78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎無断欠勤少女物語(第1話)

2012-06-15 03:35:15 | ある少女の物語
 ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ。しかし、先日10kで購入したばかりの中古のノートパソコンを前にして87個ものキーから選別し両手指でカチカチと叩いている自分がいるということは、心の何処かにこの話を簡単に片付けたくない想いが残されているのかもしれない。コンビニエンスストアで働き始めたばかりの何も知らない僕がアルバイトの為に何が出来るのか、社員としてどうあるべきなのか、悩み苦しんだ一部始終がここにある。



 事の始まりは2012年5月31日。ある女子高生のアルバイトが始業時刻を過ぎても出勤しなかった。過去に数分遅れることは何度かあったので、最初は特に何も思わなかった。10分経過しても来ない事でやっと僕を不安にさせた。慌ててバックヤードのデスクの引き出しから履歴書ファイルを取り出し、少女の電話番号を探す。
 その時点で衝撃を覚えた。僕の知らない顔が4×3センチの枠内に収まっている履歴書が何枚も発掘された。まだ入社して2ヶ月弱、今の店に異動してからは3週間しか経っていない。そんな僕の知らない人が何人もいる。
 そう、この店は何人も辞めている。履歴書の日付から判断するに、僅か数ヶ月単位で人が入れ替わっている。確かにこの店はとても忙しい。都外とはいえそれなりに大きな駅にドミナント出店している事もあり、来客数は1時間で100人超えもザラにあるし、会社帰りのサラリーマンが殺到する23時台にアイス・冷凍食品とセンター便の納品が重なり検品・品出し・レジ対応の三重苦に見舞われる。全体的なお客様の民度も決して高いとは言えず、細心の注意を払わないとトラブルも起き易い。しかし、その壁を乗り越え1年、2年と継続しているアルバイトが何人もいる事もまた事実。
 そんな店に4月から女子高生アルバイトが2人も入った。一人は既出の少女、もう一人をWとしよう。学校に通った後で疲れているはずなのに、1日4時間、週3~4回のシフトを消化していく15歳の華奢な身体。僕はこの歳で大人の世界に飛び込んだ彼女たちを素直に応援したいと思っている。しかし、
「ところでWさん。既にお察しの通りですが、少女さんがまだ来ていません」
 結局、少女の携帯電話にかけても留守電。家の電話も誰も出なかった。
「アハハ……部活で遅れているんじゃないですか?」
 女の子が笑うだけで何故こんなにも癒されるのだろう。だが今はそんな事を考えている余裕は無かった。

 ESという言葉をご存知だろうか。Employee satisfaction、つまり「従業員満足度」の事である。特に駅チカ、駅ナカのコンビニでは来客数が多い故に従業員はレジ対応に追われ、作業中は他の従業員や店長との会話をする時間が無い、もしくは少ないのが現状であり、深まる孤立感が勤労意欲の減退を招き、ESの低下に繋がりやすい現状にあるのだ。離職率の高い当店も例外ではない。ましてや少女はまだ高校一年生。そして未だに姿を見せない現実。もはや、いつ辞めてもおかしくない状況である。
 ここで浮かび上がるキーワードは当然「コミュニケーション」。極度の人見知りの僕は、これまで少女と円滑なコミュニケーションを取っていた記憶は無い。せめて、この日来てくれたもう一人の女子高生Wと頑張って会話をしなければならない。彼女かて、いつ辞めるか解らないのは一緒なのだから。
「ぶっちゃけこの店、遅刻にはあまり厳しくないんですよ」
「えー、そうなんですか?」
「少女さんは過去に何度か数分遅れているんですけど、まあそれは良くは無いんですけど、でも誰も何も言ってこなかったんで。ただここまで遅れると話が別になってくるので」
「アハハハハ」
 この程度で笑ってくれるのであれば僕は未来永劫、彼女と話していたい。なんて考えている場合ではない。こんな状況下で僕はWに何を話すべきなのか。
「もし遅れるなら必ず事前に店に電話入れて下さいね。それだけでも全然違うんで。どうやら少女さんはそれもやっていないっぽいんで」
 イヤ、そんな当たり前の事ではなく、もっと大事な台詞があるはずだ。
「それと、仮に1時間2時間遅れたとしても来てくれるだけで本当に助かるので、もういいやって休む事はしないで、最後まで諦めないで下さい」
 来てくれるだけで助かる。そりゃそうだ。僕はまだ入社して2ヶ月弱なのにシフト上では既にアルバイトをまとめる責任者として位置づけられている。例えばこの日の夕勤は僕を除いて女子高生アルバイト2人のみ。僕より上の人が存在しないシフトになっているのだ。ヘタレの末端社員一人だけでは何も出来ず、アルバイトに助けられて初めて店を回せる。それはベテランの主婦でも新人の女子高生でも同じ事。
「学校の先生とかは『遅刻しないのが当たり前』とか言うかもしれないですけど、僕はそうは思わないです。遅刻しないで来てくれるだけで本当に感謝しているので、これからもよろしくお願いします」
 結局この日、少女が現れる事は無かった。


(つづく)


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