたのか」
「まあ、そういうことだ」
「どうせなら私がいるときにきてくれればよかったのに。喜んでモデルになるよ?」
疲れているだろうに、果音は片手を頭の後ろに回し、軽くポーズを取ってみせる。
「ああ、また今度頼むよ。今日は新見……さんにモデルになってもらったから」
「えっ? はるちゃん?」そこで果音は、俺の背後に隠れる形になっていた新見さんに初めて気づいた。「なーんだ、そういうことか。にいやんもなかなか……んん?」
肩越しに新見さんを見やった果音が、訝しげに眉根を寄せる。
「どうした?」
果音の視線を追いかけて振り返ってみたらギョッとした。
写真を撮っているときから要すのおかしかった新見さんが、目を回しそうになっている。
「ちょ、ちょっとはるちゃん! 顔真っ赤! どうしたの!?」
「ふぇ……? あ……かのちゃん……おつかれさま……」
果音は立ち尽くす俺の脇をすり抜け、慌てて新見さんに駆け寄る。ふらふらと足下の定まらない様子だった新見さんは、果音に両肩を支えられて、ようやく人心地がついたように見えた。
「お疲れ様って、はるちゃんのほうがフルマラソン走ったみたいになってるよね!? すっごい目がうるうるしてるし、なんだかちょっと色っぽい……じゃなくて!」
「少しのぼせちゃったみたい……」
「のぼせた!? 熱中症!?」
「似たようなものかな……」
「た、大変だよ~! にいやん、はるちゃんのこと支えてて! すぐにタオルと飲み物持ってくるから!」
言うが早いか、果音は新見さんを片手で支えたまま、もう片方の手で俺を引き寄せようとする。
数歩分は離れていた距離が、一気に縮まり、
「――ま、まま前田君っ!?」
虚ろだった新見さんの両目が、「夢か現か判断つきかねていたけどようやく現実だと気づいた」みたいに見開かれた。
「うひゃあ!? はるちゃんの顔がトマトみたいになった!? 頭からケムリが出そうだよ! 救急車! 誰か救急車~!」
それからランニングに出ていた一年生部員が全員戻ってくるころには、新見さんは落ち着きを取り戻していたとかなんとか。果音には俺がなにをしたのかまでは感づかれなかったが、新見さんの様子がおかしくなった原因が俺であるというのはバレバレだったみたいだ。
……こうして新たなフォトセッションの試みは、いちおうの成果を得たのだった。
*****
後日、フォト部の部室には、またしても緊迫した空気が立ちこめていた。
というか、俺が緊張していた。
部室にいるのは、俺と部長のかつみさんのふたりきり。お互いに無言で、マウスのクリック音すら聞こえない。仕切りの向こうからも物音がしないので、今日も写真部は開店休業なのだろう。
「…………」
目の前では、セーラー服姿のかつみさんがパソコンに取り込んだ写真のデータ――俺が撮ったものだ――を真剣な表情で吟味している。
なんだか凄まじくデジャヴを感じるような……。
自分では今度こそ良い写真が撮れたと思ったのに、これもかつみさんのお眼鏡には適わなかったのだろうか。この前の写真は自己評価も低めだったので立ち直れたが、今回は自信があるだけに、ダメ出しされたらダメージが大きくなりそうだ。
「あの……ダメでしょうか」
そして、やはり先回りする俺。身体に染みついたチキンぶりがたった数日で改善するわけもなく、少しでも心の傷を小さくするための努力は惜しまない。
するとかつみさんは、「うう~ん」と悩ましげなうなり声を漏らしてから、ゆっくりとディスプレイから顔を上げ、
「……良い写真だわ。文句なしよ」
なんとも形容しがたい表情を浮かべ、俺のほうに視線を向けた。
「な、なんですか?」
思わずたじろぐ。いわゆるジト目というやつを向けられて、妙なプレッシャーを感じてしまった。
視線が突き刺さるというのは、こういうことをいうのだろう。褒められたはずなのに、全然そんな気にならない。
「前田君、あなた、なにをしたの?」
「えっ?」
「……以前のものとは完全に別物だわ。どの写真もすっごく良い。短時間でここまで変わるなんて信じられないくらい」
つい聞き返してしまっただけなのだが、かつみさんは意味が伝わらなかったと捉えたらしい。
パソコンのディスプレイを指さしつつ、かつみさんは続ける。
「やっぱり私の好みの話になってしまうけど、すごく好きよ。被写体があなたのことを信頼しているのが伝わってくるもの」
「っ! ありがとうございますっ!」
心の中でガッツポーズを取る。思わずリアルでもやってしまいそうになったが、済んでのところで堪えた。
自分の写真を褒められると、くすぐったいけど嬉しい。
この前は評価されなかっただけに、喜びもひとしおだ。
「………………うう~ん………………」
しかし、絶賛と言ってもいいほどのお褒めの言葉とは裏腹に、かつみさんの受け答えはどうも歯切れが悪かった。
「な、なにかマズイところがありましたか……?」
藪をつつくと蛇が出そうなので気が進まなかったが、このままだとずっと引きずりそうだったので、意を決してかつみさんの真意を訊ねてみる。気が進まないのはかつみさんも同様だったのか、何度かディスプレイと俺の顔を見比べてから、言おうか言うまいか迷っている素振りを見せる。
やがてかつみさんは、喋りながら正解を探すような口調で、ゆっくりと語りはじめた。
「素晴らしい写真なのは間違いないんだけどね。率直に言って、被写体が多いのが気になるのよ。これって二年生の新見さんと間咲さんと柚ノ木さんでしょう?」
「あ、はい」
新見さんの写真を撮ったあとで校内を徘徊していたら、ののかと柚ノ木さんも部活をしていたから頼んだんだよな。
「それでこっちの一年生が、実原と舞衣ちゃん」
「そうですね」
二人はそれぞれ体育の授業のあとと、家庭科の授業のあとでお願いした。エプロン姿の舞衣ちゃんはとても可愛らしかったし、実原は体操服を着ていたせいか妙に照れていたな。
「極めつけに亜岐までいるんだもの。あの子のこんな顔、初めて見たわ……はあ……」
ひとしきり喋り終わると、かつみさんは最後をため息で締めくくる。
パソコンのディスプレイには、サムネイルで俺の写真が並んでいた。かつみさんのお墨付きというのもあるが、個人的にも良い写真が撮れたと自負している。
だからこそ、かつみさんが言葉を濁しているのが気になって仕方がない。
「あの……すみません」ラチが明かなそうなので直球で訊ねる。「結局どのへんが問題なのか教えてもらえませんか?」
「まあ、回りくどいのは嫌だから言っちゃうと、この場合は素晴らしい写真だというのが問題ね」
「は、はあ……?」やはりワケがわからず首を傾げてしまう俺。
「正確にいえば、『総じて素晴らしい写真なのが問題』ということよ。だってこの写真、六人の女の子が揃いも揃って恋する乙女みたいな表情であなたのことを見てるんだもの」
「こ……恋する乙女……ですか?」
そんなことあるわけないじゃないですか、と笑い飛ばそうとしたのだが、かつみさんが思いのほか真剣な目つきで俺を見つめていたせいで言葉に詰まった。
「前田君……あなた」
かつみさんは深刻な表情を崩さず、ゆっくりと椅子から立ち上がると、そっと俺の肩に手を置いた。そして、
「くれぐれも刺されないように気をつけなさいね――」
冗談というにはあまりにも重々しい忠告を残し、部室を後にしたのだった。
……いや、冗談ですよね?
おしまい