78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎東京シャープストーリー(第6話)

2019-09-18 01:27:09 | 東京シャープストーリー

※読む順番
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

◎東京シャープストーリー(序章第1話第2話第3話第4話第5話

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【第六部:悲しみの祝福】

 2018年12月5日、送別会前日。僕はいつものように目の前の仕事に追われていた。

 しかし、その事実は突然耳に入ってきた。

 

──11月22日に、シャープは入籍していた──

 

 青天の霹靂。10年来の彼氏が居ることは知っていたし、2人が同棲していることも周知の事実だった。

 それでも、いざその時が来ると、その事実を真っ直ぐ受け入れられない自分が居た。

 

 

 どんなに悲しくても夜は更け、やがて朝が来る。

 その日を待ちに待っていたはずなのに、素直に喜べないもどかしさ。

 

 

 16時。その日の仕事が終わるや否や、僕は新宿伊勢丹の洋菓子店に向かった。

 ウェディングドレス姿の少女を模ったケーキを購入し、早めにこっそり居酒屋へ行き、冷やしておいてもらう(※事前に電話で伝えてあります)。

 

 18時。アルタ前に3人が集合、いよいよ店へ。僕は下見も含め3度目の入店となった。

(シャープ)「すごーい、8階にあるんだ」

(僕)「夜景が見えることも重視しました」

 

 真剣に店を選んだ甲斐もあり、シャープは喜んでくれた。

 しかし、乾杯の直前に、シャープの口から出た言葉は、

 

(シャープ)「私、結婚しました」

 

 目の前で、とても近い距離で、心の底から嬉しそうな顔を僕に見せた。

 知っていたことでも、改めて本人の口から聞くことで、ようやく実感が沸いてきた。

 そうか、本当に結婚したんだ……。

 

 その後は3人で他愛も無い話で盛り上がった。

(シャープ)「ここだけの話なんだけど、実は職場のA男さんとB子さんが付き合っています」

(僕)「えっ!?」

 

 宴も終盤に差し掛かる頃、僕はトイレに行くフリをしてキッチンの店員に、仕込んでおいたケーキを持ってきてもらうよう頼んだ。

 席に戻り間もなくしてサプライズのケーキが登場。

 

(僕)「結婚のお祝いとして急遽用意しました」

(シャープ)「すごーい。ありがとー」

 

 デジカメでの写真撮影も成功。後日プリントアウトしたものを2人に渡した。

 僕はその写真を今でもフォトスタンドに入れて飾ってある。

 嬉しくも悲しい思い出は、こうして形に残すことが出来た。

 

 

──3つの季節を経て、この物語があのような結末を迎えてしまうことになろうとは、この時の僕は微塵も思っていなかった──

 

(つづく)


◎東京シャープストーリー(第5話)

2019-09-18 00:51:11 | 東京シャープストーリー

※読む順番
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

◎東京シャープストーリー(序章第1話第2話第3話第4話

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※これまでのあらすじ

 2018年10月、シャープを飲み会に誘い、断られた。

 これにより、シャープが僕を嫌っているのではないかという疑惑が浮上していた。

 

【第五部:大逆転ホームラン】

 2018年11月某日。友人の運営するスポーツサークルの集まりに、僕は参加した。

 不得手な卓球で一恥かいた後、近くの居酒屋で2次会が開かれた。

 どういう流れだったのか、話題はいつの間にか僕の恋愛話に。

(僕)「それでシャープさんに『忘年会いつにします?』とLINEで聞いたら、『その話まだ生きていたの?』と返ってきました。それでもう無理かなって」

(メンバーA)「え、それで諦めるんですか?

(メンバーB)「もう一度聞いてみたらどうですか?」

 意外にもサークルのメンバーは前向きな見解を示した。

(メンバーC)「もう一回送っちゃえYO!」

 悩んだ末、僕はその場の勢いに身を任せることにした。

 

(僕LINE)『やっぱり忘年会やりませんか?』

 

 10分か5分か、その返信は早かった記憶がある。

 

(シャープLINE)『いいですよ』

 

 

 それは奇跡だった。当初の予定メンバー・アラシックスではなく、20年選手(40代♂)を呼ぶことを条件に参加をOKしてくれたのだ。

 

 それから約2週間、僕は幹事となり忘年会の準備を進めた。

 気心知れた3人だけの忘年会でも気を抜かなかった。居酒屋は何店舗も下見をした。掘りごたつ式の個室はもちろんのこと、内装が綺麗であることや、トイレが男女別など、女性目線で店を決めた。

 また、シャープの気持ちを尊重し、忘年会は3人だけの秘密にすることにした。

 それでも思い出として写真に残したい。1枚だけ集合写真を撮ろうと決めていたが、スマホで撮影すればそのままSNSにUPされるのではと疑われるかもしれない。そこで、押入れに眠っていたコンパクトデジカメを取り出し、充電や動作確認をした。デジカメなら少しは安心させられるはず。

 とにかく準備には余念が無かった。こんな大チャンスは二度と訪れないと思っていたから。

 

 

 しかし、送別会の前日、悲劇は起きた。

(つづく)


◎東京シャープストーリー(第4話)

2018-11-13 18:27:37 | 東京シャープストーリー

※読む順番
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

◎東京シャープストーリー(序章第1話第2話第3話

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【第四部:飲み会断られちゃった】

 新たな登場人物は、還暦を超える女性スタッフ。名前は……アラシックスとでもしておこう。前回の70歳とは違い、この女性はシャープの味方である。

(アラシックス)「あんた何? 女性恐怖症なの?」

(僕)「うーん……そんな時期もありました」

(シャープ)「なんか、裏切られたことでもあるの?」

(僕)「そうですね……もう6年も前のことですけど」

 職場の休憩室に3人だけ。僕は忘れもしない、黒髪セミロング眼鏡っ娘、通称KSMの話をした。
(関連記事:◎薔薇色への架け橋(第3話)

(僕)「連絡先も教えてくれないなら、あの笑顔は何だったのかっていう」

(シャープ)「いやそれ、裏切られたんじゃ無いでしょw」

(アラシックス)「勝手に思い込んでいただけじゃん」

 僕の失敗談で、その場は異様なまでの盛り上がりを見せていた。
 そして数日後。

(アラシックス)「アンタの悩み、もっと聞いてあげるわよ。今度さ、飲みに行かない?

(僕)「えっ?」

(アラシックス)「シャープさんも呼んで、三人で

 三人――この三人なら、飲んでみたいと思った。あの日盛り上がった三人。敵が存在しない、人間関係に悩むことも無い、秘密を共有し合える“特別な三人”なら。
 しかし、

(アラシックス)「じゃあシャープさんも誘ってみるね」

 その2週間後。

(僕)「飲み会の件、シャープさんは何て言っていました?」

(アラシックス)「なんか返事を曖昧にされて、それ以後何も言ってこないの」

 まさかのシャープが乗り気でない状態。友人に相談したら、その場でメッセージを送って聞いてみることを薦められた。

(LINE)『お疲れ様です。夜分に失礼します。以前話に出たアラシックスさん含めての3人での飲みの件ですが、もし本当にやるなら、これから年末で忙しくなるので日程を早めに決めたいと思うのですが、シャープさん的にはOKですか?』

 程なくして既読にはなったが、返信が来たのは21時間後のことだった。

『その話まだ生きてたの!?
 おばちゃん二人なんかと飲んでどうすんの?』

 たった二行、それだけの返信。

(友人A)「お前……たぶん嫌われているよ

 嘘だ。僕のことを何度も面白いと言ってくれた。何度も笑顔を見せてくれた。
 LINEにおけるシャープが別人格のようにそっけない態度を取るのは今回だけではなかったが、それを差し引いてもこの文章はとても信じ難い、信じられない、信じたくない表現だった。
 そもそも、シャープとの飲み会が実現不可能になっただけでもショックは大きい。僕は来年の春に職場を異動になるかもしれない。シャープとの残された時間は僅か。それなのに、飲み会をたった一度開くことすら許されないのか。


 翌日の職場。僕はシャープに何も話さないつもりでいた。しかし、

(シャープ)「あれ誤解しないでね。別に僕さんが嫌とかじゃないからね。色々あってね……」

 シャープのほうから話しかけてきた。その言葉が救いだった。

(友人A)「いやそれも嘘かもしれないじゃん」

 確かにそうだ。その可能性もゼロではない。
 それでも僕はシャープの言葉を信じ、コミュニケーションを辞めなかった。やはり何度も笑ってくれた。あの二行のメッセージさえ無ければ、僕とシャープの関係には何の変化も無かった。

 幸いにも僕はモデル、メガネ、チョコ棒の三人の女性とも定期的にコミュニケーションを取ることで、悲しみを少しは和らげることが出来た。それでもシャープが僕のことをどう思っているのか、ずっと気がかりでいるのだ。

 例えば『シャープが嫌っているのはアラシックスのほう』だとか『もし70歳にバレたら話がややこしくなるから』とか、仮説はいくらでも立てられる。しかし、立証する術が無い。嘘発見器でも使わない限り、シャープに聞いたところで真実を教えてくれる確証は無いからである。
 この問題の真相を解き明かせる日は、果たして来るのだろうか。

(一旦Fin.)

 

※2019.9.18追記:ようやく続きを書きました→第5話


◎東京シャープストーリー(第3話)

2018-11-13 17:22:02 | 東京シャープストーリー

※読む順番
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

◎東京シャープストーリー(序章第1話第2話

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【第三部:事件起きちゃった】

 8月21日、事件は起きた。シャープと70歳女性スタッフが口論。真面目で勤務能力も高いシャープを良く思わない女性スタッフが最低一人は居た。女性同士の人間関係の複雑さ、やりにくさは男性のそれを凌駕するものだと聞いたことはあるが、まさかここまでとは。

(僕)「今日の出来事について、僕なりに考えたことなんですけど、かくかくしかじか」

(シャープ)「うーん、そういうことじゃないんだよなあ」

 僕はシャープの助けになりたい、ただそれだけだった。

(僕)「いつでも泣いて良いんですよ。僕の胸はいつでも空いていますから

(シャープ)「使いませんよw」

 この頃から僕は真面目キャラのみならず、ちょっとした変態キャラも晒すようになっていた。真面目キャラがいつ飽きられるか分からないし、次の一手を模索していたのだ。
 しかし、そんな冗談を言っている場合では無かった。

(シャープ)「僕さんも早く次のステップに進めるように頑張ってね、10月15日までに」

(僕)「えっ!?」

 毎月15日は締日。そして10月のそれは半期に一度の契約更新日であることも意味する。
 そんな日を指定してきたシャープの真意とは、まさか――

(僕)「辞めてしまうかもしれません」

 9月のある日、部門マネージャーと店長に相談した。

(店長)「確かにシャープさんが居なくなると店としても困る」

(僕)「ハイ。とても寂しくなります」

(店長)「それはあなたの感情でしょう。そうじゃなくて店の戦力が居なくなることが問題なの」

 僕の話を聞いた店長は、シャープに何らかの話をした。その結果、シャープは10月16日以降も仕事を続けてくれることになり、今に至る。
 最悪の事態こそ免れたが、シャープが今後いつ辞めてもおかしくない現状に変わりは無かった。

 シャープは何も悪くないのに、何故たった一人で苦しまなければならないのか。

(僕)「シャープさんの良いところは笑顔だと思います。だから笑って下さい。そうすれば、みんなも笑顔になってくれると思います。憎しみをこれ以上生み出さない為にも」

(シャープ)「あのね、彼氏は私のこと全部好きって言ってくれるのw」

(僕)「!!!」

(シャープ)「だから大丈夫よ」

(つづく)


◎東京シャープストーリー(第2話)

2018-11-13 16:43:27 | 東京シャープストーリー

※読む順番
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

◎東京シャープストーリー(序章第1話

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【第二部:プレゼントあげちゃった】

 2018年3月。ホワイトデーを間近に控えたある日、僕は最初のプレゼントをシャープに渡した。

(僕)「あの、この間のお土産のお返しです」

(シャープ)「いやいいのに。ありがとう」

 小田急百貨店で見つけたおしゃれな入浴剤

(僕)「あの時、誕生日(2/12)とバレンタインのプレゼントを同時に貰ったような気がして(※偶然)とても嬉しかったので、どうしてもお返しがしたかったんです」

 その後の会話の流れでシャープの誕生日も聞き出すことに成功。しかし、


――4月30日――


 その日は2ヶ月もしないうちに訪れる。友人に相談したが、無理にプレゼントを渡す必要は無いのではないかと言われた。

 しかし、意中の相手の一年に一度しか訪れない大切な日を、果たしてスルーして良いものなのか。

(友人A)「そもそもお前の選ぶセンスもなあ……入浴剤って、肌に合わなかったらどうするんだよ」

 事実、それをシャープが浴槽に入れてくれたのは、渡してから一ヶ月弱も先のことだったという。

 その後も悩み続け、4月29日を迎えた。もう時間が無い。苦肉の策として、僕は友人とロフトに行き、プレゼントを選んでもらった。

(シャープ)「わあ素敵! 彼氏が喜びそう」

 翌日の職場。一輪の造花を受け取ったシャープの第一声には、無常にも“彼氏”の2文字が含まれていた。

 僕は悟った。例え人生を賭けて力を尽くしたとしても、シャープの彼氏に勝てる日は永遠に来ないのだと。

(つづく)


◎東京シャープストーリー(第1話)

2018-11-13 15:54:09 | 東京シャープストーリー

※物語の本当の始まりは以下の記事をお読み下さい。
◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話第2話最終話

東京シャープストーリー(序章)

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【第一部:ブログ教えちゃった】

【2017年11月13日の日記(抜粋)】
 つい2週間前まで謎多きキャリアウーマンだったシャープさんのことが少しずつ解明されるカタルシスが、もっと様々なことを知りたい気持ちにしてくれる。31年間コミュニケーションに恐怖を覚え続けてきたはずなのに、今はシャープさんと一秒でも長く会話を交わしたい自分が居る。尊敬か憧れか、あるいはそれ以上の感情を抱いているのかもしれない。


 それから3ヶ月が経過。僕はTwitterにシャープへの想いを綴るようになっていた。

 

<2018年2月7日>


<2月11日>

<2月12日>

<2月20日>

 そのうち不幸が訪れるのではないかと不安になる……

 

(つづく)

 

※シャープが当ブログの定期的な読者になっていただけなかったこと、また更新を半年以上放置したことで読まれなくなる確率が更に高まっていることから、当ブログでシャープのことを再び扱うことにしました。

ちなみに、2月に削除した複数の記事は全て復活させており、閲覧可能になっています。


◎東京シャープストーリー(序章)

2018-11-13 14:48:14 | 東京シャープストーリー

(古賀朋絵)「(学校を)休んだら皆の話についていけなくなるもん」

(梓川咲太)「一日くらいで?」

(古賀)「その一日が命取りなの! (中略)先輩がおかしいんだよ。皆に変な目で見られたり、笑いものにされたりして、どうして平気なの?」

(梓川)「別に、全人類に好かれる為に生きているわけじゃないし」

(古賀)「私は皆に好かれたい。てか、嫌われたくない」

(『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』アニメ版5話より)


 同性の友人と話題や流行、面白いものなど、その全てを共有することで安堵してしまうのが今時の女子高生なのだろうか。周囲に合わせることの是非はともかく、『皆に嫌われたくない』というのはJKに限らず多くのホモサピエンスが思っていることだろう。僕も一応はその一人でいるつもりだが、不器用ゆえにそれが上手くいかない。だからこそ、今の状況に戸惑いすら覚える。


===


<2人目の女性:モデル(仮名/23歳)>

(男性スタッフ)「俺もアニメ観ますよ」

(僕)「えっ、じゃあ『サンシャイン』とか?」

(男性スタッフ)「サンシャイン!?」

(モデル)「wwwww」

(男性スタッフ)「え、サンシャインって何ですか?」

(モデル)「ラブライブのことでしょ?」

(僕)「は、ハイ……」

 その女性は、まるでモデルのように背が高く、痩せ細っていた。

(モデル)「セブンイレブンでラブライブのノート貰えるキャンペーンやっていますよ」

(僕)「え、ま、マジですか」

(モデル)「大好きな曜ちゃん貰えますよ」

(僕)「は、ハイ……帰りに寄ってみます」

 パリピと童貞。『ラブライブ!サンシャイン!!』が相反する二人を会話させるに至った。時の経過と共にラブライブ以外の話もするようになった。彼女とは合わない、嫌われるのも時間の問題だと思っていた頃が嘘のようである。


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<3人目の女性:メガネ(仮名/26歳)>

(メガネ)「私なんてもうお婆さんですよw」

(僕)「いやいやいやそんなことないですよ(慌)」

 彼女はいつも黒渕のメガネをかけている。

(メガネ)「どんどん輝きも失われていくものでして、どうなっちゃうんですかねw」

(僕)「でも5年も付き合い続けているのはスゴイと思いますよ」

(メガネ)「いやー、別れるかもしれないですよ?w」

 既に恋人の居る女性は大概優しい。ちなみにモデルにも彼氏が居る。そして僕も、そのような女性相手のほうが不思議と気兼ねなく会話を交わせる。


===


<4人目の女性:チョコ棒(仮名/21歳)>

(チョコ棒)「いつも遅くまでお疲れ様です。良かったらこれ食べて下さい」

(僕)「え、いいんですか?」

(チョコ棒)「どうぞ」

(僕)「あ、ありがとうございます……」

 彼女から貰ったチョコ棒は、これまで食べたチョコ棒の中で一番美味しかった。

(チョコ棒)「明日休みなんですか?」

(僕)「ハイ、お休みを頂いております」

(チョコ棒)「寂しいです……」

(僕)「……来ます!」

 僕は、10年以上も年下の女性とすら、普通に会話を交わすようになっていた。


===


 入社当初に比べればかなり進歩している当方128のコミュニケーション。しかし、本当は自分のことをどう思っているのか、常に不安でいる。僕は嫌われたくないと思っていながらも、素やボロを出してしまうことが人並み以上に多いからである。真面目キャラ故に発せられる独特の言葉や言い回しで笑ってくれることが救いだった。笑顔だけは信じていたい……。

 そして、どの若い女性と話している時も、僕より8個も年上の女性の存在を、片時とも忘れることは無かった。


<1人目の女性:シャープ(仮名/40歳)>

 

(つづく)


◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(最終話)

2017-11-26 10:48:33 | 東京シャープストーリー

<シャープの闇>

 やがて、シャープと会話を出来たくらいで喜ぶのも違う気がしてきた。冷静に考えると、職場の人間とコミュニケーションをとった、ただそれだけのことである。多くの社会人がもっと早くにクリアしていた問題を、僕は9年半も悩んできた。前に進むのが遅すぎた。

(社長)「お前は10年を無駄にしてきたからね」

 この会社の最終面接で社長にそう言われたのはとてもショックだった。無駄にした10年を、この先の10年で取り返したい。それはコミュニケーションにも言えるだろう。ただ会話をするのみならず、一歩踏み込んでみようと思った。といっても何をすべきなのか。過去の会話を振り返り、シャープの気持ちを考えてみた。彼女は今の仕事に完全に満足しているわけではなかった

(僕)「今の店(会社)は良いところだと思います」

(シャープ)「エーそう? ここは酷いよ。社員は良いかもしれないけど」

(僕)「いや、スタッフさん(の待遇)も良いと思いますけど」

(シャープ)「そんなことないよー。時給1000円だし、昇給無いし」

(僕)「いや、あると思いますけど」

(シャープ)「形式上はあるけど、評価システムが明確じゃないのよ。店長のさじ加減というか」

(僕)「うーん……たぶん元から高すぎるんじゃないですかね。例えば僕が居たコンビニは930円でした」

 別の日にはこんな会話もあった。

(僕)「シャープさん、この店でレジ部門もやられていたんですか?」

(シャープ)「そうよ。私、ずっとレジだったのよ。本当はレジをやりたいんだけどね……」

(僕)「ああ……」

 ここで気の利いたコメントを出せない自分を悔やんだ。日頃のコミュ力がそのままアドリブ力に繋がるのだと痛感した。


【11月3日の日記(抜粋)】
そもそも何故12年以上、当店だけでも1年、レジ部門を担当し続けた人がグロサリー部門に異動したのか。あまり良くない理由がありそうで、聞きづらい。店長なら教えてくれるだろうか。


 シャープの闇が少しずつ暴かれていく中、衝撃の事実も明らかになった。


【11月8日の日記(抜粋)】
あるスタッフの会話の盗み聞きにより、シャープさんは一度この仕事を辞めようとしていたことが発覚しショックを受けた。結果的には思い止まり今に至るが、いつ本当に辞めることになっても不思議ではないということである。常に最悪の事態を覚悟しなければならない。


 辞めようとした理由は不明だが、待遇に不満があることは事実。コンビニ時代を思い出せ。待遇に不満を抱くスタッフが辞めないでくれる理由は、勤続のモチベーションを維持する要素は何だったのか。


(芋子)「(C子さんは)勤務中の私語、他スタッフとの雑談は多かったように思います。その分だけ仕事をしていないということですからね」

(小野)「それこそコミュニケーションの為にも多少の私語は良いと思うけど」


 そうだ、スタッフ同士が仲良く話せること。それだけでも仕事を続ける理由になり得る。シャープは前述の嵐ファンに加え、20年選手やfreebird、そしてマネージャーなど、あらゆる社員・スタッフと気さくに話している。そのメンバーに僕も入れるだろうか。シャープが辞めないでくれる理由の一人になりたい。


<伝えたいこと>

 考えた末、シャープに伝えたいこと、伝えるべきことが見つかった。あとは雑談の中でさりげなくそれを言うのみである。


 11月13日。休憩室には僕とシャープ、20年選手、嵐ファンの4人が居た。例によって僕を除く3人は雑談をしていた。

(シャープ)「僕さんは正月休み、実家に帰るの?」

(僕)「いや、そもそも休みになるのかが良く分からなくて……」

 またしてもシャープのお陰で僕は会話に入れた。その後は聞き役に徹することが多かったが、話の流れを読み、伝えたいことを言うチャンスを伺っていた。
 やがて、シャープがレジ部門に配属されていた頃の話になった。タイミング的に今だと思い、僕は勇気を出して聞いた。

(僕)「あの、答えられたらで良いんですけど……シャープさんがレジからグロサリーに異動するきっかけは何だったんですか?」

(シャープ)「あのね、レジに居た頃はパートなのにアルバイトレベルの時間しか入れなかったし、給料が安定しなかったのよ。だから店長に、もっと稼げる部門に異動できないか要望を出してみたの。こっちは生活がかかっているのに、腹立つじゃん(笑)」

 シャープは普通に答えてくれた。本当はレジをやりたいと言っていたのは、こういうことだったのか。それにしても、休憩中に話している時はキャリアウーマンを感じさせない普通の女性だった。

(僕)「僕はシャープさんがグロサリーで良かったと思います」

 ついに言えた。ずっと伝えたかったこと。

(シャープ)「あらそう?(笑)」

(僕)「シャープさんはいつも凄いところに気付いて教えてくれて。この前も『レジ横の和菓子、賞味期限が今日までなので値引きして下さい』と言ってくれましたけど、何で気付いたんだろうって思います」

(シャープ)「ああ、あれたまたま(笑)」

(僕)「何年経っても追い付くことは出来ないのだろうなって思いました」

(シャープ)「いやいや(笑)そんなことないよ」


【11月13日の日記(抜粋)】
つい2週間前まで謎多きキャリアウーマンだったシャープさんのことが少しずつ解明されるカタルシスが、もっと様々なことを知りたい気持ちにしてくれる。31年間コミュニケーションに恐怖を覚え続けてきたはずなのに、今はシャープさんと一秒でも長く会話を交わしたい自分が居る。尊敬か憧れか、あるいはそれ以上の感情を抱いているのかもしれない。


 シャープだけではない。最近の僕は男性社員などにも自ら話しかけるようになった。実際は疑問に思ったことを聞いたり、相談しているだけではあるが、そこから話が広がり、思いがけず長く続いたりもする。また、無機質な業務上の会話にも何か一言感想や突っ込みを加えるだけで、そこから笑いが生まれることもある。全ては真面目キャラという難しい存在を受け入れてくれる人が居るからこそ成り立っている。そんな良い人たちをこれからも大事にしていきたい。

 仕事上のコミュニケーションというのは、母親が子供の頭を撫でるように、自然で当たり前のことなのかもしれない。しかし、調子に乗りすぎれば失言にも繋がるだろう。そのリスクを決して忘れてはならない。かといって逃げてもならない。結果が楽しみな苦労をしようではないか。

(Fin.)

 


◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第2話)

2017-11-26 10:38:22 | 東京シャープストーリー

<真面目>

 31年間の人生で、あらゆる人に「真面目だね」と言われてきた。今の職場も例外ではなかった。
 しかし、“真面目”という要素はコミュニケーションにおいては害悪にさえなりうる。おそらく僕は、ほとんどの場合において、相手の発言に対し、相手の望むレスポンスは出来ない。話す時に感情をこめられず、抑揚はほぼ無い。加えて笑顔を作れないこともコミュニケーションを難しくしている。その結果が「人望が無い」だとしても、因果応報でしかないのだ。

 部門マネージャーにLINEで相談した10月27日。実はもう一人、ある人にも相談していた。コンビニ時代のスタッフで、スーパーの勤務も掛け持ちしている女性・J子である。

(J子からのLINE・抜粋)『(コミュニケーションが)苦手で苦戦……とありましたが、真面目で一生懸命に仕事する様子を見ていたコンビニのスタッフさんたちは僕さんの力になろう! 協力しよう! と思っていたと思います。なので誠実さに自信を持って対応してください。結果が楽しみな苦労、しましょうね~』


<そして奇跡は起きた>

 10月30日、お昼の休憩時間。僕はバックヤードの休憩室で、8人掛けのテーブルの端の一席を陣取る。

(女性スタッフ)「20年選手さん、今日もたくさん食べるわね」

(20年選手)「まあ、午後も身体動かしますので」

 休憩室ではいつものようにスタッフたちが談笑していた。そこに僕が加わらないのも平常通りだった。

(シャープ)「お疲れ様です」

 そこへ、遅れて休憩を取り始めるシャープが来た。一旦僕の左隣の席に座るも、何を思ったのか、すぐさま僕の向かい側の席に座り直した。

 その後、シャープも雑談に加わり盛り上がる休憩室だが、やはり僕は会話に入れない。ただ、真剣に聞くことだけは心がけた。これまで興味の無い話は聞くことすら放棄していたが、今の僕は僅かながらも進歩している。

 やがて雑談は店の防犯の話に。その最中、シャープの一言から全ては始まった。

(シャープ)「コンビニでは万引き対策は何かやっていましたか?」

 なんとシャープが、僕の顔を見て聞いている。休憩中に話しかけられるのは初めてのことだ。

(僕)「えっ、コンビニですか?」

(シャープ)「万引きGメンとか居ましたか?」

 それは、曲がりなりにもコンビニ業界を5年半経験してきた僕にしか答えられない質問。落ち着け。ただ質問に答えるだけなら僕にも出来る。

(僕)「いや、特にやっていないですね」

(シャープ)「見つけたらその場で捕まえるみたいな?」

(僕)「そんな感じですね」

(シャープ)「そうなんだ……やっぱり高齢者が多いの? 万引きする人」

(僕)「いや、僕の居た店の場合は、子供のお客様が多かったので、万引きも子供が多かったですね」

 失言をせぬよう、恐る恐る言葉を発する僕。それでも会話は何とか続いている。当分は無いと思っていた、シャープとの二人きりの会話が。
 その後、シャープが「地元」という言葉を使った。そこに引っかかった僕は初めて自ら質問を投げた

(僕)「どのあたりに住んでいらしたんですか?」

(シャープ)「私、青森」

(僕)「あ、そうなんですか!? 僕は秋田なので、(隣県の)青森だったんですね」

 僕は気付いた。無理に話題を探さなくても良い。話の流れで気になったことを質問するだけでも、会話を長く続けられる。そこから話が広がることもある。

(僕)「大学卒業するまでは秋田に居て、上京したのはもう9年も前ですけど」

(シャープ)「そこから東京で」

(僕)「まあ東京だったり神奈川だったり、あちこちに居ましたけど」

(シャープ)「どんな仕事していたの?」

(僕)「コンビニで5年働いて、その前は漫画喫茶も1年くらい経験していましたけど」

(シャープ)「他には?」

(僕)「漫画喫茶の前は新聞配達とかやっていて、あと建設業も1年半くらい携わっていましたけど……すみません、(職を)転々としていますね」

(シャープ)「いやいいじゃん(笑)。色んな仕事経験したほうが良いよ」

 やはりシャープはとても良い人だ。聖人にさえ思う。

 この雑談は休憩が終わるギリギリまで、実に15分にも及んだ。こんなに早くコミュニケーションが実現できるとは夢にも思っていなかった。忖度するに、マネージャーがシャープに根回ししてくれたのではないかと思う。何せ相談してから3日後の出来事である。シャープも僕と会話をしやすいように、あえて向かい側に座ってくれたのだとすれば合点が行く。そして何よりも、シャープが僕に話しかけてくれなければ僕は一言も発せぬまま休憩を終えるところだった。真相は不明だが、部門マネージャーとシャープには感謝するのみである。

 ただ、決して喜びの感情だけではなかった。


【10月30日の日記(抜粋)】
シャープさんと会話を交わしたこと自体が単純に嬉しくもあり、謎が少しずつ明かされていくカタルシスもあり、いずれは辞めて地元に帰還すると知り悲哀も感じた。


(シャープ)「青森に帰ったらどうしようかな(仕事)」

(僕)「!? 帰る予定があるんですか?」

(シャープ)「そりゃいずれはね、帰らないとね」

(僕)「ああ、すぐではないんですね?」

(シャープ)「すぐではないよ(笑)」

(僕)「良かったです」


<解き明かされていく謎>

 10月30日を境に、僕はシャープと会話をする機会が増えた。休憩時間が重なる日はほとんど無かったが、仕事中のちょっとしたことに対しても僅かな会話が発生した。

(シャープ)「酒の在庫多いね」

(僕)「多いですね」

(シャープ)「20年選手さんの発注次第というか(笑)」

(僕)「イヤイヤイヤ。あの、頑張ってらっしゃるので」

(シャープ)「頑張ってらっしゃる(笑)」

 その一分にも満たない時間さえも僕の心を満たす要因になっていた。
 ほぼ毎回、少しずつでも会話をすることを心がけ、シャープの謎は次第に解明されていくのだった。地元・青森でのスーパー業界の経験は12年にも及び、ずっとレジ部門で、なんとそこでは社員であったこと。当店でも入社して最初の一年はレジ部門に配属されていたこと。そして年齢の謎までもが……。

(嵐ファンのスタッフ)「シャープさん、私の娘と同い歳だったよね?」

(シャープ)「そうですね」

(嵐ファン)「じゃあ39だね」

(シャープ)「ハイ」

(僕)「えっ!? もっと若いと思っていました」

(嵐ファン)「そうよ。そりゃ若く見えるけどね」

(僕)「ちょっと今のは聞かなかったことに……」

(シャープ)「アハハハハ」

 女性にも関わらず、年齢さえも自ら曝け出していたシャープ。やはり只者ではない。マネージャーに相談してから僅か2週間。僕の知りたかったことは結婚の有無を除き、ほぼ全て明らかになった。

 そして、知りたくないことまで耳に入ってしまうのだった。

(つづく)


◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第1話)

2017-11-26 10:14:17 | 東京シャープストーリー

 ブログにも公開していない『プライベート日記』を、2017年10月1日より綴っている。PC・スマホ共に閲覧可能な『ジョルテ』を使用し、隙あらば読み返しているが、大半が仕事の話になっていることに驚かされる。特に悩みとして良く書かれることが2点あり、1点目は「作業スピードの遅さ」である。


【10月16日の日記(抜粋)】
仕事は全体的に上手くいかなかった。POPの仕分けで混乱が発生し、1時間以上の残業になってしまった。


 作業時間の管理が厳しい今の会社で必要以上の残業は許されない。逆を言えば月の残業を20時間以内に抑えられるのだから、それは本来、喜ぶべきことであった。しかし、9年半にも及ぶ仕事人生で作業スピードや効率性を意識してこなかった僕にとって、それは無理難題でもあるのだった。


 その「作業スピード」「効率性」を常に意識し、見習いたいキャリアウーマンが居る。僕と同じグロサリー部門に所属する女性スタッフ・シャープ(仮名)である。


【10月26日の日記(抜粋)】
シャープさんの作業量はいつも多いと感じている。それでも効率的な順序で、かつお客様の為になる作業を優先して行う。その両方をこなせる人を自分はあまり知らない。


【10月30日の日記(抜粋)】
仕事は棚卸だった。シャープさんは9月(の棚卸)の時よりも微妙に作業手順や指示が異なっており、おそらくは頭の中で少しでも効率良く進める方法を考えながら改良している。


 僕が彼女をキャリアウーマンだと思う理由は、効率的な仕事ぶりだけではない。何よりも「目の付け所がシャープ」だということ。


【10月22日の日記(抜粋)】
POP印刷用のプリンターの紙詰まりを起こすトラブルを起こしてしまった。(中略)シャープさんの積極性に驚かされた。自ら機械の中を見てドラムを取り出してみたり、かます紙を差し出したり、「ピンセットはある?」「回しますか?」など進んで提案したり、リスクの高い分解さえもしようとした。しかも女性でこのレベルである。この仕事を何年続けようがどれだけ成長しようが、根本の部分でこの人には敵わないのだろうなと痛感させられた。


 この物語は、尊敬するシャープという女性を通して、31年間逃げ続けてきた“コミュニケーション”を真剣に考え、向き合った男の記録である。


<嫌われたくない>

 ブログを開設した社会人一年目の頃は22歳だった僕も、とうとう31歳というシャレにならない年齢を迎えてしまっていた。freebirdなどの若い女性から見れば僕はもうオッサンであり、常に嫌われる可能性を考えている。だがせめてシャープには嫌われたくない。その為に僕に出来ることは何か。


【10月18日の日記(抜粋)】
16時30分の時点でシャープさんの作業に未処理があり、手伝わずにはいられなかった。笑顔で感謝されたが、自分はまたしても1時間以上の残業、今月の残業時間基準超過の可能性が出てきた


 自分を犠牲にしてでもシャープの助けになること。そう思っていたが、それは正しくもあり間違いでもあった。


<任せるというコミュニケーション>

 10月26日。この日から日記には『コミュニケーション』というもう一つの悩みが頻繁に綴られることになる。きっかけは本部職員のアドバイスだった。

「早く上がるコツは、社員は作業をしない。スタッフに任せちゃえば良い

 つまり、残業しないようにするには、自分の作業の一部をスタッフにお願いすれば良いということ。むしろ、スタッフに指示を出すのも社員の仕事である。しかし、社員といえども入社3ヶ月未満の新人で、時にはスタッフの作業を手伝うことさえしていた僕は、とても悩んだ。あらかじめ部門マネージャーが各スタッフに作業を細かく割り当て、日ごとに異なる『作業スケジュール表』を作成しており、それをもとにスタッフは時間内に作業を完遂しようと必死に頑張っている。そこへ更に僕から作業を依頼することがどれほど難しいことか。

 脳内に浮かび上がるキーワードは『コミュニケーション』だった。日頃からスタッフとの円滑なコミュニケーションを築いていれば、作業の一つや二つ、お願いすることなど造作も無いだろう。それを怠ってきた代償は大きい。


【10月26日の日記(抜粋)】
20年選手(男性スタッフ)には「この作業ならお願いすればやってくれるだろうな」というのが少しずつ分かってきたが、シャープさんにはまだ頼みづらい部分がある。そもそも男性と女性では体力や体格差、考え方などが全くと言って良いほど異なり、仕事上のパートナーとして相互を理解しながら付き合うことは容易ではないと思う。


 そして、ここに来てコンビニ勤務時代の、敵対していたはずの不倫男の言葉さえも頭を過ぎる。

(不倫男)「厳しいっていうのは、ちゃんとコミュニケーションを取った上で厳しくするものでしょ! あなたはコミュニケーションも取らずに厳しく言うから駄目なんですよ」

 当時は不倫男の逆ギレということで片付けていたが、発言自体は的確な部分もあった。そもそも懇親会に参加者が集まらなかったのは僕に人望が無かったから。コミュニケーションから逃げていると、やがて取り返しのつかない事態に発展するかもしれない。それは今のスーパー業界でも例外ではないだろう。


<謎多き女・シャープ>

 コミュニケーション、即ちスタッフとの会話を増やす。そんなことが僕に出来るのだろうか。それ以前に、業務連絡を人に伝えることすら上手くいかないことが何度もあった。


【10月6日の日記(抜粋)】
午後にはお客様から拾得物に関する連絡があり、マニュアルどおりに対処したつもりが上手くいかなかった。自分の言いたいことを上手く人に伝えられない。


【10月13日の日記(抜粋)】
午後は納品伝票に関するスタッフへの伝達をしなければならなかった。最終的に相手に納得していただいたものの、言葉や配慮が足りない部分もあり、やはり伝達の難しさを感じた。


 そもそも人間は分かり合えない生き物だと思っている。私生活でも失言が多い。この世の会話が全てメールになれば良いのにとさえ思うこともある。
 それでもスタッフと、シャープと会話を交わすことが出来るのか。僕は彼女のことをほとんど知らず、何を考えているのかも分からない。それ故、失言で彼女を傷つけてしまうかもしれない。今までの人生がそうであったように。


【10月22日の日記(抜粋)】
シャープさんのことは地元でスーパーのレジを長年経験してきたことくらいしか知らない。何歳なのか? 家族構成は? どんな社会経験を積み重ねたらそんなに効率的な仕事ぶりが可能になるのか? キャリアウーマンに至る過程や人物像をもっと知りたくなった。


 そもそも“地元”がどこなのかさえも不明。もっとシャープのことを知りたい。このまま謎にしたくない。10月27日、僕は思わず部門マネージャーに相談してしまうのだった。


(僕のLINE・抜粋)『本部職員に「時にはスタッフさんに作業を任せることも大事」との旨を言われました。しかし、例えば20年選手さんには「このタイミングでこの作業をお願いすればやってもらえるだろうな」というのは少しずつ分かってきましたが、シャープさんにはまだそれがありません。何を考え、どんな気持ちでいるのかもほとんど読めません。

 また、勤務能力が異常に高い、社員でない女性にしては勤務時間が長い(日曜もフルタイムで働き年間103万円を超過している)など謎が多すぎます。一体何者なのか……大体の年齢や家族構成、スーパー以外の職歴など、お分かりでしょうか? 自分で聞ければ良いのですが、女性に対しどこまで深く聞いて良いものか分からず、力不足ですみません』


 文章なら言いたいことを正確に伝えられる。これでシャープのことを少しでも知れるかもしれない。もっと早く聞いておけば良かった。そう思っていた。


(マネージャーからのLINE・抜粋)『確かにスタッフさんに仕事をやってもらうことは大切です。それに伴い、相手のことを知ろうとすることも良いことだと思います。女性なので躊躇してしまう気持ちもわかりますが、家族構成や今までやってきたことくらいは聞いても問題ないと思います(年齢はタイミングを見て……笑)。自分から聞くことが、相手とのコミュニケーションの一歩です。教えることも出来ますが、ここは自分で聞いてみましょう』


 現実はこうである。その回答は必然だった。マネージャーがコミュ力を絞り出しやっとこさ聞き出した情報をいとも簡単に得ようとした自分が愚かだった。
 それでもこの文章だけでいくつかのヒントは見えた。家族構成を聞いても問題ないとするなら、離婚経験があるなどの悲しい過去は持っていないということ。既婚で順風満帆な生活を送っているか、そもそも結婚経験の無い独身か、いずれかだろう(独身の可能性を捨てきれない理由として前述の通り年間103万円(扶養の範囲内)を超過していることが挙げられる)。職歴もウォーターのようにやましいことをしてきた過去は無いということだ。


(僕)『早速の返信ありがとうございます。補足すると、少なくともコンビニ時代にここまで能力の高い女性は社員を除き居ませんでした。リソースを仕事と家庭に分散し、勤務能力や時間に限界のある人が多く(※注釈後述)、それゆえ苦労もしてきました……』

(マネージャー)『なるほど、そうでしたか。確かにシャープさんは能力高いと思います。そういった僕さんが素直に思ったことも会話の糸口になると思うので、試してみてください』


 貴重なアドバイスではあったが、そんな簡単にコミュニケーション能力を上げられるものではない。結局僕は、シャープについて知ることを一旦は諦めた。


【10月27日の日記(抜粋)】
謎多きシャープさんは自分がコンビニ時代に見てきた女性スタッフたちとは境遇も乗り越えてきたものも違う、今はそれだけで良いではないか。


 転機はその僅か3日後だった。

(つづく)



※注釈:コンビニ時代、家庭の為に土日、特に日曜を勤務不可、または4時間のみ勤務可能とする女性スタッフが多く、日曜は高確率で社員の長時間勤務が強いられていた。土日にフルタイム(8時間)の勤務が可能なシャープは女性スタッフとしては稀有な存在である。既婚かどうかはさておき、少なくとも子供は居ないだろう。