ブログよりも遠い場所

サブカルとサッカーの話題っぽい

【SS】これは風邪ですか? いいえ、インフルエンザです

2011-01-31 | インポート

「ご主人様。はるはるかられんわれす」
 カリッと焼き上げたトーストに意気揚々とバターとマーマレードを塗りたくり、いざ口の中へ放り込まんとしたところで、俺はその動作を中断するハメになった。
 出鼻をくじかれるとは、まさにこのこと。いわゆる〝おあずけ〟された犬というのは、きっと今の俺みたいな心境に違いない。
 起き抜けで腹ぺこなのに、目の前にごちそうがあるのに、それを食べさせてもらえない。なんて残酷なんだろう。香ばしい匂いがただようトーストも、ほかほかと湯気が立ちのぼるスクランブルエッグも、こうなってしまうとすべてが恨めしく感じてくるのだから不思議なものだ。
「……おあずけを食らった犬ころみたいな目れこっち見るなれす」
 受話器を差し出した格好で、エプロンドレス姿のシルファちゃんが言った。
 的確に俺の表情を表した当の本人は、じとっとした目つきでこちらを見つめている。視線に込められているのは、急かし半分、呆れ半分といったところか。
「春夏さんかー。こんな朝っぱらからどうしたんだろうねー」
 手放したトーストへの名残惜しさがそうさせるのか、口から出る言葉が棒読みになる。
「それが知りたければごちゃごちゃ言ってないれ早く代わってくらさい」
「ですよねー」
 俺はそそくさとシルファちゃんに駆け寄り、曖昧な笑みを浮かべながら受話器を受け取る。
「もしもし? お電話代わりました。貴明です」
『あ、タカくん? ごめんね、こんな時間に』
「いえ」
 妙だ。電話越しというのを差し引いても春夏さんの声が妙にくぐもって聞こえる。
 これは、
 まさか、
 もしかして、
 ひょっとすると……。
『あのね、私とこのみ、母娘そろってインフルエンザにかかっちゃったみたいなのよ』
 やっぱり、と。こぼれそうになった言葉を内心に留める。
 インフルエンザなあ……流行ってるもんなあ……最近……。
 それにしても、元気印のこのみをダウンさせるだけではなく、肝っ玉母さん代表である春夏さんまで蝕むとは。今年のインフルエンザは本当に恐るべしだ。
「えーっと、なんていうか、その、大丈夫なんですか?」
 病気の人に向かって「大丈夫」もないとは思うが、こんなときに気の利いたことなんて言えようはずもない。
『ええ。もうちょっとしたらふたりで病院に行くから、お薬をもらえば大丈夫だと思うわ。それでね、今日……しばらくこのみは休ませようと思うから――』
「はい、わかりました。お大事に……って、なにか俺にできることあります?」
『あら。……そうねえ。私たちのことよりも、タカくんはタカくんのことをしっかりしてくれるのが一番ね』
「え?」
『くれぐれもインフルエンザにかかったりしないように、ちゃんと手洗いうがいを忘れないでね。それでもし具合が悪くなったら、すぐにうちに電話するのよ? わかった?』
「あ……わかりました……」
『じゃあね、タカくん。いってらっしゃい』
「は、はい、いってきます」
 かすかな笑い声を残しつつ電話が切れた。
 参ったな。こっちが逆に心配されてしまった。
 インフルエンザを自覚できるってことは、熱だってかなり高いだろうに、平然と受け答えしていたしな。さすが肝っ玉母さん代表。
「ご主人様……」
「あ、シルファちゃん。電話ありがとね」
 俺は一度掲げるようにしてから受話器を置く。
 と、シルファちゃんは僅かな間、受話器に視線を残してから、
「……はるはる、ろうかしたんれすか?」
 そう言って、こちらを見上げるふたつの瞳は、不安な色に彩られている。
 電話口で「大丈夫なんですか?」なんて話していれば、そりゃ気になるよな。
「いやあ、どうもインフルエンザにかかっちゃったみたいだね」
「イ、インフルエンザ!?」
「このみも一緒に」
「こ、このこのも一緒に!?」
 まるで餅つきのような、小気味いいタイミングのおうむ返しだった。
「ふ、ふたりはらいじょうぶなんれすか?」
 俺に詰め寄る――というほどの勢いではなかったが、よっぽどこのみと春夏さんのことが心配なのか、シルファちゃんはかなり動揺しているようだ。
「シルファちゃん、ちょっと落ち着いてよ」どうどう、と両手を下に向けて宥める。「春夏さんは大丈夫って言ってたし、あとで病院に行くとも言ってたからさ」
「ちゃんと治るんれすか……?」
「大丈夫、大丈夫」
 シルファちゃんを安心させるために、努めて明るく言う。
 たしかにインフルエンザは高熱が出るし、かかった本人はそりゃ苦しいだろうけど、ウイルス風情が〝あの〟柚原家を脅かせるとは思えない。病院で診察して薬をもらえば、明日にはケロッとしているような気すらする。ウイルスが消えるまで家に隔離されて、このみが暇を持て余している様子を簡単に思い浮かべることだってできてしまうくらいだ。
 しかしシルファちゃんは、そこまで割り切ることはできないようだった。
「熱がれるのってオーバーヒートみたいなものれすよね……このこの……はるはる……」
 こればかりは、いくら俺が口先で大丈夫と言ったところで、納得させるのは難しいに決まっている。
 そうだな。だったらいっそのこと――
「シルファちゃんさえよかったら、春夏さんたちの看病をしにいってあげればいいんじゃないかな」
「ぴっ?」
「大丈夫とは言ってたし実際に大丈夫だとは思うけど、身の回りの世話をしてくれる人がいれば春夏さんも助かるだろうし」
 うん。思いつきにしては良いアイディアじゃないか?
 インフルエンザにかかったのがこのみひとりとか、春夏さんひとりだったらお互いで面倒を見れただろうけど、今回はふたりいっぺんにダウンしてしまったわけだし。
 おじさんが留守にしていて、必然的に春夏さんが無理することになることを考えれば、しっかりと家事をこなせて、しかも感染ったりする心配のないシルファちゃんが看病を引き受けてくれるのは限りなくベストな配役であるように思える。
「シルファはべつに構わないれすけろ……ご主人様はそれれいいんれすか?」
「もちろん。さっきはああ言ったけど、いくら春夏さんでも熱があるときに動き回るのはキツいと思うんだよね。だからシルファちゃんが看病してくれるなら、俺も安心して学校にいけるよ」
「そ、それなら仕方ないれすね。ご主人様のめーれーに忠実なのが専属めいろろぼというものれす」
 命令じゃなくてお願いなんだけど、細かいことは気にしなくていいか。
 やる気満々で胸を張るシルファちゃんの気概に水を差すのも無粋だしな。
「じゃあ、よろしくね」
「了解れす」
 シルファちゃんはこのみの真似でもしたつもりなのか敬礼を繰り出し、
「学校から帰ったら手洗いうがいを絶対に忘れないようにしてくらさい。ご主人様は、くれぐれもインフルエンザにかかったりしたららめれすよ」
 先ほど春夏さんに言われたのと同じ台詞を、知ってか知らずか俺に向かって言い放ったのだった。


これは風邪ですか? いいえ、インフルエンザです




「よう、おまえもぼっちか」
 通学路の途中、階段を上った先の待ち合わせ場所にいたのは、雄二ひとりだけだった。
「ぼっち言うな。……って、『も』ってことは、もしかしてタマ姉も……」
「鬼の霍乱ってやつだ。インフルエンザで今日は休むってよ。その言い草じゃ、どうやらチビ助もやられちまったらしいな」
「聞いて驚け。なんと春夏さんもやられたぞ」
「マ、マジかよ……。姉貴がやられたから、まさかとは思ったが……春夏さんまで」
「ああ。今年のインフルエンザは、かなりやばいぜ」
 なんて。
 くだらないやり取りができるのも、付き合いが長い者同士の特権だ。お互い妙に芝居がかっていたのは華麗にスルーして、肩を並べて歩き出す。
 吐き出す息の白さが示すとおり、コートとマフラーで装備を固めてもなお寒い。今が一番冷えこむ時期だとわかっていても、春よこい、早くこい、と意味のない念仏を唱えたくなる。
「しっかし、タマ姉までインフルエンザとはなあ。受験は大丈夫なのか?」
 今日明日の話ではないとはいえ、そう遠くないうちに人生の一大事があるのに体調を崩してしまったというのは、やはり気にかかる。
「ま、少なくとも俺らに心配されるようなタマじゃねえだろ。姉貴なら40度の高熱だろうが試験程度でヘマこいたりはしねえよ」
 雄二はいかにもつまらなそうに吐き捨てたが、裏を返せば自分の姉の実力を信じているということなのだろう。そしてそれは俺も同じだった。
「でもさ、それを言ったら、そもそもタマ姉はどんなときでも体調を保ってそうなイメージがあったんだけどな。インフルエンザのウイルスなんて、初めから寄せつけないんじゃないかと思ってたよ」
「イメージねえ……」雄二は魚の骨が喉に引っかかったような表情を浮かべる。「自業自得とはいえ、もう少しか弱いところも見せておくべきだったと思っちまうねえ」
「? なんの話だ?」
「いや、そっちの話」
「はあ?」
 そっちの話ってなんだ。こういうときの常套句は「こっちの話」だろうに。
「おまえの日本語おかしいぞ」
「おかしくねーんだな、これが」
 だって俺には関係ねーし、と。
 とても無関係だと思っているようには見えないニヤニヤ笑いをこちらに向け、雄二はポケットから出した手をひらひらと振ってみせた。
 なんとなく腑に落ちないが、こんなふうにトボけたこいつを追求しても無駄なのは、これまでの経験でわかりきっている。
「……まあ、せいぜい気をつけろよ。家族がインフルエンザになったら、一緒に暮らしてるおまえもリーチがかかったみたいなもんなんだからな」
「へっ、ぬかせ」
 負け惜しみじみたことを言う俺に対し、雄二は余裕綽々な態度で鼻から息を吐き出し、びしっと親指を立てて一言。
「こんなこともあろうかと、俺はしっかり予防接種を受けているんだぜ!」
「…………」
 いや。
 たしかにそれは最高の予防策だし、偉いと思うんだけど。
 決してかっこよさげに勝ち誇れることではないというか。
 ポーズまでつけて決め台詞風に言ってしまうと、むしろ間抜けというか。
「雄二って、わざわざ予防接種まで受けたのに流行るインフルエンザの型が違って、油断したところでばっちりその年のインフルエンザにかかるタイプだよな」
「なんだよその具体的に嫌なタイプ!? 俺はピエロかよ!?」
「向坂雄二はピエロタイプ」
「言い直すな!」
「じゃあ、イメージってどう? ピエロイメージ」
「言い換えても一緒だろうが! つーか生々しすぎて笑えねーよ!」
 正直なところ、雄二が予防接種を受けたなら、タマ姉も受けてそうだしな。それでなおインフルエンザにかかったというなら、やはり予防接種したのとは違う型が流行ってるってことだと思うんだが。
「そう遠くないうちに結果が出るだろう」
「予言みたいに言うな。ちくしょう。もしインフルエンザにかかったら、絶対おまえにうつしに行ってやる」
 こんな感じで馬鹿な会話をしながら登校した。
 男ふたりで騒いでいたせいであまり気にならなかったのだが、通学路が普段より閑散としていた理由を、俺たちは間もなく知ることになる。




「少なっ」
 先に教室のドアをくぐった雄二が、見たままの感想を口にした。
 俺も思わず左手の腕時計と、教室に備えつけられた時計を見比べてしまう。時計は狂っていないし、登校時間はいつもと変わらない。にも関わらず、いつもよりクラスメイトたちの姿がまばらだ。座席は三分の一も埋まっていない。
「なあ、雄二……」
「ああ。こりゃひょっとするとマジで学級閉鎖になるんじゃねえか? ちょいと他のクラス覗いてくるわ!」
「あ、おい」
 引き留める間もなく、雄二は回れ右して、再び廊下へ飛び出していく。
 せめてカバンとコートくらい置いていけばいいのに。
 だが気持ちはわからないでもない。昨日までふたりしか欠席していなかったのに、いきなり学級閉鎖がリアルに頭をチラつく状況に直面したわけだからな。ここだけの話、不謹慎だとわかっているのに、台風がきたときみたいに少しワクワクしてきた。
 ぽつぽつと席に着いているクラスメイトに朝の挨拶をしつつ、自分の机に辿り着く。カバンを机の脇にかけ、コートを脱いで椅子に座ってひと息ついた。
 何気なく教室を見渡すと、斜め前にある草壁さんの席も、教壇の傍の小牧さんの席も空いていた。ふたりとも俺より早く登校するので、この時間になってもいないなら、休んだ可能性が高いってことになる。
 うーん。
 改めて考えてみると、このみやタマ姉に限らず、草壁さんや小牧さんみたいな比較的よく話す女子には、あまり学校を休むイメージがない。いうなれば健康優良児イメージ。少なくとも誰かさんのピエロイメージよりは随分マシに違いない。
 とはいえ、まさか全員が全員、皆勤賞をもらえるほど極端に頑丈ではないだろう。ただでさえ風邪をひきやすい時期だから、こうやってインフルエンザが蔓延すればそろって学校を休むことだってありえなくはないのだ。
「おいおい貴明。すごいことになってるぞ」
 あれこれ考えていたら、いつの間にか戻ってきた雄二が、息を弾ませながら俺の机に手をついた。
「どんだけはしゃいでるんだよ。ちゃんと汗の始末しないと、おまえまで風邪ひくぞ」
「男に心配されても嬉しくねーよ。それより、他もうちと同じような状態だったぜ。学級閉鎖どころか学校閉鎖になるかもな」
「マジかよ」
 なんだか思っていたよりも大事になっているらしい。
「ちなみに長瀬と笹森もきてない。あと珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんもきてなくて、久寿川先輩もきてなかったぞ」
「…………」
「ん? どうした、妙なツラして」
「いや……べつに……」
 雄二のやつが女子の名前の後に「きてない」をつけて連呼すると、なんだか背筋が寒くなるんだが、どうしてだろう。
 みんなが「きてない」ってのは、単に「学校を休んでる」という意味なのにな? 俺が悪いことをしたみたいな気分になるのはおかしいよな? ハハハ。
「そ、それだけ欠席者が多いと、さすがに心配というか、不安になるなと思ってさ」
「たしかに委員ちょと優季ちゃんの姿も見えねーしな。ふたりもきてないのか?」
「…………ああ、たぶん欠席なんじゃないか? ふたりとも欠席なんじゃないかな」
「なんで二回言うんだ?」
「大事なことだから、だ」
 俺の精神安定にとっては、とてつもなく。
「そういや、るーこちゃんもきてないな」
「欠席、だな。……え? るーこもいないのか?」
「ああ。ほら」
 振り返る。雄二が指さした左斜め後ろの席は、たしかに誰も座っていない。
 るーこまでいないのか……。あいつはタマ姉以上に、体調を崩して寝込んでいる姿が想像できないな。
「こんだけ休んでるやつが多いと、最悪でも午前授業にはなりそうじゃねーか?」
「まあなあ……」
 あまりに欠席者が多いと授業を進める意味がなくなってしまうし、他のクラスも同様の状態なら尚更だ。これ以上インフルエンザが広まるのを抑えるという意味でも、おそらく何らかの処置をとるのは間違いないと思う。
 もっとも、仮に午前授業なり学級閉鎖なりになったところで、実際は休みが増えるのではなくて春休みあたりを前借りすることになるんだろうけど。でも、最終的にはプラマイゼロになるとしても、やっぱり少し得するような気がしてしまう。人間というやつは、目先の利益にとことん弱いのである。
「帰りにどっか寄ってこーぜ」
「気が早いやつだなあ」
「善は急げ、ってな」
 呆れる俺を尻目に、本当に嬉しそうに笑いながら、雄二は自分の席に戻っていった。
 そろそろ予鈴が鳴る時間だが、今後の方針を話し合っているようなら、担任がやってくるのは少し遅れるかもしれない。
 クラスメイトたちは雄二と似たようなことを考えているらしく、まだ始業前だというのに教室には放課後のような弛緩した空気が充満している。これで「今日は平常授業にします」なんてアナウンスが流れたら大ブーイングが起きそうだ。言うまでもなく俺も加わる。

 そんなふうに緩んで、油断しきっていたから。

 勢いよくドアが開け放たれた音で、教室中の誰もが飛び上がるほど驚いた。

 バン、とか、ドン、とかではなく、ズドン、みたいな。
 教室の床から振動が伝わってくるのではないかと思えるほどの、凄まじい音だった。あれでドアに備えつけられたガラスにヒビが入らなかったのは奇跡ではないかとすら思う。トイレを我慢してなくてよかった。我慢してたら、間違いなくチビってた。というかあんな音が出るんだ、あのドア。
「ダーリン! 無事だったんだね!」
 スタングレネードを食らったかのごとく時間の静止した教室を、ピンク色の弾丸が貫く。
 迷いなく。
 まっすぐに。
 俺の方に向かって。
「……ちょっ、ま、は」
 ――ちょっと待った、はるみちゃん。
 声にならなかった言葉が駆け抜けた頭の片隅で、俺は思った。
 万が一ちゃんと言葉を形作れていたとしても、眼前に迫りつつあるはるみちゃんを押し留めることは不可能だったに違いない、と。
 ムリ。
 絶対。




「ごめんねごめんね、ダーリン」
「……いや、そんなに気にしないでよ」
 座ったまま腹を押さえる俺を、制服姿のはるみちゃんが心配そうに覗き込んでいる。
 顔が近い。
 はるみちゃんのフライング・ボディプレスの威力は相当なものだった。しばらく息ができなかったし、声を出すこともままならなかった。プロサッカー選手のシュートを至近距離からみぞおちに食らったらこうなるんじゃないかという感じ。
 でもまあ、そんな深刻になるほどのことではない。
 どちらかというと、ずっと平謝りされていてバツが悪いことのほうが困る。
「もう平気だからさ」
 白状するとまだ少し苦しかったが、十分も経てばさすがに普通に喋れるしな。
 あれからすぐに担任がやってきたが、出席を取るとすぐに職員室に戻っていった。おそらく俺たちの期待通り、早めに授業を切り上げる算段をする手はずになっているのだろう。明言こそしなかったが、これだけ空席が目立つなら、職員室の電話は欠席の報告で鳴りっぱなしだっただろうし、教室にやってきたのは確認程度の意味しかなかったんじゃなかろうか。
「ホントに? ホントに平気?」
「うん、ホントホント」
「そうそう。ラブコメ主人公が打たれ強いってのは、大昔からのお約束なんだぜ?」
 適当なことを言いながら雄二が近寄ってくる。
 先生が戻ってくるまでちゃんと席についていろよ――なんてことはもちろん言わない。あるいは小牧さんがいれば注意していたかもしれないが、雄二に限らず、ストッパー不在のクラスメイトたちは完全に緩みきって雑談にふけっている。
 本来ならSHRも終わり、一限の授業が始まっている時間だが、教室に充満した放課後の気配は更に濃くなっていた。これじゃあ「今日は平常授業」どころか「今日は午前授業」でもブーイングが起きそうだ。
「え? でもダーリンよりゆーじくんのほうが打たれ強いよね? ゆーじくん脇役なのに」
「……貴明ぃ。俺、泣いてもいいよな?」
 もう泣いてるじゃん。
 悪意よりも無垢さのほうが人を傷つけるという実例を目撃してしまった。
「雄二の場合は打たれ強いっていってもタマ姉に潰され慣れてるだけだから、一般的なお約束が当てはまらないんだよ、きっと」
「なるほどー」
「追い打ちかけるなよ! 慰めろよ!」
「おまえが人のことラブコメ主人公とか言うからだろ」
 意味はよくわからなくても、からかおうとした意図はしっかり伝わってきたからな。自業自得ってやつだ。
 もっとも、表情が冴えなかったはるみちゃんの気は紛れたみたいだし、それに関しては雄二に感謝していいかもしれないけど。
「……そういえば」肝心なことを聞いてなかった。「はるみちゃんさ、さっき俺が無事でよかったとか言ってたけど、あれってどういうこと?」
「あ、うん。実はさんちゃんと瑠璃ちゃんがインフルエンザにかかっちゃったみたいで、お姉ちゃんが看病してるんだけどね」
「え。珊瑚ちゃんたちも? 大丈夫なの?」
「えーと……たぶん?」
「たぶんって」
 言葉を濁したはるみちゃんの様子に違和感を覚え、胸の奥がざわつく。
 まさか肺炎とか、他の病気を併発した――なんて。
「あ、ううん、そんなに心配しなくても、すぐにお医者さんを呼んで診てもらったから大丈夫だと思うよ? よくわからないのは、あたしがちゃんと最後までお医者さんの話を聞かなかっただけだから」
 考えてることが顔に出たからか、はるみちゃんが説明してくれた。
 ホッとすると同時に、当たり前のように「お医者さんを呼んで」というあたりにブルジョアっぽさを感じる。しかも今より早い時間だと確実に診療時間外だろうに。
 というか、医者の話を最後まで聞かないってのがいかにもはるみちゃんらしくて、思わず口元が緩んだ。
「あー、なにか失礼なこと考えてる」はるみちゃんが頬を膨らませる。「だってダーリンもインフルエンザにかかってないか心配だったんだもん」
「俺? 俺は今のところは大丈夫だよ」
「それはもうわかってるけど! お医者さんの話を聞いてるうちにダーリンのことが心配になったの! なのに電話したらひっきーが出ないんだもん! だからダーリンに何かあったんじゃないかと思ったんだよ!?」
「そ、そっか……」
 ずずいっと詰め寄ってきたはるみちゃんの圧力に、思わず尻で後ずさるが、椅子の背もたれがあるためこれ以上距離をとることはできない。
「いやあ、愛だねえ」
 横では訳知り顔の雄二が、腕組みをしてこちらを眺めていた。
「そうそう。あたしはダーリンへの愛で溢れているのです」
 はるみちゃんは雄二のからかいにも照れたりせず、むしろ誇るように胸を張る。
 離れてくれたのはありがたいのだが、俺としては普通に照れる。愛とか大声で言われると恥ずかしいことこの上ない。このくらいは聞き慣れたのか、クラスメイトたちが騒ぎ立てたりしないのがせめてもの救いだ。
 全く関係ない話だが、この角度だとはるみちゃんを下から見上げることになり、驚くべきことに大きな胸の膨らみのせいではるみちゃんの顔が見えなかったりする。これは目の得……いや、目の毒だ。
 さりげなくはるみちゃんから顔を背け、咳払いをひとつ。
「し、心配かけてごめん。シルファちゃんはこのみんちに行ってるんだ。このみと春夏さんもインフルエンザになっちゃったんだってさ」
「そうなの? ……そういえば、人少ないね」
 今気づいた、というふうに、はるみちゃんはぐるりと周囲を見回した。
「マジで貴明のことしか見てないのな」
 雄二が肘で突っつきながら、俺だけに聞こえる声で囁く。
 やめてくれ。
 照れるから。
 照れ死する。
「んー……ん? ねえ、ダーリン」
「な、なに?」
 いきなり目の前に回り込まれて心臓が跳ねた。
 一瞬、頭の中を読み取られたかと思ったが、いくら高性能なメイドロボでもそんなことできるはずがない。
「それじゃあ、ひっきーは今ダーリンの家にいないってことだよね?」
「うん」
「愛佳と優季とるーこもお休みしてる……の?」
「そ、そうみたいだけど?」
「ふむ……」
 質問をするはるみちゃんの仕草は、どこか探偵然としていて、口を動かしながらもあれこれと考えを巡らせているようだ。はるみちゃんには悪いが、普段の五割増し賢そうに見える。
「ちなみに十波と笹森が休みってのは確認済みだぜ。あと久寿川先輩とチビ助とそれに――姉貴もな」
「――っ!!」
 はるみちゃんが雄二のほうに身体を捻る。雄二の言葉を聞いて、はるみちゃんの目の色が変わったのがわかった。
 それこそが知りたいと思っていた答えだった、というような反応だった。
「こ、これはチャンスだよね?」「少なくとも邪魔は入りにくい」「今日中に既成事実作れるかな?」「それは頑張り次第だろうなあ」「ちなみにこれは抜け駆けになると思う?」「俺は中立だからノーコメント」
 俺を挟んで、雄二とはるみちゃんが意味不明なマシンガントークを繰り広げる。興奮気味のはるみちゃんを雄二がたしなめるという、非常に珍しい構図だ。
 その間にも漏れ聞こえてくるのは「略奪」とか「覚悟」とか「貞操」なんていう不穏当な単語ばかり。俺にできるのは、右の耳から入ってくる音を左の耳へとスルーし、話しているのが自分と関わりのない内容であってくれと祈ることくらいである。
「ダーリン!」
「は、はい!」
 大きな声で名前を呼ばれると、自然と背筋が伸びてしまう。
 はい、なんて返事しちゃったよ、俺。
 頬を紅潮させたはるみちゃんは晴れがましい笑顔を浮かべて、
「あのね、今日これから学校が終わったら時間ある?」
「え、いや、学校が終わったら雄二と一緒にどこか寄っていこうかと――」
「俺、パス」すかさず挙手する雄二。
「は?」
 なに言ってるんだ、こいつ。
「ダーリンは、今日これから学校が終わったら時間ある?」
 まるで英会話のテープレコーダーのように、はるみちゃんが同じ台詞を繰り返した。
「いや、だから……おい、どういう、」
 雄二に向かって非難がましい視線を送ると、「てめえはもっと男として大切なものを身につけろ」と言わんばかりの視線で返された。こんなアイコンタクトが可能なのは、幼なじみならではだろうな。
「今日、これから、学校が終わったら時間ある?」
 更に同じ台詞を口にするはるみちゃん。笑顔は笑顔でも、ブレない笑顔を見せつけられるとちょっと怖い。
 でも、これでさすがにピンときた。どうやら雄二とは、放課後の予定について話していたらしい。
「……時間はあるみたいだよ」
 横目で雄二に「これでいいんだろ」と語りかけると、小憎たらしくも親指を立てていた。
 どこか寄っていくなら三人で行けばいいのにな。俺はどちらでも構わないというか、雄二が納得しているなら敢えて口出ししようとも思わないけど。
「やったー! 今日は久しぶりにふたりきりでいられるね、ダーリン!」
 その場でくるくると回りはじめたはるみちゃんは、本当に嬉しそうだ。目の前で短いスカートの裾が翻りそうになったので、またしても俺は顔を背けた。
 そういえば、一緒に住んでるシルファちゃんはともかく、他の女の子とふたりきりになる機会って最近なかったかもしれない。
 ふたりきり……ふたりきりか……。
 なんだか改めて言われると、意識してしまうというか。
 はるみちゃんのスキンシップなんかには慣れたと思っていたけど、少し緊張するかも……。

「――くっくっく。チミたち、誰か忘れていないかね?」

 そのとき、俺の耳に不吉な声が聞こえた。
 ざわついた教室にいるというのに、何故かその声だけが喧噪を貫いてきたようだった。
 見れば、雄二も、はるみちゃんも、他のクラスメイトたちも一点を――声の聞こえてきた方を見つめている。
 皆の視線に引き寄せられるように、俺もその方向、廊下に面した教室の入り口を見た。
 そこに立っていたのは、
 白い、
 白い、塊。
「あっはっはー! あたしの目の黒いうちは、まともにラブコメできると思うなよぉー!」
 というか、全身が着ぶくれしたまーりゃん先輩だった。
 しかも、超鼻声。
 顔が出ているから辛うじて判別できるだけで、身体は雪だるまみたいな状態。詳しく説明すると、身体が布団で覆われている。というより、布団が紐で巻き付けられているのだ。
 簀巻きにされた下から足が出ているから動けているが、あれでは両手は完全に使えないだろう。上から出ている顔も、半分は白いマスクで覆われていて、本当に出来の悪い雪だるまのコスプレのように見える。
「……なにしてるんですか、まーりゃん先輩」
 俺が突っ込まないと皆が見て見ぬ振りをしそうだったので、仕方なく話しかけてみる。
 できれば俺もスルーしたかったよ。
「見ればわかるだろう」
「いや、見てもわからないです。すごい鼻声ですね」
「おう。インフルエンザの野郎にやられてるからな」
 うわあ……。
 タチの悪い人がタチの悪いウイルスにやられたんだなあ。
 ホントに今年のインフルエンザは無敵なんじゃないか?
「だったら家で大人しくしてましょうよ」
「なにか面白いことが起こりそうな気配がしたからな! じっとしてなんていられるか!」
「叫ぶと喉痛くないですか?」
「龍角散のど飴を舐めてるから大丈夫だ!」
 あー。
 いるよなー、こういう人。
「えっと……」
 しかし、これはどうしたものか。
 べつに自分がラブコメしていたとは思わないが、たしかにまーりゃん先輩が登場してからガラッと雰囲気が変わってしまった。全部持っていかれたというか、ありていに言うと台無しというか、そんな感じ。
 なんとなく様子をうかがってみると、あのはるみちゃんですらぽかんと口を開け放ったまま固まっている。一応とはいえ、普通にやり取りできてしまっている俺ってなんなんだろう。

「――まーりゃん先輩!!」

 果たしてその人は、まーりゃん先輩と同様に、そしてまーりゃん先輩とは似つかない格好で俺たちの前に現れた。
 誰もが想像だにしなかった、ナース姿の久寿川先輩である。
 ……ナース?
「熱が40度もあるのに走り回るなんて、なに考えてるんですか!」
「も、もう追いついてきたのか! さーりゃん! なんてかっこだ!」
「まーりゃん先輩がこの格好で看病しないと大人しくしないっていうから着たんです! こうなったら絶対に約束は守ってもらいますからね!」
「ち、ちくしょう……だが、あたしを倒しても第二、第三のあたしが……」
「はい! 帰りますよ!」
 ナース久寿川先輩に、ずるずると引きずられていく雪だるまーりゃん先輩。
 皆さんも手洗いうがいを忘れずに、できれば手は消毒して、外出のときにはマスクをつけてくださいね、と。そんな本物のナースみたいなことを言って、久寿川先輩はまーりゃん先輩を運んでいった。
 嵐というか。
 荒しのようなふたりだった。
 間違いなく言えるのは、まーりゃん先輩と久寿川先輩が切っても切れない間柄だということと、決して久寿川先輩が押されっぱなしではないということ。そして、おそらくテンションが高かったせいで色々と無茶をした久寿川先輩が、正気に戻ってからものすごく後悔するであろうということくらいである。
 あとでフォローしておこう。
 受験と卒業を控えた時期に自由登校とはいえ登校拒否になったりしたら、泣くに泣けない。
 たぶん多少フォローする程度じゃ、あの衝撃は消えないだろうけど。
「いやあ、すごかったな」雄二が俺の内心と同じ感想を漏らす。「久寿川先輩のナースコスプレ最高だったな!」
「…………」
 いや、後者は違う。
 違いますよ?
「……ダーリンもああいうかっこ好きなの?」はるみちゃんのジト目に晒されてふるふると首を横に振る。「でもガン見してたよね」
 否定した意味がなかった。
 時が動き始めた教室の中でも、誰もが久寿川先輩の格好について話していて、まーりゃん先輩の存在がなかったことになっている。
 これはちょっと、さすがに可哀想だと思わなくもない。
 ほんの少しだけだけどな。



 後日談というか、今回のオチ。
 予想通り、いや、期待通りというやつで、この日はそのまま放課になった。状況を見てという話だったが、少なくとも今週中は全て休みになるそうで、思わぬ連休が降って沸いてきたことに教室中が歓喜した。
 俺はといえば、はるみちゃんとふたりで寄り道をして、楽しく遊び、そして帰宅した。シルファちゃんがこのみたちにつきっきりになるかもしれなかったので、夕食まで作りにきてくれた。
 この日は、本当にそれだけ。
 というか、これもある意味予想通りだったんだけれど、夜になったら熱が出たのだ。
 こんなのは考えてみれば当たり前の話で、このみやタマ姉、ましてやまーりゃん先輩までをも蝕んだウイルスに、俺ごときが抵抗できるはずがなかったのである。予防接種も打ってなかったしな。
 俺の様子がおかしいのに一早く気づいたはるみちゃんが、そのまま看病を買って出てくれたのは本当に助かった。だから、明け方まで熱にうなされ、まどろみに片足を突っ込んだ状態でナースの幻を見たのは、オマケみたいなものだったと思おう。
 次の日から学校閉鎖が空ける日まで、看病に関してあれこれ問題があったのだが、それはまた別のお話ということで。


おしまい


【サッカー】祝! 優勝!

2011-01-30 | サッカー・その他

 vsオーストラリア。
 1-0で勝利。
 厳しい試合をモノにして見事見事見事アジアカップ優勝! おめでとう!


川島*:6.5 相変わらずのミスもあったがビッグセーブも多かった。クリーンシートは見事。
内田*:6.0 クロス精度ふるわず攻撃での貢献は低かったが守備の集中は切れなかった。
吉田*:6.5 カタール戦でのミスを糧に、短期間ではあったが成長した姿を見せてくれた。
今野*:6.5 高さの対応に苦しむがポジションを変えてもバランスよくプレイ。ご苦労様。
長友*:7.0 90分通して運動量でチームを支える。左サイド、そしてチームの要となった。
長谷部:6.5 ポジショニングよくセカンドボールを的確に拾えていた。
遠藤*:6.5 長谷部とともにセカンドボール奪取に貢献。パス回しの中核を担った。
藤本*:5.0 ボールを引き出す動きが拙く持ち味を全く発揮できなかった。
本田*:6.5 前線で時間を作れるチームの柱。名実共に日本の中心。大会MVPは納得。
岡崎*:6.0 気の利いた動きで最終ラインを揺さぶり続けた。前田、本田との相性抜群。
前田*:5.5 シュートを枠に飛ばせないのは課題。楔のボールの受け方で才能光る。

岩政*:6.5 与えられた役割を理解し遂行した。危ないプレイもあったが無失点に貢献大。
李**:7.0 短い時間で結果を出した。チームメイトが積み重ねた力を無駄にしなかった。
伊野波:-.- 出場時間短く採点無し。

監督*:7.0 藤本のパフォーマンスだけ思惑を外れた。采配ズバリ。見事優勝。


 内容が徐々によくなり、そして結果までついてきた。完璧すぎる大会でしたね。
 ここまで上手くいくことは稀だと思うんですが、これからの代表にすごく期待できるな、と感じられる素晴らしい戦いを見せてくれました。まずはありがとうございましたと、おめでとうと。

 試合の内容に関しては、延々とロングボールを放り込み続けるオジェックサッカーに辟易していたところ、全くチームに馴染めてなかった藤本を岩政に変え、そこから主導権を取り戻したのはシビれました。やっぱ采配で試合の流れを変えるってのをリアルタイムで見ると、なんともいえないゾクゾクしたものがこみ上げてきます。これぞサッカーの醍醐味だわ。
 藤本は、前半に一度あった、DFと中盤の間で足を止めたままボールを受けてサイドにパスを出したシーンで「香川だったら反転しつつボールを受けて、DFとの駆け引きで優位に立つんだろうな」と感じてしまい、そのあたりが〝差〟なんだろうなと。国内のプレッシャーだと、ああいうプレイでもなんとかなると思うんですが、オーストラリアや韓国レベルのチームを相手取ったときは、もっとファーストタッチを厳しく意識しないと絶対潰されちゃいますね。このへんは成長していって欲しいところです。そして亜土夢やフミヤに身につけて欲しい動きでもあります。
 しかし、李のボレーは見事でした。ワンチャンスを沈めたというのも素晴らしいし、あそこまでドフリーになれたのは、それまでしつこいくらい前田や岡崎がニアを狙い続けていたからなんですよね。3番がエア前田に釣られて李をフリーにしたのを見たときは、思わず笑いがこみ上げてきてしまいました。してやったり、みたいな。

 最後に。
 結果は優勝。そして内容的にも一番素晴らしいサッカーを披露した日本代表に拍手。
 僕たちの代表は強い!


【ゲーム】TOGf途中経過

2011-01-29 | ゲーム

[テイルズ オブ グレイセス f 公式サイト]
http://tog-f.namco-ch.net/


 星の核まで進行しました。が、

 なんかじっくりやりすぎてボスを目前にして飽きそうになってる……(^p^)

 や、僕、テイルズシリーズっていつもこうなんですよ。万全の状態でボス戦を迎えるためPTを鍛えたり、サブイベントを消化しているうちに、ゲームクリアに向かうモチベーションが削られるというか、今回はやり込み要素が充実していることもあって余計にそうなってしまいました。
 や、落魂珠みたいなのがあると、ついついその場で集めてしまうんですよね。PS3版はWii版と違って、期間限定のモンスターには落魂珠が設定されていないらしいですけど、コンプリート欲を抑えるのはなかなか難しいです。それで積んでちゃ本末転倒なんですけど。
 とりあえず『TOGf』は、ボスを倒して終わりというわけではなく、『未来への系譜編』という追加要素があるわけで、サクッとやっちゃうのがいいんでしょーねということで。近いうちに星の核を終わらせてしまおう。

 でも今作はホントに面白いなー。
 システム面が満点に近かった『TOV』ほどの衝撃はなかったですけど、少なくともこれまでにプレイした「いのまたテイルズ」の中じゃトップクラスだと思います。やり込み要素は多すぎて困るくらいですし(そのワリに武器防具と宝石が引き継ぎ不可なのは意味不明だけど)、戦闘はバランスが絶妙で面白いし、なによりシナリオとキャラクターが非常に魅力的。特にキャラに関しては、PT内の人間関係が深く掘り下げられているのがかなりツボです。
 Wii版が発売されて間もないころ、二次裏などで「今回はPTが家族みたいな感じだからプレイしていてすごく面白かった」という感想を見かけて楽しみにしていたんですが、このアットホーム感は、まさに「家族」と呼ぶのが相応しい。なんかソフィを軸にして全キャラが繋がってる感じがいいですよね。幼なじみズとの関係は言うまでもなく、教官にめっちゃ懐いてたりとか、弱ったときいつもは避けてるパスカルに対する本音(パスカルは暖かいとかそういう)を漏らしてみたりとか、お互いの仲がいいのが伝わってくる感じで。
 あと、毎回PTに一人いる天才キャラの万能っぷりが際立つ『テイルズ』ですけど、パスカルの突き抜けっぷりはホントに気に入ってしまったなあ。「トロピカルヤッホー」をはじめとする勝ち台詞や、天真爛漫な性格そのものも好きなんですけど、具体的にはメカソフィを造ったところで完膚無きまでに心を掴まれました。メカソフィの愛くるしいモデリングと、かつてヒューマノイドだったときの無感情ぶりが嘘のような「パスカルさんが呼んだら いつでもかけつけますからね!」という台詞を見たら、月影先生ばりに「パスカル……恐ろしい子……!」と思わずにはいられなかったわ。

 ちなみにメカソフィってこれです。


「パスカルさんが呼んだら いつでもかけつけますからね!」

 やばいね!

 いやー、こういうデフォルメ系のネタって行きすぎると世界観にそぐわなくてお寒いことがあるけど、『TOGf』はそのギリギリのラインを見極めるのが上手かった印象があるなー。「ブームサイネーン」っていうアイテムから「ウーパールーパー」って武器を作り出せるネタはちょっと笑っちゃったし
 なんか『レジェンディア』とか携帯機版を乱発してたころは、テイルズばかり作ってるダメメーカー呼ばわりされてましたが、毎回これくらいのクオリティで作ってくれるなら、むしろ望むところだよなあ。キャラ萌えとRPGを両立してくれるゲームって、ありそうでなかなかないので。

 でも、正直。

 シェリアの服装と声はキツイ。

 好きな人ゴメンな!!!!!


【スト魔】妖精トント

2011-01-27 | ストライクウィッチーズ
ストライクウィッチーズ2 第5巻【初回生産限定】 [Blu-ray] ストライクウィッチーズ2 第5巻【初回生産限定】 [Blu-ray]
価格:¥ 9,240(税込)
発売日:2011-01-28

 Amazonさんから無事到着。konozama? なんなんすかそれ。なんなんすかそれ。
 タイムリーな松木安太郎節で言うと地獄のミサワっぽくなることに気づいた。

 さておき、今回のBD5巻は二期屈指のバカ話である9話と、二期屈指のエース対決回である10話が収録されている、『スト魔』屈指のバラエティ豊かな一本になっております。
 放映時、終盤に近づいてきたタイミングでギャグ回(しかもまさかのペリーヌメイン)が挟まるとは思わなかったし、501の面々に加えてマルセイユが登場するとも思っていなかったので、色々と意表を突かれたのは記憶に新しいところではあるんですが。
 こうして見直してみると、9話はともかく10話が当時よりかなり面白く感じたのは、我がことながら意外でした。おそらく当時は、マルセイユが登場した驚きにばかり気を取られていて、中身をじっくり吟味していなかったんだろうなと。
 ちゅうか、「あばたもえくぼ」じゃありませんけど、特定キャラクターに対する先入観がプラスなのかマイナスなのかってすごく重要ですね。ぶっちゃけ、僕が最初に10話を見たときのマルセイユの印象って「501の引き立て役」でしかなくて、同時に同人誌でアフリカのエピソードを見ている者として「マルセイユってこんなキャラだっけ?」という違和感ばかりが先に立ってしまったのですよ。正確には、引き立て役にするために嫌な部分ばかりを強調して描かれていたというか、そんな感じで。
 それがまあ、オフィシャルファンブックやドラマCDなどで重ねられてきたキャラクターの掘り下げ(いやらしい言い方をすると「マルセイユへのフォロー」)を自分の中に取り込んでから、上で書いたような「先入観がプラスに転じた状態」で改めて10話を見ると、ホントにガラッと印象が変わるよなと。この話、「マルセイユはイイヤツ」って前提で見るとすごく面白いですね。そうじゃないと、なんか中途半端な話に感じちゃいますけど。アッチデヤレー。

 で、毎度お約束の『秘め声CD』は、個人インタビューが件のマルセイユ、複数インタビューがミーナともっさんの501夫婦コンビという内訳。
 上で書いたマルセイユのキャラの掘り下げは、CDでもかなり進んでいて、伊藤静さんの演技力もあいまって、自由奔放かつ仲間想いという性格が完璧に表現されていました。伊藤さんってあるときを境に化けたよなー。デビューしてからしばらくは出演数自体が多いこともあって、どのキャラをやっても同じ声にしか聞こえませんでしたけど。『ハヤテ』のヒナギクあたりからじわじわと演じ方にスゴ味が出てきて、『アマガミ』の森島先輩あたりでは、「声優が演じてる」というより「キャラが喋ってる」って感じになってきたのが何ともスゴイ。
 ミーナともっさんはまさに熟年夫婦。かけ合いが安定して面白いのは言うまでもなく、基本的に天然ジゴロのもっさんがミーナを動揺させるんだけど、ミーナが押されっぱなしにならずに余裕を持った切り返しをするあたりが小気味良いですね。宮藤について語るくだりでは、最終回を彷彿とさせるようなやり取りがあったのが(インタビューの収録は時系列的に最終回より前という設定)感慨深かったです。
 秘め声は全部面白かったですけど、中でも笑ったのは、

「私はサーニャに避けられているような気がするんだ」
「あら、そんなことはないでしょう?」
「そうか? ならいいんだが……。正直、どう接していいのかわからなくてな」
「なにそれ。美緒ったら、思春期の子供がいるお父さんみたい」
「茶化すなよ。ああいう猫やらうさぎみたいな……弱くて無防備そうなものはな。間違えて壊してしまいそうだろう?」
「ああ、わかる気がするわ。でもリーネさんも似たような性格じゃない? あの子は平気でしょう?」
「リーネは見た目に安定感があるからな。弱そうに感じないんだ」


 ハイ!! リーネさん「安定感」という評価頂きましたァー!!

 どこかでこのインタビューを聞いていたエイラが「そういえば少佐がリーネのことを『見た目に安定感がある』って言ってたぞ」とか口を滑らせちゃって、ショックを受けるリーネに我らが宮藤が颯爽と「私もリーネちゃんのおっぱいには安定感があると思うよ!」と笑顔でフォロー。それを聞いたルッキーニが「いやおっぱいの安定感ならシャーリーも負けてないうじゅ」と主張すると、宮藤も負けじとリーネのおっぱいについて語り出し議論は紛糾。最終的には「もうやめてぇー!」というリーネの赤面絶叫オチ。という光景が走馬燈のように脳裏を駆け抜けました。

 あと、宮藤がミーナのことを間違えて「お母さん」と呼んだときに振り向いてしまった、ってのは笑ったなあ。仮に『ストライクウィッチーズ学園』みたいなネタを作るとしたら、もっさんは生徒会長ポジションとか似合いそうなのに、ミーナ隊長は明らかに女教師よね一応もっさんより年下なのに

 あーあ、『ストライクウィッチーズ2』も来月でオシマイかー。
 寂しや寂しや。


【ラノベ】ソードアート・オンライン 6

2011-01-26 | ライトノベル
ソードアート・オンライン(6) ファントム・バレット (電撃文庫) ソードアート・オンライン(6) ファントム・バレット (電撃文庫)
価格:¥ 662(税込)
発売日:2010-12-10

 読了。

 なんつーか普通。良くも悪くも普通のお話。
 このフラットな感想の原因はどこにあるのかなーと考えると、結局、僕は今回題材になっている「GGO」というネトゲの仕様にあまり魅力を感じなかったんだなと。や、僕がこの作品に感じていた魅力の大部分は、「非常にリアルなネトゲ世界を舞台にしている」というところと、「キリトが俺TUEE主人公である」というところにあったのですよ。で、これまで舞台になっていた「SAO」や「ALO」は、読んでいて「自分もこのゲームをプレイしてみたい」という気持ちになったんですけど、「GGO」は物語の展開のために用意されたバトルフィールドという印象ばかりが際立ってしまい、特にプレイしてみたい気にならなかったんですよね。なので、前者の魅力に関してはごっそりと失われているように思えました。ぶっちゃけ兵器とかに興味ないから、実在の銃の名前とか特徴とか書き連ねられてもクドいだけなんだよなー。
 あとは、物語がリアルの方に傾きすぎてしまったのも、個人的には減点材料だったり。
 今回は物語そのものがシンプルな構図だったこれまでとは違い、凝った話にしようという試みが随所に見られ、5巻の時点から「果たしてネトゲ内で撃った相手をリアルで殺すことが可能なのか? 可能だとすればどのような仕組みになっているのか? そして犯人は?」と含みを持たせた伏線がバラ巻かれていて、多少なり〝謎解き〟の要素が組み込まれていました。キリトとシノンの前に立ちふさがる死銃のキャラネームにもトリックが仕込まれていましたし、一つのエピソードを通して「展開の中でミスリードを誘いつつ、ネトゲとリアルが交差する事件を描く」ことはできていたんじゃないかなと思います。このへんは『アクセル・ワールド』の1巻から現れていた、川原さんの非凡な構成力がいかんなく発揮されていました。
 ただ、じゃあそういった凝った仕掛けが面白さに繋がっていたかというと、僕はあまりそういう風には感じなかったんですよね。完成度の高い話が全て面白いわけではないというのは何とも皮肉ですけど。
 すげえ身も蓋もないことを言うと、キャラクターの心情がサッパリ理解できないです。同様に、そうしたキャラクターたちが生活する作中世界の倫理というかモラルというか、設定、ルールのようなものに頭がついていきません。
 6巻では導入で和人と直葉のやり取りが描かれますけど、もうこの時点でシリアスとコメディのさじ加減がおかしいんじゃないかとすら思いました。いきなりすごく深刻ぶって「ネトゲを通じて人を殺したこと」をトラウマとして扱うのは何だかよくわからないし、その事実を話して聞かせただけでシノンが「キリトは私と違って強い、すごい」って持ち上げまくるのもよくわかりません。
 なんていうんですかね。一言に俺TUEEと言っても色々あると思うんですよ。そしてバトルの勝敗などのわかりやすい描写で俺TUEEを書くのと比べると、もっと深い部分の俺TUEEを書くのって難しいと思うんです。いわゆる心や精神の強さみたいなものって、上手く書ければめっちゃ盛り上がりますけど、下手すると興ざめしてしまう部分でもあるわけで。そういう意味で、直葉や看護師さんに優しい言葉をかけられた程度でケロッと立ち直って、ゲーム世界で意気揚々と活躍するキリトの描かれ方は、なんだか薄っぺらい感じがしてしまいました。
 作中で持ち上げられているほど魅力を感じない、という乖離が主人公に起きてしまうのはキツイです。『STAR DRIVER』じゃありませんけど、主人公が魅力的だとご都合主義にも盛り上がることができるんですが、主人公に魅力を感じないとご都合主義を見て気持ち悪くなってしまいます。
 よって、ネトゲ世界の楽しさも俺TUEE要素もそぎ落とされてしまった『SAO』に、僕はあまり魅力を感じませんでしたという結論に至る。
 以下雑感。

・これまでは歪んだエリートが最終ボスだったから今回は社会不適合者にしよう! みたいな。んー。なんかもっとこう、「普通の人」を敵役に据えられないものか。正直この作品って、ラスボスになるのが精神に異常をきたしている人ばかりだから倒したときの爽快感に欠けるんだよなあ。事件がゲーム絡みってこともあり、作者自身が「ゲームをやってる人は異常者」という偏見の持ち主なんじゃないかと邪推してしまう。俺は自覚してるんですよー的な。

・で、そうした「異常者」を基本人生勝ち組なのにドロップアウト気取りのキリト君がブチ倒すってのは、『乃木坂春香の秘密』や『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』に見られた「社会的弱者(=オタク=読者)を〝救われる〟ヒロイン側に置き、カッコイイ主人公に〝救わせる〟(肯定させる)ことによるカタルシスを狙う構図」を彷彿とさせてちょっと辟易としてしまう。

・ちゅうかコレ毎回書いてる気がするけど、MMORPGやゲーマーの書き方が極端すぎるよね。正義のプレイヤー(でも異常にネトゲに執着してる)と悪のプレイヤー(同様に異常にネトゲに執着している)だけじゃなくて、ゲームはゲームと割り切って気楽に楽しんでるキャラがいたほうが面白いと思う。尺的に厳しいのかもしれないけど、物語に深みと説得力を持たせるために、ヒーロー(とヒーローに心酔する信者)と異常者という両極だけではなく、おそらく一番多く存在するであろう一般プレイヤーをもっと描くべき。それがこの作品の一番の弱点。主人公たちの特殊性を前面に出した構成になっているのに、一般プレイヤーの描写がないせいで、主人公たちの特殊性が全く際立たない。これって『アクセル・ワールド』でも同じなんだよなー。

 うーん。
 もう続きは読まなくてもいいかな。