78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎桜の舞う頃に・・・2014

2019-11-26 09:12:36 | ある少女の物語

※これは2014年2月に小説投稿サイトにUPしたものです。そのサイトが閉鎖したのでこちらに再掲します。

※5年周期でリメイクしてきた大事な作品なので、今年中に再リメイクしたい想いを込めて、今更ですが“あえてそのまま”UPしました。

※10年前の元祖はこちら→『桜の舞う頃に・・・

 

===

 

 川沿いの公園で、僕は少女に想いを伝えた。

「西岡さんのことを、もっとたくさん知りたいです。もし良ければ……今以上の関係になってもらえますか?」

 少女は水面に映る月を見ながらこう答えた。

「……ごめんなさい。ずっと黙っていたことがあります」

 その時の少女の悲しそうな顔が、何よりも印象的だった。

 

 

 

 昨年死別した母は、僕が5歳の時に離婚届を書いていた。今は母の遺産と月3万にも満たないアルバイトの給料を糧に高校2年にして一人暮らしを余儀なくされている自分が居る。

 趣味は古本屋で買った100円の本を読むこと。今読んでいる『夜と霧』はとても難解で理解に時間を要し、少しでも早く読破する為に登下校中も歩きながら読書をしている。

「す、すみません前を見ていませんでした」

「イエ、こちらこそ急いでいて……」

 出会いは突然だった。この日も学校を出てからずっと歩きながら本を読み続け、外階段を昇り、自宅のドアの前まで来た僕は一人の少女とぶつかった。普通ならこれで終わる。しかし、

「あ、挨拶がまだでしたね」

 少女は話を続けた。

「はじめまして。隣の202に越して来た西岡結衣です」

 早くも僕の心は揺れ動いた。ラインが濃いめのランダムボーダーニットに緑のフレアミニスカート、黒のニーハイソックスにショートブーツ。顔が可愛いだけでなく、毎日制服姿の女子ばかり見ている僕にそのコーディネートはあまりにも眩しすぎた。

「あ、ど、どうも、中村雄介です、よ、よろしこ願します」

 ただでさえ女性に免疫のない僕は、あまりの緊張に呂律が回らなかった。

「これ、つまらないものですがどうぞ」

 少女は鞄の中から青いリボンでラッピングされた小さな箱を取り出し、僕に手渡した。何故このタイミングで持っているのか。

「じゃあ急いでいるんでこれで」

 階段を軽やかに駆け降りる少女の後ろ姿を僕はずっと眺めていた。いつまでも止むことのない異様な緊張感の原因は、明らかに一つしか考えられなかった。少女の顔が頭から離れられない。そして箱の中身は素人目でも高価だと察することのできる、砂の代わりにダイヤモンドの入ったキラキラと輝く砂時計だった。

 

 その夜。明日は月曜日だと思うと僕は鬱になった。毎週これの繰り返しだ。本当にうんざりする。

 だが、その日だけはいつもと違う夜だった。

「ピンポーン」

 再びあの少女だった。

「もし暇なら、ちょっと出かけませんか?」

 これは夢なのか。しかも少女の車に乗せてもらうことに。他にも友達が居るのかと思いきや、まさかの2人きりである。

 僕は思わず格好付けて「スタバなんてどうですか?」などと行ったこともない店を提案し、そこに入ったはいいものの、ミルクと砂糖の場所が解らずにオロオロしてしまう。だが少女は「ここにありますよ」と優しく教えてくれた。

 僕等はお互いのことを聞き合った。少女は21歳、私立大学の社会学部に通う4年生だという。女子大生がダイヤモンドの砂時計、どこかの資産家のお嬢様なのだろうか。だがそれよりも気になることがあった。

「何で今になって引っ越してきたんですか?」

「ウーン……何故だと思います?」

「あ、イヤ、すみません、言わなくていいですよ」

 余計なことを聞いてしまった。もう少女には嫌われているのかもしれない。過去の経験からそんな気がした。いつも上手くはいかないのだ。だがそれでいい。一日限りでも楽しかったから。

 

 

 

「私、毎日寂しいんで、メールとかしません?」

 しかし3日後の夜、少女はまたしても僕を誘い、ドトールの店内でそう言うのだった。少女は自分のメールアドレスと電話番号を赤外線で送ってくれた。何故こんなにも積極的なのか。

「あ、届きました。僕のも送りますからちょっと待っていて下さい」

 しかし、アドレス交換などほとんどしたことのない僕は、赤外線送信のやり方すら解らなかった。

「エーット……あれ? こうじゃないか……あれ? あ、すみません、メールでもいいですか?」

「ンフフ。いいですよ」

 僕の情けない姿を見ても、いつも笑ってくれる。可愛いのみならず、すごく優しい。

 

 その後、毎日のようにメール交換が行われた。あまりにも上手くいきすぎて疑問にさえ思う。僕は騙されているのか、それとも遊ばれているのか。

 

「次の土曜日に映画に行きませんか?」

 思い切って誘ってみた。少女は快くOKしてくれた。

 当然何を観るかという話になり、僕が読んだことのある本を原作とする純愛ものの邦画を提案すると、「私もちょうど観たかったんです」などと言ってくれて、それが本心かは解らないが、少女の優しさに僕は更に心を打たれた。

 そして土曜日。終盤で少女は涙を見せていた。僕は思わずひじ掛けに置かれた少女の左手を握ってしまった。が、嫌がられることはなかった。

 

 その後も何度か2人きりで会った。その都度僕は性格ゆえの不手際が目立ったが、少女は僕の全てを受け入れてくれるかのように何も文句を言わなかった。騙されているとか遊ばれているとかそんな考えは次第に頭の中から消えていき、純粋に少女を想う気持ちだけが残っていた。臆病者の僕が思い切って少女に告白しようと心に決めるまで一ヶ月もかからなかった。

 

 

 

「……ごめんなさい。ずっと黙っていたことがあります」

 2月の風が吹き抜ける川沿いの公園で、悲しそうな顔を浮かべる少女。告白は失敗に終わったかのように思えたが……。

「……私の命、そんなに長くないんです」

「えっ」

「私、末期の肝臓がんなんです。医者には治療は不可能と言われて、今は毎日薬を飲んでいるだけです。余命は1~2ヶ月。早ければ、あの木から桜が舞う頃には、もう……」

 少女の視線の先には、この公園に一本しかないソメイヨシノ。

「実は私も……中村さんのことが好きです。でも、いつ終わるか解らない恋に、あなたを巻き込ませることなんてとても出来ません」

「………」

 あまりの衝撃に僕は一瞬言葉を失ったが、すぐに口を開いた。

「それでもいいです。期間なんて関係ありません。僕は西岡さんと一緒にいたい。ただそれだけなんです。どうか、お願いします」

 

 

 

 僕等の恋は、いつ終わってもおかしくない恋はここから始まった。常に貪欲になり、行きたい場所、やりたいことは我慢せずに何でも実行した。そして、不思議なことに僕等は喧嘩することは全くなかった。不器用な僕が少女を一度も傷付けなかったと言えば嘘になる。だが少女の怒った顔は一度も見たことがない。そんな少女の優しさに応え、僕も少女に対して怒りを露にすることはなかった。

 

 

 

 あっという間に一ヶ月が過ぎ、僕等は再び川沿いの公園に来ていた。ソメイヨシノの蕾は膨らみ、ところどころ花が咲いていた。

「僕が告白したのはこのあたりでしょうか」

「アハハハ、懐かしいですね」

 実は翌日から入院する少女を前に、僕は初めて自らの過去を話す決心がついた。

「僕は去年まで学校でいじめに遭っていました」

「えっ」

「そんな僕を支えてくれたのは母、ただ一人でした。でも去年、その母も死にました。10年以上も前に離婚している父にその事実が行き届くわけも無く、僕は完全に孤立しました。本を読み漁る日々はそれから始まりました。友達の居ない学校でも一人黙々と本を読むようになり、そんな僕を同情してくれたのか、いじめも無くなりました。もう僕には本しか無いと思っていました」

「………」

「でも、西岡さんと出会ってからは考えが変わりました。一人の女性の為に生きることがこんなに楽しく嬉しく、幸せであるのだと気付きました。こんな気持ちになれたのは生まれて初めてですし、全部西岡さんのお陰です。本当にありがとうございます」

 それを聞いた少女は、映画の時以来の涙を見せた。

「……あ、ありがとう…………私も、本当にありがとうございます」

 僕等は自然と抱擁し、初めての口付けを交わした。

「お見舞い、必ず行きますから。会える日と時間が分かったら教えて下さい」

「……ハイ」

「この木から桜が舞う頃に、医者に許可を貰ってもう一度2人で見に来ましょう」

「……そう、ですね」

 

 

 

 翌日の昼過ぎ、駅で少女と別れた。そのまま病院に向かったようだ。

 短い間だったけど、良い夢を見ることが出来た。

 後になって、これで終わりなら良かったと後悔することになるとも知らずに。

 

 

 

 異変はその翌日から起きた。月曜の夜に僕から少女に送ったメールの返信が、3日経っても送られてこない。電話をかけてもいつも「電源が入っていません」というメッセージ。お見舞いに行って良い日時も一向に教えてくれない。

 これは変だと思い、金曜日、学校を半日で早退して少女の言っていた病院に直行した。しかし、

「西岡結衣さんですか? そのような方は入院されていないようですが……」

 受付のその言葉に僕は愕然となった。今、少女はどこにいるのか。他の病院なのか、それとも実家か、それともまさか……。

「急患です! 急患です!」

 急にあたりが騒がしくなった。運ばれてきた患者はよく見えなかったが、

「21歳の女性が急性薬物中毒の疑いあり!」

「結衣! しっかりしろ! 結衣―!」

 付き添っていた医者と父親らしき人の台詞で少女だと確信し、僕を更に驚愕させた。一体どうなっているのか。

 

 病室で点滴を打たれたまま目を覚まさない少女。頭を抱える少女の父親。恐る恐る僕は話しかけた。

「あの、すみません……僕は結衣さんの……その……」

「お前が結衣の言っていた男か。お前が殺ったのか」

「え、ちょっと待って下さい、誤解ですよ」

「結衣は自殺しようとしたんだぞ」

「えっ」

 なんと少女は今朝、実家の自分の部屋で精神安定剤を100錠も服用して倒れていたのだ。その3時間後に発見した母親が慌てて119番と会社にいる父親に電話をかけたのだ。

「お前が自殺に追い込ませたんだろ!? そうなんだろっ!?」

「イヤ、ちょっと待って下さい。そもそも結衣さんは末期のがんで」

「ハァ!? 何を言っているんだ!」

「イヤ、結衣さん、末期の肝臓がんって言っていましたよ」

「んなわけねーだろボケがあ!」

 そう言うと父親は僕を殴った。もう何がなんだか解らなかった。まさか、がんは嘘だったのか。

「あなた、待って! その男は何も悪くないわ!」

 そこへ少女の母親らしき女性が現れた。

「これを見て! 結衣の部屋から見つかったものよ」

 母親は、父親と僕に一枚の手紙を見せた。

 

 

 

>両親へ

>遺書なんて重々しいものはとても書けないので、手紙という形で書かせていただきます。

>最近、胃の痛みが激しいです。しょっちゅう吐き気もします。食欲もあまり出ません。

>大学の友達もいつからか連絡をくれなくなって寂しいです。

>講義にもついていけず、単位は足りず、卒論も未完成なので留年は確定です。

>何をやっても楽しくないし、頭が常に重いし、生きている実感がありません。

>精神科医に貰った薬は効いていないみたいです。

>そんな絶望的な状況の中、追い討ちをかけたのが同じ大学の元彼です。

 

 ***

 

「人生で最高の人に出会えた」

 その一言から私たちの関係は始まり、その一言が彼のピークでもあった。彼は次第に本性を露にし、毎日喧嘩をするようになるまで時間はかからなかった。そして、

「どうして解ってくれないの」

「お前みたいなマリー・アントワネット気取りする女は嫌いだ。もう消えてくれ」

 単位のことや精神科に通っていること、悩みを話せば話すほど逆効果になり、2ヶ月も経たないうちに別れは訪れた。その夜、私の鞄に青いリボンでラッピングされた小さな箱が入っていることに気付いた。これをやるから二度と現れるなという彼の最後のメッセージなのだろう。当然受け取るわけにはいかず、返す為に翌日再び彼の家に行った。今なら気持ちも落ち着いて改めてくれるかもしれない。その考えは浅はかだった。ドアから出てきたのは彼と、30歳前後と思われる女性の二人だったのだ。

 

 ***

 

>元彼と別れた日、私は全てが嫌になり、1~2ヶ月後には自殺すると決めました。

>今更ですが、勝手に家を出てしまってごめんなさい。

>あれからアパートを借りて一人暮らしをしていました。

>隣の部屋に住んでいたのが今の彼・中村雄介さんです。

>中村さんが私に好意を抱いていると気付くのに時間はかかりませんでした。

>こんなダメ人間な私でも、死ぬ前に何か人の役に立ちたいと思い、

>人生の最期は中村さんのために生きようと心に決めました。

>中村さんに告白された時、余命が最短で1ヶ月の肝臓がんだと嘘をついてしまいましたが、

>それでも中村さんが「付き合って欲しい」とお願いしてきたので、それに応えるべくOKしました。

>一緒にいた日々が、中村さんに尽くした日々が、どれも最高に楽しかったのは事実です。

>やっと人の役に立てた。もう思い残すことはありません。

>この手紙を書いた後、薬をたくさん飲んで安らかに眠りにつきます。

>さようなら。そして、ごめんなさい。

>結衣

 

 

 

「なんだよ……死にたいんだったら僕に相談してくれれば良かったのに……」

 すると父親がおもむろに口を開いた。

「さっきは殴ってしまってすまなかった。結衣は悩みを人に話さずに、自らの心の内に仕舞い込む娘なんだよ。昔からそうだった。中学、高校といじめられていた時も、先生に言われるまで俺も母さんも知らなかった」

「え、結衣さんもいじめに遭っていたんですか?」

「やはり聞いていなかったか。結衣は昔から救われない娘だった。5日前、突然家に帰ってきた日に『やっと私に彼氏が出来たの』と喜んで報告していたけど、その笑顔が尚更俺と母さんを不安にさせたよ。本当は上手くいっていないんじゃないか、暴力に遭っているんじゃないかって。勝手に疑って申し訳ない。この手紙を読んで解ったよ。君は間違いなく結衣を幸せにしてくれたということがね」

 

 

 

――3時間後、心電図は直線になった――

 

 

 

 少女の両親は号泣したが、僕の目からは不思議と何も出なかった。

病院を出た僕は、例の難解な本を読みながらただひたすら歩いた。知らない道でも構わず歩いた。赤信号も気に留めず歩いた。夜が更けても歩いた。山道、畦道、凸凹の道、そして線路の上も歩いた。何も考えられず、読んで歩くことしか出来なかった。そして夜の12時、やっと最後のページを読み終えた僕は川沿いの公園に辿り着いていた。

「中村さーん」

 薄っすらと、少女の姿が見えた。

「ねえねえ見て下さい、満開ですよ!」

 少女の視線の先には、この公園に一本しかないソメイヨシノ。

 

 

――こんな理不尽な別れが待っていたなら、最初から出会わなければ良かった――

 

 

 一週間後、僕の父が突然現れた。

「去年再婚し、妻の連れ子・聡史は大学4年で2人の彼女が居た」

「それってまさか」

「そう、そのうちの一人が西岡結衣だ。そしてもう一人は新宿でホステスをやっている29歳。西岡とは対照的に聡史は成績がとても良く卒論も一年前には完成させていたが、極度の人見知りが災いし就職だけは決まらなかった。彼の不安に漬け込んだ悪女が出会い系サイトで知り合ったホステスだ。『同い年の彼女と別れて私と結婚してくれれば生涯安定よ』などと脅されたのだろう」

「そういうことか……」

「西岡の死を知った聡史はその3日後、家を出て行ったよ。最後にこう言い残してな。

 

 

『本当の息子さんに伝えてくれ。

 西岡の私物にダイヤモンドの砂時計があるはずだから受け取ってくれ、と』」

 

 

 その一言で僕は全てを悟り、初めて目から涙が零れ落ちた。ダイヤモンドの砂時計は既に受け取っており、おそらく聡史さんが手切れ品として少女に渡したもの。僕が一ヶ月以上もかけて何とか読み終えた『夜と霧』の著者であり心理学者のヴィクトール・E・フランクル氏は人生を砂時計に例えた。細くなった部分が現在で、上に残っている砂が未来、そして下に流れ落ちた砂は過去。つまり、迫り来る苦悩から逃げずに今を生き抜いたとき、過去はその人の人生を豊かにするかけがえのない財産になるというのだ。少女と同じ社会学部に通う成績優秀な聡史さんなら知っていてもおかしくはない。キラキラと輝く砂時計そのものが、多くの悩みを抱える少女への、コミュニケーションが苦手な聡史さんなりの最後のメッセージだったのだ。

 

「これからどうする。聡史も居なくなったことだし、うちで暮らしてみないか」

「わざわざ伝えに来てくれてありがとう。けどもう帰ってくれ。12年間見捨てておいて、こんな時だけ頼ってんじゃねーよ。僕は誰にも頼らず一人で生きてやるよ」

 少女と出会わなければ良かったなどと後悔してはならない。少女と過ごした一ヶ月はかけがえのない財産だ。そしてこれからも“苦悩”を“財産”にどんどん代えていこう。それが僕の生きる理由だから。

 

 

(Fin.)


◎リザイン・ブルーになって社畜の人生 ~賞与と退職金と就業規則~(最終話)

2017-08-03 12:57:48 | ある少女の物語

<退職への道(7)最終決戦>

(社長)「あのさ、繋がらないからって本部に言わないでくれよ。何度もかけなおしたんだぞ?」

 7月14日夕方、社長との電話。早速怒られた。しかし、社長が僕の携帯に折り返してきた形跡は一切無い。可能性があるとすれば、僕が他の人に電話で相談している間にかけてきた場合。それは着信履歴に残らないのだ。

(社長)「あ、あと賞与だけど」

 油断していた。社長のほうからその話をしてきた。SVが言ったのだから当然なわけだが。

(社長)「急に辞めるって言ったから査定が間に合わなかった。7月の給料(8月10日支払い)で支給する」

 これで賞与の問題は先送りとなり、その件に関しては何も言えなくなった。意図的に口を封じられているような気もした。ただ、その言い方からだと減額されることは覚悟せねばならない。ならば次は退職金だ。

(僕)「僕一応5年以上在籍していたんですけど、退職金みたいなものはありますか?」

(社長)「ああ……10年以上居れば出せるんだけど、5年くらいじゃねえ」

 退職金規定は会社ごとに自由に設定できるので、5年で貰えないというのは決して珍しい話ではない。問題なのは、勤続10年以上で支給される旨をきちんと就業規則に書いてあるかどうかだ。
 だがその前にお願いすべきことがあった。

(僕)「では退職日を延ばして、その分有給を増やしてもらえますか?」

===

<よくわかる解説>
 既に8月10日付けでの退職、最後7日間(8/4-10)の有給を了承いただいているものを
 退職日を8月31日に延ばした上で、最後30日間(8/2-31)すべて有給をいただく形に変更したい
 これにより8月分給料が「10日までの日割り」から「〆日(末日)までの満額」に変更となる
(これを賞与+退職金の代替だと思えば納得できる)

※30日の理由:法的に請求する権利のある「今年分16日」と「昨年分14日」の合算
(未消化分を翌年に繰り越せるものとして計算)

※問題点は既に8月10日退職として「退職願」を提出済みであることから、退職日を延ばすには退職願の書き換えが必要になる(法的には可能)

===

 会社ごとに決められる賞与や退職金とは違い、有給休暇は法律で労働者に与えねばならないと定められている。

(社長)「あのさあ僕くん、君が辞めるって言ったことで会社にどれだけの迷惑をかけたと思っているの?」

 社長は再び怒りを露わにした。

(僕)「僕は月31日勤務した時も、相当な時間の残業をした時も、夜勤メインになってからも、耐えてきました」

 今回ばかりは僕も引かなかった。

(僕)「最後に就業規則だけでも見せてもらえませんか? それさえ見せてくれたらすべて納得します」

(社長)「就業規則を見たら賞与の査定に影響が出るけど良いか?」

(僕)「!!!」

 もしかしてだけど、これって「脅し」なんじゃないの? そこまでして見せたくない就業規則。明らかに怪しい。

 以上を前述のSVに報告した。

(僕)「よって、賞与の査定に影響を与えたくないので、本来なら社長への就業規則の開示を本部がしれくれる予定でしたが、しなくて大丈夫です」

(SV)「いやそんなこと言っていませんよ。勝手に話を進めないで下さい」

 ちょ待てよ↓

(お客様相談室)「もし就業規則を見せてくれないなどの法令違反があれば、私どもに相談いただければ、担当SVが開示の要求をいたします」

話が違う。やはりこのSV、乗り気ではなかった。

(SV)「法律云々ではなく、会社への迷惑も考えなければならないんじゃないですか?」

 退職の一か月前には申し出をしているというのに、それだけの猶予があっても会社が人員を確保できないのは会社の責任ではないのか? そして、社長もSVも「未来」への迷惑しか見てくれないのか。迷惑だ迷惑だって、本当にそれだけか? 「過去」の努力に対しては何も思わないのか。5年以上も勤務し、相当な時間のサビ残もし、夜勤で生活リズムと体調を崩し、週1の休みすら貰えないことも多かった人間の当然の権利として賞与と退職金が欲しい、ただそれだけである。

(僕)「就業規則を見せてくれないし、挙句『賞与の査定に影響が出る』と(脅しともとれる発言を)言われた、これについてどう思いますか?」

(SV)「まあ、賞与は強制じゃないですからね」

 駄目だこの人、早く何とかしないと。ここまで感情の見えない、マニュアルに沿うだけの人間を見たのは久しぶりである。本部職員はもう少し店舗社員に寄り添ってくれる存在だと思っていたし、少なくとも過去の担当者はそうだった。


<退職への道(8)労基署の見解>

最終手段として労基署に行き、提出されているはずの就業規則の開示をお願いした。

(労基署)「申し訳ございませんが、その社名では就業規則の提出がありません」

(僕)「えっ、20人以上の会社には提出が義務付けられているんじゃないんですか?」

(労基署)「確かに法令には違反しているんですけど、流石にすべての会社のそれをチェックすることはできかねるので……」

(僕)「つまり、就業規則を提出していない会社は、現実にはたくさんあるということですか?」

(労基署)「そうですね……」

 この瞬間、この世に完全な組織など無いのだと悟った。この国は誰が労働者を守ってくれるのだろうか。

 もちろん、労基署の力で会社に就業規則の開示を求めることはできる。しかし今それを行うと、就業規則を見れたとしても賞与の査定に影響が出る。しかも、そこに退職金規定が書かれていないという最悪の事態も想定しなければならない。いや、もっと言うと、

(知恵袋)『就業規則を提出してないのであればいくらでも書き換えが可能ってことなので残念ながらまずないものとして考えるべきでしょう…』

 つまり、労基署から開示の要求が出されたとしても、それからこっそり退職金規定の欄を削除したものを作り直したとしてもバレないということ。「最悪の事態」は作れてしまうのだ。

 こうして退職金は100%もらえないことが確定、賞与の査定結果が明らかとなる8月10日まで、おとなしく待つしかなくなった。

(教えてgoo)『真っ当に争うなら、在職中に、しっかり労使で話し合いしとくべきでした。最終的には、労働組合を立ち上げるなどして、労働者の権利は労働者自身の手で守るのがベストでした。組合活動を行う中であれば、組合活動に対する嫌がらせ、妨害行為は労働組合法違反の不当労働行為って話に持って行ける可能性があります』

 労働者を守るのは労働者自身。壮絶な戦いの末に導き出された結論だった。(Fin.)


◎リザイン・ブルーになって社畜の人生 ~賞与と退職金と就業規則~(第2話)

2017-08-03 12:56:16 | ある少女の物語

<退職への道(5)就業規則のありか>

 まずは就業規則を手に入れねばならない。もちろん社長には内緒で。となると誰に聞けば良いのか。

(マネージャー)「私、そんなの見たことないわよ。ていうか、無いんじゃないかしら」

 そんなわけあらへんがな。従業員20人以上の会社には就業規則を労働基準監督署に提出する義務がある。もし無いというのなら立派な法律違反だ。また、もし退職金制度があるならその旨を必ず記載しなければならない。
 あるとすれば会社の事務所。この会社には総務部も人事部も存在しない。事務所に居る人間と言えば社長以外に一人しか居なかった。

(僕)「事務のYさんの連絡先知っていますか?」

(部長)「知らない」

 僕は会社事務所に勤務する唯一のアルバイト、Yとのコンタクトをどうしても取りたかった。それが不可能なら就業規則を知らぬまま社長と話すしか選択肢が残されず、それはとてもリスクの高い行為であることを意味するからである。

(部長)「ていうか事務でも就業規則までは知らないんじゃないかな」

 会社事務所には何度電話しても繋がらない。その1階にあるコンビニ店舗にも電話した。しかし、

(僕)「Yさんっていつも何時くらいに勤務していますか?」

(スタッフ)「さあ、知らないわね。ていうか最近全然会わないし」

(僕)「店に入ってから3階の事務所に上がるんじゃないんですか?」

(スタッフ)「違うのよ。外から3階に直接上がれる階段があってね」

 こんなに困っているのに、何故コンタクトすら取れないのか。しかも重役ではなくたかが事務。他の会社では有り得ないことである。僕とYを引き離す何か大きな圧力があるように感じた。


<退職への道(6)本部の見解>

 7月12日。棚卸の合間の僅かな時間を利用し、労働相談の機関へ電話で相談した。少なくとも賞与に関しては「雇用契約書に記載があれば貰う権利がある」との事だった。それには間違いなく「入社2年目以降の夏と冬に支給」と書かれていた。

(僕)「この会社、労働組合が存在しないんですけど、やはり社長が絶対的な権力を持ってしまうのでしょうか?」

(労働相談所)「そんなことはありません。社長といえども法令は順守せねばなりません。安心して下さい」


 翌13日の夕方、友人A・Bと会う約束があり、ついでに相談を持ち掛けた。

(友人B)「本部に相談できる機関は無いの? フランチャイズ事業部みたいな」

 その発想はなかった。翌14日、夜勤明けの疲れを堪え、朝9時に本社に電話をかけた。

(僕)「フランチャイズ店舗を経営する会社との労働問題に関する相談窓口に繋いでいただきたいんですけど」

(本社)「それならお客様相談室ですね」

 お客様相談室だと……。本来、そこはお客様からのクレームなどを受け付ける機関。何か嫌な予感がしてきた。

(お客様相談室)「もし就業規則を見せてくれないなどの法令違反があれば、私どもに相談いただければ、担当SVが開示の要求をいたします」

 SVだと……。SVとは担当店舗を巡回し、店舗責任者に施策やアドバイスなどを話す、とても忙しい人。本社とフランチャイズ経営会社は別物であり、別会社の法令違反への対処という専門外の仕事に多忙のSVが乗り気になってくれるのだろうか。

 その数十分後、担当SVから電話が来た。

(SV)「聞いた話を整理しましたが、最大の問題は、社長と連絡が繋がらないことだと思います」

 えっ、最大がそこ!? 既に給料日に未払いという法令違反が平気で行われている会社の最大の問題が?

(SV)「社長と仲の良いSVが別に居ますので、彼が社長に僕さんの言いたいことの一部(賞与が振り込まれていない件)を伝えてくれます。それで社長も僕さんとの話し合いに応じてくれるでしょう」

 少しずれているような気はしたが、社長と電話で話す機会だけは与えてくれた。

(SV)「なるべく本部にまでは振らないようにして下さい。円満に解決するのが一番ですよ」

 言葉の節々に嫌な予感を感じさせたが、発言自体は確かにその通りでもあった。僕だけの力で解決に導かなければならない。不本意ではあるが、就業規則を知らぬままの不利な状況下で社長との直接対決が始まろうとしていた。

 

(つづく)


◎リザイン・ブルーになって社畜の人生 ~賞与と退職金と就業規則~(第1話)

2017-08-03 12:53:30 | ある少女の物語

<退職への道(1)転職活動>

 僕はこれまで、ブラック会社しか経験して来なかった。
 建設業の現場作業、新聞配達、足場施工、漫画喫茶。ここまでは本当に酷かった。どこに行っても辞める時には一生もののトラウマを植え付けられていた。

 そして今の会社、コンビニ業界に就職したのは5年と4ヶ月も前のことだ。過去の勤続最高記録は一年4ヶ月、それを大幅に上回るくらいにはまともな会社に入れたと思っていた。
 その考えは甘かった。今の会社は深刻な人員不足に何度も悩まされた。当店の場合は夜勤が不足し、社員が入らざるを得なくなった。夜勤メインの勤務になって早一年半。身体は限界だった。

 退職は2年も前から考えていたが、この春からいよいよ転職活動を始めた。 

(S社の面接官)「夜勤手当が出ないことは入社する前に分かっていたんじゃないの?」

 面接では容赦ない批判を浴びることもあった。確かに手当が無いことは知っていたが、勤務は基本的に昼間だとも聞いていた。こんなに夜勤が続くなら話は別だ。夜勤は生活リズムの崩壊、睡眠時間の不足、事実上の休日返上(ただの明け休みを週休に割り当てられる)など、失うものが多い。

 6月にスーパー業界のI社から内定をいただいた。スーパーなら昼間の勤務がメインになる。給料は今より少し下がるが、夜勤が無くなるだけでもありがたかった。


<退職への道(2)退職の申し出>

 7月6日、今の会社の社長に直接会い、8月10日付での退職を申し出た。直前まで理由を考え、それを落ち着いて丁寧に話した。ここまでの社長に対する印象は良いはずだった。しかし、

(社長)「辞めるのは仕方ないけど、責任者クラスの人間が抜けるとなると、引き継ぎに時間がかかる。9月頃まで居てくれないだろうか」

 そんなに期間が必要だとは聞いていない。社会通念上の常識として辞める約一ヶ月前に退職を申し出れば素直に受け入れて貰えると思い、I社の入社日を8月11日に決定していた。それは容易にずらせるものでは無かった。

 僕は数時間後に社長に電話し、退職日の延期が不可能である点と、親に実家に帰るよう言われているので最後に7日間の有給休暇をいただきたいと伝えた。

 社長の機嫌は悪そうに聞こえたが、結果的に了承はいただいた。数日後に退職願を提出し、8月10日をもって会社を抜けられることは揺るぎ無いものとなった。


<退職への道(3)給料未払い>

 7月10日、社長の攻撃は始まった。午前0時に自動で振り込まれるはずの給料が、9時を過ぎても振り込まれない。念の為、懇親会中止騒動の愚痴を聞いてくれたG男に電話で確認した。

(G)「給料が振り込まれているかですか? まだ確認していません」

(僕)「今すぐネットで確認出来ませんか?」

(G)「みずほダイレクトに登録していないので……」

 他の社員にも聞いたが一人は未確認、もう一人は奥さんが管理しているので不明とのこと。給与明細もろくに発行されない会社なのに、何故お金という大事な問題に対して無頓着でいられるのか。
 G男を含めた3人は結果的に給料日当日に振り込まれていた。どうやら社員で未払いなのは僕だけのようだ。給料日に支払われないのは当然ながら法律に違反している。ただ、辞めるだけで会社に多少なりとも迷惑をかけている自覚はあるので、ここで文句は言わず一日待つことにした。


<退職への道(4)賞与未払い>

 そして翌日、7月11日。僕の給料は一日遅れとはいえ振り込まれてはいたが、夏の賞与が含まれていなかった。例年ならこの日に給料と一緒に振り込まれているはず。まずは部長に相談した。

(部長)「たぶん辞めるって言っちゃったから、賞与は無しになっちゃったんじゃないの?」

 わけがわからないよ。賞与というのは過去の査定期間における努力や成果によって決められるものではないのか。未来に在籍するか否かまで査定に含まれるなんて聞いたことがない。

(部長)「いや会社では良くある話なんだよ。社長に言う前に俺に相談してくれれば良かったのに」

 後で調べると、確かに「賞与は過去の貢献だけでなく将来の期待も含まれる」という考え方もあった。
 しかし、賞与と言っても世間一般的な額よりかなり低い。この半年間、相当な苦労をしてきたつもりなのに、寸志レベルの額すら貰えないというなら……

(友人A)「ならせめて退職金は貰えよ」

 そうだ、退職金! 勤続3年以上で支給される会社が多いが、僕は今の会社に5年4ヶ月も在籍している。もし貰えるなら、それが賞与の代わりだと思えば納得できる。
 しかし、僕は退職金の規定の有無を知らない。以前『教えて!goo』で質問した時の回答は、

『退職金のことなどは上司や総務部などに確認されたら如何ですか』

『会社に就業規則(従業員が閲覧できる様に備えつけておかなければならないもの)で閲覧を請求して見られると良いと思います』

『退職時にこれらの事を聞くのは失礼では無いと思います。労働者の当然の権利です』

 そう、就業規則! そこに退職金規定が記載されているかどうかが重要になってくる。社長と話す前にあらかじめ就業規則を把握しておいたほうが話し合いで有利に立てるだろう。

 僕は会社と戦うことに決めた。決して法律だから請求するとか、そんな単純な話ではない。5年以上も勤務し、相当な時間のサビ残もし、夜勤で生活リズムと体調を崩し、週1の休みすら貰えないことも多かった人間の当然の権利として賞与と退職金が欲しい、ただそれだけである。

 

(つづく)


◎不倫男との対決 ~コミュ障だけど幹事をリベンジしてみた~(最終話)

2017-05-07 16:06:39 | ある少女の物語

 

※最近は会社での出来事をあまり書かないようにしてきましたが、今回は自分自身の反省の意も込めて書かせていただきました。もう当分書かないでしょう。ああ、コミュニケーションが上手くなりたい。

 

===

 

 

<幹事リベンジの任務(5):社内不倫>

 

~5月5日、居酒屋~

(僕)「最初はS店勤務に対するちょっとした忠告だったわけですよ。それがここまで言われるんですよ!? 確かに不倫男の意見がスタッフの総意である可能性は捨てきれないし、僕にも落ち度はあると思います。でも話によればS店での不倫男も入社数ヶ月にも関わらず店長を困らせているらしいのです。彼は彼でそういう人間なのだと思います」

 

(G)「僕も不倫男さんが悪いと思います。水曜日の僕さんの言い方はそんなに厳しいとは思えないです」

 

(僕)「ありがとうございます。ただ書き方のほうは厳しい時もあったのかも」

 

(G)「それも責任者として仕方ないじゃないですか」

 

(僕)「そもそも厳しい書き方になるのはスタッフも悪いんですよ。あの人たちは過去にトラブルを色々やらかして、その度に僕がお客様に必死に謝罪しているわけですよ。不倫男さんだってトラブルを起こしました。時には電話口、時には軒先で1時間以上も謝り続けたことも。だから再発しないように、あえて厳しく書くようになっちゃったんですよ」

 

(G)「ですよね。正しいと思いますよ」

 

 その言葉を聞けただけでも嬉しかった。最低一人は味方が居る。

 

(僕)「しかも、一人のミスだけじゃなくて、いくつもの偶然が重なってトラブルが起きているんですよ! 確率的には有り得ないことが何度も! 同じお客様に半年間で4回も迷惑をかけてクレームになるとか、他の店じゃ有り得ないですからね(しかも4回とも異なるスタッフ)」

 

 そして僕は不倫男がどのような人か、良く知らないG男へ説明を始めた。素直にハイと言わず必ず何か反論する、言うことを守らないことがある、他のスタッフの粗探しばかりする。だが何よりも言いたいことは……。

 

(僕)「ぶっちゃけちゃうと不倫男さん、不倫していましたからね」

 

(G)「えっ!?」

 

(僕)「いや、もしかしたら現在進行形かもしれない。今でもC子さんと異常に仲が良いと思いませんか?」

 

 くどいようだがC子は前回の副幹事。アラサーの主婦で3人の子供を持つ。不倫男も既婚で大学生の息子が居る。お互いが家庭を持ち、肉体的な接触は許されない境遇にあるはずだった。

 

(僕)「もう2年くらい前になりますけど、C子さんの勤務中に不倫男の奥さんがやって来て、2人は口論になったことがあります。どうやら2人きりで一夜を過ごしていたことが何度もあり、それが奥さんにバレたようです」

 

(G)「それヤバイじゃないですか」

 

(僕)「僕はそんな人間に『人の気持ちを考えたことありますか』って言われたんですよ!? 分かりますこの気持ち?」

 

 

<幹事リベンジの任務(6):前回の送別会で起きた本当のこと>

 

(G)「今回の送別会、正直開催したかったですか?」

 

(僕)「そもそもが大人数の宴会が好きなわけではないんですけど、それに加えて前回のこともあったんで、最初は迷いましたよ」

 

(G)「前回、何が起きたんですか?」

 

 一年前のB子の送別会。バースデーケーキに手紙、色紙など、演出をいくつも用意し、総力を挙げて取り組んだ割には大きく得るものが無かった。デジカメのバッテリー切れなどは僕の責任だが、ブログ記事には書いていない事実がまだあった。

 

◎当初企画していた二次会(居酒屋)は会場まで確保していたのに5人同時キャンセルで開催自体中止になった。しかし実際は当方の居ないところで二次会は行われていた(ただしカラオケ)。

◎送別会ではなく「飲み会」と呼ぶスタッフが何人も居た(送別の意思があったのか疑問だった)。

◎送別会にも関わらず、集合写真は誕生日の近いスタッフがケーキを持ってセンターに陣取っていた(当人が悪いわけではなく、そう仕向けた人が居て、それが不倫男である)。

◎下ネタを平気で口にするスタッフが居た(しかも女性だった)。

 

(G)「それでも開催しようと思ったのは?」

 

(僕)「退職するH子さんの労をねぎらいたい気持ちが勝ったんですよね。でもそれも結局はエゴなのかもしれない。本人が乗り気だったのかどうかすら曖昧なのだから、これで良かったのだと思います」

 

 この前日、5月4日。僕はH子へのプレゼントを三軒茶屋まで行って探し回り、その日の夜に渡した。早々にけじめを付け、この話を終わりにしたかったのだ。結果的にH子は僕に笑顔を見せてくれた。それだけでも救われたと思うことにした。

 

 H子だけではない。F子も気遣いのメッセージを送ってくれた。

 

(LINE)『タイミング悪かったですね。運動会シーズンで、みなさん都合悪かったみたいです。H子さん、辞めるとわかっていたら無理してでもでるという方もいたと思います』

 

 気持ちはありがたいが、H子の名前で人を呼び寄せても意味は無い。人望の無い僕が幹事をやる以上、開催が実現したとしてもどこかでトラブルが起きていたのかもしれない。

 

 どのみち、スタッフ全員が敵ではなかった。社員はむしろ味方だった。完全に立ち直ったと言えば嘘になるが、今はそれだけで良しとしようではないか。

 

(Fin.)


◎不倫男との対決 ~コミュ障だけど幹事をリベンジしてみた~(第2話)

2017-05-07 15:56:29 | ある少女の物語

 

※最近は会社での出来事をあまり書かないようにしてきましたが、今回は自分自身の反省の意も込めて書かせていただきました。ああ、コミュニケーションが上手くなりたい。

 

===

 

 

<幹事リベンジの任務(4):5月3日、不倫男との対決>

 

~5月5日、居酒屋~

 飲み会では、僕の口から不倫男との間に起きた凄惨な事件が語られようとしていた。

 

(僕)「過去に色々あって、僕は不倫男さんを気に入っているわけではありませんでした。だから水曜(5月3日)の朝、発注に来る時も、彼と会わないように9時半に出社しました」

 

(G)「えっ、9時半って、発注期限ギリギリですよね?」

 

 

~5月3日~

 その日、不倫男は朝6時から9時までのシフトだった。彼に会いたくないので出社は必然的に9時過ぎになるが、発注は10時までに本部に送信しなければならず、それがギリギリ可能な9時半に僕は出社したのだ。しかし、

 

(不倫男)「お疲れ様です」

 

 彼は事務所の机に座っていた。これは推測であるが、このあとファミレスでの勤務が控えており、それまでの繋ぎとして居座っている可能性があるのだ。このようなことは過去に何度もあったが、勤務後30分も居るのは初めてだった。当然ながら勤務後の長時間滞在は禁止されている。

 

(不倫男)「机、使いますか?」

 

(僕)「はい」

 

 不倫男は席を立った。いよいよ帰ってくれるのかと思いきや、同じ部屋の丸椅子に座り、スマホをいじっているのだ。こちらが会わないようにわざと遅く出社していることに気付きもしない、それだけで僕のヘイトは溜まりつつあった。

 

 PC画面と向き合い発注する僕と、スマホをいじる不倫男との間には沈黙の時間が流れた。普段より僕等は会話を交わすことがほとんど無かった。少し考えたが、僕はこの機会にあの話をしても良いだろうと思い、口を開いた。

 

(僕)「不倫男さん、S店でも勤務しているんですか?」

 

(不倫男)「どうして分かったのですか?」

 

(僕)「本部の人から聞いて、念の為Gさんに見に行ってもらったら、そこに居るということだったので」

 

(不倫男)「Gさん来ていたのか。気付かなかったよ」

 

 不倫男は「バレてしまった」という感じを見せていた。

 

(僕)「僕としては、遅刻や欠勤など、当店に迷惑をかけるようなことが無ければ何も言うつもりはありません」

 

 それを言うのは当然だと思いたかった。事実、不倫男は最近だけで何度も遅刻をしている。体調不良による急な欠勤で僕が代わりに勤務することも何度もあった。むしろ、これでも優しい言い方のはずなのだ。

 次に僕は、本部より言うように指示されていたことを伝えねばならなかった。

 

(僕)「あとは個店情報を漏らさないで下さい」

 

(不倫男)「それはしていないよ」

 

(僕)「では遅刻欠勤だけ気をつけて下さい」

 

(不倫男)「……はい」

 

 その返事に抑揚は無く、不満そうだった。情報漏えいは最初からするつもりが無かったようで、それを言われたことに対する苛立ちだろうか。だがこれは本人の意思に関係なく伝えねばならないことだ。万が一何か起きた際に、事前伝達の有無で僕の責任の度合いが大きく変わってくる。当たり前のことではないか。

 

(僕)「このことは他のスタッフには伝えないほうが良いですか?」

 

(不倫男)「いや、わざわざ伝える意味が分からない

 

 今度は噛み合っていない。僕は『伝える』とは一言も言っていない。むしろ他のスタッフには内緒にしたほうが良いのではという配慮の気持ちから確認したのに、なぜこんな言われ方をしなければならないのか。既に苛立っていることだけは容易に読み取れた。

 

 

~5月5日、居酒屋~

(僕)「今思うと、この時点でこの話をやめておけば良かったのでしょう。しかし僕はこのあと、あまり必然性の感じられない忠告を一つだけしてしまうのでした」

 

(G)「それは何ですか?」

 

(僕)「『もし今後、S店の勤務の関係でシフトを減らしたいということがあれば、事前に僕に相談して下さい』」

 

(G)「まあ、言っても問題は無いですよね」

 

(僕)「これは昨年なんですけど、僕に無断で他のアルバイトを始めて、勝手に当店のシフトを減らして、やがて他のアルバイトを優先して、当店をバックレた大学生が居たんですよ」

 

 その再発を避けるべく、事前に相談して欲しいと僕は言った。以前、他のスタッフにも数名、同じように伝えたが、素直に「ハイ」と言われるだけで終わった。しかし、不倫男はそうはいかなかった。

 

 

~5月3日~

 

(不倫男)「てゆーかね、他のアルバイトをしているとか関係ないでしょ! 私はシフトを減らさずにちゃんとやっているんですから。もしかして私に辞めろと言っているのですか!?」

 

 ついに怒りが爆発した。

 

(僕)「違います。過去に何人かのスタッフが相談もなしに他のアルバイトを始めて、勝手にシフトを減らして……」

 

(不倫男)「他の人は関係ないでしょ! 最初から減らそうともしない人に対してそれを忠告するのは失礼ですよ!!」

 

 ちょ待てよ。何か起きてからでは遅いから事前伝達をしているのに、まさかそれ自体を否定されるとは。例えば絶対的な信頼を寄せられるスタッフなら伝えなくても大丈夫だと思えるだろう。しかし不倫男は遅刻や欠勤をしている時点で信頼するのは難しかった。

 

(不倫男)「もっと言うとね、アルバイトは自由なんですよ。いつでも辞められるんですよ! 辞めるって言って次の日から来ないことも出来るんですよ!」

 

 突然話が飛躍した。他のアルバイトをしようが自由、シフトを減らすのも自由、辞めるのも自由だから社員にどうこう言われる筋合いは無いとでも言いたいのだろうか。ちなみに退職するには14日前までの申し出が必要であることは民法でもしっかり定められているので、不倫男の言い分は間違っている。それに自由だとしても、50近い大の大人が開き直ったように言うのは人としてどうなのか。

 

 そして、このバトルは思わぬ方向へと向かうのだった。

 

(不倫男)「あなたね、人の気持ちを考えたことありますか?」

 

 まさかの綺麗事である。それをこの男の口からは聞きたくなかった。

 

(不倫男)「今の言い方にしても、過去の言い方やLINEでの書き方にしても、人の気持ちを考えているとはとても思えない」

 

 これでも充分な配慮の上で発言したつもりなのだが。本来ならS店勤務を事前に報告しなかったことを責めているところだ。それを何も言わず、他のスタッフに伝えないとまで言っている。

 

(僕)「いや、僕より厳しい社員も居ますよ」

 

(不倫男)「厳しいっていうのは、ちゃんとコミュニケーションを取った上で厳しくするものでしょ! あなたはコミュニケーションも取らずに厳しく言うから駄目なんですよ」

 

 とうとうコミュ力にまで突っ込んできた。コミュ障なのは認めるが、社員とアルバイトの違いが考慮されていない。アルバイト同士のコミュニケーションと、社員とアルバイトのそれとでは意味が異なる。一定の距離を置かなければならないと僕は思っている。そして「言い方が厳しい」と言われたのはショックだった。確かに厳しい時もあったのかもしれないが、それは社員として、責任者として当然のことではないか。それでも僕は新人時代のアラフォー女性店長や男性マネージャーなどの鬼の如き社員たちに比べれば断然甘いほうだと思いたかった。

 

(不倫男)「まあこれはもう、僕さんの性格の問題だから、治らないのかもしれないけどね」

 

 ついには性格まで……どこまで僕の心をえぐるつもりだ。

 そして、これまでの全ての発言をも上回る“禁断の言葉”は否応無しに発せられた。

 

(不倫男)「飲み会(懇親会)に人が集まらないの、何でか分かりますか?」

 

 おい、今それを言うのかよ。一番気にしていることを。

 

(僕)「自分なりに考えて、これだ(=人望が無い)と思うものはあります」

 

(不倫男)「いや、分かっていないでしょうね」

 

 なんなんだよオイ。分かっているけど言いたくないだけなんだよ、察しろよ。参加希望者ゼロという、ここまであからさまな状況に陥っても尚、気付いていないとするなら、そいつはどれほどの馬鹿かポジティブな奴なんだよ。

 

(不倫男)「みんな同じように思っていますからね、言わないだけで」

 

 挙句の果てには自分の意見をスタッフの総意に置き換えた。我慢の限界をとうの昔に突破していた僕は、少なくとも途中からの綺麗事のオンパレードはお前にも当てはまるだろと言いたかった。それでも最後に残った微かな理性だけで何とか耐え忍んでいた。

 

(つづく)


◎不倫男との対決 ~コミュ障だけど幹事をリベンジしてみた~(第1話)

2017-05-07 15:42:47 | ある少女の物語

※最近は会社での出来事をあまり書かないようにしてきましたが、今回は自分自身の反省の意も込めて書かせていただきました。ああ、コミュニケーションが上手くなりたい。

===

 

 2017年5月5日、18時45分。金曜と大型連休が重なり多くの人で溢れる駅前の商店街に、ある人を待つ男の姿があった。僕である。

 メモ帳を見ながら、このあと話す内容の最終確認をしていると、程なくしてもう一人の男は現れた。

 

(G)「お疲れ様です」

 

 昨年12月、当店に異動してきた社員、G男である。

 

(僕)「では行きましょう。このビルの4階です」

 

 僕等はあらかじめ予約していた居酒屋へと向かう。コンビニの店長代理と部下社員、2人だけの飲み会である。案内された席に着くと、既に多くの客の声が飛び交い、喧騒を極めていた。コスパとクーポンを重視した結果である。個室のある店にすれば良かったと後悔。

 

(僕)「まずはH子さんのことについてですが、F子さんの提案で、皆からお金を集めてプレゼントを贈呈しようということになったんですか?」

 

 イニシャルをGから始めたのには理由がある。一年前、当店のメンバーとOB・OGを集め、僕の初幹事によるB子の送別会が開かれていた。その時のブログ記事で既にAからFまで使用していた。B子は当時高校3年のスタッフで、卒業・就職を期に退職。F子は10年以上の勤務経験を持つ主婦のベテランスタッフである。

 

(G)「そうですね。せめてそれをしてはどうだろうと」

 

 H子はB子の友人で、現在大学2年。ある理由により中途半端なこの時期に退職を決意していた。彼女の送別会を兼ねた懇親会を、僕が再び幹事となって開催しようと企てていた。

一年前のB子の送別会では初幹事として至らぬ点も多かったコミュ障の僕は、リベンジに燃えていた。しかし、誰が求めていたわけでもない自発的なこの熱意が、業界歴5年で最悪と言って良いほどの事件を引き起こすきっかけとなってしまう。その一部始終が、今からこの2人きりの飲み会で語られようとしている。

 

 

<幹事リベンジの任務(1):退職者への意思確認>

 

 遡ること4月22日。僕は5月いっぱいでの退職が確定したH子に、送別会を兼ねた懇親会に参加希望か、意思確認のメールを送信した。件名は『懇親会構想の件』。

 

 

 

 僕の主観ではあるが、H子が人と話すのを好んでいるとは思えなかった。それでも参加者の中に同年代の女子が居れば参加を決意するかもしれない。よって「特定の人物が参加するなら自分も参加希望」という異例の選択肢を設け、日程もH子の都合に寄せる配慮をした。

 

 しかし、メールを送信してから一日、2日、3日……一向に返信は来ない。まさか、あまり乗り気ではないのか。

 

(A)「H子さんは普通に参加したいって言っていましたよ」

 

 前回、B子の送別会を提案したA男である。なぜかH子と仲が良く(※20年弱の年の差がある)、彼の言うことは信じて間違いなかった。

 

(僕)「では何故、3日経っても返信が来ないのですか?」

 

(A)「予定の調整に時間を要しているのでしょう」

 

 しかし、候補日は5月20日と27日。約一ヶ月も先なのだから、今から予定を空けてくれれば良いのにと思う。しかも「他の日希望」という選択肢まで設けたのだから、空けられる日を挙げれば良いだけなのだが。

 

 (A)「僕さんが期限を今週中って決めたんでしょ? なら期限まで待ちましょうよ」

 

 その後、4日、5日、6日と経過するも、僕のスマホの受信トレイはチケットキャンプやヤフオクの新着情報で埋め尽くされるのみであった。そして期限ギリギリの4月29日の夜、送信から7日後にしてようやくH子からの返信は来た。

 

『参加は希望で、5月20日だと嬉しいです』

 

 本心はどうあれ、今はその言葉を信じるしかなかった。既に開催まで一ヶ月を切っており、もたもたしていると会場の予約に支障をきたす。その日のうちに当店のスタッフに宛てる案内状を作成した。

 

 

<幹事リベンジの任務(2):案内状の作成>

 

 

 おおよその参加人数が見えないことには会場の予約も難しい。準備を迅速に進められるよう、期限を4日後に定めた。これを当店のほぼ全スタッフが加入しているLINEグループのノートに投稿。

 

 翌日の朝には一人の女性スタッフから回答が来た。参加希望の欄はNだった。ここで疑問に思ったのは、それが前回の副幹事・C子であることだった。彼女は前回を含め、過去5回もの送別会や忘年会に全て参加していた(※僕が幹事を務めたのは前回のみ)。なぜ今回は不参加を決めたのか。

 同じ日、職場にてある男性スタッフが口頭で「参加しません」と僕に伝えた。彼こそがこの物語のキーパーソンとなるアラフィフの「不倫男」である。この名前にしている理由は後ほど。以上の2名が早々に不参加の意思を示したことで、一抹の不安が過ぎった。もしかして誰も参加しないのではないかと。

 

 

<幹事リベンジの任務(3):不倫男の秘密>

 

 回答期限2日前となる5月1日。更に2名のスタッフより不参加希望の回答があった。この時点で参加希望者はゼロだが、それよりも残り10名からは回答すら無いことに遺憾を覚えた。もはや中止は確定的だった。数名は本当にスケジュールの都合かもしれないが、流石に全員不参加となると、僕に人望が無いことが最大の原因だと悟るしかなく、精神的なダメージは大きかった。H子が乗り気だったのかさえ疑問だし、スタッフ全員が敵にさえ思えてきた。

 

そんな中、職場に巡回に来ていた本部職員の口からこんな発言が。

 

(本部)「不倫男さんがS店でも働いていますよ」

 

 それは初耳だった。不倫男が僕の許可も無しに、同じコンビニチェーンの他店で勤務していたのだ。Wワークは禁止にしていないが、それを希望するならあらかじめ僕に相談するのが筋ではないのか。

 

(本部)「彼はS店でも癖の強い感じで、店長が困っているそうです。このことを言う時はくれぐれも言い方に気をつけて下さい」

 

 事件はその2日後に起きた。

 

(つづく)


◎コミュ障だけど初幹事やってみた(当日編)

2016-03-29 07:44:54 | ある少女の物語

<幹事の任務(14):本番当日、開始前にやること>

 200円で購入した一週間お試しボトルの高級シャンプーで髪を洗い、服を買うお金は無いので全身スーツで決めた。着るもの全てに衣類用フレグランスをたっぷりと吹きかけた。身だしなみは限られた予算で最大限の努力を尽くした。

 まずは会場近くのケーキ屋で予約済みケーキを受け取り、持ったまま開始30分前に会場入り、プレゼントや余興台本の入ったトートバッグを店員に預け、ケーキは冷やしておいてもらう。一方僕は掘りごたつ個室のテーブルに、座席表をもとにネームプレートを置いていく。
 あとは店の前で待機。いよいよ参加者が一人、また一人とやってきた。

(僕)「会費の支払いと、今のうちに一杯目を決めて下さい」

 開催前の会費回収は鉄則。そして、すかさず飲み放題メニュー表を見せ、一杯目のドリンクも参加者チェック表に記入。



これで一杯目を決めるときに「生の人手を挙げて!」などと言う必要もなくなり、余計なgdgdを回避できる。このへんは友人を手伝った経験が活きている。メニュー表はこれだけの為にエクセルで手作りする徹底ぶり(http://officeut.blog72.fc2.com)。



<幹事の任務(15):想定外の事態に対処できるか>

 2人足りないが、ほか全員の1杯目が揃ったところで乾杯の挨拶。
「当店としての送別会を約一年ぶり、正確には378日ぶりに開催する運びとなりました」
 ここで笑いが起き、掴みは成功。初幹事であることも正直に伝え、ハードルを下げた。
 あとはひたすら食べること。どうせ幹事という立場上酒を飲めないし(しかも僕はこのあと夜勤を控えていた)(飲みたい場合はせめて2杯くらいに抑えよう)、せめて食べることを楽しまないとここまで頑張る意味が無い。幹事としては料理を取り分ける、ドリンクを回すことさえしておけば、追加のドリンク注文は各々で勝手にやってくれるし、話題もリア充の皆さんが勝手に出して盛り上げてくれる。しかも僕は電話をするフリをして何度も席を離れた。もはやこれくらいは許してほしい。

 やがて仕事の都合による遅刻者も登場し、結局バックレた一人を除き全員揃ったところで店員にこっそりバースデーケーキを用意してもらう。その間僕は通路に隠れ、ケーキ登場と同時に僕も登場。トートから台本を取り出し、いよいよリア充をギャフンと言わせる為の余興を開始。
 一応は順調に進み、参加者たちは事あるごとに拍手までしてくれた。最大の見せ場である手紙の拝読では笑いが起きてあまり感動にならなかったが、最後の集合写真撮影も含め、予定していた5大企画はほぼ構想どおりに完遂した。
 想定外の事態はこの直後に発生。

(副幹事)「このケーキどうするの? ナイフとか取り皿が無いよ?」

 そこまでは考えていなかった。だが落ち着け僕。まずは店員に相談し、ナイフの貸し出しは出来ないことを告げられる。そこで店員に切ってもらうことに。しかし何等分にすべきか。

(僕)「ケーキ食べたい人手を挙げてください!」

 分からないことは勝手に判断せずに確認を取る。テンパりやすい本番では迷ったときこそ基本に戻ることが大事である。

 こうして3時間、いや、正確には一杯目のドリンクの到着が遅かった店側のご厚意により延長していただき、3時間半にも及ぶ死闘は無事に幕を閉じた。ちなみに延長が決まった場合は当初の終了時刻に「予定通りの時間に帰りたい人はこのタイミングでお帰りください」と伝えるなど、ケツカッチンな人への配慮も忘れずに。終了後、僕は余韻に浸る間もなく夜勤をしに職場へ飛んだ。


<幹事の任務(16):写真の整理と希望者への送信>

 悲劇は2つも起きてしまった。3枚も撮ったはずの集合写真を良く見ると、3枚ともある一人の参加者の顔がほとんど写っていない。他の参加者が重なってしまったのだ。そもそも本番の日、用意していたデジカメは充電していたのにも関わらず開始10分でバッテリー切れ(寿命か?)を起こし、予備バッテリーは予算的に用意できず、その後はスマホのカメラ機能で代用していた。写っていない当事者に謝罪し許してもらいはしたが、36日間も必死で努力し、会場の変更などピンチにも果敢に対処してきた結果がこれとは、無慈悲な現実にも程がある。適当に準備して適当に進行しているノープラン幹事ですら、カメラのバッテリー切れや写真に写らない人が出てくるなんてそうそう起きないだろう。なのに僕は……もしかして呪われているのではないだろうか。

 コミュ障が大きなトラブルも無くここまで頑張れたこと自体、奇跡なのかもしれない。しかし、いざ終わってみると、大きなリターンがあるわけでも無く、参加者の過半数はお礼のメッセージすら無い。

(A男)「それが幹事ってものですよ」

 この男は当日穴が開くシフトに協力してくれた恩人なので、あえて突っ込まないでおく。ついでに言うとB子は非リアではなく彼氏がいることも判明し、僕の想像とは大きく違う明るい子で、心配するだけ無駄であった。とにかくコスパは最悪であり、2次会を5人も同時にキャンセルした謎は不明なまま終わるなど、モヤモヤさえも残る。しかし、いつか上司などから強制的に幹事を任されてしまう時に備えて、今から経験として友人同士で良いので一度は幹事を務めたほうが良いことに越したことは無い。この駄文が一人でも多くの読者に少しでも役に立てたのであれば、三十路貧乏童貞としてはせめてもの救いである。



(Fin.)


◎コミュ障だけど初幹事やってみた(準備編3)

2016-03-29 07:38:10 | ある少女の物語
<幹事の任務(9):下見で最悪の展開>

 もうひとつの緊急事態は3月2日、1次会会場であるA店の下見の際に発生した。
 下見は店の迷惑にならぬよう、前日には電話で訪問日時を伝える。時間の都合がとれるのなら開店前が望ましい。というわけで開店30分前の16時30分にA店のドアを開けた。

(僕)「下見に伺いました僕です」
(店長)「ハイ、お待ちしておりました。10名様でのご予約ですね?」

 おかしい。確かに当初の予約人数は10人だが、2月16日には14人に変更していたはず。いずれにせよ更なる人数の増加があった為、すぐさま店長に伝える。

(僕)「それなんですけど、今日になって15人に変更になりましたが大丈夫ですか?」
(店長)「ハイ、大丈夫ですよ」

 多少の疑問は残るが結果オーライということで一安心した。それが油断だった。
 約15分にわたり座席の確認と写真撮影、及び質疑応答を行った。特に誕生日サプライズの演出に関する細かい質問をいくつも投げ、回答を漏れなくメモしていった。当日失敗や混乱しない為にも打ち合わせは入念に行わなければならない。



 店を出て約2時間後、僕のスマホに店から電話がかかってきた。悪夢はここから始まった。

(店長)「大変申し訳ございません。お客様に掘りごたつの個室をご用意できなくなってしまいました。テーブル席でしたらご用意できます」

 わけがわからないよ。こっちは開催の一ヶ月以上も前の2月10日に予約していたというのに。

(店長)「先ほどは私も良く確認せずOKしてしまったのですが、本日になって10人から15人に変更となりますと、他のご予約のお客様との兼ね合いにより……」

 違う、10人から15人ではない。この日は14人から15人と1人増やしただけだ。
 いや待てよ、もし2月16日に10人から14人に変更した時に電話対応した、あの頼りなさそうな口調の店員が、それを店長に伝えていなかったとしたら……。

(僕)「2週間ほど前に電話して10人から14人に変更して、その時の店員さんはOKしていたんですけど、それは本当はOKじゃなかったということですか?」
(店長)「大変申し訳ございませんが、それはこちらの手違いでございます」
(僕)「掘りごたつの予約客が僕の他に13人と15人で2組居ると言っていましたけど、15人のほうは僕のと同じ人数ですけど、そちらはどうしても掘りごたつでないと駄目なんですか?」
(店長)「あのー、小さいお子さんがいらっしゃるお客様ですので……」

 必死に交渉するも状況は好転しない。しかし、トリガーでもない店長が懸命に心からの謝罪をしており、自分の職場で似たような経験を何度もしてきた僕は気の毒に思えてきた。とりあえずテーブル席への変更を了承した。

 しかし、2日後の3月4日、改めてA店の下見に行った僕は愕然とするのだった。
 僕は最初にテーブル席と聞いたとき、テーブルを3つほど横に繋げ、15人が2列になって向かい合うごく一般的な形式をイメージしていた。が、現実は違った。



 これが下見で案内されたテーブル席の図である。5つのテーブルが分散して配置してある。流石にこれはマズイ。特に「○」の部分は完全に孤立しているではないか。

(店長)「掘りごたつのご希望には添えられませんでしたが、こちらでしたら当初よりも広い面積なのでゆったり座ることが出来るかと思います」

 下見を終え外に出た僕は落ち着いて考え直した。面積の問題ではない。この配置では、サプライズのバースデーケーキを持ってきた時に、全参加者の視線を集中させるのは容易ではないし、その後の送別者へのプレゼント贈呈や手紙の拝読にも影響しかねない。
しかし、この時すでに開催まで2週間を切っていた。他の会場を押さえられる保証は無いし、もし押さえられたとしても、会場変更の案内を全参加者に送信しなければならなくなり、混乱も起こりうる。何より2回も下見に協力していただいたA店をキャンセルすることになってしまう。
だが問題はそこなのか。本当に大事なのは送別会を成功させることではないのか。もし余興が失敗したらそれはただの飲み会でしかなく、僕の負けということになる。2年前の悲劇が頭をよぎる。


<幹事の任務(10):2年前の追憶>
“ストレート”の送別会が開かれたのはもう2年も前のことだ。人と話すのが苦手な僕は参加を拒否したが、そんな僕でも出来ることは何かを考え、餞別としてのプレゼントを用意した。
 会がある程度盛り上がってきたところで幹事から
「実は今日来れなかった僕さんからプレゼントがあります」
 と言うサプライズ。しかも開けたらプレゼントだけでなく手紙まで入っている。
 それを幹事が皆の前で読み上げ、拍手喝采。
 感動の手紙に何人かは涙さえも流している。

 そんな鉄板の流れをイメージし、事前に幹事にプレゼントを預けた。
 現実は、手紙は回し読みされ、しかも全員2~3行しか読んでいなかったという。
 挙句の果てに「手紙が長い」という批判や、「僕さんは一体何がやりたかったのか」という疑問まで飛び交う始末。
 結局、その場に居る話し上手な人が会を盛り上げるのであって、コミュ障が手紙とかプレゼントとか小細工をしたところで勝てるわけがなかったのだ。

 その数日後、僕は当時高校1年のB子にこんな言葉を残していた。

(僕)「人と話すのは得意ですか?」
(B)「いや、苦手です」
(僕)「頑張って得意になりましょう。人間は分かり合えない生き物です。この世の中、結局は話し上手な人が上手くやっていけるのです」

 あれから2年間、同じ非リアとして僕は彼女を応援し、行く末を見守り続けてきた。本人は未だに話すのが苦手と言うが、いよいよ4月から社会の荒波に揉まれることとなる。僕はただの飲み会の準備をしているのではない。これは就職を前に不安を募らせるB子を前向きに送り出す為の会なのだ。


<幹事の任務(11):勇気を出して会場の変更>

 もう迷いはなかった。その足で近くのチェーン店、B店にアポなしで訪問。

(僕)「突然すみません。飲み会の会場を探しているんですけど、掘りごたつの個室を見せてもらえますか?」



 案内された個室は少し狭かったが、席の配置は僕の理想とほぼ合致していた。しかも現時点では送別会当日の夜はまだ空いており予約可能という奇跡。問題は金額で、飲み放題コースが3時間で一人4,000円とA店より500円高い。2時間半というのは無かった。


<幹事の任務(12):会費シミュレーション表の作成>

 近くのマクドナルドに入り電卓をひたすら叩いた。会費が複雑になっており、普通の成年参加者は4,100円だが、発案者A男の希望により送別者のB子は無料で招待しなければならない。もう一人の主婦の送別者E子は2,000円、未成年参加者と遅れてくる人は2,300円。このうち成年参加者の会費を4,300円に値上げしても、僕の負担は高くなる。しかし、ホットペッパーのサイトで割引クーポンを見つけ、その負担も軽減できると判断し、マックの店内ですぐさま電話をかけB店を予約した。



 こうして最悪の事態は回避できた。2時間半を3時間に延ばすのは僕としては不安だが、参加者にとってはプラスだろう。2016年3月4日、ピンチをチャンスに変えた日である。


<幹事の任務(13):最終調整>

 勇気を出してA店に電話しキャンセルを伝えた。時すでに本番一週間前。気持ちを切り替え残りの準備作業を進めなければならない。バースデーケーキの予約、全参加者へのリマインダーの送信、座席表の作成、各種小道具の準備、プレゼントの購入、乾杯のあいさつカンペの作成、余興台本の修正、そして神社を参拝し成功祈願まで行った。
 しかし、多忙な仕事の合間を縫っての準備作業は困難を極めた。結局、発声練習と台本読みリハーサル、手紙拝読リハーサル、副幹事との最終打ち合わせ、危険予知シミュレーション、場が盛り下がった時に備えての話題ネタ集めは出来ないまま本番当日を迎えてしまった。

(次回、完結編)

◎コミュ障だけど初幹事やってみた(準備編2)

2016-03-29 07:33:48 | ある少女の物語
 そして、この時点で予知すべき危険は「2次会の会場探しでgdgdになる」というあるあるネタ。3~4人ならまだしも、もし全員が2次会に参加することになった場合、当日に会場を即興で見つける自信などあるわけもなく、2次会もあらかじめ店を決め予約することにした。急遽アンケートメールを作成。


<幹事の任務(4):詳細と注意事項の共有>



 これが実際に送った2次会アンケートのメッセージ内容だが、よく見ると「認証制HP」のURLをしれっと記載してある。
 なんと、無料のサーバーを借りて会の詳細及び注意事項を記載しweb上に共有したのである。



 今思うと何故こんなにも本気になっていたのだろうか。もちろんここまでしなくても、参加者全員がLINEのアカウントを持っているのであれば、グループのノートに記載するだけで充分である。
 そして、注意事項としてweb上にこう記載した。

>※キャンセル希望や遅刻の可能性がある場合は必ず開催3日前までに主幹事までご連絡願います。
>それ以降のキャンセルは会費を徴収する場合があります。
>※開催10~5日前頃、リマインダーとして全参加者宛に最終確認のメッセージを送信します。
>開催3日前までに必ずご返信下さい。
>※未成年者の飲酒・喫煙、過度の泥酔、他者への飲酒の強要、その他迷惑行為は厳禁です。
>マナーや節度を守って皆様が楽しく居られるようご協力願います。
>そして当会の主旨を決して忘れないで下さい。

 もし当日のドタキャンがあれば金額の面で実害が発生する。多くの店は人数変更を2日前まで可能としているので、キャンセル希望は3日前までに申し出てくれないと対応できない。その点を決して有耶無耶にせず必ず明記すること。それでも心配性の僕は、最初から予定より一人少ない人数で予約し、ドタキャンを一人までは受け入れられるようにした(※当日一人増えても料理の対応が可能な店でのみ使える技です)。

 そして最大の注意点は“主旨を忘れるな”――僕が参加者に対し最も言いたいことだった。
「是非飲み会に参加したいです」とメッセージを送ってくる人は間違っている。これは飲み会ではなくB子の送別会。参加希望者の中には送別会とは名ばかりでただ酒を飲みたいだけの連中が残念ながら存在している。一人でも多くの日本人に純粋な心を取り戻してほしいと願う僕にとって、その連中はとても許せなかった。


<幹事の任務(5):余興の企画>

 軽い気持ちで参加しようとしているリア充をギャフンと言わせることを目標に決めた。その為にも余興で感動させ、純粋な心を取り戻させることは必須条件となる。2年前のある失敗もあり、リベンジに燃えていた。

 まずは鉄板の「関係者からの手紙」。執筆はB子の友人のスタッフD子に依頼。

(僕)「みんなの前で読んでも良いですか?」
(D)「ハイ」
(僕)「では読まれても大丈夫な内容を書いて下さい」

 D子はあっさり承諾。2時間半で最大の見せ場は成功を確信した。
もちろんプレゼントの贈呈も行う。急遽、もう一人の退職スタッフE子の参加も決まり、余計なお金は使いたくないので副幹事のC子と過去の幹事経験者F子にも協力してもらい送別者2人へのプレゼントを用意。
更にB子への寄せ書きをweb上で募集し(yosettiで検索)、集合写真も撮影したいと思い自宅の押入れに眠っていたデジカメの動作確認も行った。余興はあえて定番ネタだけで固めた。

 しかし、初幹事の僕に余興の進行は務まるのか。綿密な台本を作成したが、それでも不安になった。せめて余興を始める“きっかけ”が欲しい。


<幹事の任務(6):誕生日サプライズ>

 そこで思いついたのがこれも定番のバースデーケーキ。参加希望者には誕生日の近い人が2人も居る。ケーキの登場で全参加者が注目し、余興を開始しやすくなる。我が計画は完璧だ。




<幹事の任務(7):節約生活>

 送別者へのプレゼントをC子とF子にお願いしたとはいえ、バースデーケーキに誕生日プレゼントと結局僕の出費もかさみ、食費の節約を余儀なくされた。これまで自宅には鍋しかなく麺類くらいしか作っていなかったが、ドンキホーテで500円のフライパンと出合い、焼きそばや卵料理など自炊の幅を広げた。全ては送別会の成功、その一点の為に。


<幹事の任務(8):まさかの2次会中止>

 順調かと思えた準備作業に暗雲が立ち込めた。緊急事態が2つも発生。
当初、2次会アンケートの回答では7人が参加を表明し、会場も確保していたが、あとから不参加に変更したいと申し出る参加希望者が同時期に続出。2月18日~2月22日までの5日間だけでなんと5人が2次会をキャンセル、うち一人は1次会もキャンセルしてきたのだ。
一人や2人ならまだしも、明らかに怪しい。僕が原因なのか。そもそもこのクズでコミュ障の僕が幹事を担当していることに誰しも疑問を抱かないとは言い切れないのだ。裏で誰が何を話しているかは全く分からないし知る術も皆無。ここにきて自信を失い始めた。
それでもこの事態を冷静に対処しなければならない。このままでは2次会参加者が僕を入れて3人のみ。大して親しくもないわけで、気まずい空気が2時間も続くなど地獄以外の何でもない。僕以外の2人の了承をとった上で、2次会を中止にする決断に至った。無論会場もキャンセル。既にモチベーションまで下がり始めていた僕に、このあと更なる追い討ちが。

(つづく)