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78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎7月第4週(第2話)

2012-08-03 06:18:46 | ある少女の物語
「楽しくないし、楽しいし、楽しくないし」
 仕事は楽しいかと聞かれれば、僕はそう答えるだろう。
しかし、本当に楽しそうに仕事をしている唯一の女の子がWだった。
「今のお客様、煙草の年齢確認で堂々と高校の学生証出してきましたよ」
「え、マジですか?(笑)」
「『あ、駄目ですよね? ラリってますよね?』って。そりゃ駄目ですよ」
「アハハハハ」
楽しそうなWと一緒にいると、僕にも楽しい気持ちが芽生えていた。
しかし、何もかも変わらずにはいられないのがこの店だった。



「あ、もしもし、Wです」
「お疲れ様です。どうしました?」
「すみません……ちょっと熱っぽいんで、休んでも良いですか?」
 それは、7月25日、15時45分の出来事だった。夕勤は17時からであり、直前の申し出と言っても良かった。1円でも多くお金が欲しいWの“欠勤”は、僕の記憶では前例が無い。
「今日はシフト的には一人欠けても足りるので大丈夫ですけど、明日は出られそうですか?」
7月第4週におけるWのシフトは、この日と26、27日の3連続になっていた。
「まだ分からないです」
「そうですか……明日は僕とWさんだけなので、早めに連絡お願いします」
直前の連絡で欠勤してしまった事が、Wの評価を更に下げた。
「本当に風邪ならもっと早く連絡できるでしょ?」
怒る店長。それは正論だった。このタイミングで病欠は痛い。信頼を取り戻せる可能性がどんどん失われていく。
僕はWを心配した。高校1年でバイトの掛け持ちをする事自体、体力的にも無理がある。しかも夏休みが終われば学業と両立していかなければならない。もしWがどちらかを切る事を考えているとするなら、それは居酒屋のほうであって欲しいと祈った。しかし、
「昼に電話が来ました。Wさんは今日もお休みです」
26日の欠勤も確定。もしこのまま来なくなってしまったら――考えれば考えるほど、最後に姿を見せた21日の、あの発言をしてしまった事を後悔するばかりだった。
「Wさんの評価がそんなに良くないです」
今思えば僕らしくも無い発言だった。出勤してくれるだけで感謝する、そのスタンスを押し通してきたはずだった。しかし、元々出勤率の高かったWは居て当たり前の存在になっており、いつしか感謝の2文字が遠のいていたのだ。
迷う事無く僕は受話器を手に取った。
「(今日欠勤する)話は聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「うーん……大丈夫、です」
僕の知っている、いつも楽しそうなWの声ではなかった。直前まで寝ていた事は間違いないだろう。彼女は本当に風邪だと確信した。
「病院には行きました?」
「イヤ、行ってないです」
「行った方が良いですよ。市販の薬よりも病院で処方してもらった薬のほうが効きますから(※個人の感想です)」
「ハイ……」
「僕も働きすぎてダウンした事があるんですよ。前職も週6勤務で、休みの日もバイト入れて、夜勤の日も昼にバイトしたりとかしていたら風邪を引いちゃって、それでも休めないから無理矢理出勤して悪化したりしました。だから本当に無理しないで下さいね」
バイトを掛け持ちするWに1年前の自分を重ね合わせた。この助言でバイトを居酒屋一本に絞られてしまうかもしれないが、それはWが決める事であり、僕は彼女の身体を気遣う事だけを考えた。
「あと、先週の土曜日は余計な事を言ってしまってすみません」
「あ、イエイエ、大丈夫ですよ」
「ちゃんと指示を出してこなかった僕の責任です」
僕は謝った。この為に電話をしたようなものだった。これであの頃に戻れるだろうか。おネエ店長と僕とWで笑い合っていた平和な日々に、少しでも近付けるだろうか。

 翌日、7月26日。アラフォー店長の作った翌週のシフトに度肝を抜かれた。
「Wさんが一日も入っていないんですけど……」
「だってあの子、希望用紙に○も×も書いていないんだもん」
シフト希望記入用紙というものが存在するのだが、21日以降来ていないWは30日以降の希望を一切書いていなかったのだ。だからと言って本当に一日も入れないなんて事があるのか。Wは店長からの信頼を完全に失っている事は間違いなかった。
「という事は、Wさんが入れるのは早くても8月6日以降って事ですか?」
「そうよ。今日来たら書かせてね。“絶対に”来れる保証のある日を○にするように言っといて。まあ“来れば”の話だけど」
 そう、そもそも今日来るかどうかも解らない。17時が近づくにつれて不安を募らせるばかりだった。いつも肝心な時に祈る事しか出来ない自分の未熟さを悔やんだ。一日でも多くシフトインする事を望んでいる女の子が3日も休む訳が無い。それが僕の知っているWだ。

15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子は、それでも直向きに努力している可愛い女の子は、17時ギリギリに姿を現した。
明らかに髪が茶色くなっていた。

(つづく)

◎7月第4週(第1話)

2012-07-31 09:46:56 | ある少女の物語
 かつては愛されていたフリーダムで派手好きな性格も、時代の流れと共に嫌悪感へと変わる。フランス革命でそれが顕著に現れ、37歳の若さで処刑台の上で命を落とす。悲劇のヒロインとして今でも語り継がれているフランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネット。規模は違えど、僕はある少女を彼女に重ね合わせようとした。女子高生アルバイトのWである。



「実は少女さんは、僕に無いものを最低でも3つは持っているんですよ」
「エー、何ですか?」
「まず、笑顔。それと愛嬌。そしてもう一つは黒髪ロングです」
「アハハハハ」
 2012年6月10日。“無断欠勤少女”はこの日を最後に僕の前に姿を見せる事は無かった。この影響で当時はシフトに穴が開く事が多くなり、Wに急遽シフトインして貰う事もあった。
「もう今日で5日連続ですよね。本当にすみません」
「あ、全然良いですよ。本当はもっとシフト入りたいんですよ」
 Wのその言葉を聞いて安心した。彼女は少女と違い、やる気がある。入社から2ヶ月以上経過し、アルバイトスタッフの中でも5本の指に入るシフトイン頻度の高さが功を奏し、仕事にも大分慣れてきており、ESも高くなっていると感じた。5月分の給料は高校1年生にしては高すぎるであろう7万超えを達成しており、お金がある程度貯まれば辞めてしまうのではないかと危惧していたが、その不安も前述の発言により掻き消された。彼女はむしろ、まだまだお金が欲しいようだ。
「過去にこの店で一番長く在籍した高校生スタッフはどれくらいの期間居ましたか?」
「そうねえ……あ、大学に入るまで続けた子なら、かなり長く居たわよねえ」
「かなり長くって、もう年単位ですか? 1年とか2年とか」
「そうそう、2年は確実に続けていたわよ」
 ベテランの主婦パートの証言により、高校生アルバイトの最長記録は約2年である事が判明。それを上回る高校生を一人でも輩出させる事を僕の目標に決めた。Wの入社2年後は高3の4月。受験勉強がある事を差し引いても、それまでなら続ける事は不可能ではないはず。お金が欲しいなら尚更と思っていた。一つの人事異動が敢行されるまでは。

「では、邪魔者はHにおいとましますね~」
 柔らかい口調と女性のような言葉遣い。おネエ系キャラで多くのスタッフの信頼を得ている27歳男性の店長が、6月25日に現在のK店からH店へ異動する事になってしまったのだ。
「ちょっと待って下さい。行かないで下さいよ」
 僕は止めにかかった。無理だと解っていても止めずにはいられなかった。K店の社員は店長とマネージャー、僕の3人のみ。マネージャーが厳しいこの店の平和は店長の存在によって守られているも同然だった。当然Wも店長信者の一人。
「大丈夫よ~。だって新しい店長は今年の2月までここの店長だったんだもの。あたしが居たのは半年にも満たないのよ。本来の店長が戻ってくるだけよ~」
“本来の店長”はアラフォーの女性で、7年以上のキャリアを持つ。
「新店長? そうねえ、厳しいわよ。でもやる事をちゃんとやっていれば何も言わない人だから」
 主婦パートからも情報を入手。知れば知るほど僕を不安にさせた。
 それでも人事異動は何があっても覆らない。ならば手を打つしかない。僕は真っ白なノートの表紙に『新規スタッフ専用情報交換ノート』と書き、1ページ目にこう綴った。

 現段階で明らかになっているポイントは「クレンリネス」です。今までより「清潔」を心がけて下さい。特にフライヤー回りの揚げカス、油汚れ等はお客様から見えるものですので、気付いたらすぐに拭き取る事を心がけてみて下さい。私もですので気を付けます。
(6月24日の書き込みより)

 前職の職場に存在した『引継ノート』からヒントを得て、春以降に入社したWを含む2人の女子高校生アルバイト専用の連絡ノートを作った。これはアラフォー店長攻略ノートでもある。彼女は綺麗好きである事がマネージャーからの忠告により判明したのだ。ノートを新規スタッフ専用にした事には理由がある。僕も4月に入社した“新規”であり、僕と女子高生アルバイトしか中を覗けないようにする事で、例えばWが仕事で解らない事、でも古参スタッフには聞きづらい事を書くと、それを読んだ僕がその下に回答を記入する。抱えている問題をこのノートで一つずつ解決し、人事異動という大きな山場を乗り越えたかった。

 しかし、新店長体制になって僅か数日で、僕の作戦は早くも崩壊した。
「うちの店はノートを禁止しているのよ。言いたいことがあるなら口で皆に伝えなさい」
 アラフォー店長に怒られた。従業員同士のコミュニケーションの為にもノートを禁止している事が判明。そもそも普通の引継ノートが存在しない事を前々から疑問視していたが、その理由も明らかになった。せっかく書いたノートも処分する事になり、最後の悪あがきで長文を書き殴った。

 ちょっとこの場を借りて、音信不通の少女さんについてコメントさせて下さい。2度の無断欠勤の末に前店長が説教したと聞いた時点でもう来なくなるんじゃないかと危惧していました。それでも来てくれた6月10日に私はマイナスな事は一切言わず良い点を挙げて「それをもっと伸ばして」みたいな感じで励ましました。それでもとうとう来なくなり、正直どうすれば良いのか解らなくなっています。
 ただ一つだけ言えるのは、遅刻しないで来てくれるのを当たり前と思わず感謝するスタンスは変えないという事です。これからも誰が怒ろうが私はフォローに回りますし、誰が褒めなくても私は良い所を見つけて褒めるつもりでいます。
 どうか私の事は嫌いになってもこの店の事は嫌いにならないで下さい。
(6月28日の書き込みより)

 そう、僕は少女を失ったショックを未だに抱えている。少女が全面的に悪いとしても、僕の何がいけなかったのかと考えてしまう。本当にどうすれば良いのか解らなくなった。
「Wさん、すぐ手を冷やして下さい」
「イヤ、大丈夫ですよ」
「駄目です。火傷は跡が残りますから。レジは僕が見ているので大丈夫ですよ」
 毎日Wに嫌われない事だけを考えた。それしか出来なかった。
 そして、あの時のWの言葉が唯一の救いになっていた。
「本当はもっとシフト入りたいんですよ」
 しかし、Wの想いとは裏腹に、7月第4週のシフト表が彼女に現実を突き付ける。これまで週3~4回は入っていたWが僅か2回。そしてもう一人の女子高生アルバイトKが5回も入っていた。これは明らかにおかしい。シフトを作ったのはアラフォー店長。前店長ならまだしも今の店長には聞きづらい。とりあえず5回は多いというKの意見もある為、KがWに交渉し一日だけ逆になった。これでWも納得してくれたはずなので、次のシフトが決まるまでは店長に聞かずに様子見にしようと思っていた矢先、なんと店長の口から衝撃の事実を教えてくれた。
「Wさんがちゃんと動けるように指示出してね。あの子、レジに突っ立ってばかりで何もしないから、このままだとシフトを多くは入れられないよ。少なくしたのにはちゃんと意味があるんだからね」
 まさかとは思っていた予感が的中した。店長はWの勤務態度でシフトを決めていたのだ。だが本当にそうなのか? おネエ店長が居ない今、Wを一番知っているのは僕であり、僕が見る限りWは頑張っている。たまたま店長に見られている数少ない時にレジに立ったままだったのではないか。
 この事実をWに伝えようか迷ったが、一日でも多くシフトインしたい彼女にとって、この現実を知れば今まで以上に頑張ってくれると信じた。
「あくまでも店長の独断ですけど……Wさんの評価がそんなに良くないです」
「エー、そうなんですか?(笑)」
 Wは笑いながら答えてくれたが、内心はどう思っているのだろうか。
「ただ、これから本当に頑張っている事を店長が分かってくれれば、来週のようなシフトになる事も無いと思うので……」
 するとWも衝撃の発言をした。
「でもウチ、居酒屋始めたんですよ」
「居酒屋?」
「居酒屋のバイトも始めたんですよ」
 僕はこの店で二度目のショックを受けた。なんとWはバイトの掛け持ちをしていた。シフトが削られても気にするような素振りを見せなかったのはこういう事だったのだ。コンビニと居酒屋、どちらの時給が高いかは考えるまでも無い。居酒屋のバイトが軌道に乗れば効率良く稼げるようになり、コンビニを辞めるのは時間の問題だと悟った。

 僕は子供だった。15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子が、それでも直向きに努力している可愛い女の子が辞めるかもしれないと分かった途端、どうする事も出来なくなる子供だった。女子高生とシフトインする4時間が唯一の楽しみになっていた僕にとって、既に無断欠勤少女を失っている僕にとって、仲間はこれ以上消えて欲しくない。
「2レジの誤差はいくら出ました?」
「出ませんでした」
「おお。1レジも誤差ゼロですよ。すごいじゃないですか。ベテランのパートさんでも誤差は出していますし、やっぱり僕はWさんは一番頑張っていると思いますよ」
「エー、そうですかあ?(笑)」
「誰が何と言おうが僕はそう思います」
 良い所はしっかり褒め、伝えるべき事は全部伝えた。あとはWを信じるのみだった。
 そして、大波乱の7月第4週が幕を開ける。


(つづく)

◎無断欠勤少女物語(最終話)

2012-06-15 03:39:07 | ある少女の物語
 翌日の夜、僕は横浜の雑居ビルの中にある小さなパーティー会場にいた。
 今年の2月に26歳を迎えてしまった僕は、未だに彼女が居ない、というか居た事が無い事実に危機感を覚え始め、婚活パーティーなるものに参加表明を出してしまった。前職で片想いし続けた27歳の女性マネージャーにいつまでもこだわる訳にもいかず、一歩前へ踏み出す必要性を感じたのだ。
 結論から言うと、約20人もの女性参加者の中で魅力的な女性は一人しかおらず、その女性とカップルが成立する事も無く幕を閉じた。20代限定で女性の人数もそれなりに多いと聞いて、千反田えるのような可愛い女性が一人くらいは居るだろうと淡い期待を抱いていた。現実は8割が茶髪、更にその半分はギャルの様相を呈していた。最低でも数人は喫煙者のようだった。それでも優しい人ならと思ったが、あいにく僕は一人当たり僅か2分のトークタイムで相手の性格まで読み取る話術を持ち合わせていなかった。
 そう、2人きりで会話を交わさなければならなかったのだ。女性と会話なんて滅多にしない事であり、異常に小さいテーブルが2人の物理的な距離を縮めた事も緊張感をピークにさせた。相手のプロフィールカードを見ながら必死に話題を探す。僕の口から発せられた言葉はつまらない話ばかりだったはずだ。相手から話題を振ってくれる事もあったが、九分九厘は「接客業って何をやっているんですか?」だった。そこで毎回コンビニと答えねばならない辛さは今でも忘れられない。男性のプロフィールカードに限り年収と最終学歴の欄も存在する。それを見ただけで切った女性も居るはずだ。

 こうしてこの日も僕に彼女は出来なかった。同時に、少女とWの偉大さに気付いた。染髪、ギャルメイク、お酒、煙草。そんな大人のダーティーな部分を知る前の無垢な女の子こそが女子高生であり、パーティー会場にいた大人の女性たちが失ったものを2人はまだ持ち続けているのだ。
 そして、スーパーで働く友人の友人が女子高生と付き合っている事実を思い出した。同じ職場とはいえ10歳も年下の女の子を数回デートに誘った後、告白に成功したのだ。彼は僕にでも女子高生と円滑なコミュニケーションを取れる可能性を教えてくれた。

 確かに僕は少女に裏切られた。憤りを感じないと言えば嘘になる。怒るのは簡単だ。しかし、それで辞められたらどうする。仲の良いWも道連れで辞めてしまうかもしれない。そしたら次に女子高生アルバイトが入ってくるのは何ヶ月、イヤ何年後になるのだ。お前はそれで良いのか。星の数ほど訪れるお客様と格闘してばかりの毎日で、女子高生とシフトインする4時間が唯一の楽しみになっていたのではなかったのか。少女もWも仕事で分からない事は何でも僕に聞いてくれる。こんなキモヲタのヘタレ社員を信頼してくれている。それなら僕が“無断欠勤少女”に対して本当にすべき事は――。



 6月10日。少女とWが夕勤でシフトインする日が再び訪れた。遅刻しないのであれば17時までに2人は来てくれるはず。実は少女は5日に出勤しており、その日僕は公休日だったが店長が説教したという。そして、7日も出勤日ではあったが前日に休む旨を連絡した上で欠勤している。ようやく事前連絡するスキルを身に付けてくれたようだ。そして今日は事前連絡が一切無いので、今度こそ僕は少女を信じた。しかし、
「オイ……冗談だろ?」
 16時45分、50分、55分。少女はおろか、Wさえも姿を見せない。まさかの2人同時欠勤なのか。
「おはようございます」
 と思っていた矢先、58分にようやくWが来てくれた。いつもなら50分までには来ているはず。こんな日に限って何が起きたのか。そんな事はこの際どうでも良い。この時点で僕は少女の無断欠勤を確信した。終わった。少女が来ないだけで予定が全て狂う。この日も僕は残業になるだろうし、三度目の正直を覆した少女は確実に首切りになると悟った、その時だった。
「おはようございまーす」
 17時5分、マスクを付けた女の子の挨拶を聞いて、信じる事を諦めた自分を悔やんだ。少女だ。紛れも無い遅刻。だが欠勤ではなかった。風邪が治っていないのにも関わらず、ちゃんと来てくれた。

 まずは少女に5月分の給料を手渡した。
「その金額は、5月に頑張った成果というよりも、6月の一ヶ月に対する少女さんへの期待の額だと思っています。だから、過去の事をとやかく言うつもりは無いので、これから頑張って下さい」
 それは、4日前の某5位のアイドルの演説からヒントを得て考えた台詞だった。とどのつまりパクった。
「それと、店長に何を言われたかは知りませんけど、気にしないで下さい。あの人は言わなきゃいけない立場だから言っているだけなので」
 そして僕は、最後にどうしても言いたい事があった。
「実は少女さんは、僕に無いものを最低でも3つは持っているんですよ」
「エー、何ですか?」
「まず、笑顔。それと愛嬌。そしてもう一つは黒髪ロングです」
「アハハハハ」
「僕は笑顔が出来ません。中学時代、ある女子に笑った顔が気持ち悪いと言われてから笑顔に自信が持てなくなりました」
 接客業で笑顔が如何に重要かは、前職を含めて一年以上お客様と接してきた僕には痛いほど解っていた。トラブルが起きた時、僕が無表情で「申し訳ございません」と言うよりも、少女が笑顔で「すみません」と謝る方が、より一層お客様の怒りを沈める効果を持つ。僕が一生かけても手に入れられないであろうスキルを、少女は15歳にして既に身に付けているのだ。
「そんな自分の良い所をこれからも大事にして下さい」
 笑顔、愛嬌、黒髪ロング。僕は“無断欠勤少女”を褒めた。それが正解かは解らない。少女のESを高める答えを選んだまでの事。

 ここより暇な店は近くにいくらでもあるだろう。そんな中でたまたまアルバイト募集の貼り紙を見て応募したのが不運にも忙しい店だった2人の女子高生。大学生かそれ以上の人でさえ数ヶ月で姿を消しているのに、15歳の女の子にいつ辞められても文句を言える訳がない。
 それでも僕は出来る限り長く居続けて欲しいと思っている。もちろん女子高生に限らずアルバイト全員である。ミスをしたり怒られた人にはフォローを入れ、休まず遅刻せずに出勤してくれる事を当たり前と思わず感謝の気持ちを持ち、円滑なコミュニケーションを取る。こうしてESが上昇する事によりモチベーションも高まり、それがクオリティーの高い接客、ひいてはCS(Customer satisfaction/顧客満足度)の向上に繋がり、お客様の為にもなる事を信じている。
 とりあえず僕は、アルバイトに一番近い社員で在りたい。


(Fin.)

◎無断欠勤少女物語(第2話)

2012-06-15 03:37:28 | ある少女の物語
「もしもし、すみません、◎◎です」
 翌日の昼、ようやく少女から電話が来た。
「昨日はすみませんでした。昼頃から風邪を引いて電話も出来ませんでした。あの……大丈夫でした?」
 こうして無断欠勤の原因が判明した。電話くらいは出来るだろと突っ込みたいが、下手に強く言って辞められても困る。テーマはコミュニケーション。ESを下げないように上手く会話をせねばならない。
「店長が予定よりも早く来てくれたので何とか大丈夫でした。逆に少女さんは体調大丈夫ですか?」
「あ、もう大丈夫です」
「それは良かったです。ぶっちゃけ心配していたんで」
「すみません……」
「それで次の出勤は日曜ですけど来れそうですか?」
「ハイ、大丈夫です」
 少女は確かにそう言った。まさかこれが後に起こる悲劇の序章になろうとは、この時は知る由も無かった。



 6月3日、日曜日。この日僕は9時から18時までの9時間勤務のシフトになっていた。
 まずは9時にセンター2便が来て検品と品出し。センター便とはおにぎり、サンドイッチ、弁当などの食品や飲料が一日3回、波のように大量に押し寄せてくる納品である。その後おでんを作り、昼のピーク時に向けて揚げ物も徐々に揚げていく。10時半に今度は山パンの納品。これを全て売り場に出し終わると僕は精算作業に入る。もう一人のスタッフは11時廃棄の対象を売り場から撤去し、油まみれのフライヤーを洗浄する。お客様の殺到する12時以降はレジ2台をフル稼働させ、それでも13時までにレジ点検を終わらせなければならない。13時以降は夕方に向けて揚げ物を更に増やしたり、煙草の補充をしたり、おでんの汁の継ぎ足しをしたり。本来なら14時半に夕刊、15時に煙草の納品があるが、この日は日曜なので無し。前日の夕刊の売れ残りの返品作業のみを行う。16時までにレジ点検を済ませ、16時廃棄の対象を撤去する。その後センター3便が到着し検品と品出し。なんとここまでを僕とアルバイトの計2人だけで回しているのだ。アルバイトは13時を境に交代しているが、社員の僕は当然ぶっ通し。疲労はピークに達していた。その時、
「おはよ~」
 ついに店長が来てくれた。この日の夕勤は店長と少女の2人。当然店長は少女の無断欠勤の件を知っている。
「ちょっと今日は彼女に問い詰めるわ」
 事前連絡なしの欠勤は許される事ではない。全ての責任者である店長は少女に説教する義務がある。
「イヤ、あまり厳しくしないで下さいね」
 それでも僕は少女のフォローに回った。もしここで「まだ高校生ですから」等と付け加えていたら「そんなの関係ねえ」と突っ込まれていたはずだ。だが僕は無関係にはしたくない。高校生のメンタルが並の大人ほど強くは無いことくらい、自分の高校時代を思い出せば容易に想像がつく。まずはこの日来てくれる事に感謝すべきであり、事前連絡の必要性は一言、二言で伝える程度で良いと思う。それでも店長が少女への説教を強行するのであれば、その後僕が彼女にフォローを入れるまでの事。そのつもりでいた。17時5分までは。
「あれ? ちょっと待って、来なくない?」
「イヤ、少女さんはこれくらい遅れる事、何度もありましたよ」
 またしても少女が現れない。今度は店長が少女の携帯に電話をかける。そして3分後、店長の口から衝撃の事実が告げられた。
「少女さんは風邪が長引いて今日も来れないって。しかも僕さんに電話でそう伝えたって言っているけど?」
 嘘だッ。少女は嘘をついている。電話の相手が僕ではなく店長だから誤魔化せるとでも思ったのだろうか。いずれにせよ僕は裏切られた。今までの心配とフォローは何だったのか。そして、店長一人で夕勤の時間帯を回せるはずも無く、僕は21時までの無償残業が確定した。最後の一時間は立っている事すら辛かった。


(つづく)

◎無断欠勤少女物語(第1話)

2012-06-15 03:35:15 | ある少女の物語
 ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ。しかし、先日10kで購入したばかりの中古のノートパソコンを前にして87個ものキーから選別し両手指でカチカチと叩いている自分がいるということは、心の何処かにこの話を簡単に片付けたくない想いが残されているのかもしれない。コンビニエンスストアで働き始めたばかりの何も知らない僕がアルバイトの為に何が出来るのか、社員としてどうあるべきなのか、悩み苦しんだ一部始終がここにある。



 事の始まりは2012年5月31日。ある女子高生のアルバイトが始業時刻を過ぎても出勤しなかった。過去に数分遅れることは何度かあったので、最初は特に何も思わなかった。10分経過しても来ない事でやっと僕を不安にさせた。慌ててバックヤードのデスクの引き出しから履歴書ファイルを取り出し、少女の電話番号を探す。
 その時点で衝撃を覚えた。僕の知らない顔が4×3センチの枠内に収まっている履歴書が何枚も発掘された。まだ入社して2ヶ月弱、今の店に異動してからは3週間しか経っていない。そんな僕の知らない人が何人もいる。
 そう、この店は何人も辞めている。履歴書の日付から判断するに、僅か数ヶ月単位で人が入れ替わっている。確かにこの店はとても忙しい。都外とはいえそれなりに大きな駅にドミナント出店している事もあり、来客数は1時間で100人超えもザラにあるし、会社帰りのサラリーマンが殺到する23時台にアイス・冷凍食品とセンター便の納品が重なり検品・品出し・レジ対応の三重苦に見舞われる。全体的なお客様の民度も決して高いとは言えず、細心の注意を払わないとトラブルも起き易い。しかし、その壁を乗り越え1年、2年と継続しているアルバイトが何人もいる事もまた事実。
 そんな店に4月から女子高生アルバイトが2人も入った。一人は既出の少女、もう一人をWとしよう。学校に通った後で疲れているはずなのに、1日4時間、週3~4回のシフトを消化していく15歳の華奢な身体。僕はこの歳で大人の世界に飛び込んだ彼女たちを素直に応援したいと思っている。しかし、
「ところでWさん。既にお察しの通りですが、少女さんがまだ来ていません」
 結局、少女の携帯電話にかけても留守電。家の電話も誰も出なかった。
「アハハ……部活で遅れているんじゃないですか?」
 女の子が笑うだけで何故こんなにも癒されるのだろう。だが今はそんな事を考えている余裕は無かった。

 ESという言葉をご存知だろうか。Employee satisfaction、つまり「従業員満足度」の事である。特に駅チカ、駅ナカのコンビニでは来客数が多い故に従業員はレジ対応に追われ、作業中は他の従業員や店長との会話をする時間が無い、もしくは少ないのが現状であり、深まる孤立感が勤労意欲の減退を招き、ESの低下に繋がりやすい現状にあるのだ。離職率の高い当店も例外ではない。ましてや少女はまだ高校一年生。そして未だに姿を見せない現実。もはや、いつ辞めてもおかしくない状況である。
 ここで浮かび上がるキーワードは当然「コミュニケーション」。極度の人見知りの僕は、これまで少女と円滑なコミュニケーションを取っていた記憶は無い。せめて、この日来てくれたもう一人の女子高生Wと頑張って会話をしなければならない。彼女かて、いつ辞めるか解らないのは一緒なのだから。
「ぶっちゃけこの店、遅刻にはあまり厳しくないんですよ」
「えー、そうなんですか?」
「少女さんは過去に何度か数分遅れているんですけど、まあそれは良くは無いんですけど、でも誰も何も言ってこなかったんで。ただここまで遅れると話が別になってくるので」
「アハハハハ」
 この程度で笑ってくれるのであれば僕は未来永劫、彼女と話していたい。なんて考えている場合ではない。こんな状況下で僕はWに何を話すべきなのか。
「もし遅れるなら必ず事前に店に電話入れて下さいね。それだけでも全然違うんで。どうやら少女さんはそれもやっていないっぽいんで」
 イヤ、そんな当たり前の事ではなく、もっと大事な台詞があるはずだ。
「それと、仮に1時間2時間遅れたとしても来てくれるだけで本当に助かるので、もういいやって休む事はしないで、最後まで諦めないで下さい」
 来てくれるだけで助かる。そりゃそうだ。僕はまだ入社して2ヶ月弱なのにシフト上では既にアルバイトをまとめる責任者として位置づけられている。例えばこの日の夕勤は僕を除いて女子高生アルバイト2人のみ。僕より上の人が存在しないシフトになっているのだ。ヘタレの末端社員一人だけでは何も出来ず、アルバイトに助けられて初めて店を回せる。それはベテランの主婦でも新人の女子高生でも同じ事。
「学校の先生とかは『遅刻しないのが当たり前』とか言うかもしれないですけど、僕はそうは思わないです。遅刻しないで来てくれるだけで本当に感謝しているので、これからもよろしくお願いします」
 結局この日、少女が現れる事は無かった。


(つづく)

◎桜の舞う頃に・・・(最終話)

2009-02-21 19:57:04 | ある少女の物語
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第1話  第2話
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 なんと少女は今朝、実家の自分の部屋で精神安定剤を100錠も服用して倒れていたのだ。その3時間後に発見した母親が慌てて119番と会社にいる父親に電話をかけたのだ。
「お前が自殺に追い込ませたんだろ!? そうなんだろっ!?」
「イヤ、ちょっと待って下さい。そもそも結衣さんは末期のがんで」
「ハァ!? 何を言ってるんだ!」
「イヤ、結衣さん、末期の肝臓がんって言ってましたよ」
「んなわけねーだろボケがあ!」
 そう言うと父親は僕を殴った。もう何がなんだか解らなかった。まさか、がんは嘘だったのか?
「あなた、待って! その男は何も悪くないわ!」
 そこへ少女の母親らしき女性が現れた。
「これを見て! 結衣の部屋から見つかったものよ」
 母親は、父親と僕に一枚の手紙を見せた。



 両親へ

 遺書なんて重々しいものはとても書けないので、手紙という形で書かせていただきます。
 最近、胃の痛みが激しいです。しょっちゅう吐き気もします。食欲もあまり出ません。
 大学の友達もいつからか連絡をくれなくなって寂しいです。
 講義にもついていけず、単位は足りず、卒論も未完成なので留年は確定です。
 何をやっても楽しくないし、頭が常に重いし、生きている実感がありません。
 精神科医に貰った薬は効いていないみたいです。
 そんな絶望的な状況の中、追い討ちをかけたのが元彼です。
「人生で最高の人に出会えた」と言ってくれた元彼が二股をかけていたのです。
 元彼と別れた日、私は全てが嫌になり、1~2ヶ月後には自殺すると決めました。
 環境を変えようと思い、実家を離れて一人暮らしをしようと決めました。
 今更ですが、勝手に家を出てしまってごめんなさい。
 あれからアパートを借りて一人暮らしをしていました。
 隣の部屋に住んでいたのが今の彼・中村雄介さんです。
 中村さんが私に好意を抱いていると気付くのに時間はかかりませんでした。
 こんなダメ人間な私でも、死ぬ前に何か人の役に立ちたいと思い、
 人生の最期は中村さんのために生きようと心に決めました。
 中村さんに告白された時、余命が最短で1ヶ月の肝臓がんだと嘘をついてしまいましたが、
 それでも中村さんが「付き合って欲しい」とお願いしてきたので、それに応えるべくOKしました。
 一緒にいた日々が、中村さんに尽くした日々が、どれも最高に楽しかったのは事実です。
 やっと人の役に立てた。もう現世に思い残すことはありません。
 この手紙を書いた後、薬をたくさん飲んで安らかに眠りにつきます。
 さようなら。そして、ごめんなさい。

 結衣



「なんだよ……死にたいんだったら俺に相談してくれれば良かったのに……」
 僕は涙を流さずにはいられなかった。すると父親がおもむろに口を開いた。
「さっきは殴ってしまってすまなかった。結衣は悩みを人に話さずに、自らの心の内に仕舞い込む娘なんだよ。昔からそうだった。中学、高校といじめられていた時も、先生に言われるまで俺も母さんも知らなかった」
「えっ、いじめにあってたんですか?」
「やはり聞いてなかったか。結衣は昔から救われない娘だった。5日前、結衣が突然家に帰ってきた日に『やっと私に彼氏が出来たの』と喜んで報告していたけど、その笑顔が尚更俺と母さんを不安にさせたよ。本当は上手くいってないんじゃないか、最悪の場合DVに遭ってるんじゃないかって。勝手に疑って申し訳ない。この手紙を読んで解ったよ。君は間違いなく結衣を幸せにしてくれたということがね」
 それを聞いて、僕はさらに号泣した。
「西岡! 目を覚ましてくれよ! まだ一番大事なことが解らないじゃないか! その手紙にも書かれてない大事なことが! 答えてくれよ! 西岡! 西岡~!!」



「……村さん……中村さん……」
 微かに聞こえる少女の声で目を覚ました。僕は3時間も泣き続け、泣き疲れてそのまま寝てしまったようだ。
「西岡! 目を覚ましてくれたんだね!」
「ちょっと、声が大きいよ。恥ずかしいよ、皆見てるじゃない」
「えっ? あ、ここは……」
 そこは何故か川沿いの公園だった。公園を訪れた人たちが皆こっちを見ている。
「約束通り川沿いの公園に来てあげたよ」
「西岡……」
「ホラ、あれを見てよ」
「……あ!!」
 少女の視線の先には、この公園に一本しかないソメイヨシノ。満開の桜が舞っていた。
「……やっと見れたね、中村さん」
「……うん。すごい綺麗だ……」
 僕等はしばらくの間、無言で桜を見ていた。その後、僕から口を開いた。
「……あ、あの、西岡。一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「なーに?」
「俺のこと……本当に好きなの?」
「えっ?」
「だって、俺に尽くそうとして付き合ってただけなんだろ? 無理しなくて良かったのに。俺は本当の気持ちを知りたいんだよ!」
「……なーんだ。そんな簡単なことも解らないの?」
「えっ?」
「中村さんの望む答えで合ってるよ」
「!!!」
「これから辛い時があったら、いつでも私を呼んでね。必ず出てきて励ましてあげるから」
「えっ、どういう意味?」
「じゃあ、最後にキスしようか」
「……うん」
 僕等はゆっくりとお互いの唇を合わせた。その瞬間に目を閉じた。
 世界中の時が一瞬だけ静止したように感じた。



 気がつくと、そこは再び少女のいる病室だった。
 心電図は直線になっていた。
 父親も母親も号泣していた。

 そうか、少女は最後にもう一度、夢を見せてくれたんだ。今までで最高の夢を。



 あれから僕は、少女に出会う前と同じ日々に戻った。
 でも一つだけ違うのは、今の自分に誇りを持つようになったこと。
 少女の分も生きようと心に決めたんだ。それが僕の生きる理由だから。



(Fin.)



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第1話  第2話
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◎桜の舞う頃に・・・(第2話)

2009-02-21 19:52:59 | ある少女の物語
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第1話  最終話
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「私、末期の肝臓がんなんです。医者には治療は不可能と言われて、今は毎日薬を飲んでいるだけです。余命は1~2ヶ月。早ければ、あの木から桜が舞う頃には、もう……」
 少女の視線の先には、この公園に一本しかないソメイヨシノ。
「実は私も……中村さんのことが好きです。でも、いつ終わるか解らない恋に、あなたを巻き込ませることなんてとても出来ません」
「………」
 あまりの衝撃に僕は一瞬言葉を失ったが、すぐに口を開いた。
「それでもいいです。期間なんて関係ありません。僕は西岡さんと一緒にいたい。ただそれだけなんです。どうか、お願いします」



 僕等の恋はここから始まった。
 いつ砂が落ち切るか解らない砂時計。それでも僕は、だからこそ僕は、少女といられる時間を大事にした。
 常に貪欲になり、行きたい場所、やりたいことは我慢せずに何でも実行した。そのためにはお金を決して惜しまなかった。
 そして、不思議なことに僕等は喧嘩することは全くなかった。不器用な僕が少女を一度も傷付けなかったと言えば嘘になる。だが少女の怒った顔は一度も見たことがない。そんな少女の優しさに応え、僕も少女に対して怒りを露にすることはなかった。



「会社が終わったら川沿いの公園に来てくれる?」
 少女がそんなメールを送ってきたのは、付き合い始めて3週間後、卒業式の季節を迎えた頃だった。
 僕は急いで川沿いの公園に向かった。まばらに蕾を見せているソメイヨシノの下に少女がいた。
 あの時と同じように、水面に映る月を見ながら少女はこう言った。
「……私、来週から入院することになっちゃった。親がうるさくて」
 それを聞いた僕は、砂時計の砂が残り僅かになっていると悟った。
「……そう、なんだ………」
 僕はそれ以上の言葉が出なかった。
「中村さん……お願いがあるんだけど、いい?」
「……何?」
「残り1週間、中村さんの部屋に居させてもらえないかな?」
「えっ!?」
「そんなに驚くことないじゃない。私たち恋人だし隣人だし、何度もお互いの部屋に遊びに行ったりしてたわけだし」
「イヤ、その、あの……こ、光栄すぎて何て言っていいのか……」
「じゃあ決まりだね?」
「……うん」



 翌朝。
「朝ですよー」
 少女の声で目を覚ます。まさかこの少女と同棲できるなんて夢にも思っていなかった。
「ハイ、お味噌汁」
「お、マジか! ありがとう」
「今日も一日お仕事頑張ってね」
 少女のおかげで、いつもは重い足取りの通勤も今日は爽快な気分でいられた。

 その後も新婚生活のような甘い日々が続き、あっという間に6日が経った。
 この日は一日中ディズニーランドにいた。最後に目の前の現実から離れ、夢のような世界で魔法をかけられた気分でいたいという少女の希望だった。
 少女は初めて会った日と同じスカートで、あの時をもう一度思い出させてくれた。

 その夜、僕等は川沿いの公園に来ていた。ソメイヨシノの蕾は膨らみ、ところどころ花が咲いていた。
「俺が告ったのはこのあたりかな?」
「アハハ。懐かしいね」
 すると僕は、今まで恥ずかしくてとても言えなかったことを、何の躊躇いもなく自発的に話し始めた。
「……俺、西岡に会うまで、全然楽しくなかったんだ、人生が」
「そうなの?」
「朝から晩まで働いて、毎日それの繰り返し。経済的に将来への不安もあって、人生このままでいいのかなあ、俺は一体何のために生きてるんだろう、って思ってたんだ。でも西岡と出会ってからは考えが変わった。今のままでいいのかとか将来どうなるんだろうとか、そんなのはどうでもいい。一人の女性のために一生懸命生きようと思えたんだ」
「えっ?」
「こんな気持ちになれたのは生まれて初めてだし、全部西岡のおかげだよ。本当にありがとう」
 それを聞いた少女は、映画の時以来の涙を見せた。
「……あ、ありがとう…………私も、本当にありがとう……」
 僕等は自然と抱擁し、キスを交わした。
「お見舞い、必ず行くから。会える日と時間が分かったら教えてね」
「……うん」
「この木から桜が舞う頃に、医者に許可を貰ってもう一度2人で来ようよ」
「……うん………そうだね」



 翌日の昼過ぎ、駅で少女と別れた。そのまま病院に向かったようだ。
 今振り返ると全てが夢のようだった。短い間だったけど、いい夢を見ることが出来た。
 本当にありがとう。



 しかし、異変はその翌日から起きた。月曜の夜に僕から少女に送ったメールの返信が、3日経っても送られてこない。電話をかけてもいつも「電源が入っていません」というメッセージ。お見舞いに行っていい日時も一向に教えてくれない。
 これは変だと思い、金曜日、会社を半日で早退して少女の言っていた病院に直行した。しかし、
「西岡結衣さんですか? そのような方は入院されていないようですが……」
 受付のその言葉に僕は愕然となった。今、少女はどこにいるのか。他の病院なのか、それとも実家か、それともまさか……。
「急患です! 急患です!」
 急にあたりが騒がしくなった。運ばれてきた患者はよく見えなかったが、
「21歳の女性が急性薬物中毒の疑いあり!」
「結衣! しっかりしろ! 結衣~!」
 付き添っていた医者と父親らしき人の台詞で少女だと確信し、僕を更に驚愕させた。一体どうなっているのか。

 病室で点滴を打たれたまま目を覚まさない少女。頭を抱える少女の父親。恐る恐る僕は話しかけた。
「あの、すみません……僕は結衣さんの……その……」
「お前が結衣の言っていた男か! お前が殺ったのか!?」
「え? ちょっと待って下さい、誤解ですよ?」
「結衣は自殺しようとしたんだぞ!」
「えっ!?」


(つづく)


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第1話  最終話
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◎桜の舞う頃に・・・(第1話)

2009-02-20 22:06:00 | ある少女の物語
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※この物語は完全なるフィクションです。
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 川沿いの公園で、僕は少女に想いを伝えた。
「西岡さんのことを、もっとたくさん知りたいです。もし良ければ……今以上の関係になってもらえますか?」
 少女は水面に映る月を見ながらこう答えた。
「……ごめんなさい。ずっと黙っていたことがあります」
 その時の少女の悲しそうな顔が、何よりも印象的だった。



 僕は26歳の会社員。彼女がいなければ友達もいない。趣味がなければ貯金もない。
 毎日朝から晩までアクセク働いて、こんなに何もない人生。僕は一体何のために生きているのだろう。

「ピンポーン」
自らの現状に絶望していたある日、一人の少女との出会いがあった。
「はじめまして。隣の202に越して来た西岡結衣です」
 早くも僕の心は揺れ動いた。それまでに出会った女性の中で一番可愛く、一番スカートが似合っていたのだ。
「あ、ど、どうも、中村雄介です、よ、よろしこ願します」
 ただでさえ女性に免疫のない僕は、あまりの緊張に呂律が回らなかった。
「これ、つまらないものですがどうぞ」
 ラッピングされた箱を受け取った僕はお礼を言い、もう一度「よろしこ願します」と言ってドアを閉めた。
 いつまでも止むことのない異様な緊張感の原因は、明らかに一つしか考えられなかった。少女の顔が頭から離れられない。

 その夜。明日は月曜日だと思うと僕は鬱になった。毎週これの繰り返しだ。本当にうんざりする。
だが、その日だけはいつもと違う夜だった。
「ピンポーン」
 本日2度目のインターホン。そして再びあの少女だった。
「今、暇ですか?」
 え? いきなり何を言い出すのか。
「もし暇なら、ちょっと出かけませんか?」
 え!? これは夢なのか?
「あ、ハイ……イヤその、暇ですけど……一緒にですか?」
「私も暇なんです。行きましょうよ」
「あ……ハイ。いいですね、行きましょう」
 あまりの超展開に僕は動揺を隠しきれなかった。さらには少女の自家用車に乗せてもらうことに。他にも友達がいるのかと思いきや、まさかの2人きりである。
 僕は思わずカッコつけて「スタバなんてどうですか?」などと行ったこともない店を提案し、そこに入ったはいいものの、ミルクと砂糖の場所が解らずにオロオロしてしまう。だが少女は「ここにありますよ」と優しく教えてくれた。
 僕等はお互いのことを聞き合った。少女は21歳、私立の大学に通う4年生だという。
「何で今になって引っ越してきたんですか?」
「ウーン……何故だと思います?」
「あ、イヤ、すみません、言わなくていいですよ」
 スターバックスを出るとどこにも寄らずアパートに直行し、夢のような夜は幕を閉じた。
 もう少女には嫌われているのかもしれない。過去の経験からそんな気がした。いつも上手くはいかないのだ。でもそれでいい。一日だけだけど楽しかったから。もういいんだ……。

 しかし、3日後の夜。アパートに帰ると、なんとドアの前に少女が立っていた。
「階段を昇る音が聞こえたから出てみたんです。やっぱり中村さんでしたね。ちょっと出かけませんか?」
「え、いいですけど……えっ?」
「私、基本暇なんです。というより寂しがり屋なんですかね」
 今度こそ夢だと思った。状況が飲み込めず、事実だけがどんどん先に進む。
 しかも、ドトールの店内でさらなる奇跡が。
「私、毎日寂しいんで、メールとかしません?」
「えっ、いいんですか?」
少女は自分のメールアドレスと電話番号を赤外線で送ってくれた。何故こんなにも積極的なのか。
「あ、届きました。俺のも送りますからちょっと待ってて下さい」
 しかし、アドレス交換などほとんどしたことのない僕は、赤外線送信のやり方すら解らなかった。
「エーット……あれ? こうじゃないか……あれ? あ、すみません、メールでもいいですか?」
「ンフフ。いいですよ」
 僕の情けない姿を見ても、いつも笑ってくれる。可愛いだけでなく、すごく優しい。

 その後、毎日のようにメール交換が行われた。
あまりにも上手くいきすぎて疑問にさえ思う。僕は騙されているのか、それとも遊ばれているのか。

「次の土曜日に映画に行きませんか?」
思い切って誘ってみた。少女は快くOKしてくれた。
当然何を観るかという話になり、ヤフーのレビューを参考に選んだ作品を提案すると、「私もちょうど観たかったんです」などと言ってくれて、それが本心かは解らないが、少女の優しさに僕は更に心を打たれた。
そして土曜日。映画は邦画の純愛もので、終盤で少女は涙を見せていた。僕は思わずひじ掛けに置かれた少女の左手を握ってしまった。が、嫌がられることはなかった。
「すみません泣いてしまって。私も高校時代にあんな恋愛してみたかったなあって思って……」
「イヤ何を言ってるんですか。これからあるかもしれないですよ」

 その後も何度か2人きりで会った。その都度僕は性格ゆえの不手際が目立ったが、少女は僕の全てを受け入れてくれるかのように何も文句を言わなかった。騙されているとか遊ばれているとかそんな考えは次第に頭の中から消えていき、純粋に少女を想う気持ちだけが残っていた。臆病者の僕が思い切って少女に告白しようと心に決めるまで1ヶ月もかからなかった。



「……ごめんなさい。ずっと黙っていたことがあります」
 2月の風が吹き抜ける川沿いの公園で、悲しそうな顔を浮かべる少女。告白は失敗に終わったかのように思えたが……。
「……私の命、そんなに長くないんです」
「えっ!?」
「私、末期の肝臓がんなんです」


(つづく)


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第2話
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◎Red to Gold ~赤点少女・紺野あさ美の物語~

2009-01-18 00:25:38 | ある少女の物語
 2001年夏。当時のモーニング娘。は、リーダーの飯田、エースの安倍・後藤を筆頭に最強メンバーが揃い、“黄金の9人”と呼ばれるほどの完成形を得ていた。
 そんな中で決行された4人のメンバー増員。そのうちの一人が紺野あさ美(当時14歳)だった。
 黄金の9人に4色が混ざる、それは果たしてプラスになるのか。ファンの間でも賛否両論だった。ましてや紺野はオーディションの最終選考に残った中では最低の成績で、つんく♂プロデューサーに赤点を付けられた存在。肩身がとても狭かった。

 しかし“赤点少女”だからこそ、過酷なボイスレッスンとダンスレッスンを人一倍、同期の他のメンバー以上に努力した。出来ないことだらけで涙する日も多かったが、

「何に対しても努力するところを見てほしいと思います」

 最終選考で口にしたその言葉が嘘にならないためにも、今は諦める訳にはいかない。
 そして彼女は、つんく♂Pの言葉を信じていた。

「歌もダンスも赤点やけど、そいつと最初に出会った時のインスピレーションに賭けたいと思いました。紺野には原石の光を感じます」

 2001年10月。紺野を含む5期メンバーが加入して初のシングル「Mr.Moonlight~愛のビッグバンド~」がリリース。わずか1週間で30万枚を売り上げ、累計はなんと50万枚を超えた。
 赤点少女は足を引っ張らなかった。紺野を含む5期メンバーは世間に認められたのだ。“黄金の9人”は“伝説の13人”へと進化した。

 その後も、決して目立つとは言えないポジションに就くことが多かったが、まっすぐ真剣に努力する姿勢と諦めない芯のある志は、いつしか紺野の存在感を大きくさせていた。

 そして2002年9月。数々の名曲を世に残して来た娘。内ユニット“タンポポ”の新メンバーに、なんと紺野を含む3人が抜擢された。さらに翌年7月には、カントリー娘。の新たなサポートメンバーとして藤本と共に起用されたのである。

 また、この頃から紺野はバラエティー番組の学力テスト企画でトップの成績を収めるなど、持ち前の学力で秀才キャラを確立させていた。
 さらに、ハロー!プロジェクトのメンバーで結成されたフットサルチームでも、紺野は陸上と空手で培った運動神経を活かし、キーパーとして大活躍していた。
 そう、いつの間にか紺野は、頭が良くて運動神経抜群、そして歌もダンスも上手い“優等生アイドル”に化けていたのだ。

 そして、2006年7月。

「(オーディションでは)赤点だった自分をここまで育ててくれたメンバーとファンの皆さん、そしてつんく♂さん、本当にありがとうございました」

 紺野あさ美はモーニング娘。を卒業した。
 5年前の姿が嘘のように、娘。を巣立ちゆく彼女は輝かしい光に満ちていた。赤点少女は黄金に染まったのだ。

 そのわずか1ヶ月後に、8科目もある高卒認定試験を受験し見事に一発合格。その年の12月には、慶應義塾大学環境情報学部のAO入試に合格したのである。
 1日11時間勉強すると決めて取り組んだ時期もあり、少しの休憩でも自分は今サボっているのではないかと追い込ませるほどのやる気と努力があったからこそ、未知なる挑戦も成し遂げられたのだ。

 モーニング娘。として多くの伝説を残して来た紺野あさ美も今や21歳。一人の大学生として新たな道をまっすぐ真剣に歩き続けている。

「何に対しても努力するところを見てほしいと思います」

◎Gloomy girl ~あるBL好きな公務員少女のお話~

2008-11-25 02:18:49 | ある少女の物語
春の秋葉原。
興味本位で参加したオタクのオフ会で、一人の少女に出会った。

黒淵の眼鏡をかけ、黒いベレー帽を被り、黒いロリータ系のファッションに身を包む小柄な少女は、
国家公務員として働いてもう3年目になる20歳の女の子だ。
同人誌をこよなく愛し、アニメは週に40本以上も鑑賞している筋金入りの“腐女子”でもある。

どんなに不景気だろうと一生安泰でいられる職に就き、プライベートも楽しんでいるように見える。
普通の人から見れば明らかに“勝ち組”であり、高卒で早くも“幸せ”を手に入れた数少ない少女である。



しかし、少女の心は病んでいた。



「私は要らない人間です。生まれて来なければ良かったんだと思います」



何故そう思うのか。
この少女を誰が否定するというのか。



「死にたいと思ったことは何度もあります」



何故そう思うのか。
まさか親が悲しんでいるとでもいうのか。



「でも、今まで育ててくれた両親には、本当に感謝しています。
恩返しがしたいんです。
だから、毎月5万円、親に送っています。
親には要らないと言われますが、それでは私の気持ちが収まりません。
いくら死にたくても死ぬわけにはいきません。
親には一生尽くします。それが私の生きる理由だから」



国民のために働き、親のために生きる。
自分のことは二の次。
少女は立派な大人だった。

だが、大人であるが故に悲観的になり、自らを全否定までしている。



あなたは要らない人間なんかじゃない。
もっと肩の力を抜いて、一度しかない自分の人生を楽しんで欲しい。